映画『ピストルライターの撃ち方』は渋谷ユーロスペースで封切り後、2023年11月25日(土)〜富山・ほとり座&金沢・シネモンドにて、12月2日(土)〜広島・横川シネマにて、近日名古屋にて劇場公開!
2023年6月17日(土)より渋谷ユーロスペースで封切りを迎え、全国各地の劇場にて公開が続く映画『ピストルライターの撃ち方』。
再び原発事故が起こった地方を舞台に、ヤクザの下で除染作業員を運ぶチンピラ、チンピラの親友で刑務所帰りの男、出稼ぎ風俗嬢による共同体の再生と崩壊を描いた群像劇です。
このたびの映画の劇場公開拡大を記念し、本作で主人公・達也の親友であり、とある理由から刑務所を出所したばかりの男・諒役を演じられた中村有さんにインタビュー。
諒という役から感じとった「自分を捨てた人間」の姿、本作を通じて初めて知ることのできた映画の意味など、貴重なお話を伺うことができました。
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自分を捨てた人間にとっての「帰る場所」
──中村さんは本作で演じられた諒の役作りについて、非常に悩まれていたと伺いました。最終的にはどのように役作りでの悩みを打破されたのでしょうか。
中村有(以下、中村):正直、打破はできてないと思います(笑)。
ただ実際、変わるところは明らかに変わる役だったので難しくはあったんですが、変化をつけるために役をどうしようかとは思っていなかったんです。その上で映画の前半から後半に向けて、諒が何を捨てて、何を心の中で大きくしていったのかを考えていました。
──中村さんご自身は、諒が捨てたものを何だと考えられたのでしょうか。
中村:僕は諒の行動を「自己犠牲」だとは思いたくなくて、「自分の身を削っている」という人間ではなく、生き方の軸そのものに自分がいない、自分のために人生を生きていない人間として諒を演じたかったんです。だからこそ、難しかったんですよね。
家族のために自分の行動がもたらした、家族との決別についても、諒は決して良いこととは感じてはいないけれど「俺は家族のためにやったのに」とは思わない。「そういうものだ」と受け入れる人間が諒であり、そういう考え方が癖になっている人間として役作りをしていました。
確かに「帰る場所」も諒が捨てたものの一つだとは思うんですが、彼は元々、自己犠牲とは関係なく自分のことを捨てている。そう生きるようになったきっかけや根本のようなものがきっとあって、さらにその下には「本当はもっと自分を愛したい」という想いがあるのかもしれない。そして、その想いが「帰る場所」への感情として表層上に表れているのだろうと思って演じていましたね。
中村:僕、高校生の頃結構遊んでいたんです。家に帰らず友だちの家を渡り歩いたりしたりした時もあって、ただ毎日同じ服は着られないから、夜中こっそり家に戻って服だけを取り替えてまた出かけたりとか。
そんな時期に、いつものように夜中家に戻ったら、玄関先に寝袋と「家は寝るためだけの箱ではありません」「あなたが家のことをそう思っているなら、あなたの家はこれで十分だ」という内容の母親からの手紙が置いてあったんです。
当時は「何言ってるんだろ」としか思わなかったんですが、その後上京し、一人暮らしを始めて2ヶ月ほど経った時、夜にふとその手紙のことを思い出して「あれ、ここ俺の家じゃないな」と感じた。その時ようやく母親がの言いたかったことがなんとなく実感できましたし、その時の出来事が今回諒を演じる際のベースの一つになっていると思います。
挫折を経て味わった「役者の原体験」
──どのような経緯で、役者というお仕事に出会われたのでしょうか。
中村:僕は高校受験で地元では有名な進学校へ入学したのですが、その学校はとても自由な校風で、髪を染めたり制服をいじったりしている先輩たちが平気で有名大学に入るようなところでした。
そんな校風や先輩たちから「自由に遊び、楽しむ」という遊びの要素だけを受け取ってしまい、勉強の方をしなくなりました。普段遊んでいた友達と一緒にテスト直前に勉強を始めても、自分一人だけ全然追いつけない。その時に「自分はメチャクチャ受験勉強してギリギリで高校に入ったけど、周りの人たちは決してそうではない」と気づいたんです。
もちろん周りの人たちも、見えないところで勉強はしていたんでしょうけど、自分と違ってまず地頭が良いことは否定できなかった。初めて分かりやすい挫折といいますか「俺、大したことなかったんだな」「俺、バカなんだな」とハッキリ分かった。その瞬間から、学校にあまり行かなくなりました。
放課後や夜には友だちと遊ぶけど、授業に出る気はどうしても湧かない。ただ親には形だけでも「行ってきます」と言わないといけないし、そのためには昼間、学校でも家でもない場所で時間を潰さないといけなかった。
そんな状況の中で当時、地元に単館の映画館が何軒かあったんです。まだ入れ替え制じゃなくて、映画1本分の料金でずっと劇場内にいられた。やることもないし、お金もないからと映画館に入り、それからなんとなく映画をずっと観続けていったんです。
中村:映画の中には現実とは違う楽しそうな世界がいっぱいあって、当時の自分は「そっちの世界に逃げたい」と自然に感じていたんだと思います。そして元々もの作りも好きだったので、いつの間にか映画の世界に憧れるようになっていました。
それで、モテたかったという単純な理由もあって東京の芸能事務所になんとなく応募したんです。その返事が実家に届いて親にバレて両親にメチャクチャ怒られました。
それでも、やりたいことが他になかったし、なんとなく引けなくなって「俺はこれがやりたいんだ」と伝えると、親は半ば諦めて「子どもから社会人まで所属する地元の市民劇団に入り、1年間かけて稽古が行われる舞台の本番に立て」「そうしたら認める」と提案してくれたんです。
「あんたにはそんな根性もないし、学校生活とも両立できなくてどうせ諦める」と言われたことへの反抗の気持ちからもその提案を受け入れました。ただ実際に始めてみると、稽古から本番まで、本当に楽しかったんです。そして最後まで終えたことで親も少し認めてくれて、役者を目指して上京することにも了承してくれたんです。
自分自身を知る役作り、今もある「帰る場所」
──中村さんにとって、役者というお仕事の面白さ、あるいは楽しさとは何でしょうか。
中村:正直、全然楽しくはないんです(笑)。舞台でも映画でもまず緊張するし、演技も上手くいったことはないしで、苦しい時やつらい時の方がよっぽど多いんですが、それでも面白いんです。
何かの役を演じる時は、いろんなことをまず考えなきゃいけない。そして役について考えるということは、自分がその役を演じる以上、結局は自分自身はどうなのかを考えなきゃいけない。だからこそ、自分自身のことを知るきっかけになるんです。
それはとても苦しく、つらい過程でもあるんですが、演じ終わった後に振り返ってみると「やって良かったな」と感じられる。
それに、演技が上手くいったことがないので、役を演じ終えるたびに「今回は自分が甘かった」「もっと深く考え抜いたら、次はもっと良くなるんじゃないか」といった気持ちになる。その結果、今まで役者を続けて来てしまっているという感覚です。
──ちなみに、ご両親は本作をすでにご覧になられているのでしょうか。
中村:両親は今愛知に住んでいるんですが、シネマスコーレさんでの上映が決まったのでそこで観に行くと考えてくれているそうです。
舞台などに出演した時なども含めて、本当に全部の作品を観に来てくれるんです。自分の役者という仕事を応援してくれていて、そういう意味では自分の帰ってこれる場所をちゃんと作ってくれているんだと思います。
映画は「完成」せず、成長を続ける
──ご自身にとって、映画『ピストルライターの撃ち方』はどのような作品となったのでしょうか。
中村:今回の『ピストルライターの撃ち方』では映画のパンフレット制作にも参加したんですが、様々なスタッフさん・キャストさんの座談会を録音して文字起こしをしていく中で、スタッフさんが映画とどう向き合っているのかを初めて聴くことができたんです。
もちろんスタッフさんは映画作りの現場をともにする仲間ではあるんですが、役者と一緒に話す場だと必ず気を遣ってくれるので、専門的な事や、本音の中の本音を聞いたことが僕は無かったんです。
今回初めて、カメラマンの松井宏樹さんや録音の高橋玄さん、助監督の登り山智志さんなど、スタッフさんたちだけでの座談会の音声を聴いて「各々、こんな『戦い方』をしていたんだ」と知ることができた。
インディーズ映画であり、多くのギャラは出すことのできない本作の撮影に対して、プロとして業界で活躍しているスタッフさんたちは、どんな想いのもと戦ってくれていたのか。それぞれがどんな人に、この映画を観てほしいと感じていたのか。その一端に触れられて、改めて、映画は関わった人一人一人の想いで形作られていくんだなと実感できたんです。
映画の舞台挨拶でよく「映画はお客さんに観てもらって、初めて完成する」とか聞くじゃないですか。その言葉の意味を何となくは分かっていたつもりでしたが、今回キャスト、スタッフさんの映画への想いを改めて聴けて、当たり前のことではあるんですが、お客さんにも各々の「映画への想い」があるとも気づいたんです。
「つまんなかった」「面白かった」といった感想、もっと複雑な想いを抱く方もいるかもしれない。映画が人の想いで形作られていくなら、お客さんに観て頂く度に映画には想いが足されていって、映画は決して「完成」はせずに成長し続けるものかもなと今は感じています。
『ピストルライターの撃ち方』という映画で、ようやく少しだけ、映画というものを知れたような気がします。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
中村有プロフィール
1984年生まれ、静岡県出身。日本大学芸術学部映画学科演技コース中退。
主な出演作品は眞田康平監督『しんしんしん』(2011)、管勇毅監督『のれそれ』(2015)、萩尾悠監督『東京の夜』(2016)、宝隼也監督『あなたにふさわしい』(2017)、末松暢茂監督『OLD DAYS』(2022)など。
奥津裕也の主宰する劇団「狼少年」に所属。
映画『ピストルライターの撃ち方』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【脚本・監督】
眞田康平
【キャスト】
奥津裕也、中村有、黒須杏樹、杉本凌士、小林リュージュ、曽我部洋士、柳谷一成、三原哲郎、木村龍、米本学仁、古川順、岡本恵美、伊藤ナツキ、橋野純平、竹下かおり、佐野和宏
【作品概要】
再び原発事故が起こった地方を舞台に、ヤクザの下で除染作業員を運ぶチンピラ、チンピラの親友で刑務所帰りの男、出稼ぎ風俗嬢による共同体の再生と崩壊を描いた群像劇。
オール宮城県ロケで撮影された本作を手がけたのは、東京藝術大学大学院・映像研究科修了作品『しんしんしん』(2011)が渋谷ユーロスペースはじめ全国10館で劇場公開された眞田康平。
瀬々敬久監督作品に多数出演し、自身も劇団「狼少年」を主宰する奥津裕也を主演に迎え、中村有、黒須杏樹の3人を中心に物語は描かれていく。また杉本凌士、小林リュージュ、柳谷一成、佐野和宏など実力派キャストが脇を固める。
映画『ピストルライターの撃ち方』のあらすじ
遠くない未来、地方で再び原発事故が起こった。しかしその隣町では一見変化のない生活が続いている。
ピストル型のライターで煙草に火をつける残念なチンピラの達也は、ヤクザの下で立入禁止区域の除染作業員をタコ部屋まで運ぶバンの運転手をしている。
そんな達也の下に、刑務所に入っていた親友の諒と出稼ぎ風俗嬢のマリが転がり込んできて、行き場の無い3人の共同生活が始まる。
達也はヤクザに取り入って、バラバラになっていく故郷や仲間をなんとか食い止めようと行動するが……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。