映画祭で数多くの賞を受賞している松本動監督のイベント参加短篇5作品のご紹介
松本動監督は、自主映画を制作し、数々の賞を得ています。初の長編映画『星に語りて-Starry Sky-』(2019)は、400会場で上映され、観客動員数3万3千人を突破しました。
2021年2月18日には、松本動監督作の一挙上映イベント「WiFiを捨てよ 渋谷へ出よう」が東京・ユーロライブで開催。
松本監督は、これまでフリーの助監督として、多くの監督たちの作品に従事した後、大林宣彦監督の『花筐/HANAGATAMI』(2017)では、監督補佐を務めました。
近年は、監督業に専念し、2020年の「第15回ロサンゼルス日本映画祭/JFFLA」で、『星に語りて-Starry Sky-』と『公衆電話』が短編・長編部門のWノミネートを果たし、一人の監督作品が両部門でノミネートされるという、同映画祭史上初の快挙を果たしました。
今回は、「WiFiを捨てよ 渋谷へ出よう」のBパートで上映される、短編映画5作品を紹介し、松本監督の作家性を深掘りします。
映画『ミックス』
映画『ミックス』の作品情報
【公開】
2015年作品(日本映画)
【キャスト】
咲音、古澤裕介、正木佐和、平家秀樹、枝川吉範、今谷フトシ
映画『ミックス』のあらすじ
5歳の少女夕日は、ある目的を果たす為に、いつも一緒にいたぬいぐるみや、保育園の友達に無言の別れを伝え旅に出ます。ですが、道に迷い途方に暮れていました。
そんな時、夕日は会社員である治と出会います。治は困っている様子の夕日を助けようと、夕日が握っていた絵をヒントに、その場所を目指して一緒に旅に出ます。
最初は心を閉ざしていた夕日でしたが、治と次第に心が通じ合うようになります。
治は夕日から、あるお願いをされた事で、その想いを叶えようとしますが…。
映画『ミックス』感想と評価
「夕日短篇四部作」の第一章となる短編作品『ミックス』。
「夕日短篇四部作」とは、5才の女の子・夕日を主人公に、夕日が成人になるまでを5年周期で撮影、15年がかりで4つの短篇を制作するという試みです。
『ミックス』では、5才の夕日がある目的の為に旅に出て、会社員の治と出会った事で始まる物語が描かれています。
治も離婚を経験しており、夕日に自分の子供の面影を見たのかもしれません。
2人は旅を通して心が通い合い、やがて疑似親子のような関係となります。
タイトルの『ミックス』は、ソフトクリームの種類の事で、夕日と出会い、荒んでいた心が優しく変化していく、治の心境を象徴しているように感じます。
疑似親子となった夕日と治ですが、ある意外な結末を迎えます。このことが、第二章で10歳となった夕日に、どう影響するのか?非常に気になるところです。
映画『ガチャガチャ/GACHA GACHA』
映画『ガチャガチャ/GACHA GACHA』の作品情報
【公開】
2016年作品(日本映画)
【キャスト】
正木佐和、針原滋、桜木梨奈、田中登志哉、平家秀樹、今吉祥子、花ケ前浩一、青柳尊哉
映画『ガチャガチャ/GACHA GACHA』のあらすじ
地味で幸せとは程遠い生活を送っている、アラフォー女子の星空。
星空の誕生日に、イケメンの若い男、健斗が入社して来ます。星空は健斗に恋をしますが、その日が誕生日であると知った健斗は、星空を先に帰らせます。
会社からの帰り道に、謎めいた男が星空の前に現れます。
男に言われるがまま、怪しいガチャガチャを回した星空は、ガチャガチャから出て来た紙から「ドラマのヒロインになれる」というメッセージを受けます。
半信半疑で星空が自宅に戻ると、何故か健斗が自宅にいて、手作り料理で誕生日を祝ってくれました。
思いがけない事態に戸惑う星空に、その後待ち受ける運命とは?
映画『ガチャガチャ/GACHA GACHA』感想と評価
脚本、撮影、そして編集を全て48時間以内で行い、1本の短編映画を完成させるという、異色の映画制作コンペティション「48 Hour Film Project」にて、2016年の「最優秀観客賞(GroupA)」「最優秀撮影賞」を受賞した作品。
冴えないアラフォーOLの星空が、不思議なガチャガチャを回した事で起きる、夢のような体験を描いたファンタジー…と見せかけて、そこから巻き起こる二転三転の展開は、12分という上映時間も併せて、ジェットコースターのようにスリリングです。
他の作品と比べて、鑑賞後のインパクトが強い作品となっています。
映画『公衆電話』
映画『公衆電話』の作品情報
【公開】
2018年作品(日本映画)
【キャスト】
菅井玲、入江崇史、貴玖代
映画『公衆電話』のあらすじ
恋人と交際しながらも、進展がなく、30代の大台に乗ってしまった咲。
後輩OLの菜々からも結婚の心配をされていた時に、突然公衆電話から、咲の携帯電話に連絡が入ります。
電話をしてきたのは、地元から東京に出て来た、父親の静夫でした。
呼び出された咲は、静夫と夕食を共にする事になります。
久しぶりの親子の時間ですが、それは咲にとって、ぎこちない時間でもありました。
映画『公衆電話』感想と評価
東京でOLとして働く咲と、その父親で、突然東京に出て来た静夫。
父娘の一夜の物語を描いた『公衆電話』は、国内外50の映画祭を席巻し、2020年の「第15回ロサンゼルス日本映画祭/JFFLA」で、短編部門にノミネートされ、話題になった作品です。
恋人との結婚に関して悩んでいる咲が、マイペースな父親に振り回される様子がメインとなりますが、印象的なのが、咲と静夫が2人で東京の夜の街を歩く場面。
静夫の背中を見ながら、後ろをついていく咲が、置いて行かれないように静夫のジャケットを掴むのですが、いくら年齢を重ねても、父と娘という関係性は変わらないという事を感じる印象的な場面です。
静夫がいきなり上京し、咲を訪ねて来た理由は最後に明かされるのですが、このエピソードで、静夫の不器用ながらも優しい性格が伝わります。
そして、さんざん振り回された咲は、静夫の不器用な性格を受け入れながら、自分を見守ってくれている有難さを実感します。
『公衆電話』は、何年経っても変わらない父娘の関係を描き、作品から優しさと温もりを感じる作品です。
映画『カセットテープ』
映画『カセットテープ』の作品情報
【公開】
2019年作品(日本映画)
【キャスト】
菅井玲、入江崇史、大迫一平、貴玖代、相馬有紀実、佐藤実乃莉、ハルキ堂バンド
映画『カセットテープ』のあらすじ
30代の大台に乗って以降、恋人の彬との、倦怠期に入ってしまった事に悩む咲。ですが、咲は彬から、念願のプロポーズを受け、結婚する事を決めます。
早速、咲は彬を父親の静夫に紹介しようとしますが、静夫は明らかに咲と彬を避けており、2人を置いて出かけてしまいます。
残された咲と彬は、静夫がいつも聞いていた、思い出のカセットテープを再生します。
そこで、静夫がいつも同じカセットテープを聞いていた理由が判明し…。
映画『カセットテープ』感想と評価
『公衆電話』の続編となる、父と娘の物語を描いた映画『カセットテープ』。
『公衆電話』では、何年経っても変わらない、父娘の関係を描いていましたが『カセットテープ』では、咲の結婚という大きな変化に戸惑う、静夫の父親としての葛藤を描いています。
『公衆電話』で、いきなり東京を訪れて、咲を振り回していた静夫が、今度は突然訪ねて来た咲に戸惑う事になり、2人の立場が逆転している部分が面白いですね。
静夫は、咲の突然の結婚を受け入れられないのですが、この両者を繋ぐのがカセットテープの存在です。
カセットテープを通じて、咲は静夫の愛情を受け取るのですが、ラストでも、カセットテープが大きな役割を果たします。
『公衆電話』同様、父娘の愛情が、暖かい感動を生む作品となっています。
映画『パレット』
映画『パレット』の作品情報
【公開】
2020年作品(日本映画)
【キャスト】
秋田ようこ、秋山大地、井之浦亮介、小⻄有也、 杉谷玲奈、清水杏樹、田中栄吾、田村陸、みやたに、 迎祐花、本山勇賢、和田悠佑
映画『パレット』のあらすじ
2020年、パンデミックを巻き起こしたCOVID-19は、遺伝子変異により増殖力を増し、強毒性の強いウィルスへと変化します。
新型ウィルスの脅威により、ロックダウンとなった東京は、政府の監視下に置かれ、外出は禁止、常にマスクを装着する事が義務付けられ、違反すれば厳しい罰則が発生します。
環境活動家の谷口敏行は、閉校となった元大学の校舎を買い取り、強毒性ウィルスに対処する施設にする為、工事を進めていました。
施設内には、谷口の考えに共感する者や、行き場を失った若者達が集まっていますが、やがて施設内である事件が発生し…。
映画『パレット』感想と評価
コロナ禍における12人の俳優を、独白形式で映し出した『2020年 東京。12人の役者たち』内で上映される、映画『パレット』。
本作は緊急事態宣言解除後に、海外のガイドラインをもとに、独自の感染防止対策ガイドラインを策定し撮影されました。
強毒性の強いウィルスにより、ロックダウンした東京を舞台にしており、白黒を基調にした画面からは、閉塞感が漂います。
また、飛沫感染を防ぐため、出演俳優にはセリフを喋らせず、後からセリフを収録する手法を取っています。
その為、作中で登場人物同士の直接の会話が無く、人との接触が許されない、独特の世界観を生み出しています。
そんな、閉塞感が漂う世界で描かれているのは、それでも人が触れ合う事の必要性です。
人との接触を避けて生き続ける事は、死んだ事と同じあり、一歩踏み出す勇気こそ必要という、力強いメッセージを感じました。
まとめ
松本監督の短編作品、5本を紹介しました。
鑑賞していく中で感じたのは、松本監督は人との触れ合いと、それに伴うドラマに重点を置いて物語を構成しているということです。
赤の他人だった夕日と治が知り合う事で、物語が始まる『ミックス』や、星空が新人男性社員と出会う事で始まる『ガチャガチャ/GACHA GACHA』。
娘と父親の再開から始まる『公衆電話』と、静夫が彬を紹介される事で始まる『カセットテープ』。
どれも、新たな出会いや再会などが、物語を動かすキッカケになっており、短編作品ながら、登場人物が丁寧に描写されていることも印象的です。
また、ひと昔前の道具の数々が、物語を動かす重要な役割を果たすというのも特徴で、『ミックス』で2人を繋いだ絵であったり、『公衆電話』と『カセットテープ』では、静夫の不器用な愛情を表しながらも、咲との心を繋ぐ役割を果たしたのが、公衆電話とカセットテープでした。
さらに、突然非日常が巻き起こるガチャガチャなど、ひと昔前の道具の数々が、アナログな雰囲気を作品に与え、それにより温もりやユニークさを感じる作品が多いです。
とは言え、全ての作品がハッピーエンドで終わる訳ではありません。
それも、人間同士が織りなすドラマの、さまざまな可能性、それに伴う人間の面白さを描いているように感じます。
しかし、コロナ禍により、人間同士の触れ合いが難しい時代になってしまいました。
そんな中、いち早く劇場公開にこだわり、現場での映画撮影を再開し制作された『パレット』は、こんな時代だからこそ、人が人に触れる事の素晴らしさを描いた作品だと感じます。
コロナの収束が見えて来ない為、コロナ以前の従来の撮影は、まだ難しいでしょう。
そんな中で、人間同士の触れ合いを描く短編を、これまで数多く制作してきた松本監督の今後の動きに注目したいです。