映画『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』は2021年12月3日(金)より新宿ピカデリー・ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー!
「35年前、彼はなぜ忽然と姿を消したのか?」……映画『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』は、第二次世界大戦下のロンドンで出会い、将来有望なヴァイオリニストだった親友の真相をめぐる衝撃の真実を描いた音楽ミステリーです。
アカデミー賞ノミネート俳優ティム・ロスとクライヴ・オーウェンが豪華競演を果たし、主人公マーティンと消えた親友ドヴィドルをそれぞれ演じています。
このたびの劇場公開を記念し、本作を手がけ『レッド・バイオリン』『シルク』などの監督作で知られるフランソワ・ジラール監督にインタビュー。
映画が持つ力、映画監督である自身にとっての「信仰」や2021年現在の映画界に対する想いなど、貴重なお話を伺いました。
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忘れてはならない物語を忘れかけている人々
──本作の原作にあたるノーマン・レブレヒトの小説『The Song of Names』を映画化するにあたって、小説のどのような魅力を意識されていましたか?
フランソワ・ジラール監督(以下、ジラール):本作の監督を務めるにあたって、私は脚本を先に読んだのちに原作小説を拝見したのですが、両者の最も大きな違いは物語の構成にあります。また映画化に際してのその脚本家の判断は、本作にとってとても良い判断であったと感じています。
ただ本作は映画的な要素以前に、ノーマンの書いた小説とその物語が、映画という形でも後世に伝え残すべきものだからこそ制作されたと考えています。
現在、世界の30歳以下の人々のうちの約半分が「ホロコースト」という言葉の意味を知らないのだそうです。そうした忘れてはならないことを人々が忘れかけている現状において、語り継がなくてはならない物語がある。それが、本作に込められた想いの一つといえます。
人それぞれの異なる時間をつなぐ力
──「忘れてはならない/語り継がなくてはならない物語」という言葉は、本作の劇中でも描かれる、人間が生きていくために必要な「真実」そのものともいえます。
ジラール:私たちが生きるこの時代の中で、ほとんどの人々は「記憶喪失」に陥ってしまっているのではと感じています。
大小を問わず、人々は何かしらの画面にずっと目を向けている。そして「今、何が起きているのか?」という情報ばかりに囚われてしまっている。そして過去というものを忘れ、振り返ることができなくなっている。
ですが、収容所で起きたこと、広島や長崎で起きたこと、ルワンダで起きたことなど、決して起きてはいけなかった出来事を現在の私たちが忘れてしまったら、未来でまた同じ過ちが繰り返されてしまう。
その中で映画には、それを作る行為・観る行為を通じてもたらされる、ある「力」を持っている。それは過去を遡ると同時に未来を見通す力……時間を旅する力であり、過去と未来、あるいは人それぞれの異なる時間をつなぐ力でもあります。これまで人々が映画を作り、観続けてきた理由には、その力にこそ理由があるのかもしれません。
映画監督としての自身の「信仰」
──その一方で本作では、「個人」としてのアーティストがもたらすことのできる社会の変化の「限界」も描いています。アーティストならびにアートが持つ力の限界とも言い換えられるそのテーマを、「映画監督」というアーティストの一人であるジラール監督ご自身はどうお考えなのでしょうか?
ジラール:社会におけるアーティストの限界とそれに対する葛藤は、私も毎日肌身に感じながら生きています。確かに映画制作を続けてゆく中で、どうしても限界はあるのかもしれません。ですがそれでも僕は、映画の持つ力を信じています。
アーティストとして作品を作る時、それを作るだけの、自分で何かを言いたいだけのことはあるのか。あるいは沈黙すべきなのか。そうした自問をやはりよくしますし、現在の社会を生きている多くのアーティストも同じ状況にあると感じています。
僕は一人の人間であり、一人の映画監督です。しかしその周りには、映画を作るきっかけをもたらしてくれた原作者やプロデューサーや脚本家、映画をともに作ってくれた大勢のスタッフやキャストが存在する。いわば映画制作そのものが一つの共同体の営みであり、そうして作り上げられた作品には、映画制作という共同体の営みに携わった人それぞれの想いが込められているのです。
映画もまた個人ではなく共同体によって生み出されるものであり、映画制作という共同体の中で「映画監督」の役目を担いながらも作品を作り続けることが、僕にとっての「信仰」なのかもしれません。
今もなお続く「変化」を見逃さない
──動画配信などをはじめ、映画鑑賞の形態が大きな過渡期にある2021年現在、映画の在り方や「力」自体に大きな変化が訪れているともいえる状況にあります。
ジラール:20年ほど前から「配信」という大きな波は映画業界に押し寄せてきましたが、そもそも1990年代後半にはすでに音楽業界を飲み込んでいましたし、データ通信やダウンロードなどの技術的課題の解決時間に差があっただけで、その波が間もなく映画業界にやって来たのはごく自然なことだったといえます。
「波」による決定的な革命は、ちょうど本作のプロモーション中に起きたことでもあります。また新型コロナウィルスの世界的流行が発生したことで、革命はより大規模に波及していきました。僕が知っていた既存の映画界が大きく変化し、革命を世界的規模のものへと変えた社会的危機は2021年末の現在も続いています。
社会そのものが大きく揺れ動く中で、その一部である映画業界にどのような変化がさらに生じるのか、革命が最終的にどこへ着地するのかはまだわからない状況にある。ただ少なくとも、映画の制作費集めなど、映画制作における根本的な構造そのものが変わるのだと僕自身は思っています。
ただそうした予想もつかない変化は、ポジティブに捉えることもできます。それまでの「悪いクセ」の改善、新たな物の見方が社会全体に起きるきっかけになるかもしれないからです。
変化が生じる以前の社会でオートマチックに過ごしていた自身たちの生活や仕事、人生の在り方を人々が自問する中で、映画業界もまたその在り方や存在意義に対する自問の岐路に立たされています。そして私もまたこの数ヶ月や数週間、あるいは明日起きる変化を見逃さないよう、注意深く世界を観察し自問を続けています。
インタビュー/河合のび
フランソワ・ジラール監督プロフィール
カナダ・ケベック州出身。1984年にゾーン・プロダクションを設立し、数々の短編映画やダンスを主題としたミュージックビデオを手がける。『Cargo(90‘)』で長編映画デビュー。
1998年の『レッド・バイオリン』ではジェニー賞8部門を制し、東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞を受賞。2007年には、日本・カナダ・イタリアの合作映画『シルク/SILK』を監督。
また、日本では東京ディズニーリゾートに誕生したシルク・ドゥ・ソレイユの常設劇場の演出も担当。作家・井上靖の小説『猟銃』を女優・中谷美紀を迎えて舞台化。そのほか映画作品では『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』などがある。
映画『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』の作品情報
【日本公開】
2021年(イギリス・カナダ・ハンガリー・ドイツ合作映画)
【原題】
The Song of Names
【原作】
ノーマン・レブレヒト
【監督】
フランソワ・ジラール
【脚本】
ジェフリー・ケイン
【キャスト】
ティム・ロス、クライヴ・オーウェン、ルーク・ドイル、ミシャ・ハンドリー、キャサリン・マコーマック
【作品概要】
第二次世界大戦下のロンドンで出会い、将来有望なヴァイオリニストとして成長しながらも、デビューコンサートの日に忽然と姿を消した親友……35年の月日を経て、その真相を追求する主人公に待ち受ける衝撃の真実を描いた音楽ミステリー。
アカデミー賞ノミネート俳優ティム・ロスとクライヴ・オーウェンが豪華競演。そして、あどけなさを微かに残しながらも凛とした雰囲気を漂わせる幼少期のドヴィドル役を演じたのはルーク・ドイル。将来有望なヴァイオリニストにして本作で映画デビューを飾った。
監督を務めたのは『レッド・バイオリン』『シルク』の名匠フランソワ・ジラール。そしてブルッフ、バッハ、ベートーヴェン、パガニーニなどのクラシック楽曲とともに紡ぐハワード・ショアの音楽、そして21世紀を代表するヴァイオリニストのレイ・チェンによる演奏も聴き逃せない。
映画『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』のあらすじ
二次世界大戦が勃発したヨーロッパ。ロンドンに住む9歳のマーティンの家に、ポーランド系ユダヤ人で類まれなヴァイオリンの才能を持つ同い年のドヴィドルが引っ越してきた。
宗教の壁を乗り越え、ふたりは兄弟のように仲睦まじく育つ。しかし、21歳を迎えて開催された華々しいデビューコンサートの当日、ドヴィドルは行方不明になった……。
35年後、ある手がかりをきっかけに、マーティンはドヴィドルを探す旅に出る。
彼はなぜ失踪し、何処に行ったのか?
その旅路の先には思いがけない真実が待っていた……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。