映画『水上のフライト』は2020年11月13日(金)より全国にてロードショー公開!
映画「超高速!参勤交代」シリーズなど数多くの大ヒット作を手がけた脚本家・土橋章宏が、実在するパラカヌー選手との交流を通じて作り上げたオリジナルストーリー『水上のフライト』。
陸上選手として活躍していたものの事故によって歩けなくなった主人公・遥がパラカヌーと出会い、力強く生きていく姿を描いています。
映画の劇場公開に際し、本作を手がけた兼重淳監督にインタビュー。作品に込められた想いはもちろん、主演を務めた中条あやみをはじめ小澤征悦、大塚寧々らキャスト陣との撮影について語ってくださいました。
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中条あやみを「今までとは違う切り口」で撮る
──作中、主演を務める中条あやみさんの物語の前半・後半で見せる表情の豊かな変化がとても印象的でした。兼重監督は撮影に際し、中条さんとはどのようなやりとりをされたのでしょうか?
兼重淳監督(以下、兼重):最初に中条あやみさんとお会いした時、本当に笑顔の素敵な人だと感じたので、今回の作品を「中条さんの笑顔の映画」にしたいと思ったんです。一方で今まで中条さんが出演した作品を観まくって、これまでの作品とは違う切り口で撮りたいとも考えました。同じようなシチュエーションで撮っても、他の監督に勝てませんから(笑)。そのためにも、物語の前半では、中条さんが演じる遥という女性を少し高飛車なイメージで描いたのです。
また中条さんとお話をした時に「脚本を読んで質問はないか」と聞いたら、彼女は「遥は強い女性でいいんですね?」とおっしゃいました。それに対して僕は「遥は決して強い女性ではなく、自分が弱いことを知っているから、強く見せるために努力をしている人だ」と答えました。
自分の立場やいろいろなことを受け入れることが、本当の強さだという考え方から本作は始まっているので、今回は場面ごとに「遥がまだ強さを勘違いしているから、固い表情で過ごしている」という具合に、段階を追って彼女の心情の変化を表現していきました。ですから、物語の前半と後半で中条さんの表情が大きく違ったのだと思います。
映画の世界とマッチした「空」と「水」
──またカヌーが登場する場面については、中条さんご自身が実際にカヌーを漕ぎ撮影をされたと伺いました。
兼重:当初は自転車の補助輪のようなものをカヌーに取り付けて撮影し、CG処理によって水上を漕ぐ映像へと仕上げるべきかと画策していたのですが、中条さんも遥のライバルである朝比奈麗香役の冨手麻妙さんも、その必要はありませんでした。今回撮影に協力してくださった東京女子体育大学のカヌー部の子たちも「競技艇に移って1ヶ月という期間では、普通上手く乗りこなせない」と驚いていましたから、本当に凄いことだと思います。
──「空を飛んどるみたいだな」という作中のセリフが象徴しているように、遙を演じる中条さんの凛とした美しさはもちろん、空や水面を描いた映像も非常に綺麗でした。
兼重:おっしゃる通り、『水上のフライト』というタイトルを一番象徴しているのが、杉野遥亮くんと平澤宏々路ちゃんが湖でカヌーを漕ぐ遥を見て口にした「空を飛んどるみたいだな」というセリフです。
そのセリフが登場する場面は視覚的な要素も含め、「『水上のフライト』の世界における空と水」に最もマッチしたものを描きたいと思っていました。空の景色が湖面へと映り、水上をゆくカヌーが空を飛んでいるように見える……そう描きたかったんです。少しデジタルの力も借りましたが、カメラマンの向後光徳さんがロケ地の山中湖へと何度も通い、時間帯ごとに自然光がどのように変化するかを確認してくれたことで、撮影が実現できた映像なのです。
居場所を探す人々が本当のファミリーになっていく
──杉野さんが演じる颯太をはじめ、遥を支える仲間としてブリッジスクールに通う子どもたちが登場しますが、その設定はどのような経緯によって生まれたのでしょうか?
兼重:僕が『水上のフライト』の話をいただいた時、「障がいは個性だ」というメインテーマを僕自身も描きたいと思い監督を引き受けた経緯があるのですが、裏のテーマとして、自分の居場所を探している人たちが本当のファミリーになっていく、疑似家族の姿を描きたかったんです。
実は杉野くんが演じる颯太の過去を描くことに対しても、当初は「描き過ぎでは」という意見もありました。ですが、今の社会において様々な理由から「居場所がない」と感じながら生きている子どもたちの現状を描くためにも、ブリッジスクールの子どもたちが小さな身体でいろいろなことに耐えている状況を描くためにも、子どもたちの事情や過去を敢えて深く触れることにしたのです。
例えば平澤宏々路ちゃんが演じる里奈は、両親がいないので祖母に引き取られ、その祖母が買ってくれたカメラで思い出を溜めています。また高村佳偉人くんが演じる達也はネグレクトに遭っていて、家自体も裕福ではないため、乗っている自転車がガタガタで……。「今」を実際に生きている人物をきちんと表現したいと思ったので、美術さんや衣裳さんや小道具さんにもそのことを理解していただいた上で、細部の描写にこだわってもらいました。
作品を支えたベテランキャスト陣
──小澤征悦さん、大塚寧々さんらベテランキャスト陣の好演も素晴らしかったですが、撮影現場の様子はいかがでしたか?
兼重:小澤さんとは多くの作品でご一緒していて親しかったものですから、脚本を読んだ段階で「この役は絶対に小澤さんだな」と感じていました。ただオファーをした際に小澤さんからは「この役はやり過ぎるとコミカルになり過ぎてしまうから、そのことは気をつけましょう」と伝えられたので、役の描き方については二人でしっかり相談しました。
そのため、実際の撮影でも小澤さんの見せ場と言えるシリアスさとコミカルさをそれぞれ織り交ぜていき、僕にとっての小澤さんの魅力を全部盛り込めるよう撮り進めていきました。
大塚さんは、以前助監督として制作に参加した是枝監督の『奇跡』で、まえだまえだ演じる兄弟のお母さん役のお芝居がとても良かったのを覚えていて、ご本人も非常に愛情深い方なので、遙という娘のために頑張るお母さんを演じてほしいとお願いしたのです。
小澤さんや大塚さんだけでなく、撮影では常に僕自身の意見をキャスト陣に伝え、話し合いをしながら一緒にそれぞれの場面を形作っていきました。皆さんは納得した上で演じてくれたからこそ、小澤さんも大塚さんも良い味が出ているのだと思います。
中条あやみの新境地と「障がい」という個性
──最後に、これから本作をご覧になる方々に向けて、特に注目してもらいたいポイントを改めて教えていただけますか?
兼重:先ほど本作について「中条さんの笑顔の映画にしたかった」と言いましたが、その笑顔にも度合いがあるんです。シチュエーションごとに中条さんの様々な笑顔に出会えますから、その違いや変化を確かめてもらいたいですね。
また「笑顔」とは逆かもしれませんが、3つの異なった「泣き」の芝居にも注目してほしいです。痛みを感じない足を叩きながら、お母さんに心配かけまいと声を押し殺して泣く場面や、自暴自棄になって坂道を転がり落ち、自分の小ささを悲観して子供のように泣く場面。そして、本作の終盤で見せる感謝の涙。この映画は確かに「中条あやみの笑顔の映画」ではありますが、彼女にとっての新境地といえる「泣き」の芝居も観ていただければと思います。
そして何よりも、「障がいは個性だ」という思いが本作の中心にあります。ただ実際の現実では、街中を歩いてみればすぐに分かるように社会のバリアフリーは徹底されていません。小さな段差や坂道も、車椅子で生活する人々にとっては大きな負担となります。ですが、その負担にも耐え続けている人々も含め、皆がこの社会を生きている人間です。だからこそバリアフリー化が徹底され、本当の意味で「障がいは個性だ」と思える、そういう社会になればいいなと思います。
インタビュー/咲田真菜
撮影/笛木雄樹
兼重淳監督プロフィール
1967年生まれ、群馬県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。助監督として犬童一心監督の『眉山-びざん-』(2007)と『ゼロの焦点』(2009)、橋口亮輔監督の『ハッシュ!』(2001)と『ぐるりのこと。』(2008)、是枝裕和監督の『歩いても歩いても』(2008)、『奇跡』(2011)、『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)、『海よりもまだ深く』(2016)などの制作に参加。
2007年に『ちーちゃんは悠久の向こう』で映画監督デビュー。以降は『男たちの詩(スパゲッティーナポリタン)』(2008)、『腐女子彼女。』(2009)、大ヒットを記録した『キセキ-あの日のソビト-』(2017)などを監督。また本作が劇場公開される2020年11月には『461個のおべんとう』の公開も控えている。
映画『水上のフライト』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
兼重淳
【脚本】
土橋章宏・兼重淳
【キャスト】
中条あやみ/杉野遥亮、高月彩良、富手麻妙・高村住偉人、平澤宏々路/大塚寧々/小澤征悦
【作品概要】
「超高速!参勤交代」(2014・2016)シリーズなど数多くのヒット作の脚本を手掛けた土橋章宏が、実在するパラカヌー選手との交流を通じて作り上げたオリジナルストーリー。
主人公の遥に『雪の華』(2019)の中条あやみ。遥を心配しながらも優しく見守る母親には『アマルフィ女神の復讐』(2009)の大塚寧々。遥を裏で支える仲間・颯太に『居眠り磐音』(2019)の杉野遥亮。父親のように遥を心配するカヌーコーチに『引っ越し大名!』の小澤征悦と、旬な俳優陣が集結。『キセキ-あの日のソビト-』(2017)の兼重淳を監督に迎え、障がいを乗り越えて夢に挑んでいく一人の女性の成長を描きます。
映画『水上のフライト』のあらすじ
走高跳びでオリンピック出場を夢見る藤堂遥は、ベスト記録を出した練習帰りに交通事故に遭い、二度と歩くことのできない身体になってしまいます。車椅子の生活となり心を閉ざしてしまう遥を心配した母・郁子は、遥の父親の親友で、カヌーコーチの宮本に頼んでカヌー体験へ連れ出します。
カヌーに乗ることで楽しさに目覚め、新しい仲間もでき、少しずつ笑顔を取り戻してきた遥。しかし宮本から「カヌーでパラリンピックを目指さないか?」と誘われたことで、走高跳を諦めなければならないという現実に引き戻され、再び落ち込んでしまい……。