人々が持つ差別感情をシニカルに問う一作
第14回小説現代長編新人賞を受賞したパリュスあや子の小説「隣人X」を、『ユリゴコロ』(2017)の熊澤尚人監督が映画化した異色のミステリーロマンス。
惑星難民Xを受け入れることとなった日本を舞台に、予測不能の謎めいた物語が展開します。
主演は「のだめカンタービレ」シリーズの上野樹里と「おっさんずラブ」シリーズの林遣都が務めます。
まったく人間と見分けがつかないXに対して疑心暗鬼になる世の中の人々。偏見や恐怖を乗り越えて互いを慈しむことの難しさと尊さを映し出す一作です。
映画『隣人X 疑惑の彼女』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
パリュスあや子
【監督・脚本・編集】
熊澤尚人
【キャスト】
上野樹里、林遣都、ファン・ペイチャ、野村周平、川瀬陽太、嶋田久作、原日出子、バカリズム、酒匂芳
【作品概要】
第14回小説現代長編新人賞を受賞し、次世代作家として大きな注目を集めるパリュスあや子の小説を、熊澤尚人監督が新たな視点を盛り込み完全映画化。
予測不能なラストが待ち受ける、異色のミステリーロマンスです。
7年ぶりの映画主演となる上野樹里と、林遣都が主演を務めます。台湾の実力派・黃姵嘉(ファン・ペイチャ)、野村周平らが共演。
映画『隣人X 疑惑の彼女』のあらすじとネタバレ
故郷の惑星の紛争によって宇宙から難民として「X」と呼ばれる生命体が地球にやってきます。世界中に溢れる彼らに対処に各国が苦慮する中、日本はアメリカに追随するように彼らの受け入れを決めました。
Xは人間にそっくりな姿で日常に紛れ込み、普通の人間とまったく見分けがつきません。不安を抱える人々はXを見つけ出そうと躍起になり、社会に不安や動揺が広がっていきました。
そんな中、週刊誌記者の笹憲太郎は、契約を切られる危機を回避したいがために、X関連の記事の担当に必死で名乗り出ました。なんとかチームに加えてもらった彼は、X疑惑のある柏木良子の追跡を開始します。
良子は宝くじ売り場の売り子と、コンビニバイトで生計を立てていました。上司らからプレッシャーを受ける笹は良子に接近し、徐々に距離を縮めていきます。
やがて良子に対して本当の恋心を抱くようになった笹に、良子も心を開き、ふたりは恋人同士となりました。
映画『隣人X 疑惑の彼女』の感想と評価
宇宙からきた惑星難民Xが、誰にもわからない形で潜む近未来を描いた作品です。
いったい誰がXなのか、そして彼らはどのような存在なのか。ストーリーが進むにつれ、さらに謎が深まっていきます。
登場人物らはどこか影を感じさせる者ばかりです。上野樹里演じる良子は、人目を避けるかのようにひっそりと暮らしています。宝くじ売り場の売り子と、コンビニのレジのバイトを掛け持ちして生計を立て、休日は図書館の本を読んで過ごします。
良子がXではないかと疑って追いかける、林遣都演じる雑誌記者の笹もまた深い影を感じさせます。ホームに入っている祖母の入居料を滞納していることもあり、彼は契約を切られる恐怖にいつも怯えています。
仕事のために良子に接近した笹は、いつしか彼女と恋に落ちました。Xへの偏見を隠さない笹に良子が言った「心で見ることが大切」という言葉が本作の大きなテーマとなっていきます。
本作には、もう一人Xではないかと疑われている女性・リンが登場します。台湾人で、日本語があまりうまくないことから、差別や偏見にさらされます。彼女が受ける差別描写は、Xにかけられている差別を表面化する役割を果たしているといえるでしょう。
Xを敵視していた笹でしたが、「Xであろうと関係ない」と言い切って夫を守ろうとする良子の母の姿や、良子の言葉によって考えを変えていきます。
自宅前でXと交信した笹は、自分がXであると自覚します。しかし、すべてが強迫観念に追い詰められた笹の妄想だったとしても違和感はありません。何が現実で、何が幻想なのかわからない展開に、まるで迷宮に迷い込んだような思いにとらわれます。
リンを恋人として受け入れる青年・拓真、そして良子の腕には3つの黒点があり、彼らがXだと示唆して物語は閉じます。
しかし、確たる証拠はまったく映し出されません。もしふたりがXだったなら、Xだけが”心で見る”ことができていたということになるのかもしれません。
ラスト近くに、良子は「星の王子さま」を子ども達の前で読み聞かせます。「大切なものは目には見えない」という本作の大きなテーマが、改めて強調されるシーンです。
最後に良子と笹は和解しますが、それはX同士だからという理由ではなく、互いを「心の目」で見た結果だったのでしょう。
まとめ
7年ぶりに映画主演を務めた上野樹里と、コミカルからシリアスまで演じ分ける実力派・林遣都が息の合った演技を見せる謎めいたラブストーリー『隣人X 疑惑の彼女』。
謎を追うミステリー要素と、ふたりの主人公の恋の行方、そして人の世に存在する差別・偏見問題に鋭く切り込む姿勢など、見どころたっぷりの作品です。
「人間を傷つけてはならない」と覚悟を持ってやってきたにも関わらず、「Xである」という事実だけで差別される惑星難民X。自分と異なる存在に対する過剰な攻撃を厳しく見つめる視線にハッとさせられ、思わず我が身を振り返ってしまいます。
”心の目で見る大切さ”について、改めて考えさせられるに違いありません。