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Entry 2023/06/06
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ロウ・イーアン監督×山口健人監督インタビュー対談|『ガッデム 阿修羅』が描く“人間の心の多様性”と映画が残すべき“今を懸命に生きる人々”

  • Writer :
  • 河合のび

映画『ガッデム 阿修羅』は2023年6月9日(金)よりシネマート新宿ほかにて全国順次ロードショー!

ジャーナリストのフー・ムーチンが書いた無差別殺傷事件に関する3つのレポートに触発されて製作された社会派サスペンス映画『ガッデム 阿修羅』。

夜市の日に起こった無差別乱射事件によって、事件に関わった6人の男女の運命が一変し交錯してゆく様を描き出した作品です。


(C)Content Digital Film Co., Ltd

このたびの映画『ガッデム 阿修羅』日本公開を記念し、本作を手がけたロウ・イーアン監督と、映画『生きててごめんなさい』やドラマ『アバランチ』などで知られる山口健人監督によるインタビュー対談が実現。

映画『ガッデム 阿修羅』の物語が形作られた経緯や山口監督が感じられた本作の魅力、そしてお二人がそれぞれに考える映画が伝えるべきものなど、貴重なお話を伺えました。

人間の心の多様性を映し出す物語


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──実際の無差別殺傷事件に関するレポートに触発されたことで生まれた作品ですが、ロウ監督は本作の物語をどのような意図に基づいて形作られていったのでしょうか。

ロウ・イーアン(以下、ロウ):本作は当初、無差別殺傷事件を起こした犯人だけに着目した物語を描こうと考えていました。しかしながら、モデルとなった出来事は実際に現実に起こった事件であることを改めて思い出す中で、本当にそれでいいのかと考えるようになりました。

そして脚本を直し続ける中で「事件を起こした犯人も、実はただ社会で生きるゆくことに悩み続けていた、自分と同じような人間なのでは」「本当は、誰かを殺したいなんて思っていなかったのでは」という考えに至り、犯人だけでなく、様々な形で事件と関わった多くの人々の物語という現在の形が生まれました。

作中のジャン・ウェンは、無差別殺人事件を起こしたことで、自身のどんな人間性を殺してしまったのか。あるいは、もし彼が無差別殺人事件を起こしていなかったら、どんな人間性を知ることができたのか……それはジャン・ウェン以外の登場人物にも、同様の問いができます。そうした人間の心の多様性を描きたいと思い、本作を制作しました。

今を生きる人々を、きめ細やかを描く


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──山口監督は映画『ガッデム 阿修羅』に対して、どのような魅力を感じられたのでしょうか。

山口健人(以下、山口):題材など作品の内容自体は現実に即したものでありつつも、今を生きる人の姿や感情がきめ細やかに描かれているのがまず素敵だと感じられました。

また前半・後半に大きく分かれる物語の構成も、社会問題を扱っている本作におけるエンターテインメント性としてうまく機能させていて、勇気のいる構成だったと思いますが、それがこの映画作品をより面白くしているように感じました。


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──映画『ガッデム 阿修羅』における人物描写の魅力について、より詳しく伺ってもよろしいでしょうか。

山口:ロウ監督ご自身も先ほど触れた通り、「人間を一面的に描いていない」という点が魅力的でした。

たとえば作中、無差別殺傷事件の唯一の犠牲者となったシャオセンは「事件で殺された」という理由で人々に祭り上げられていきますが、「もしボタンを1個でもかけ違えていたら、シャオセンは異なる顛末を辿ったかもしれない」という可能性も本作は同時に描かれています。

正義のヒーローと呼ばれるような人間も「正義じゃない部分」を持っているし、周囲から「強い人」と思われている人も実は弱い人だったりする。一人の人間の中に一面だけではなく、様々な面を見出して描くことは、僕自身も作品作りでいつも心がけていることです。

「人々の想いを残す」という映画の役目


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──映画とは、人間を含むあらゆる物事の“視点”を最も表現できるメディアであり、人々は自身が知る物事の新たな“視点”を知りたいからこそ、映画を観たり作ったりするのかもしれません。

ロウ:私は社会問題を題材にする中で、その社会で生きることに対して「生きづらさ」を感じながらも、それでも生きていかなくてはいけない人々の生活や心情に注目し続けてきました。

その「生きづらさ」は決して特別なものではないですし、社会を生きる誰もが感じたことのあるものだからこそ、見過ごされてしまいがちです。そうした見過ごされてしまう人々の想いを、映画を通じて伝えたいと思っています。


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山口:僕自身も、ニュースで報道された事件そのものを冷徹に描くというよりも、そのニュースの背景で今も生き続けている人々の想いを救い上げるような作品を作りたいと思っています。

もちろん、エンターテインメントとしての映画、「楽しい時間」を人々の元に届けるという映画の役目も大切にしています。ただそれと同時に、可視化されない人々の想いを残すことも、物語の存在意義の一つだと考えています。

人々が生き続ける限り、映画を作り続ける


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──映画『ガッデム 阿修羅』の制作を通じて、ロウ監督の映画作りにはどのような変化が生まれましたか。

ロウ:実は現在、一人のバーテンダーと、バーに訪れる様々な人生を背負った客たちをめぐる物語を描く、新たな映画の企画・脚本を進めています。

ただその作品でも、『ガッデム 阿修羅』と同じく社会を生きる人々が抱える「生きづらさ」、そしてそれでも懸命に生き続ける人々を描き出したいと考えていますし、私が映画を通じて人々に伝えたいものはこれからも変わらないはずです。

もし映画で伝えたいものがなくなったら、自分はきっと映画を作らなくなるだろうと常日頃から感じています。ですが、現在の社会を懸命に生きる人々が存在し続けている限り、私は映画を作り続けるつもりです。


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──山口監督は、映画作りにおいて現在どのような目標を持たれているのでしょうか。

山口:常に、多くの人に届くエンターテインメントでもあり、たった一人の人生を救うためだけにあるようなプライベートな作品でもある、そんな映画を作りたいと思っています。

映画でもドラマでも、今の自分の全力の想いを込めた作品であること、それは大切にしています。

インタビュー/河合のび

ロウ・イーアン×山口健人プロフィール

ロウ・イーアン

映画やテレビの両分野で活躍する脚本家兼監督であり、そのダークユーモアとキャラクターを活かした緻密なストーリー展開で最もよく知られる。

2005年の『快樂的出航(原題)』、2009年の長編映画『A Place of One’s Own(英題)』、2013年の『廢物(原題)』では、台湾の文化や社会・人種問題に触れ、国内外で賞を獲得した。

2015年の長編映画『White Lies,Black Lies(英題)』と2022年の『ガッデム 阿修羅』は、いずれも台湾で実際に起きた事件をモチーフにしている。作品を通して、現地の文化や人種問題、階級差や世代間ギャップがもたらす社会問題に常に関心を寄せている。

山口健人

1990年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学文学部演劇・映像コース卒業。大学在学中より映像制作を始め、2016年「BABEL LABEL」に所属。

広告やMVを数多く手がけ、近年では映画『静かなるドン』(2023)、『生きててごめんなさい』(2023)、『それでも、僕は夢をみる』(2018)、ドラマ『真相は耳の中』(2022)、『アバランチ』(2021)、『箱庭のレミング-不純ないいね』(2021)などの作品で監督や脚本を務める。

映画『ガッデム 阿修羅』の作品情報

【日本公開】
2023年(台湾映画)

【原題】
該死的阿修羅

【英題】
GODDAMNEDASURA

【監督】
ロウ・イーアン

【脚本】
ロウ・イーアン、チェン・シンイー

【キャスト】
ホァン・シェンチョウ、モー・ズーイー、ホァン・ペイジァ、パン・ガンダー、ワン・ユーシュエン ほか

【作品概要】
監督は、数々の受賞歴があるロウ・イーアン。本作では、2021年に「台湾のアカデミー賞」とされる金馬奨でワン・ユーシュエンが最優秀助演女優賞を、続く2022年には台北映画祭の台北電影奨で脚本賞・音楽賞・最優秀助演女優賞を受賞した。

主演は『先に愛した人』(2018)のホァン・シェンチョウ。主人公の親友役のパン・ガンダーをはじめ、『親愛なる君へ』(2021)で知られるモー・ズーイーが事件を調べる記者役を、ワン・ユーシュエンが不良少女役を演じるなど、実力派俳優が揃った。

映画『ガッデム 阿修羅』のあらすじ

18歳の誕生日を迎えたばかりのジャン・ウェン(ホァン・シェンチョウ)が、夜市で乱射事件を起こした。その動機について、周囲の誰も見当がつかない。

彼を助けたい親友のアーシン(パン・ガンダー)は「殺意はなかったこと」を証明するために奔走する。

この事件で唯一犠牲になったシャオセン(ライ・ハオジャ)は、ゲーム「王者の世界」で多くのファンを持つプレーヤーだが、実生活では規則正しく平凡な生活を送る地味な公務員。

その婚約者のビータ(ホァン・ペイジァ)は仕事中心の生活になっており、2人の間にはすれ違いが生まれていた。

リンリン(ワン・ユーシュエン)は非行に走る少女。同じく「王者の世界」にのめり込み、ゲームのため偽のIDとヌード写真を用いてシャオセンを誘惑し協力を得ていた。

黎明アパートを取材する記者、バイ菌(モー・ズーイー)は偶然、現場に居合わせ、事件の真相を突き止めることを決意する。

6人の運命が夜市で交錯する。もし、彼らが犯行前に別の選択をしていたら、悲劇は起きなかったのだろうか……。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche




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