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Entry 2022/08/23
Update

【中西舞監督インタビュー】『喰之女』幼少期にホラー映画に憑かれた女性監督の“ボーダーレスな作家性”

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  • Cinemarche編集部

スリラー映画『喰之女』は、2022年7月開催のSKIPシティ国際Dシネマ映画際の国内コンペティション短編部門にエントリー!

国内外の多くの映画祭で評価されている注目の作家・中西舞監督が、台湾・日本合作で挑んだ映画『喰之女』

「永遠の若さ」「栄光への野心」に固執する女優が、女優仲間に誘われて訪れた謎の晩餐会で味わう恐怖と欲望の姿を描いた短編スリラーです。


(C)Cinemarche

台湾の台南と高雄を舞台にした本作は、登場する人物たちの会話は全て台湾語。日本人でありながらも、台湾・韓国など国境をボーダレスに越えて活躍する中西舞監督に、今回取材を敢行致しました。

映画『喰之女』の製作の経緯や、独自の色彩や美術への表現のこだわり。また中西監督の前作となる短編映画『HANA』との比較を通して、ホラー映画が好きになった理由と幼少期の思わぬ体験などを大いに語っていただきました。

映画ビジネスの仕事を経て“監督”へ


(C)HANAFILMS

──中西舞監督は映画監督になられる以前、映画会社などにご勤務されていたそうですね。

中西舞監督(以下、中西):大学生の頃に外資系映画配給会社でインターンを経験後、日本の映画配給会社に勤務し、日本で製作された邦画の海外セールス、海外映画のバイヤーとしての買い付けや日本でのマーケティングを主に行なってきました。フリーランスで映画制作に参加したり女性監督のジャンル映画祭の企画をすることはありましたが、一貫して映画に関連する仕事を続けてきました。

映画監督として活動を始めた具体的なきっかけは、2016年に韓国で開催された、釜山国際映画祭主催の選抜制ワークショップ「アジアン・フィルム・アカデミー」に参加してからです。そこで台湾映画の『楽日』『西瓜』などで知られる蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の指導の元、韓国やアジア地域から招待された若手フィルムメーカーたちと短編映画を制作したことで、のちに釜山で短編映画『HANA』(2018/13分)を監督するに至りました。

──映画バイヤーから映画監督になられたということですね。

中西:実は、初めて映像制作の現場に関わった時の私のポジションは「プロデューサー」であり、海外や日本人監督が撮影するホラーやジャンル映画の制作に参加しました。

その中で元々物語を書くことが好きだった私は、監督の脚本の直しを手伝っている中で、周囲の人たちから「自分で撮ってみたら」と監督への道行きを勧められるようになったんです。ただ、当時の私は「“映画監督”は別次元の存在」というイメージを持っていました。自分が監督をするなんて、想像もしていなかったんです。

初めて参加した釜山でのワークショップも、プロデューサーとして呼んでいただき参加しました。しかし、釜山で出会ったフィルムメーカーたちから、「映画の企画があるなら、ぜひ協力をする。釜山で一緒に制作しましょう」と言われたんです。それが短編映画『HANA』の原点になります。

『HANA』の物語のアイディアは、自分の幼少期の思い出が基になっています。両親が共働きで忙しく一人の時間を過ごすことが多かった。その時に感じた“母親と一緒に過ごしたいけど過ごすことができない”という寂しさや切なさを、ホラーとして描くことが着眼点になっています。

“罠が潜む場所に人を招く”の意図と由来


(C)SWALLOW Film Partners.

──本年2022年度のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭にエントリーされた『喰之女』と前作『HANA』の物語と設定は、いずれも「誰かを奇怪な場所に罠を張って招き入れる」という特徴を持っています。

中西:ああ、確かに!『HANA』はシングルマザーであるハナの母親が、ベビーシッターを家に招き入れますね。また『喰之女』も、女優仲間であるミミが、売れている女優シューランを晩餐会に招くことで罠にかける。まったくの無意識です。危険ですね……(笑)。

閉鎖的な緊張感を強いられる場所に、主人公が招かれる。私はそこで、日常の平穏では決して見えない人間の感情が吐露されると思っているのかもしれません。人間の残酷な面や醜い部分を含め、社会的には「見せたくない」「見たくない」と認識されているものを掘って掘って、そこで露わになるもの。それが、私にとっての“誰かに見せたいもの”なんだと思います。

また女性は人生において、利害関係によって決断をする場面が多い気がしています。もちろん、それは男性にも心当たりのある場面はあるはずです。この決断の連鎖において、感情からこぼれ落ちる人間的で嫌な部分を描くことこそ、ホラー映画を撮る魅力なのかもしれません。

──感覚的に映画を作られている中西監督の素晴らしい感性によって、理屈で物事を捉え過ぎることのつまらなさ、“無意識の想像”の強靭さを改めて思い知らされました。

中西:ああ……今、思い出しました。私が小学生の頃、友人たちを「“私の家”にハーゲンダッツのアイスがあるから、一緒に食べにこない?」と招いて、自宅のリビングでアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960)のビデオ上映会をしたことがあるんです。

あの有名なシャワーでの殺人の場面をみんなに見せ、どんな驚きや反応を露わにするのかを覗き見るのは、本当に楽しかった。他にも海外に住んでいた高校時代、三池崇史監督の『オーディション』(1999)の試写会があり、それにもクライスメイトを誘いましたね……。

そんな友人たちとは今でも交流があり、『喰之女』も韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭で観てもらい「私たちにホラー映画を観せていたあなたが、ホラー映画の監督になるなんて」と喜んでくれました。大人になっても、映画を通じてやっていることはあまり変わりませんね(笑)。

ホラー映画としての“色彩設計”


(C)HANAFILMS

──中西監督の色彩へのこだわりについてお聞かせください。前作の短編映画『HANA』では「白」を、そして『喰之女』では「赤」を各作品のキーカラーとして使用されていました。

中西:『HANA』の制作時には、多くのジャパニーズホラーやコリアンホラーがジメジメとした暗い色彩であり、どの作品も映像の色彩が似通っているという現状に対して、それらを根本から覆した「白」を基調にしたホラー映画が作ってみたいと考えていました。

撮影用に釜山で借りた高級マンションも「白」の要素を多く持つ場所で、画作りの際のライティングにもこだわりましたし、インテリアもミニマムなものにするように気を遣いました。そうすることで、物語の舞台となる場所への“精神的・物体的な死”という意味付けを試みたんです。

一方で『喰之女』の「赤」は、元々「嫉妬・情熱的・女性」といったイメージを持つ色彩です。そこで赤という色彩が、作中の人々を飲み込んでいく印象を持たせたかった。注がれる赤ワイン、切り刻むステーキから滲む赤い血と徐々に色は広がっていき、最後はシューランが履いていたハイヒールを手に入れたミミが、その赤色のハイヒールを履いて歩み出す。それらはいずれも、赤という色彩でつながれた“負のスパイラル”を意味しています。

映画の終盤、シューランの最期も明確には描いていません。それは女優としての座を奪ったミミもまた同じで、今度は彼女の前にも、別の女優が新たに現れるかもしれない。そうした雰囲気を漂わせる形での描写を選びました。


(C)SWALLOW Film Partners.

──中西監督はビジュアルをかなり意識されていますが、海外での映画制作にあたって絵コンテは描かれるのですか。

中西:私は撮影の際に、全ての場面の絵コンテを描きます。特に台湾での撮影では、映像のアングルや色彩、場面ごとの美術など、スタッフ陣とのスムーズなコミュニケーションを図れるよう、あらかじめビジュアルを用いたムードボードを用意しました。

また私は台湾語が話せず、『喰之女』のカメラマンの英語力も「現在、海外ドラマ『フレンズ』を観ながら勉強中」というレベルだったので、できる限り絵や映像で伝えられるように準備をしました。

脚本執筆の段階から映画の具体的なヴィジョンはかなり意識していましたが限られた予算やタイトな制作スケジュールで思い描く映像になるか不安はありました。しかし素晴らしいスタッフの協力もあり、ロケーションから美術までかなり自分のヴィジョンに近づけたのではないかと思います。

撮りたいものがあり、撮れる環境があれば


(C)SWALLOW Film Partners.

──中西監督の短編映画2作品は、共時間という概念が持つ「連続性・継続性・永遠性」も共通して描かれていますね。

中西:ハナとその母親が過ごす、すれ違い続ける並行軸ともいえる生活は、“ずっと永遠に続いていく”という点に恐怖があるんだと思っています。

また『喰之女』はミミが抱いた嫉妬心をきっかけに、リベンジとまではいかないものの、シューランから女優の座を奪う厭らしさ・人間の醜さが恐怖として現れます。ただその恐怖は、「今度はミミが他の若い女優に食われ、取って代わられるかもしれない」という新たな恐怖をも生む。また「蛇」をモチーフに取り入れたのも、ウロボロスのような“終わらない共食い”を連想してほしかったためでもあります。

『HANA』『喰之女』のいずれも、負のスパイラル、あるいは永遠が続いていく可能性の怖さを含めている。そこには同時に虚しさや悲しさがあり、特に『HANA』は“母親が娘からの呼びかけに答えてくれない”という悲しさに基づいた恐怖を描いているんだと思います。

──最後に、国籍や国境を越えての映画制作に対する中西監督の姿勢について教えてください。

中西:私は幼少期から様々な海外のバックグラウンドを持つ人たちと育ってきたので、元々“ボーダー”という意識はあまりありませんでした。ですから海外での映画制作活動は、大変さもある一方で、自分にとってはむしろ自然なことなんです。

映画として撮りたいものがあり、それを撮れる環境があるのであれば、どこでも撮ってしまえばいいと考えています。それが今のところ、良い結果につながっていると信じていますし(笑)、これからも積極に続けていきたいところです。

海外との仕事は、フレキシブルさや、オープンさ……そんなところが、自分にとってやりやすさを感じていますね。ただ私は、まだ日本で短編映画を監督したことはありません。日本で一度映画を撮った時、初めて見えてくるものもあるかもしれません。

インタビュー/出町光識・河合のび
撮影/出町光識

中西舞監督プロフィール


(C)Cinemarche

東京生まれ。幼少期と青年期を海外で過ごす。

映画配給会社に勤務しながら国内外の映画プロジェクトに参加し、エリック・クー監督の助監督を努めるなど制作の経験を積んだ。

韓国・釜山で撮影した初監督作品『HANA』(2018)は世界30以上の映画祭に入選・受賞。同作がきっかけで釜山フィルムコミッションのサポートの下、韓国で映画レジデンシーに参加し日韓合作映画の企画開発を行なった。

これまでのホラー映画にはない日常に潜む不安や、恐怖をジャンル映画を通して表現する作風で注目を集め、監督第2作目となる『喰之女』は高雄映画祭をはじめ、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、プチョン国際ファンタスティック映画祭などに入選。第52回タンペレ映画祭ではスペシャル・メンションを受賞した。現在は韓国で撮影した新作短編の仕上げをしながら複数の国際共同製作企画を開発中。

映画『喰之女』の作品情報

【日本上映】
2022年(日本・台湾合作)

【脚本・監督】
中西舞

【キャスト】
韓寧、劉黛瑩、陳雪甄

【作品概要】
高雄市電影館の助成プログラムを受けて制作された本作は、女性監督によるホラー映画祭を企画したり、釜山国際映画祭主催のワークショップに参加するなど、国際的な活動を続けてきた中西舞監督が台湾で制作した短編スリラー。

ミミ役を演じたのは、Netflixドラマ『返校』で注目されたハン・ニン。シューラン役には、ドラマ『先生、本当の恋って?』のリュー・ダイイン。また美食倶楽部の主催者アニー役を演じたヴェラ・チェンの演技にも注目。

映画『喰之女』のあらすじ

女優として成功することに全てを注ぐシューランは、ある日女優仲間のミミから招待制の晩餐会に誘われる。

10年前から変わらないミミの美貌の秘密がそこでの食事に隠されていると期待するシューランだったが……。




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