2019年の第14回大阪アジアン映画祭「インディフォーラム」部門でも上映された映画『シスターフッド』
学生団体「SEALDs」の活動に迫ったドキュメンタリー映画『わたしの自由について』(2016)で高い評価を得た西原孝至監督の映画『シスターフッド』。
西原孝至監督が4年間撮りためてきたヌードモデルの兎丸愛美さんと、シンガーソングライターのBOMIさんのドキュメンタリー部分と、#MeToo運動後に新たに撮影した劇映画部分を混在させた本作は、現代社会に生きる女性の葛藤する姿を描いています。
今回、公開にあわせて西原孝至監督にインタビューを行い、映画作りのきっかけから本作への想いなどを伺いました。
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人間を撮る
──映画監督を志した理由は何ですか?
西原孝至監督(以下、西原):僕は富山県出身で小中高と富山の学校に通っていたのですが、中学生の頃からアカデミー賞作品などをレンタルビデオ店で借りてきたり、とにかく映画を観るのが好きな子供でした。
当時は富山にいつつも、東京にあるミニシアターでヒットしていたウォン・カーウァイ監督作品や、ダニー・ボイル監督の『トレインスポッティング』など、ミニシアター系映画が流行っていると聞いて、とても気になっていました。
大学進学を目指して何を勉強したいのか考えた時、映画を作るのも面白そうだなと、最初は軽い気持ちで東京に出てきたんです。
その後、大学で映像の勉強や映画の歴史を学んだり、仲間うちで小さいカメラを買って自主映画を撮り始めたりするなかで、映画により惹かれるようになっていき、今に繋がっています。
──大学の頃からドキュメンタリー映画も撮っていたのですか?
西原:はい、そうですね。学生の頃からフィクション、いわゆる劇映画も撮ってはいました。その一方で自分ひとりでカメラを持って、新宿にいるホームレスの方の話を撮りに行ったりしていました。
──影響を受けた監督はいますか?
西原:学生時代はジャン・リュック・ゴダール監督やフランソワ・トリュフォー監督、エリック・ロメール監督などの、ヌーヴェル・ヴァーグの映画に惹かれていました。
20代になってからはアジアの映画に影響を受けたかもしれないですね。韓国のイ・チャンドン監督だったり、台湾のエドワード・ヤン監督、ホウ・シャオシェン監督だったりという、人生や人間を描いている映画監督が好きでした。
──西原監督の作品や作風に反映されている事はありますか?
西原:ヌーヴェル・ヴァーグの映画を観ていると映画の作り方がとても自由だと感じます。
例えば、ロメールの現場スタッフは6〜7人程度で、カメラマンと録音マンとアシスタントが2〜3人いるといった、ある意味システマティックな日本の作り方では考えられないスタッフ構成です。
このように映画の作り方が一通りではないですし、扱っている題材も、何かを訴えたいから作っているというよりも、今生きている時代や人々を描こうとしている。そんなところに影響を受けているかもしれません。
ドキュメンタリーとの出会い
──ドキュメンタリーと劇映画が交錯する作品でしたが、西原監督が何故そこに行き着いたのかとても興味を持ちました。
西原:大学生の時に1年間だけ、映画美学校でドキュメンタリーコースに通っていた時期があって、そこで佐藤真監督が亡くなる最後の年に受講することが出来たんです。
その時に佐藤監督がドキュメンタリーとフィクションの境目を無くす、映画には多様な可能性、面白さがあるんだということを繰り返し仰っていて、佐藤監督のそんな言葉や、佐藤監督の著書に感銘を受けました。
それと『シスターフッド』の劇場公開パンフレットに寄稿いただいた、諏訪敦彦監督です。もともとドキュメンタリーから出発された監督とお会いして話を聞いたり、作品を観たり、本を読んだりする中で、凄く影響を受けたと感じています。
フィクションとの融合
──はじめからドキュメンタリーとフィクションの融合を見据えてつくっていたのでしょうか?
西原:最初はヌードモデルの兎丸愛美さんと、歌手のBOMIさんと、残り2人ぐらい撮影して、計4人ぐらいの東京に生きている女性たちのライフスタイルを描くドキュメンタリー映画にしようと考えて撮影をしていました。
しかし途中で別の作品の撮影があったり、普段の仕事もあったりと、この映画の企画がストップしていた時期があったんです。
そんな折に、2017年頃に海外で#MeToo運動があったり、トランプ政権に反対するウィメンズマーチという海外の女性たちが声を上げた運動があり、女性たちの声みたいなものが僕の中に凄く入って来たんです。
それでずっと撮ってきた映像も、そういうつもりでは撮ってなかったけれども、もしかしたら今の世界の流れに呼応する部分があるのではないかと感じました。
そこで2018年から、#MeToo運動などで見えてくる女性の想いみたいなものを下敷きにしたフィクションの映像を撮って、今まで撮ってきたドキュメンタリーと組み合わせてみようと考えつきました。
──映画の中で兎丸さんとBOMIさんの存在は非常に大きかったです。その一方でドキュメンタリーとフィクションの架け橋となるような映画監督の池田役を演じた岩瀬亮さんの存在も無くてはならないものだと感じました。
西原:まず、この映画にフィクションを足して1本の映画にしようと考えた時に、映画として嘘がない形にしたかったんです。
男性である僕がこういった女性の話、フェニミズムの話をテーマとして扱う時に、男性なのにみたいな事を言われてしまうかもなと感じて、それであれば自己批判ではないですが、男の監督がそういう映画を作ろうとしている状況も含めて映画の中に取り込んでしまおうと考えました。
そんな映画を通す役割として、ドキュメンタリーを撮っている映画監督、もしかしたら一番自分に近い存在の池田というキャラクターを思い付いたんです。
誰にお願いしたいだろうと考えた時に、岩瀬さんの顔が浮かんで、ご相談したらスケジュールも上手く空いていて出て貰えることになりました。
岩瀬亮さんはもともとファンだったんです。真利子哲也監督の『イエローキッド』だったり、韓国のチャン・ゴンジェ監督が日本の奈良で撮った『ひと夏のファンタジア』といった映画が大好きで、いつかご一緒したいなあと思っていたのでとても嬉しかったですね。
女性と男性
──映画のラストに秋月三佳さんと栗林藍希さんがカメラを見据えて真っ直ぐこちらを見ていた映像は美しく印象的でとても惹かれました。西原監督が撮りたかったのはこれではないかと感じましたが、あのショットへの拘りは強かったですか?
西原:そうですね。あの空港のシーンは映画の最後の最後ですし、ずっと撮ってきた女性たちがどういう風にこの映画を終わらせるのかといったところで拘りました。
このシーンは唯一この映画で切り返しで撮っているところですが、あの2人の表情で終わりたかったので、その表情を凄く大事に撮りたいなと、脚本を書いている時からずっと考えていました。
カメラを構えて撮る、撮られるといった関係性も含めて、女性同士がタイトルの『シスターフッド』ではないですけど女性の連帯、繋がりみたいな事を表現出来ればと考えていたので、あのショットは凄く思い入れのあるショットですね。
──そして男性が彷徨っているという(笑)。
西原:そうですね(笑)。僕もそうなんですけど、あの映画監督役は言葉が上滑りしているというか、思いはあるんだけれども概念だけが先走って行動が伴ってない。
パンフレットに諏訪敦彦監督も書いてくださいましたが、フェミニストを自称して活動しているけれども、目の前にいる恋人のことは全く見えていない。男ってそういうところがあるなと僕自身も思います。
一方で、インタビューで決然とカメラの前で話をしてくれる女性たちの想いというのを観ている人にも届けたかった。その対比として、男性の在り方みたいなものは、僕も男だからこそやりたかったことではあります。
ドキュメンタリーとフィクション
──西原監督にとってドキュメンタリー映画と劇映画とはどういったものですか?
西原:これは僕だけでなく、意識的に考えている方たちは皆さん考えていることですが、根本はそんなに大きくは変わらないと思っています。
ドキュメンタリーとして誰かにカメラを向けていたとしても、その人は自分自身を演じているように見えるところもあるし、もしかしたら嘘を言っているかも知れない。そういう意味でカメラを向けてそれが映像になった時点でフィクションと呼べると思うんです。
一方でフィクションとして、例えば、岩瀬さんが台詞を喋っているところがあったとしても、岩瀬亮さん演じる池田を撮っているんだけれども、岩瀬さん本人も撮ってるんだというところに繋がっていて、それは岩瀬亮さんという人間のドキュメンタリーでもあるというように見える。
ちょっと言葉遊びみたいなところもあるかも知れないですが、そういう意味では両者はあまり違いは無く、要はカメラの前にいる人間、その人物が抱えている想いなどを、どのようにカメラに記録できるかということが全てだと考えています。
自分自身が何をどう感じ何を想うか
──今後はどの様な映画を撮っていきたいですか?
西原:僕は普段はテレビのドキュメンタリーを作る仕事をやっていて、映画を作る時は社会の問題と自分の問題意識が繋がる事柄を映画にしたいと考えています。
例えば、資本主義社会の中でも日本は超先進国で、そこで行き詰まって資本主義に傷ついている人たちもいっぱいいると思います。そういった事柄をどう映画にしていくか。
重要なのは、社会の中で僕自身がどう感じて何を想うかだと考えています。
発言権がない人たちだったり、マイノリティの人たち、そういった方々の想いや言葉を映画を通して色んな人に観てもらいたいと思っています。
また、ドキュメンタリーだけではなく、完全な劇映画にチャレンジしたいとも考えています。
──最後にこれから『シスターフッド』を観る方へメッセージをいただけますか。
西原:「どうやって生きていくべきか」という、誰しもが考えている命題を僕もこの歳になっても考えています。
テーマとしては「幸せ」というものを考えてつくった映画ですので、自分の幸せに悩んでいる方だったり、自分の幸せってなんだろうと少しでも考えたことがある方に、きっと何か胸に残るものがあるんじゃないかと思っています。
あと、本作はモノクロ映画なのですが、ご覧いただいた方の意見で「男性だから青、女性だから赤とか、何となく人はカテゴライズしてしまうけれども、映っている人をなにも色に染めずそのまま観て欲しいからモノクロにしたんじゃないですか」と言われました。
僕は全くそんなこと考えていなかったんですが(笑)、それを言われた時にこの映画をつくって本当に良かったなと思いました。
映っている人の想いや言葉をスクリーンから素直に受け止めて頂けたら嬉しいです。
映画『シスターフッド』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
西原孝至
【キャスト】
兎丸愛美、BOMI、遠藤新菜、秋月三佳、戸塚純貴、栗林藍希、SUMIRE、岩瀬亮
【作品概要】
学生団体「SEALDs」の活動に迫ったドキュメンタリー映画『わたしの自由について』(2016)で高い評価を得た西原孝至監督待望の新作。
当初はドキュメンタリー作品として企画が進み、2017年の#MeToo運動を機に劇映画パートを撮影。オムニバス形式でタイプの異なる女性たちの日常を切り取りながら、ドキュメンタリーと劇映画の境界が次第に曖昧になっていきます。
映画『シスターフッド』のあらすじ
東京で暮らす私たち。
ドキュメンタリー映画監督の池田(岩瀬亮)は、フェミニズムに関するドキュメンタリーの公開に向け、取材を受ける日々を送っています。
池田はある日、パートナーのユカ(秋月三佳)に、体調の悪い母親の介護をするため、彼女が暮らすカナダに移住すると告げられます。
ヌードモデルの兎丸(兎丸愛美)は、淳太(戸塚純貴)との関係について悩んでいる友人の大学生・美帆(遠藤新菜)に誘われて、池田の資料映像用のインタビュー取材に応じ、自らの家庭環境やヌードモデルになった経緯を率直に答えていきます。
独立レーベルで活動を続けている歌手のBOMI(BOMI)がインタビューで語る、“幸せとは”に触発される池田。
それぞれの人間関係が交錯しながら、人生の大切な決断を下していくのですが…。
まとめ
何事においても誠実に、時に想い熱く受け応えをしてくださる西原孝至監督。
純粋な映画ファンだった少年は、その純粋さを忘れることなく、現代社会に生きる人間の実直な想いを映し出す映画監督となりました。
インタビューではそんな真摯さと共に、物事を繊細に見つめる聡明さと、人に対しての優しさを感じさせてくれます。
映画『シスターフッド』で登場人物を見つめていく目線は、どんな時も平等に誠実に向けられており、それは西原監督の本来持っている人柄が滲み出ているのだと、インタビューを通して感じ取ることができました。
自身に一番近い人物として、池田という映画監督役を登場させたことは、物事を傍観する事への自身への戒めと覚悟の姿勢を見せられた気もします。
また、俳優の岩瀬亮さんのお話をする時の、健気で清々しい映画少年に戻ったような表情は強く印象に残っています。西原監督の純粋な根源性を覗かせてくれた素敵な瞬間でした。
社会と人を見つめ、自身の想いと他者の想いに正直に向かう西原孝至監督。
今後、映画が持っている真実性と虚構性を手に、どのような作品を作り出すのかとても楽しみです!
映画『シスターフッド』は2019年3月22日までアップリンク渋谷にて公開中、4月13日より横浜シネマリンにて公開、ほか全国順次公開です。
ぜひ映画館でご覧ください。
西原孝至(にしはらたかし)監督プロフィール
1983年9月3日、富山県生まれ。早稲田大学で映像制作を学びます。
14年に発表した『Starting Over』は東京国際映画祭をはじめ、国内外10箇所以上の映画祭に正式招待され高い評価を得ます。
近年はドキュメンタリー作品を続けて制作。16年に学生団体「SEALDs」の活動を追った『わたしの自由について』がカナダ・HotDocsに正式出品、毎日映画コンクール ドキュメンタリー部門にノミネート。
17年に、目と耳の両方に障害のある「盲ろう者」の日常を追った『もうろうをいきる』を発表。
インタビュー/ 大窪晶
写真/ 出町光識