劇場アニメ『薄暮』は、2019年6月21日(金)より全国ロードショー
アニメファンから今だに高い評価を得ている、2006年の『涼宮ハルヒの憂鬱』や、2007年の『らき☆すた』などで脚本・絵コンテ・演出を務め、また2010年には、川島海荷主演の実写映画『私の優しくない先輩』でも人気を博した山本寛監督。
山本寛監督といえば、東日本大震災を経験した東北への支援事業に力を入れてきたことで知られており、劇場アニメーションの最新作『薄暮』は、福島県いわき市を舞台にした作品です。
いわき市の高校に通う主人公の佐智は震災で心に傷を負い、友人や家族と少し距離を置きながらいきている少女。
幼い頃からバイオリンを続けてきた彼女は音楽部に所属しながら、文化祭で披露する四重奏の練習に日々励んでいたが、一方で震災で実家が帰宅困難地域となり、いわき市に避難してきた男子高校生の祐介と出会うと…。
かつて、若かりし山本寛監督が大学生の頃に発想の原点を持つ劇場アニメ『薄暮』。
クラウドファンディングによる制作に共感を持った山本監督ファンから大きな注目を集めながら、6月21日より全国で公開されますが、それを記念して山本寛監督にインタビューを行いました。
ストーリーの舞台を福島県いわき市に設定した理由や、制作秘話などについて、また劇場アニメ『薄暮』で描こうとしたのは本当の想いとは何か?その真相に迫ります。
CONTENTS
被災地「東北」への思い
『薄暮』の作画をする山本寛監督
──これまで山本監督が力を入れてきた、東北を舞台にした作品についてお話を聞かせていただけますか。
山本寛監督(以下、山本):私には東北被災三県での三部作を作りたい、という構想がありました。岩手、宮城、福島をそれぞれ舞台にすることで、地元に住み続ける被災者の方に力を与えるような作品を作りたかったんです。
震災の直後から三県を周って、作品作りのヒントになるような取材をしたり、ボランティア活動をしながら、様々な被災者の方のお話を伺ってきました。何かをしなければ、というこれまでには無かった強い想いを抱いたんです。そのひとつ目が、岩手県の大槌町を舞台にした短編の『blossom』。そして、二つ目が宮城県の仙台を舞台にした『Wake Up, Girls!』です。
ところが、東北三部作のうち、二作品を製作して借金まみれになってしまいました。また、様々な権益に飲み込まれたことで、人間の醜さばかり見てしまい、いったんは廃業することも考えました。
『薄暮』誕生の立会人「和田浩司」
──劇場アニメ『薄暮』を制作するに至ったきっかけには、静岡県で、お菓子屋を営む、和田浩司さんという人物の存在が居たと聞いておりますが、それまでの経緯をお話しいただけますか?
山本:和田浩司さんは、アニメ作品を制作した経験のない、静岡県・浜松のお菓子屋さんです。以前に制作した『Wake Up Girls!』という作品で、キャラクターケーキを作ってくれました。その縁で商品化の一環だからと、「山本さん、どうしても、僕のためにアニメをもう一本作ってください」と言ってきたんです(笑)。
初めは、頼むから止めてください、と言いました。2016年の7月ぐらいから急に接近し始めて、大阪でファンのイベントを開催した翌日、大阪をぶらついて帰ろうとスタッフと話していたら、なぜか、そのなかに和田さんがいるっていう。誰だ?なんで、この人いるんだろう、と思っていました。
全く知らない関係ではなかったですが、和田さんが何で一緒に同行して付いて来るんだろうと思っていたので、「和田さん言っておきますよ。絶対にアニメ製作には手出さないほうがいいですよ。ろくなことにならないですよ。人間不信になるわ、お金はどんどん減っていくわ、絶対に止めたほうがいい。俺は、もうアニメは廃業する。もうアニメは懲り懲りです」と、アニメ製作に手を出さないように釘をさしたんです。
お菓子屋さんで『薄暮』の製作総指揮の和田浩司さん
山本:それから2カ月が経った9月、新宿の火鍋屋に和田さんから呼び出されて、「実は山本さん、アニメ作品を作って欲しいんです」って。とにかく、もう猛烈に拒絶しましたね。それでも食い下がった和田さんは、やっぱり、自分の最終目標はアニメ製作で、アニメファンとして大きなひとつの夢だったと言いだし、何度も僕のファンだと繰り返すんですよ。
その頃、僕は非常に体調が悪かった時期なんです。今も続いているんですけど体調も完全に崩れていたので、もうアニメ製作の自信は全くなかったんです。その時に和田さんの愚直な執念か何かで、ポロっと「短編くらいならできますかね」って、根負けして口が滑ったんですね…(笑)。
クラウドファンディングという協力者
福島県いわき市での『薄暮』先行完成披露試写会
──和田さんのほかにも、劇場アニメ『薄暮』には、クラウドファンディングでの多くの協力者がいますね。
山本:製作面に関して、当初は委員会制を組んでもいいと思いましたが、どうしてもプレイヤーが増えてしまう。船頭多くして船沈む状態で、山にすら登れずに、ただ沈むだけです。
和田さんの、つかさ製菓の一社製作という前代未聞の状況で、私自身も、ぞっとするようなアニメ制作が始まりました。しかし、和田さんから、クラウドファンディングの提案があって、なんとか資金のベースができたんです。それでも、和田さんの苦労は多かったようです。
『薄暮』のイメージ
──『薄暮』の発想の原点をお聞かせください。
山本:もともとは福島が舞台ではありませんでした。『薄暮』は学生時代に浮かんだもので、私の出身である関西の話でした。草稿では主人公たちは関西弁をしゃべっていたんです。物語をいつ思いついたかは、はっきりしませんが、一枚絵としては覚えています。
京都の古びたバス停を見たことがはじまりです。ドライブ中、確か後部座席の左側に座っていました。ぼーっと外を眺めていたんですが、すると何でもない、山に囲まれている盆地に畑が広がっていて、そこにポツンと古びた『菊次郎の夏』のようなバス停がありました。ふわっと通り過ぎていきましたが、あれが最初のイメージですね。
『となりのトトロ』のようですが、あそこに女の子がいたら絵になるなと思いました。それが薄暮の夕暮れの情景で、「夕暮れの情景」「バス停」「少女」という一連のイメージです。
──『薄暮』の心象的なイメージを福島にした決め手はなんでしょう。
山本:薄暮は、西の水平線に日が沈んで六度くらいの時間帯を言います。その時まさに薄暮の時間帯で、その直後に草稿を書きました。それがちょうど『薄暮』の前半部分です。バイオリン弾きの女の子と絵を描く男の子という設定は決まっていました。そのイメージがずっとがありましたが、企画段階のまま、なかなか作品化できずにいました。
結局、三度くらいタイミングを逃していたので、もうあきらめていたんですが、和田さんと話している時に、急に思い出して提案しました。そういえば、東北三部作と言いながらも、三つ目がなかったなと思い、福島県に行くことにしました。
ただ、福島と関西では、日が沈む方向が違います。関西は海沿いに沈み、福島は山に沈むんです。最初のロケハンでそのことに気づき、いったんイメージの刷新をするかという時に、私たちが「薄暮ポイント」って呼んでいる、いわゆる、今までのイメージに一番近いところが、いわき市内に見つかったんです。
いわきの平、下片寄(しもかたよせ)という場所なんですが、そこを通った瞬間に、それまで曇りだった空模様が、晴れたんです。すると、ちょうどいい薄暮が見えて、何かの縁を感じて、いわき市を舞台に決めました。
キャラクターのモデル
──登場するキャラクターは、どのように形つくりましたか。
山本:私は物を作るときに、必ず運命の出逢いがあります。『薄暮』のモデルにした実際の高校に行き、無作為に二人の女子高生に、福島の今の流行りや、普段行っている場所、休みに遊んでる場所を聞いてみたんです。
すると、二人のうちのひとりの子が、帰宅困難区域である大熊町の原発の避難民だったんです。その子に、もう一回聞き取りをしましたが、あんまり細かく話そうとはしてくれませんでした。
それでもその後、仮設住宅にも生まれて初めて入りました。そこで、その高校生のお母さんにも会ったんです。いわゆる福島の中で1番のブラックボックス、原発周りのことを、当事者である方に聴いたんです。それが物語に、はまりました。
その証言を元にして、福島の裏の部分、表にはあまり出せないコアな部分が見つかり、それを主人公の小山佐智に半分、雉子波祐介に半分と約2等分しました。祐介が特に避難民であるっていう設定は、もうすでにできていたんですが、半分空想にしようかと思っていた時でした。これで完全にキャラクターに、肉付けができました。
いわき市を聖地巡礼の地に
──本作は舞台である福島県で先行上映され、いわき市が印象づけられました。
私としては、東北で三作つくって終りではなくて、聖地巡礼モノの効果を重視しています。作品での恩返しとしては、『Wake Up Girls!』でおこなったように、観客に足を運んでもらい、現地を知ってもらうのが、一番いいと思っています。
発端のアイデアとしては『らき☆すた』という作品が最初です。埼玉県の鷲宮町がえらく盛り上がったのを知って、それから聖地巡礼を意識するようになりました。
いわき市は、東京から常磐線で2時間半ですから、箱根に行く感覚とあまり変わりません。付近の駅前の店などを登場させて、主人公たちに飲食をさせることもします。ひとつひとつ、フィルムコミッションを通じて許可をもらって、地元の学校も出しています。アニメに店が出れば、そこでお金を落とすし、何かグッズを発売すると購入もされます。そういうイベント性が追体験として大事だと考えています。
例えば、佐智の実家が、いわき湯本にあるという設定にすると、ファンは温泉街に泊まりますね。そういった仕掛けをずっとやってきました。温泉があって、程よく田舎でイメージ通りのポイントがあって、あとは何軒かのお店があれば、そこは「聖地巡礼の地」になりうるのです。
インタビュー・撮影/ 出町光識
構成/ 加賀谷健
インタビュー協力/ 渡辺正美
山本寛監督プロフィール
1974年生まれ。大阪府出身。
『POWER STONE』で初演出、以降『週刊ストーリーランド』『あたしンち』等多くの作品に携わる。
2006年に『涼宮ハルヒの憂鬱』のシリーズ演出として参加。『涼宮ハルヒの憂鬱』の劇中歌で使用された「恋のミクル伝説」の作詞やエンディング曲の演出なども手掛ける。
2007年、『らき☆すた』で初監督。
アニメーション以外にも数多くのメディアで講演、執筆活動など多彩な才能を発揮する。
2010年に実写映画として『私の優しくない先輩』を監督し、2010年度TAMA映画祭最優秀新進監督賞を受賞。
2011年3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震以降は、復興支援やチャリティー活動にも積極的に参加し、本作はその東日本大震災の復興プロジェクトの一環である「東北三部作」のラスト作品となる。
映画『薄暮』の作品情報
【公開】
2019年6月21日(日本映画)
【原作・脚本・監督・音響監督】
山本寛
【キャラクターデザイン・総作画監督】
近岡直
【美術監督】
Merrill Macnaut
【色彩設計】
村口冬仁
【音響演出】
山田陽
【音楽】
鹿野草平
【キャスト】
桜田ひより、加藤清史郎、下野紘、島本須美、福原香織、雨宮天、佐倉綾音、花澤香菜
【作品概要】
監督は、宮城県仙台を舞台にした『Wake Up, Girls!』を手がけた山本寛。
本作では山本寛が原作・脚本・音響監督も務め、『blossom』『Wake Up, Girls!』に続く東日本大震災の復興プロジェクトの一環「東北三部作」の最終章となっています。
2017年に行われたクラウドファンディングで、目標額の1500万円を大きく超える約2000万円を調達して制作が決定しました。
主人公の佐智役は、実写映画『咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』(2018)の桜田ひよりが声優に初挑戦し、祐介を初代「こども店長」としても知られる子役出身俳優の加藤清史郎が演じます。
映画『薄暮』のあらすじ
バイオリンだけが取り柄の女の子・小山佐智(桜田ひより)は、福島県いわき市に住む女子高生。幼いころからバイオリンを続け、高校では音楽部に所属しています。
まもなく訪れる文化祭にて、部内の友人らとともに弦楽四重奏を組んで発表するため、日夜練習に明け暮れていました。
一方で、彼女は2011年3月11日に発生した東日本大震災で心に傷を負い、友人や家族との間に距離を置きながら毎日を過ごしていました。そしてバスで遠出し、一人で過ごす時間を作るのが彼女の日課となっていました。
そんなある日、いつものようにバスを待っていると、道端に一人の男子高校生が。画材道具を持った彼は佐智に、この近辺に絵のモチーフとなるような美しい場所はないかとたずねます。
雉子波祐介(加藤清史郎)と名乗った彼は、震災によって実家が帰還困難地域となり、その結果いわき市に避難してきた人間の一人でした。彼は当たり前の景色が失われてしまう現実を目の当たりにし、“美しい今”を残すために絵画制作を始めたと佐智に明かします。
祐介の思いに深く共感した佐智。こうして二人は放課後、バス停で待ち合わせては“美しい場所”を探すという秘密の時を過ごすようになります。
その中で二人は価値観を共有し、やがて恋心が芽生えますが、ある日佐智は祐介のスケッチブックの中に、一枚の絵を発見。その絵をめぐり、二人の関係は新たな展開を迎えるのでした…。