映画『彼が愛したケーキ職人』は、12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開!
アトナの寂しさや悲しみを取り去ってくれたのは、夫のオーレンが愛した男性トーマスだった…。
本作は無名のイスラエル人監督オフィル・ラウル・グレイツァが演出を担当。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でワールドプレミア上映された際には、エキュメニカル審査員賞を受賞しました。
国籍や文化の差異のみならず、LGBT映画としても宗教や性差を超え、新しく出逢ってしまった男女が見つけたものとは…。
CONTENTS
映画『彼が愛したケーキ職人』の作品情報
【公開】
2018年(イスラエル、ドイツ合作映画)
【原題】
The Cakemaker
【監督・脚本】
オフィル・ラウル・グレイツァ
【キャスト】
ティム・カルクオフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハル・シュトラウス、サンドラ・シャーディー
【作品概要】
イスラエルの新鋭監督オフィル・ラウル・グレイツァが、8年の歳月をかけて制作した渾身の長編デビュー作。同じ男性を愛した男女二人が出会い惹かれ合う姿を描き、2018年、第52回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭にてエキュメニカル審査員賞受賞の快挙を達成。
主人公の男女を演じたのは、無名の俳優ながら本作への出演で2018年ヴァラエティ紙が選ぶ「観るべき10人のヨーロッパの俳優たち」に選ばれたティム・カルクオフと、『運命は踊る』(2017)『ジェリーフィッシュ』(2007)などで知られるイスラエルの人気女優サラ・アドラー。
映画ファン必見のイスラエル映画
映画ツウのあいだではイスラエル映画が熱い昨今。
作品性のテーマ選びや、登場人物の明確な描写に至るまで、映画界の次世代を担う作家たちが次々に育っています。
2018年10月に開催された第31回東京国際映画祭では、イスラエル特集「イスラエル映画の現在2018」が組まれたほどです。
この映画祭の参加にあたり、イスラエル・フイルム・ファンドで活躍を見せる、エグゼクティブ・ディレクターのカトリエル・シホリは、今日のイスラエル映画について、このように述べています。
「この数十年間で映画はイスラエル文化の極めて重要で不可欠な存在になり、世界の映画界の中心的プレイヤーの役割を担うようになりました。イスラエル映画は現在国内で活況は呈する芸術分野であり、世界的にもユニークな声とスタイルをもっています。
2000年の映画法成立から10年余りが経った現在、イスラエル映画は今日的な課題に向き合い、困難にめげず、時には議論を呼ぶようなテーマや物語に取り組み、国内の主要かつ代表的な芸術として位置づけられています。イスラエルの映画人はこの国の多文化的構造を描くにあたり、実に様々な物語や声、場所、文化をスクリーンで表現してきました。
イスラエル映画は世界の主要映画祭で数々の栄誉に輝き、国内はもとより国境越えて世界中の人々の魂に響き、心をを繋げ、感動を与えています」
2018年の東京国際映画祭では、コンペティション部門に選出された『テルアビブ・オン・ファイア』をはじめ、イスラエル映画特集として、『靴ひも』『赤い子牛』『ワーキング・ウーマン』とならび、本作『彼が愛したケーキ職人』が選出されています。
カトリエル・シホリがイスラエル映画について語った、「今日的な課題に向き合い、困難にめげず、時には議論を呼ぶようなテーマや物語に取り組み、国内の主要かつ代表的な芸術」というのは的確な解説です。
この数年間に最も力をつけたアジア映画をあげるとすれば、方向性は異なりますが、中国映画とイスラエル映画と言えるでしょう。
日本未公開の多いイスラエル映画ですが、若手作家たちによる作品には、宗教的な戒律の厳しい中でもLGBT映画として質の高い力作も少なくはありません。
その中でも、本作品『彼が愛したケーキ職人』は、イスラエルとドイツ映画の合作で、国籍や文化、宗教や性差を超えた極上の作品です。
イスラエル映画に馴染みのないあなたにもオススメの秀作です。
映画『彼が愛したケーキ職人』のあらすじ
ベルリンにあるカフェで、ケーキ職人として働くトーマス。
彼は、イスラエルから出張でやって来てはカフェに立ち寄るオーレンと、いつしか恋人関係になります。
オーレンには妻子がいましたが、ベルリンを訪れる度、二人は限られた時間を共に過ごしました。
いつものように、オーレンが妻子の待つエルサレムへ帰る日、「また一カ月後に」と言って部屋を後にしますが、その後ぱたりと連絡が途絶えてしまいます。
実はオーレンは、不慮の事故で亡くなっていました。
一方、エルサレムで暮らすオーレンの妻アナトは、夫の死後、休業していたカフェの再会に奔走し、女手一つで息子を育てる忙しい毎日を送っています。
ある日、アナトが市場で買い出しをしていると、アナトを追うように歩くトーマスの姿が。
彼は、亡き恋人オーレンの足跡を辿るために、エルサレムを訪れていました。
アナトのカフェにも足を運び、そこで働くことになったトーマス。
得意のクッキーやケーキを作り販売すると、たちまちその味が評判を呼び、カフェは人気店になりました。
カフェを営業する傍ら、大口のケーキ注文にも応えるため、トーマスはお菓子作りが苦手なアナトに丁寧に手ほどきします。
次第にふたりの距離は近づいていきますが…。
映画『彼が愛したケーキ職人』の感想と評価
無名の若手監督の歳月をかけた快挙!
本作の監督を務めたオフィル・ラウル・グレイツァは、1981年9月10日にイスラエル・ラーナナに生まれます。
南イスラエルにあるサピル学院大学にて映画制作を学び、在学中に発表した短編映画『A Prayer in January』が多くの国際映画祭で上映され、劇場公開までに至ります。
卒業制作の短編映画『Dor』は、カトヴィツェ映画祭で一等賞を受賞。またクレルモン・フェラン短編映画祭などの映画祭で上映。
大学を卒業した後、ベルリン国際映画祭がサポートするベルリナーレ・タレントキャンパスにも参加。2015年に監督を務めた『La Discotheque』(短編)がカンヌ国際映画祭の監督週間にて上映されます。
本作『彼が愛したケーキ職人』は、制作に8年の年月を掛けての長編映画デビューとなります。
2017年に開催されたカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のコンペティション部門で上映した際には、観客から総立ちの拍手と絶賛で、エキュメニカル審査員賞の受賞も獲得します。
その後、70以上の国際映画祭で上映され、映画賞と劇場公開の快挙を成し遂げました。
このように長きにわたり初の長編映画を丹念に作り続け、数多くの映画賞を受賞したオフィル・ラウル・グレイツァ監督は、本作について、宗教やセクシュアリティ、また国籍にとらわれずに生きる人間を描く、“人生とフードとシネマに捧げる人間賛歌”と称しています。
オフィル監督はベルリンからエルサレムに恋人の男性オーレンを案じてやって来た主人公トーマスや、その周囲についてこのように述べています。
「ベルリンとエルサレムを舞台に現在と過去が交錯し、主人公トーマスは喪失感と向き合いながら、宗教と世俗主義の間で揺れるイスラエルという国のアイデンティティを自ら体現しています。宗教的慣習がトーマスが求める許しを妨げ、一時は自分自身を疑うまでになってしまう。そして彼の愛の記憶まで歪められていく。その中で象徴的な救いとして描いたのがベーキングで、彼の子供時代の記憶や家族の想い出と深く繋がります。
ユダヤ教でもベーキングは非常に重要な意味を持つ行為として考えられています。ベーキングにおける宗教的要素こそ、ユダヤ教において何が許され、何が禁じられているのかというシステムを垣間見ることができます。トーマスとアナトは、このようなシステムに立ち向かい周囲と対立することで、彼らは自分の道を探していくのです」
オフィル監督が語っているように、この作品では宗教という知性や理性、そして食事という本能や好みをモチーフにこれまでにはない、LGBT作品であり、映画ならではの“人間賛歌の可能性”を提示して見せることに成功しています。
アブラハムの孫ヤコブの別名イスラエルに由来した国名を持ち、ユダヤ人の祖先を持つ国イスラエル。そこにドイツ人のゲイである人物がやって来る。また、イスラエルというのは「神に勝つ者」という意味もあるそうです。
さあ、主人公トーマスの表情、身体、仕草から、男性も女性も目が話せませんよね。
トーマスを演じた注目の俳優ティム・カルクオフ
主人公トーマスを演じたティム・カルクオフは、100人以上の俳優のなかから主役に抜擢され、2018年にヴァラエティ紙が選ぶ観るべきヨーロッパの10人の俳優たちに選出されました。
何といっても彼のドイツ人らしさが素敵のひとこと。ハイデルベルク生まれのティムのムチムチとした白い肌、そして骨格の良さ。
プリッとしたお尻や太もも、ケーキ生地を練り込む力強い腕や指先に至るまで、愛おしいはずです。なかでもたるんだお腹はキューピーちゃんそのもの。
そして、異国の宗教観の差異の壁に立たされたり、誰にもいえないセクシャリティの秘密に耐える健気さ、その繊細な表情には釘付けです。
さてさて、ここまではマニア向けとして、少し映画の内容も解説していきましょう。
LGBTの主人公と周囲が見つける新たな価値
ドイツ人でベルリンに住むケーキ職人のトーマスは、音信不通になってしまった恋人を思うあまり、彼はエルサレムに向かうと、オーレンは不慮の事故で亡くなっていました。
一方で夫オーレンを亡くし、女手ひとつでカフェを切り盛りし、息子を育てるイスラエル人のアナト。
そのオーレンが話していた妻アナトのカフェにトーマスは向かい、同じ男性を愛した2人は出会います。
国籍や宗教の違いに戸惑いながらも、同じ絶望と同じ喪失感を抱えたトーマスとアナトは、運命的に惹かれていきます。
この作品が面白いところは、ドイツから恋人オーレンを求めて旅してきたトーマスが、まるでオーレンの亡霊を憑依させるかのごとく同一化していく点です。
それをオーレンの息子イタイ、オーレンの妻アトナ、オーレンの母親ハンナが順々に見つけていきます。このことは突然亡き大黒柱や大切な存在を失った家族の癒しそのものです。
一方でトーマスは、“幸せな家族”というものを知りません。
幼き頃のトーマスは田舎でパン屋を営んでいた祖母に育てられ、母も父も縁が薄いことから寂しい人生を過ごしてきました。
エルサレムに来たばかりの頃のトーマスは、愛しい恋人のオーレンの影だけを求めていただけなのに、やがてそれが同一化を生み出すと、オーレンの持っていた家族や家庭という環境を学びほぐしていきます。
それを身体を作り出す食べ物によって、どれもが心の痛みを紐解いていきます。
オーレンの息子であるイタイとは、温かな飲み物やクッキー作り、もしくはイタイの誕生会のケーキ。
オーレンの妻アトナは、美味しくないカフェの立て直しのクッキーやケーキなどなど。
特に秀逸なのは、オーレンの母親ハンナの手作りの料理をトーマスが口にして食べる場面でしょう。
悲しみに暮れる男女、もしくは家族の姿を繊細に描いた演出は、ケーキ作りを通して宗教的慣習にぶつかりながらも、人が食べること、人が生きることの本質的な本能をあぶり出していきます。
そこにこそ、同じように何か失った喪失感で傷ついてしまった者たちが、“愛するという真の意味”を見出すであろう、美しいラスト・ショットに込められています。
単純なラブ・ストーリーやLGBT映画の枠に収まらないオフィル・ラウル・グレイツァ監督の『彼が愛したケーキ職人』は、彼の人間讃歌という価値観とともに、代表作として、あなたの心を揺さぶることでしょう。
まとめ
本作『彼が愛したケーキ職人』は、映画ならではの楽しみに満ちた作品です。
まず映画は、飛行機に乗らずして行ったことがない国の様子を垣間見ることができるのです。
それだけでなく、まだ無名であった頃のオフィル・ラウル・グレイツァ監督は、8年という月日に渡った映画つくりのスタンスで、しっかりとした“人生とフードとシネマに捧げる人間賛歌”というコンセプトを持っています。
そこに宗教観とセクシャリティを掛け合わせて、 ありがちなLGBT映画に留まらない可能性を観客のあなたに提示しています。
この作品でトーマスのスーツケースやトーマスの自転車、オーレンの息子に教えるクッキーデコレーションは同じ色彩で統一されています。
それはトーマスを演じたティム・カルクオフの寂しげな瞳の色と一緒でした。それはラスト・ショットに繋がっているのでしょう。
あなたはあのショットをどのように読み解きますか。
映画『彼が愛したケーキ職人』は、12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開!