三島由紀夫の異色SF小説を吉田大八監督が映画化『美しい星』。
三島由紀夫が1962年に発表した小説『美しい星』。三島文学でも異色のSF小説として空飛ぶ円盤や宇宙人を取り入れ、三島自身も愛した作品と言われています。
この原作に大胆な脚色を加えたのが、『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』の吉田大八監督。長年かけて念願の『美しい星』映画化をさせました。
父・重一郎役をリリー・フランキーが務め、その息子・一雄役を亀梨和也、娘・暁子役には橋本愛。妻の伊余子役は中嶋朋子が演じています。
また、大杉家に近づく謎の代議士秘書・黒木役を佐々木蔵之介にも注目です。彼らの奇妙なキャウラクターが思わず笑ってしまう作品をご紹介します。
CONTENTS
映画『美しい星』の作品情報
【公開】
2017年(日本映画)
【脚本・監督】
吉田大八
【キャスト】
リリー・フランキー、亀梨和也、橋本愛、中嶋朋子、佐々木蔵之介、羽場裕一、春田純一、友利恵、若葉竜也、坂口辰平、藤原季節、赤間麻里子、武藤心平、川島潤哉、板橋駿谷、樋井明日香
【作品概要】
三島由紀夫の異色SF小説を、『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』の吉田大八監督が映画化。
平凡な家族が“宇宙人”に覚醒する姿を、「米ソ冷戦下」から「地球温暖化」という現代問題に置きかえて大胆な脚色した作品。父の重一郎役をリリー・フランキー、母の伊余子役を中嶋朋子、長男の一雄役を亀梨和也、長女の暁子役を橋本愛、大杉家に忍び寄る謎の代議士秘書である黒木役を佐々木蔵之介が演じています。
映画『美しい星』のあらすじとネタバレ
夢?何か予兆のはじまり?
平凡な家庭を持つ大杉重一郎には、妻の伊余子との間に息子の一雄と娘の暁子がいました。
今日は重一郎の誕生日。家族揃って誕生パーティの会食をする予定でしたが、しかし、父親である重一郎と会話の噛み合わない息子一雄は、待ち合わせの時間に遅れていました…。
大杉重一郎(53歳)の職業はテレビ出演する気象予報士。ニュース番組「ニュース・エクスプレス」で、天気予報コーナーを担当しています。しかし、予報はまったく当たらず、そのことをメインキャスターにいじられてもヘラヘラしています。
ある雨の降る夜。重一郎は愛人関係に耽る予報士の助手と秘めた情事の後に首都高を運転していました。
すると、眩しい閃光と金属音に包まれ、目が覚めた重一郎は意識が戻ると、運転していた車は田んぼの真ん中に不思議な形で落ちていました。そして助手席にいたはずの愛人の姿もありませんでした。
そのことをオカルト好きで詳しい番組ADの男に相談を持ちかけると、「間違いないアブダクションです」と解説をされました。それは重一郎がUFOに遭遇して、一時的に誘拐されたのだというのです。
重一郎にADの男は「身体にアザとか残ってないですか、何かインプラントされているかもしれない」と言いました。
一方で大杉家の面々にも異変が起きていました。
大杉一雄(27歳)はフリーターで、今は自転車便のメッセンジャーのバイトをしています。
ある日、黒塗り車の悪質な運転に巻き込まれて事故に遭いそうになったことをきっかけに、時代を動かす時の政治家の鷹森紀一郎と、その秘書の黒木克己(49)と出会います。
一雄は彼女とのプラネタリウムでのデート中に、その出来事とその際に鷹森事務所に遊びに来いと言われたと武勇伝として話します。さらに彼女の思いを無視して、一方的に身体に触れてまぐわいを誘惑。
そっけなく拒絶されると怒った彼女はその場を去ってしまいます。残された一雄の目の前に映る水星がどんどん大きくなり、スクリーンを飛び出して一雄の身体を押し潰されそうになる…。
大杉暁子(20歳)は美しすぎる大学生。あまりに綺麗すぎて人を引かせる引かせるほどの美人でした。そんな彼女はキャンパスではいつも独り。
また、目立ちたくもないのに教壇に立つ教授からも特別扱いにされたり、しつこい男子学生からは学園祭のミスコン出場して欲しいと言われ、誇示すると逆ギレにあってしまいます。
心が疲弊した暁子は夜の街を歩いていると、耳に止まったのは懐かしいようなギターの音色。
ギターを弾く気鬱な青年に近づいていった暁子は、演奏を終え金沢に帰るという男から、「金星タケミヤカオル」という CDするを思わず買わされていました…。
大杉伊余子(49歳)は重一郎の妻で専業主婦。マスコミ勤務の夫重一郎や手が離れた息子一雄と娘暁子の帰りも遅く、1人孤食な夕ご飯をとる毎日。
そんな折に主婦友達の集まりで「美味しい水」を勧められ、ネットワークビジネスにのめり込んでいきます…。
宇宙人への目覚め!?
暁子は自身の中で光り輝くCD「金星タケミヤカオル」を聴き、いてもたってもいられなくなり金沢へ向かいます。彼女は竹宮薫と再会します。
その竹宮から「僕たち金星人。僕は君で、君は僕だよ」と告げられ、暁子は思わず涙ぐみ、 竹宮が誘うUFOが現れる海へと向かいます。
冬の海のは誰の姿もありません。暁子は竹宮に導かれるまま、彼の行なう不可思議な仕草を真似てみます。目を閉じて両手を胸元で重ね、ゆっくりと開き海へと差し出す仕草を暁子も繰り返すのです。
竹宮と暁子の重なる仕草と重なる影は呼吸を共にした瞬間、突如、洋上の沖合いに2つの発光物体が出現。暁子は今までには感じたことのない恍惚を感じて絶頂感を得ます。
一方の一雄は、政治家の鷹森紀一郎と黒木克己共にカンファレンスセンターを訪れていました。日本国を動かしている時の権力者と同じ密室のエレベーターに乗っている現実に興奮をしています。
その時、一雄の思考のみが先行するような違和感と不穏な動きを感じます。政治家の鷹森を暗殺しようとする男の存在を察知し、エレベーターの扉が開くと共にその男を蹴り倒します…。
また、一方で父親の重一郎が「美味しい水」の在庫が段ボール箱で積まれた自宅のダイニングで胃薬を飲んでいると、大きな地鳴りとともに激しく家が揺れます。
その揺れがおさまると玄関から見たこともない不思議な光に引き寄せられ、重一郎は光に包まれます。
この日、大杉家の母の伊余子を除く3人は宇宙人として目覚めたのです。重一郎は火星人、一雄は水星人、暁子は金星人だったのです。
地球のみなさん、今すぐ行動を起こしてください!
大杉一家はそれぞれの使命に燃えて奮闘を始めます。重一郎は、担当をしているお天気コーナーで温暖化の深刻さについて、これまでにはない様子で熱弁をふるい出します。
「地球のみなさん、まだ間に合います!」と叫び出し、両手を天に突き出す火星人ポーズをやります。これが視聴者に好評となると重一郎は大人気となります。
「太陽系惑星連合の使者・大杉重一郎」と呼ばれると出演する番組視聴率も絶好調となり、テレビ局社内の評価も変わっていきます。
また、暁子は大学ミスコンに出場することを宣言すると、「美の基準を正す」という金星人の使命を務めます。
さらに、一雄は代議士秘書の黒木に心酔。黒木は一目で一雄が水星人だと見破り、「地球人が決められないことを、我々が代わりに決めてやればいい」と使命を説くです。
すると、一雄は黒木の部下として鷹森代議士の私設秘書になります。
ただひとり覚醒のなかった伊余子だけは、「美しい水」のビジネスにのめり込んでいきます。やがて、売り上げ成績の優秀者として、水ビジネスのパーティーでも表彰されるまでになりました。
手にする「美しい水」の味や効能の素晴らしさを世に広めていくことが自分の使命と信じているのです。
そんな時、暁子は気分が悪いと身体の異変に気が付きます。心配をした母の伊余子は産婦人科に連れていきます。
暁子は金沢にいた竹宮とはキスも情も通じていないと言いますが、医師の診断では妊娠と診察結果が出てしまう…。
映画『美しい星』の感想と評価
三島由紀夫が執筆した小説『美しい星』を30年越しに渡って映画化を望んでいた吉田大八監督。
鬼才監督と呼ばれるだけあって、今作は有り触れた感動へと誘う映画とは大きく異なる吉田節を味合わせてくれる作品となっています。
しっかりと現代社会に問いかけを見せている切り口は、流石のひとこと。この映画に登場した宇宙人が感じた社会や他者との違和感は、誰もが日常に感じるところではないだろうか。
とはいえ、「美しい星』は小難しい映画ではない。
誰にでも楽しめるコミカルな作風は吉田監督の笑いのツボは期待を裏切りません。
今回は、まず1つ目として、吉田大八監督の過去作を振り返り。
その後、2つ目では、吉田監督の演出が光る見逃して欲しくないポイントをご紹介します。
1:吉田大八監督の劇場公開作の一覧
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007)
2007年に初監督作品『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で映画デビュー。同年には第60回カンヌ国際映画祭の批評家週間部門に招待されました。
その後も独特な世界観と奇抜な演出方法で日本映画に話題作を排出してきました。
『クヒオ大佐』(2009)
監督第2作となったこの作品は、1970〜90年代に自称「ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐」と名乗り、アメリカ空軍パイロットでカメハメハ大王やエリザベス女王の親類として結婚詐欺師として約1億円を騙し取った実在の日本人男性を描いた作品。
原作は吉田和正の『結婚詐欺師 クヒオ大佐』。また、第50回日本映画監督協会新人賞最終候補作品となっています。
吉田大八監督作品2:『パーマネント野ばら』(2010)
この作品は、人気漫画家の西原理恵子が女性の可笑しくて切ない恋心を描き話題となった漫画の映画化。ヒロインは『Dolls ドールズ』以来8年ぶりの主演作の菅野美穂とあって話題になりました。第14回富川国際ファンタスティック映画祭にてNETPAC賞受賞。
『桐島、部活やめるってよ』(2012)
早稲田大学生として小説家デビューした朝井リョウの同名小説を映画化した青春群像劇。主人公前田役に神木隆之介、前田の憧れバトミントン部のカスミ役を橋本愛が演じたことでも注目をされました。
第37回報知映画賞、第34回ヨコハマ映画祭、第4回TAMA映画賞、第36回日本アカデミー賞にて最優秀監督賞受賞。第67回毎日映画コンクールにて優秀監督賞受賞。他多数受賞。
『紙の月』(2014)
直木賞受賞作「対岸の彼女」など多数の作品で人気作家の角田光代のベストセラー「紙の月」を映画化。宮沢りえが7年ぶりに映画主演を務め、年下の男のため横領してしまう女性銀行員の女性を演じたことでも話題になりました。
2014年に第27回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品、最優秀女優賞と観客賞を受賞。第38回日本アカデミー賞でも最優秀女優賞を受賞。
吉田大八監督の名前を聞いてもピンとこなかった、あなたも、いずれかの作品はご覧になっているのではないでしょうか。
それを『美しい星』では、日本映画界でも個性的な実力俳優として脂の乗ったリリー・フランキー。
親子が対峙する議論の見せ場を演じた、ジャニーズの亀梨和也の新たなる俳優としての演技。
年齢的に“美しい女優”としては、どんぴしゃりの存在感を示し適役な橋本愛。
女優としては演技派で知られ、今回は家族で唯一の地球人というシブさ中嶋朋子。
さらに、三島小説『美しい星』の原作からのファンで、最高の演技を見せる佐々木蔵之介。
過去作に今作も劣らない完成度の高い作品となっています!
2:今回の見どころ「宇宙人と宇宙人の会話」について
ズバリ!宇宙人の議論対決であり、親子の世代対決!その会話劇が繰り出されるテレビスタジオのシーンが見どころです!
参考映像:特撮テレビの不滅の名作『ウルトラセブン』
少し脱線をしますが…。
宇宙人同士の対話といって多くの人が思い出すのは、1967年に放映された特撮テレビ番組『ウルトラセブン第8話「狙われた街」』ではないでしょうか。(三島由紀夫の『美しい星』は1962年発売)
地球侵略を企らむメトロン星人の計画は、人間同士の信頼関係にヒビを入れ、お互いに信頼関係を無くしてしまうことが侵略の第一歩。
人間が凶暴化する事件を引き起こし、他者を信頼できなくしてしまう。
それについて宇宙人のメトロン星人と宇宙人のウルトラセブンが地球人について語る。地球人以外の宇宙人がアパートの一室のちゃぶ台を囲み、人類の存続について話し合います。
エンディングのナレーションでは、「メトロン星人の地球侵略計画はこうして終わったのです。人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人です。でもご安心下さい、このお話は遠い遠い未来の物語なのです…。え、何故ですって?…我々人類は今、宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼してはいませんから…」と締められる。
これは脚本家の金城哲夫による名脚本の一場面でした。
さて、一方の『美しい星』を制作した吉田監督は、作品の物語に異質なまでに突如、テレビスタジオで、父親(火星人)と息子(水星人)と議員秘書(水星人)が話し合い、または論争をする場面を描きます。
このシーンは独特な演出で、映画をご覧になると“違和感”という異質さを感じる場面だと思います。
吉田監督も「売れる映画を作ろうと思ったら、普通はやりませんよね。(中略)やれることをやり切ったという達成感はあります」と述べるほど、必要不可欠なシーンなのです。
三島由紀夫の原作がデスカッション小説と言われたことを鑑みれば、このシーンは今作最大の見せ場。
他の吉田大八監督の映画と並べてみるなら、『霧島、部長やめるってよ』の屋上シーンで映画部の部長である前田涼也の演説(思いの吐露)に匹敵する演出です。
ここの真意を見抜くことこそ、今回の映画を観る価値といっても過言でなく、他者や他のものや現象との“違和感”に触れる真髄です。
吉田監督はこのようにも述べています。
「この惑星の上でしか暮らしていけない人間の悲しさとか愛おしさを、人間自身が人間以外の目線から見つめ直す、という倒錯した魅力」
その上で、人間たちの小さくて必死なジタバタを見つめるものでありたいというのです。
ぜひ、この人間をどう救うかについての宇宙人の論争は必見です!
50年以上前に文豪三島由紀夫によって書かれた文学を、どのように吉田監督が現代にアップデートさせた作品なのか?
ぜひ、その白熱をあなたの目で確かめてもらいたいと思います。そこに救いがあるのか…?または違和感のままなのか…?
まとめ
この作品では「地球温暖化」を切り口に、背景にある人類の増加による人口問題、さらにはエネルギー問題へと飛び火していきます。
これらは結果的には、大きく言えば人類の搾取する側とされる側の格差問題のあります。
そのひとつが終盤で空飛ぶ円盤が飛来した「福島」へとも繋がり、吉田大八監督は映画の表層的には明確には示さないまでも、311震災や原発事故以降に“違和感”が増幅していることを感じているのでしょう。
宇宙人が示した人類が自然から乖離した存在として特別視した違和感。そこまで言い切れないないまでも、社会や身の回りに何となく、しっくりとしない違和感…。
誰しもが感じる“違和感”を最も強く感じていたのが、『美しい星』の原作者である三島由紀夫なのかもしれません。
その代弁を原作の設定を大きく変えて一石を投じた共感力。それを見せた吉田大八監督には拍手を送りたい。
また、物語の終盤では大杉一家は、福島の山中を歩いていきますが、末期ガンを発病した重一郎は思うように歩けないのでしょう。
山中にいた被爆した牛に乗って峠を越えていきます。
ことわざでは【馬に乗るまでは牛に乗れ】というのがあります。
意味は高い地位に就く前には、まず低い地位に就いて実力をつけよという例えです。
馬は牛より速いが、いきなり乗馬は難しいので、まずは牛に乗って乗り方の訓練するという意味のことわざ。
また、何もしないよりも、少しでも前に進んだほうが良いということでもあるようです。
空飛ぶ円盤搭乗(乗馬?)する前に牛という訳ですね。
この作品で観客を笑いながらも、目の前にあるテーマを考えさせる吉田大八監督。
感動だけを売り物にしがちになってしまった日本映画界にとって、エンターテイメントでありながら現在を鋭く見抜く観察眼のある貴重な監督です。
吉田大八監督の渾身の映画『美しい星』は、5月26日から全国公開ロードショー!ぜひ、お見逃しなく!!