とある母子に起こった悲痛な出来事を追体験する。
2002年、第42回講談社児童文学新人賞を受賞した『十二歳』で作家デビュー後、『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、第23回坪田譲治文学賞を受賞、『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』で第69回小学館児童出版文化賞を受賞した椰月美智子。
どこにでもいる母と子どもたちのリアルで壮絶な物語を描いた、椰月美智子による小説『明日の食卓』が、瀬々敬久監督によって映画化され2021年5月28日に公開されます。
「石橋ユウ」という名前の小学3年生の息子を育てる3人の母親たちを演じるのは、菅野美穂、高畑充希、尾野真千子。
本記事では、虐待という家庭の闇に切り込んだ原作小説『明日の食卓』のあらすじを、ラストまでネタバレありでご紹介します。
小説『『明日の食卓』の主な登場人物
・石橋あすみ
静岡在住の専業主婦。36歳。10歳の息子・優がいます。
夫・太一は東京に通い勤務するサラリーマンで、夫の母と同じ敷地内の別宅で暮らしています。
映画では尾野真千子が演じます。
・石橋留美子
神奈川在住のフリーライター。43歳。夫・豊はフリーカメラマン。
小学3年生の悠宇と、1年生の巧巳の息子二人に翻弄される毎日です。
映画では菅野美穂が演じます。
・石橋加奈
大阪在住のシングルマザー。30歳。
若き日に息子・勇を授かったものの、離婚して一人で育てています。
朝と夜はコンビニで、日中は化粧品の工場で働いています。
小説『明日の食卓』のあらすじとネタバレ
息子の「ユウ」に怒りをぶつける母親。馬乗りになり、平手打ちし、頭を床に叩きつけます。
「ユウ」はぐったりとして、動かなくなってしまいました。
あすみ
専業主婦の石橋あすみは、聞き分けの良い息子の優、家族思いの優しい夫・太一と、幸せな家庭を築いていました。
同じ敷地の別宅に義母も住んでいますが、お互い干渉しあわず、適切な距離で接しています。
優には私立小学校に通って欲しいと思っていましたが、通える範囲になかったため、公立の小学校に通わせています。
あすみは、通っている書道教室で、同年代で4年生の息子がいる、菜々という女性と親しくなり、彼女とのランチやティータイムを楽しむようになりました。
あすみの気がかりは、優のふたりのクラスメイト。ひとりは、気に掛かる言動が多い光一。授業参観中も歩き回ったり、前の席の優の背中をつついたりしていました。
もうひとりは、優と親しくしているというレオン。体が大きなレオンにいじめられてやしないかと、あすみは心配していました。
ある日、レオンの母から電話があります。レオンが優にいじめられていると言うんです。やってないと答える優の言葉を、あすみは信じます。
その後もレオンは家に遊びに来て、あすみは一安心。レオンの母からも、レオンをいじめていたのは光一だったと電話がありました。
留美子
小学3年生の悠宇と、1年生の巧巳という、やんちゃ盛りのふたりの息子の子育てにてんてこ舞いの留美子。
夫はフリーカメラマンとして仕事が忙しく、家事や育児には協力してくれません。
フリーライターである留美子は、育児のドタバタをブログに書き留めていました。ブログの人気もあり、少しずつライターの仕事も増えてきます。
ですが、そんな留美子とは対照的に、夫は仕事が激減。家で無気力に過ごす時間が多くなりました。
夫に家事や子どものことを頼んでも、留美子が思うようには動いてくれず、お互いにストレスが溜まっていきます。
加奈
シングルマザーの加奈。若き日に息子の勇を授かった加奈でしたが、夫が他の女性と浮気をしたため、離婚。
慰謝料も養育費も貰わず、借金を返済しながら、勇を育てるために昼夜問わず働いています。
加奈が幼い頃、母は暴力を振るう父から、加奈と弟を連れ、大阪へ逃げてきました。加奈と弟のために身を粉にして働き詰めだった母。
母は体調を崩してしまい、今では布団で横になる時間が増えました。弟は建築会社に就職したものの、退職し、加奈に金を無心するようになりました。
ある日、勇の担任の先生から、給食費が無くなって、それが勇の机から出てきたと報告を受けます。
担任の先生も勇を疑っているわけではなく、クラスの誰かが勇の机に入れた可能性もあると告げました。
加奈が勇に確認すると、クラスメイトの西山が、自分の給食費の中身を勇の机に入れたと言います。
西山の母もシングルマザーで、デリヘルで働いているそう。加奈は勤務先のコンビニで、早朝に若い男と買い物をする西山の母を見かけたことがありました。
小説『明日の食卓』の感想と評価
母親たちの心情にせまり、虐待を描いた本著『明日の食卓』。
冒頭から、激昂した母親の暴力の描写で始まるため、その時点で脱落してしまう読者もいるかもしれません。
豊かな生活を送るものの、家庭内の問題には気づかなかったあすみ。息子たちを追いかけ、時間に追われ、心の余裕を失っていく留美子。貧しいながらも、息子と二人の生活にささやかな喜びを見出す加奈。
三人とも、それぞれ懸命に生きながらも、自分以外の「息子」の人生が絡むと、思うようにはいきません。
亡くなった「石橋ユウ」は、彼女たちの息子ではありませんでしたが、どの家庭でも起こりうることでした。
あすみは、最後まで思考停止のまま、家庭の問題を見てみぬふりをしました。それが彼女にとっての幸せかもしれませんが、自分自身で解決するのではなく、他者から与えられたレールに乗るのを選びます。
このまま行くと、数年後のあすみと優は、もっと悪い方向に進んでいるんじゃないかと想像させられ、背筋が凍ります。
家族構成も、虐待の状況も、耀子と近かった留美子。夫との関係の不和から、息子たちへの苛立ちを高めていった留美子は、夫と別れることで精神的な余裕を取り戻します。
自分の伴侶や子どもは自分の分身であり、思い通りになる。そう考えてしまうから、不意の口答えや反抗に、怒りを抱いてしまうのかもしれません。
その点、加奈は、息子も意思を持ったひとりの人間であるということを無意識で理解しています。
加奈は、波瀾万丈な人生ながらも、息子の勇との幸せを少しづつ積み上げていきました。いつも笑顔の加奈と勇の描写は、息苦しい本著の清涼剤です。
タイトルの『明日の食卓』には、食卓という彼女たちの日々の生活と、明日という未来への希望が込められています。
ラストで留美子が思いを巡らすように、亡くなった「ユウ」には、明日の食卓も、これからの人生も存在しないんですから。
映画『明日の食卓』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【原作】
椰月美智子
【監督】
瀬々敬久
【キャスト】
菅野美穂、高畑充希、尾野真千子、外川燎、柴崎楓雅、阿久津慶人
【作品概要】
『楽園』『糸』の瀬々敬久監督が、椰月美智子の同名小説を映画化。
主演に菅野美穂、共演に高畑充希、尾野真千子を迎え、“石橋ユウ”という同じ名前の息子を育てる3人の母親たちの物語を描きます。
映画『明日の食卓』のあらすじ
同じ「石橋ユウ」という名前の小学3年生の息子を育てる3人の母親たち。
神奈川在住・フリーライターの石橋留美子(菅野美穂)43歳、夫・豊はフリーカメラマン、息子・悠宇10歳。
大阪在住・シングルマザーの石橋加奈(高畑充希)30歳、離婚してアルバイトを掛け持ちする毎日、息子・勇10歳。
静岡在住・専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子)36歳、夫・太一は東京に通い勤務するサラリーマン、息子・優10歳。
それぞれが息子の「ユウ」を育てながら忙しく幸せな日々を送っていました。
しかし、些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていきます。
無意識に子どもに向いてしまう苛立ちと怒り。住む場所も家庭環境も違う「3つの石橋家」の行き着く運命は…?
まとめ
2021年春にロードショー予定の映画『明日の食卓』。
おっとりとしたイメージがある菅野美穂があすみ、感情の起伏が激しい役が多い尾野真千子が留美子だと想像していたため、菅野美穂が留美子役、あすみ役を尾野真千子というキャスティングは、少し意外でした。
ですが、実生活でも育児中である菅野美穂が自らの経験を糧に、留美子から表出する「愛情と狂気」を体現してくれることでしょう。
原作では、交わることのなかった三人の母親たちですが、監督を努めた瀬々敬久は「映画の中では、やがてこの三人の姿が微妙に繋がっていきます。映画ならではのその醍醐味も楽しんでもらえたらと思います」と語っています。
社会派エンタテインメントの旗手である瀬々敬久監督が、母親たちをどう繋げていくのか期待が高まりますね。
映画『明日の食卓』は、2021年5月28日よりロードショーです。