映画『碁盤斬り』は2024年5月17日(金)より全国公開中!
『孤狼の血』(2018)『凪待ち』(2019)『死刑にいたる病』(2022)など数々の話題作で知られる白石和彌監督が、草彅剛を主演に迎えて手がけた自身初の時代劇映画『碁盤斬り』。
古典落語の演目『柳田格之進』を題材に、冤罪事件によって娘と引き裂かれた男が武士の誇りをかけて復讐に臨む姿を描き出します。
今回の劇場公開を記念し、映画『碁盤斬り』を手がけられた白石和彌監督にインタビューを行いました。
初の時代劇への挑戦に込められた「映画監督」としての一生、「現在の日本映画界で彼ほど『復讐者』を演じられる俳優はいない」と語る主演・草彅剛が表してくれた主人公の「叫び」など、貴重なお話を伺えました。
CONTENTS
時代劇を撮らず、映画監督を名乗れるのか
──映画『碁盤斬り』で初の時代劇作品を手がけられた白石監督ですが、「ずっと時代劇を作りたかった」と思われていた理由は何でしょうか。
白石和彌監督(以下、白石):そこはやはり、純粋に時代劇が好きだからですね(笑)。小林正樹の『切腹』(1962)などの作品が好きだったのもありますし、そもそも日本の映画史は、歌舞伎や人形浄瑠璃などの伝統演劇の流れを汲む時代劇によって育まれてきたといっても過言ではありません。
そうした日本映画における時代劇の意味をふまえると「自分は時代劇を撮らずして、『映画監督』と名乗ってもいいのか」「いざ自分が映画監督として、一人の人間として最期を迎える時に、心の底から未練を残さずに死ねるのか」と感じられた。そうして「時代劇を撮らなければならない」と思い至ったんです。
草彅剛ほど、復讐者を演じられる俳優はいない
──古典落語『柳田格之進』を題材に映画を制作されるにあたって、作劇の視点ではどのようなことを意識されていたのでしょうか。
白石:本作の脚本は『凪待ち』(2019)でもお仕事をご一緒した加藤正人さんが手がけてくださったんですが、『柳田格之進』の物語で描かれる「冤罪」はとても映画に向いている要素だったので、映画化において特に問題はありませんでした。
ただ、映画化にあたって「冤罪」と対になる「復讐」というテーマが物語の重要な柱として盛り込まれ、映画が「冤罪で藩を追われても、実直に生き続ける格之進の日常」と「真実を知った彼の復讐の道程」という二部構成となった時に、果たして「復讐」という柱は本当に必要なのかと考えてしまった。二部構成自体は一つの物語として成立しているものの、そのまま映画という形にしても成り立つのかと考えあぐねたんです。
ただ当時、風の噂で「時代劇をやりたい」と伺っていた草彅さんに本作の脚本をお送りし「格之進を演じさせてほしい」という返事をもらえた時、現在の日本映画界で彼ほど「復讐者」を演じられる俳優はいないことを思い出した。そこでようやく「冤罪」と「復讐」という対の柱を持つ『碁盤斬り』を映画にできると確信できたんです。
「美しい映画」にするために
──作劇の視点のみならず、本作の演出においてはどのような点にこだわられたのでしょうか。
白石:これまで監督を務めた映画では「荒削りでも構わない。だからこそ、撮れるものがある」という思いのもと制作していたんですが、今回の映画は企画当初から「美しい映画にしたい」と考えていました。
だからこそ、草彅さん演じる格之進の日常での所作はもちろん、最もクローズアップして画面に映し出されることになる囲碁を打つ際の一つ一つの指さばきを、いかに映画として切り取り表現するのかはとても苦心しました。
囲碁の勝負の光景は、将棋・チェスの駒と比べると碁石の動きがシンプルなこともあり、どうしても映像で見るとアクションの面で単調に感じられてしまいます。
しかしながら、そのシンプルな駒の動きからは想像もできないほどの闘志を、打ち手は一手ごとに込めている。そして盤上では、並べられてゆく碁石たちが形作る模様に美しさを感じられる一方で、打ち手同士の情念が渦巻く激闘がそこでは繰り広げられている。そんな囲碁の勝負の世界を、どうにか伝えようと撮影では試行錯誤を続けました。
ちなみに、本作の映像では登場人物たちの背景に、碁盤を連想させる「格子」のイメージがあちこちに潜んでいます。「格子」のイメージたちは魚眼気味で撮影しているため、少し形が歪んで映っているんですが、その歪みからは「盤上にのめり込むほどに、囲碁に自らが持つ全ての情念を注ごうとする人間の視点」も感じられるかもしれません。
叫び声に表れた「迷い」と「人間らしさ」
──本作で初めてお仕事をご一緒された草彅剛さんは、撮影などを通じてどのような俳優だと感じられましたか。
白石:草彅さんは本作の撮影にあたって「貧乏長屋で暮らす浪人に、肉が付いていたら格好がつかない」と自発的に体を絞ってきてくださいました。
その上で武士としての立ち方・座り方といった日常の所作、何より囲碁を打つ際の指捌きも徹底してくださったので「カメラが回り始めた瞬間、そこにはもう『柳田格之進』がいる」と感じさせられました。
また草彅さんとの撮影で記憶に残っているのが、格之進が刀を握った場面です。その場面では格之進が手にした刀を振り下ろす瞬間に叫ぶんですが、草彅さんの叫び声が若干裏声交じりになったんです。カットをかけると草彅さんは「リテイクさせてほしい」と仰ったんですが、自分はむしろ「そんな叫び声こそがいい」と感じたんです。
どれだけ本人が「覚悟を決めた」と意識していても、そのものを斬り終えて刀を鞘に収めたとしても、その内には決して一太刀では処理のし切れない、様々な感情が混在している。「迷い」とも「人間らしさ」ともいえる格之進の心境が、裏声交じりのもつれた叫び声に表れていると思えたんです。
これからをどう生きるかの出発点
──映画『碁盤斬り』は生まれ育った環境で形成された「白か黒か」な清廉潔白さゆえに、生きづらさを抱えてきた格之進の魂が解放されるまでの物語なのかもしれません。
白石:そうした物語の側面は『碁盤斬り』に潜む裏テーマの一つであり、先ほども触れた碁盤を連想させる「格子」のイメージを映した理由の一つでもあります。
また「潔癖さを要求し過ぎるあまりに、懐の深さを失う社会」という点では、『凪待ち』と通じるところがあります。2作ともに加藤さんが脚本を書かれている以上、根底に共通する部分があるのはごく自然なことかもしれませんが、時代劇であるはずの『碁盤斬り』が描いているテーマはとても現代的といえます。
そもそも時代劇は、現在とは異なる過去の時代を通じて、現在や未来のあり様を描くことが、ジャンルとしての一つの醍醐味です。時代劇だからこそ、そこに現代性を感じられるのかもしれません。
「映画監督として、これから後何本の映画が撮れるのだろうか」という年齢へすでに差し掛かった中で、『碁盤斬り』を通じて新しい扉を開くことができたと思っています。
「これまで」ではなく「これから」を映画監督として、人間としてどう生きていくかを考えていくための出発点に、本作はなったのかもしれません。
インタビュー/河合のび
白石和彌監督プロフィール
1974年生まれ、北海道出身。
1995年、中村幻児監督主催の映画塾に参加した後、若松孝二監督に師事。助監督時代を経て、ノンフィクションベストセラー小説を実写化した『凶悪』(2013)で第37回日本アカデミー賞優秀作品賞・監督賞ほか各映画賞を総なめした。
近年の主な監督作に『日本で一番悪い奴ら』(2016)『牝猫たち』(2017)、Netflixドラマ『火花』(2016)、ブルーリボン賞監督賞など数々の賞を受賞した『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)、『サニー/32』(2018)『孤狼の血』(2018)『凪待ち』(2019)『ひとよ』(2019)『孤狼の血 LEVEL2』(2021)『死刑にいたる病』(2022)、さらに2022年にAmazon Prime Videoにて全10話一挙世界配信された話題作『仮面ライダーBLACK SUN』などがある。
映画『碁盤斬り』の作品情報
【日本公開】
2024年(日本映画)
【監督】
白石和彌
【脚本】
加藤正人
【音楽】
阿部海太郎
【キャスト】
草彅剛、清原果耶、中川大志、奥野瑛太、音尾琢真、市村正親、斎藤工、小泉今日子、國村隼
【作品概要】
『孤狼の血』(2018)『凪待ち』(2019)『死刑にいたる病』(2022)など数々の話題作で知られる白石和彌監督が、『ミッドナイトスワン』(2020)で第44回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した草彅剛を主演に迎えて手がけた、自身初の時代劇映画。
古典落語の演目『柳田格之進』を題材に、冤罪事件によって娘と引き裂かれた男が武士の誇りをかけて復讐に臨む姿を描く。
主人公・柳田格之進役の草彅剛をはじめ、清原果耶、中川大志、奥野瑛太、音尾琢真、市村正親、斎藤工、小泉今日子、國村隼と錚々たる顔ぶれが集結した。
映画『碁盤斬り』のあらすじ
浪人・柳田格之進は身に覚えのない罪をきせられた上に妻も喪い、故郷の彦根藩を追われ、娘のお絹とふたり、江戸の貧乏長屋で暮らしている。
しかし、かねてから嗜む囲碁にもその実直な人柄が表れ、嘘偽りない勝負を心がけている。
ある日、旧知の藩士により、悲劇の冤罪事件の真相を知らされた格之進とお絹は、復讐を決意する。お絹は仇討ち決行のために、自らが犠牲になる道を選び……。
父と娘の、誇りをかけた闘いが始まる!
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。