写真家・蜷川実花の劇場映画デビュー作品『さくらん』
安野モヨコの漫画作品「さくらん」が映画化され、2007年2月24日より公開されました。
世界的なフォトグラファー、蜷川実花の初監督作品であり、モデル・歌手として活躍する土屋アンナが主演を務めた作品。
江戸吉原の遊郭「玉菊屋」を舞台に、逃げ出してばかりだった少女が、立派に花魁として成長していく人生が、赤とブルー、そして黒といった鮮やかな色彩と共に、強烈に映し出されます。
映画『さくらん』の作品情報
【公開】
2007年(日本映画)
【原作】
安野モヨコの漫画作品「さくらん」
講談社の雑誌『イブニング』に2001年9月号から2003年第7号まで不定期連載されました。
【監督】
蜷川実花
【キャスト】
土屋アンナ、椎名桔平、成宮寛貴、木村佳乃、菅野美穂、永瀬正敏、美波、山本浩司、遠藤憲一、小泉今日子、夏木マリ、安藤政信、小池彩夢
【作品概要】
江戸の吉原に生きた女性たちを描く青春時代劇。多くの女性ファンから人気のある漫画家・安野モヨコの同名漫画を、写真家の蜷川実花が映画化しました。
主演は、モデルやミュージシャンとしても活躍する土屋アンナ。共演に『アウトレイジ』『新宿スワンII』の椎名桔平、「相棒」シリーズや『クロユリ団地』の成宮寛貴、『蝉しぐれ』『誰も守ってくれない』の木村佳乃。他、菅野美穂、永瀬正敏、美波も集結。
映画『さくらん』のあらすじとネタバレ
江戸の遊郭。ある夜見世で掴み合いの喧嘩騒ぎが起こってしまいます。そんな夜見世の話題の遊女、勝気で美しいきよ葉。原色が重なりあう世界で生きていました。
幼いきよ葉が、桜の木々の下を歩いています。身売りされて行き着いた先、江戸吉原の美しい街に見惚れていると「玉菊屋の粧ひ」が通りがかります。豪華な衣装に身を包んだ花魁は、きよ葉の目に鮮やかに印象的に写ります。
上玉の「ひっこみかむろ」と判断されたきよ葉は、あの粧ひという花魁に世話になりながら生活することになりました。遊女たちと生活を共にしつつ、女の世界が怖くなったきよ葉は「玉菊屋」を逃げ出し、神社へ逃げ込みます。
「逃げられない」という現実を教える追手の清次。そんな2人の上に、桜が舞ってきます。街にある唯一の桜の木の下で「桜が咲いたら俺がお前をここから出してやるよ。」「いらねぇよ。てめぇで出らあ」と誓いにも似た言葉を交わしました。
客と床に就く粧ひをふすまの隙間から見たきよ葉は、「金魚じゃ」と呟きます。恐ろしい花魁になってしまうことが怖くなり、その場から逃げ出します。
金魚がお前のせいで一匹死んだと責める粧ひですが、花魁になどなれないと焚きつけ、きよ葉の口から「花魁街道まっしぐらだ」という力強い言葉を引き出します。
手練手管を教えつつ、花魁の覚悟を持たせたのでした。身受けされた粧ひは、自らがさしていた櫛をきよ葉へ与え「一本立ちできたらつけると良い」と言葉を残し、玉菊屋を出ていきました。
「10年に一人の天人だ」と評されるきよ葉は、高尾の名代で御隠居のもとへ向かいます。高尾の嫉妬心を刺激してきよ葉を縛られるように仕向けた御隠居は、高らかに笑います。
突き出しを終えデビューしたきよ葉は、瞬く間に人気をとるようになりました。なぜだか知らないがどう振る舞えば良いか全部わかっていたのです。
そんな煌めくきよ葉にとって運命的な、ある男との出会いがありました。故郷の話を振った惣次郎という男でした。だんだんと惹かれてゆくきよ葉。他の男のことが身に入らなくなってしまいました。
そんなとき、地方の大名の坂口がきよ葉を求めてやってきます。「玉菊屋」にとって大切な客です。しかし、きよ葉に嫉妬している高尾と若菊の動きによって、きよ葉は惣次郎のもとへ向かってしまいました。
このことを知った坂口は怒りまわりながら乗り込んできます。惣次郎はその場から立ち去ってしまいました。初めて失恋してしまったきよ葉は、悲しみに暮れますが日々の生活は進んでいきます。
ある日の夜見世で、高尾と若菊に惣次郎のことを煽られたきよ葉。また取っ組み合いの騒ぎを起こしてしまいました。
映画『さくらん』の感想と評価
映画『さくらん』は、花魁の世界観が色濃く映し出され、椎名林檎の音楽によってさらに「色」が足され、極彩色豊かに強く心に残る映画でした。とても美しかったです。
「極彩色」とは、種々の鮮やかな色を用いた濃密な彩り、という意味です。
女性の視点からも惹きつけられる魅力的な花魁の女性たちが、愛憎劇を繰り広げる場面では、激しい思いに裏打ちされるように、原色に近い色合いの色彩がショットが使用されています。
それは美しすぎるからこそ、辛いようで、見惚れるという不思議な気持ちになりました。
劇中のラストでは、きよ葉と清次が2人で駆け落ちし、逃げてゆきます。2人が迎えるその先の結末には、いくつかの解釈が映画ファンの中でも生まれたようです。
幸せに過ごすことができたのか、追手がくる日々に怯えたのか、どんな結末を迎えても「2人は幸せだった」と信じたいです。桜の下で誓い、そばに居続け、手を繋いだ2人は、最期まで幸せであって欲しいものです。
金魚を映画としての小道具(美術)の演出に用いて、「誰しも外の世界では生きていけない」ということを表しているようでした。
ビードロから出てしまった金魚がピチピチと跳ね場面もありました。きよ葉の人生に重なるように連想を抱かせています。とても心情に刺さる辛いものです。
ただ、金魚が教えてくれることは、辛い現実だけではない気もします。
金魚は隣のビードロに移動しても生きていける。「呼吸のできる環境が、別にある」そのような“希望”すら、金魚を深く見つめるなかで読み解く解釈もできるのではないでしょうか。
まとめ
安野モヨコの「さくらん」映画化し、蜷川実花の初監督作品であり土屋アンナの主演作。また、椎名林檎も音楽監督として参加し、スタッフに女性が多く起用された話題作です。
2004年公開の中島哲也監督の監督『下妻物語』で女優デビューを果たした土屋アンナ。その作品で2004年度の映画各賞を6つ受賞しています。
土屋アンナのもつ、元来の派手な色合いの魅力と、強さからくるどこか儚げな存在感が、蜷川実花が手掛ける世界と相まって、きよ葉が確かにくっきりとスクリーン上に息づいていました。
また、木村佳乃、菅野美穂の存在も大きく、「色の濃いシーン」がスクリーンに映え、遊女たちの人生劇が美しく描かれていました。
一人に決めきらない男、命をまっとうする男、惚れた女に残される男、思いを遂げる男。成宮寛貴、市川左團次、椎名桔平、安藤政信。女性の世界ばかりの目が行きがちですが、この作品に登場する男性たちも、それぞれの生き様を咲かせています。
辛いけれど鮮やかな遊郭の世界に魅了されながら、ビロードの金魚ように泳ぎ、また“希望”や光を抱くことを、存分に美しく映像で描いた作品が、蜷川実花監督の映画『さくらん』です。