25年間真面目な警官として生きてきたローレルはレズビアンであることを隠していました。
しかし、自分より若くオープンに生きるステイシーと出会ったことで生き方が変わり始めます。
大きな病と、平等を勝ち取るための闘いに人生を賭けた女性の物語『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』。
自分に正直に強く生きることの意味を教えてくれる映画『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』をご紹介します。
CONTENTS
1.映画『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』の作品情報
【公開】
2016年(アメリカ映画)
【原題】
Freeheld
【監督】
ピーター・ソレット
【キャスト】
ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル、ルーク・グライムス、ジョッシュ・チャールズ
【作品概要】
2015年6月、全米の州で同性婚が合憲であるという司法判断が示されました。
この物語はそれから13年前に遡った2002年の実話を基にして作られました。全米で同性婚が実現していく過程で、州ごとに採用されたのがドメスティック・パートナー制度です。
これは日本でもこの数年、渋谷区や札幌市などで採用されている「パートナー条例」と同じように、同性カップルにも結婚に準ずる権利を与えるという制度です。
それまで何の権利も認められていなかった同性愛者にとっては、この制度ができたことはとても大きな助けとなりました。
しかし、あくまで「結婚に準ずる権利」に過ぎないわけで、認められない権利をめぐって当事者の不満が大きくなっていきました。
郡警察で25年間、優秀な刑事としてのキャリアを積み上げてきたローレルはレズビアンであることを隠して生きてきました。
ところが年下のステイシーと巡り合ったことで人生に対する考え方が変わり、郡で始まったばかりのドメスティック・パートナー制度を申請します。
同棲を始め、幸せな生活が続くと思ったところで、ローレルが末期の癌であることは判明します。
ステイシーに自分の年金を遺したいと願うローレルですが、法的に結婚しているわけではないという理由で郡政委員会で拒絶されます。
この決定を不服としたローレルとその支援者たちによる郡政委員会との闘いは大きな注目を集めていきます。死期が目前に迫るローレルの願いは叶うのか? この闘いを追いかけたドキュメンタリー映画『フリーヘルド(Freeheld)』を原作として、この映画は作られました。
(『フリーヘルド(Freeheld)』は2008年の第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて上映されました)
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2.映画『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』のあらすじとネタバレ
2000年代初頭の、ニュージャージ州オーシャン郡。 男性社会の保守的な郡警察の中で、ローレルは優秀な刑事として、男に混ざって犯罪捜査の任についていました。
肉体的にハードな逮捕劇で活躍しても、郡政委員は同僚の男の刑事ばかりを評価します。
しかし、ローレルの相棒デーンは、そんな男性優位な社会を良しとはしていないようです。
休日、ローレルの姿は地元からかなり離れた街の体育館にありました。
レズビアン・コミュニティのバレーボール・サークルの練習に参加していたのです。
地元ではレズビアンであることをひた隠して生きているローレルは、知り合いもいない離れた町だからこそレズビアン・コミュニティに加わることができるのです。
ブロンドでウェーブのかかった長い髪のローレルは、ダイクと呼ばれるボーイッシュなレズビアンの中では目立つ存在でした。
自動車修理工として働く若いステイシーはローレルが気になり、声をかけます。
これが2人の出会いでした。
次の休日、ローレルとステイシーはセクシュアル・マイノリティが集まるクラブにいました。
お酒を買いに行こうとカウンターに向かったローレルは、同僚の若い男性刑事が男と親しげに話している姿を見かけて、顔色を変えて表に出てしまいます。
戻ってこないローレルを心配して追いかけてきたステイシー、店の外で話し込む2人にガラの悪い3人の男が絡んできます。
男勝りのステイシーが男たちに反撃しようとした瞬間、ローレルは拳銃を取り出して男たちを威嚇し、追い払います。
拳銃を持っていたことに驚き怒るステイシーに、ローレルは刑事だと伝えます。
その夜はローレルの家に泊まったステイシーですが、翌朝、2人の間には気まずい空気が流れていました。
刑事だということを隠していたローレルに怒るステイシーと、自分を隠して生きねばならない状況を理解しようとしないステイシーに戸惑うローレル。
オープンリーなレズビアンのステイシーと、クローゼットなレズビアンのローレル。
生きる世界が違う2人の関係はこれで終わり、と思われたのですが・・・。
警察署に出勤したローレルに、クラブで見かけた同僚の男性がこっそり声をかけてきます。
「あそこで会ったことは秘密にしておいてほしい」と。
もちろんローレルは誰にも言うつもりはありませんでした。
しかし、この会話をステイシーと自分の関係に重ねたローレルは、署の外に出て電話をかけます。
仕事中に電話を取ったステイシーに、「好きだ」という気持ちをローレルは素直に伝えました。
3.映画「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」の感想と評価
この作品の主軸となるテーマは
「同性愛」
「重い病」
「権利を求める闘い」
「実話を基にした映画」
という4つの要素が浮かびます。
同じテーマで描かれた映画が思い受かびませんか?
そう、トム・ハンクスがエイズを理由に法律事務所を解雇されたことを不当であると法律事務所を訴える裁判を起こした実話を基にした1993年の映画『フィラデルフィア』です。
作品の主軸となる4つの要素、そして物語の構成が非常に酷似しているのですが、これは両作が同じ脚本家、ロン・ナイスワーナーの手によるものだからでしょう。
ゲイであることを公表しているロン・ナイスワーナーは同性愛やホモフォビア、HIVなどに関する作品を多く手がけています(ハリウッドにおける同性愛を暗示する描写を解説したドキュメンタリー『セルロイド・クローゼット』など)。
それだけではなく、LGBTやエイズでの差別に関する講演を積極的にしたり、LGBT映画のアーカイブを設立したりと、当事者の活動家としての顔も持っています。
『フィラデルフィア』と酷似した要素、構造を持っていますが、脚本としてはこの『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』の方が遥かに洗練され巧みな仕上がりになっています。
「同性愛」
「重い病」
「権利を求める闘い」
「実話を基にした映画」
という、両作に共通する4つの要素に加えて、『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』にはローレルとステイシーの出会いから恋に落ちていくという「ガール・ミーツ・ガール」の要素も加わっています。
主軸となる要素が増えたにも関わらず、上映時間を比較すると『フィラデルフィア』が125分で、『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』は103分です。
つまり『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』は、冗長な部分がほとんどない作品だと言えるでしょう。
その分、要素が多いのに上映時間が短いと、ダイジェスト的に物語を追うだけになるのでは? という危惧を覚える方もいるかもしれません。
しかしこの作品の脚本は、短い場面に多くの情報を圧縮して見せていくという手法でその危惧を払拭しています。
例えば冒頭の場面。
ローレルとデーン、もう一組の男性刑事たちによる麻薬密売グループの囮捜査の場面から犯人逮捕を祝うパブでの場面につながる部分に、その後の物語の展開に必要となるほとんどの要素が描かれています。
それは、
・警察内部での男性優位な構造
・それゆえに男性に負けないよう体を張って頑張らねば評価されないローレルの現状
・ローレルとデーンのパートナーとしての信頼感
・保守的な考え方の郡政委員会のメンバー
・そのメンバーの中で物語のキーとなる委員ブライアンとその娘の存在
・そしてローレルに仕事上のパートナー以上の好意を抱くデーン
というかなりの情報量が詰め込まれています。
そして、その直後に登場する場面では、オーシャン郡から距離のある土地でのレズビアンのバレーボール・サークルが練習する体育館。ローレルとステイシーの出会いが描かれます。
ここでも2人の僅かな会話だけで、ローレルが保守的な土地で公務員(警察官)であるためにいかにクローゼットな生活を送っているのか、対して若いステイシーはかなりオープンなレズビアンとして生活しているという対比が提示されます。
この短い場面に情報量を圧縮して見せていくという手法が、この後も何回も登場します。
冗長な部分が削ぎ落とされていくことによって、主軸となるテーマ・要素が明確に浮かび上がってきます。
『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』の物語の構造は非常にシンプルです。
・末期癌ゆえに余命が少ないローレルの残された短い人生
という時間軸に、
・ローレルとステイシーの出会いから深め合っていく愛情
・平等を求めるローレルの闘い
という2つの物語が同時に進行していきます。
ローレルの闘いに関しては
・闘う相手は保守的な郡政委員会
・最初はデーンしかいなかった味方が徐々に増えて大きな力となっていく
と明快な図式があります。
絶対強者に対して勝ち目がなさそうな闘いを挑む不屈の弱者、そしてその弱者に力を貸す助っ人が集まってくるという図式は、活劇の基本と言っても間違いないくらい映画的な興奮を呼び起こすわけです。
特にクライマックスの郡政委員会の公聴会の場面は、まさに活劇そのものです。
(戦いの)場が設えられていく戦の前の静けさ、そして敵が待ち受ける場に助っ人を従えて主人公が入ってくる、という「これはアクション映画のクライマックスか?」と思わせるほどの興奮を呼び起こす描かれ方でした。
冗長な部分をそぎ落とし、無駄のない直線的な物語の構造で、かつ活劇を思わせるような興奮させる描き方。退屈させる場面などまったくなく、冒頭からラストまでストレートに伝わってくる登場人物たちに感情移入するしかなくなります。
4. まとめ
スティーブ・カレルが演じるユダヤ人ゲイの活動家・スティーブンのエキセントリックな演技に散々笑わせられながらも、主軸となる物語はとても力強く感動的。
脚本、演出の巧さに加え、役者陣の演技も見事です。
冒頭はパワフルで健康的な警察官のローレルが、見る見る間に末期癌患者らしく変貌していく様を演じたジュリアン・ムーアの気迫の凄さ。外見だけじゃなく、声を枯れさせていく発声の変化は見事です。
笑って、泣いて、パワーをもらえるという、映画として超一流の完成度を堪能できる『ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気』。
レズビアンの映画だから自分には関係ない、なんて理由で敬遠してしまうのは勿体無い秀作です。
なお、ご覧になる際は、ティッシュやハンカチ、タオルなどのご用意をお忘れなく。
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