映画『浜の記憶』は2019年7月27日(土)よりK’s cinemaにて公開!
黒澤明監督の『生きる』や成瀬巳喜男監督の『流れる』など、多くの東宝作品に出演したベテラン俳優・加藤茂雄。そんな加藤にとって93歳にして初めての主演映画となる『浜の記憶』。
以前から親交のある映画監督の大嶋拓が、「加藤さん、久しぶりにドラマやってみませんか?」と声をかけたのです。
大嶋拓監督といえば、第45回ベルリン国際映画祭をはじめ、多くの海外映画祭に招待された『カナカナ』や、田中圭と渡辺美佐子共演で自己愛性パーソナリティ障害をテーマにした『凍える鏡』などの作品で知られた映画作家です。
今回は大嶋監督がベテラン俳優加藤のために書き下ろした、劇場公開作『浜の記憶』の公開に先立ち、監督インタビューを行いました。
初主演のベテラン俳優加藤と、オーディションで抜擢した宮崎勇希との撮影秘話から、大嶋監督の演出法の裏話。また監督自身の過去作から一貫して扱われたテーマ「年齢差のある登場人物」のパーソナルな背景まで、貴重なお話を伺いました。
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93歳にして映画初主演となった加藤茂雄
メイキング画像:大嶋拓監督(左)と俳優・加藤茂雄(右)
──主演の加藤茂雄さんの起用と、現場での様子についてお聞かせください。
大嶋拓監督(以下、大嶋):これまでずっと劇映画を撮っていましたが、『凍える鏡』の後、ドキュメンタリーを撮るようになりました。ドキュメンタリーの2作品目である『鎌倉アカデミア 青の時代』を撮った時に、アカデミアの出身者である加藤茂雄さんが証言者として出演してくれたんです。
それから行き来が始まったのですが、加藤さんは役者でもあるし、93歳とは思えないほどお元気なので、加藤さんを起用して何か作品が作れないか、と考えるようになりました。そこで、漁師でもある加藤さんの日常生活を取り入れた物語を考えて、加藤さんに相談をしたら、「やってみたいね」というお返事だったので、それから話はトントンと進みました。
70年間俳優として過ごしていらした加藤さんの人柄や存在感はさすがのひとことで、安心して現場に臨むことができました。
大嶋:もともと加藤さんは長いこと東宝の大部屋の俳優さんで、映画というのは、50人100 人といった大所帯で撮るものだ、と思っていたかも。
今回の映画は、キャストとスタッフを合わせてわずか5人の現場でした。もしかしたら「ずいぶんこじんまりとした現場だな」と思っていらしたかもしれませんね。
現場での加藤さんは、いつも悠然と構えていらっしゃいました。撮影を行った昨年の9月から10月は天候不順で、なかなか太陽が顔を出さず、ゲンナリしていたのですが、加藤さんいわく、「『太平洋の鷲』(本多猪四郎監督/1953年)ではロケで1週間伊勢に行ったけど、1週間雨で、ワンカットも撮らないで引き上げたよ」と。そういうこともあるんだと。俳優もスタッフも待つのも仕事のうちだと教えられましたね。
それから、黒澤明監督を筆頭に、錚々たる監督の作品に出られているので、「演出に正解はない」「監督はそれぞれの個性に合わせて演出をする」と繰り返しおっしゃていて、「ああ、自分流でいいんだな」と実感しました。完成した作品をご覧になった後で、この『浜の記憶』は、「黒澤さんというよりも成瀬(巳喜男)さんの世界だね」とおっしゃってくださったのも嬉しかったですね。
自然体が愛くるしいヒロイン宮崎勇希
──ヒロイン役の宮崎勇希さんは、宮崎美子さんの若い頃を彷彿とさせる、生き生きとした若さがあり、加藤茂雄さんとの好対照さを感じました。
大嶋:今回ヒロイン役はオーディションを行いました。その際、加藤さんとのマッチング、視覚的なバランスを考慮しました。
加藤さんが身長153センチなので、相手役はそれより背が高くない方がいいだろうと。また同時に海の似合う、自然体の女性が見つかるといいな、と考えていたんですが…。
宮崎勇希さんは、オーディションで初めて会った時、「由希が実際にいたら、こんな感じじゃないのかな」と思わせる雰囲気を漂わせていました。身長は152センチ、福岡の出身で、自ら田舎娘と称するだけあって、日に焼けていて健康的で、ショートパンツが似合う子でした。
大嶋:加藤さんと宮崎さんは、撮影現場でもとても仲が良かったですね。
加藤さんも根っから健康な「海の男」ですし、馬が合ったんでしょう。2人が並んでいる姿を見ると、都会の冷たさとは対照的な、ドメスティックな暖かさを感じます。
宮崎さんは実生活でもカメラを趣味でやっているんですね。撮影中、彼女は私物のカメラを持ってきて、実際に加藤さんをモデルに撮っていました。彼女が撮った写真を見せてもらいましたが、非常に良いセンスをしていたので驚きました。
年齢差のある登場人物を描く理由
──本作『浜の記憶』のみならず、例えば『凍える鏡』など、大嶋監督が一貫して年齢差のある男女の出会いを描くのは、なぜでしょう?
大嶋:たしかに、デビュー作の『カナカナ』でも、男子中学生と三十路女性の関係を描いていますし、作品全部とは言いませんが、そういう組み合わせを扱った作品は多いですね。
自分の映画になぜ年齢差という要素が入っているのか、いろいろ考えたんですが、どうやら自分の生育歴が影響を与えているようです。
実は両親がまさに年の差カップルなんです。父が58、母が31の時に僕が生まれました。中学生の時に、父が脳梗塞で倒れて寝たきりのような状態になり、その後母は父が亡くなるまでの6年あまり、看病をしていました。世間では高齢男性が年の若い女性と結婚すると「介護要員だ」と冗談で言うけれど、母は結果としてまさにその通りになりました。
──母親が父親の介護をしている様子を目の当たりにして、どのようなことを感じましたか?
大嶋:父が介護を必要としたのは、私が13歳から20歳の時でした。寝たきりになる前、父は非常にバイタリティのある人だったのですが、倒れた後はそれまでとはすっかり変わってしまいました。
中学から高校、大学と、ちょうど思春期で、まだ芽を伸ばしたい時期なのに、生活の中で「老い」や「病」を毎日見せられてしまう。どうじても暗くなりますね。あまり楽しい思い出がないのは事実です。
大嶋:その間、8ミリ映画を撮っていましたが、内容も、高校生男女の心中未遂だったり、非常にネガティブな10代後半だったように思います。
孤独感や心の空虚さを抱えた主人公が登場するのは、そんな自身の投影かもしれませんし、母が父を看病していたという原風景があったからなんだろうと思います。
──女性が男性を「看る」ことは、主題以外の面でも影響を与えていますか?
大嶋:女性が男性を「看る」という行為は、物語を展開させる手立てとして有効だと思うので、意識的に活用しています。
介護とまではいかなくても、やはりその行為によって一気に関係が近づいていく。体調が悪くなることで、他者が触れる必然性が生まれる。熱がないかと額に手を当てたり、背中をさすったり…。人肌に触れることで、一気に関係が近くなり、物語内の人物の距離も近づいていきます。
ドキュメンタリー的手法を加えた撮影
──加藤茂雄さんは俳優とは別に漁師の顔を持っているということですが、作品全体にドキュメンタリー的要素がうまく入っていたように思います。
大嶋:加藤さんの日常と非日常が、いわば「ハレ」と「ケ」が、物語内で上手く合わさったのではないかと思います。地引き網の漁をしている場面は、実際の網の様子を撮影していますし、ほぼキュメンタリーです。
ドキュメンタリー映画を2作品撮ったことで、ドキュメンタリー的なアプローチがあるのを知りました。
そこで今回はその要素を適度に入れ、幼い頃から8ミリカメラで撮影をずっとやってきたので、そういうフットワークの軽さを活かして、融合させることができたのかな、と思いました。
──ドキュメンタリー的な要素はどのような点で活かされました?
大嶋:宮崎さんはセリフを言っている時は、すこしだけ硬い表情や雰囲気になってしまうことがありました。
そこで、お祭りと寺巡りのシーンに関しては、あえて演出しない、ドキュメンタリー的に撮ることで、自然な表情を引き出しました。これらの場面では、加藤さん演じるシゲさんが、宮崎さん演じる由希ちゃんを「可愛い」と思う気持ちが、観客側に理解されることが重要です。
このアプローチによって彼女の自然な、いい笑顔が出てきました。キラキラと輝く愛らしい表情を積み重ねていくことで、物語の展開に説得力をもたせることができました。
また、メインタイトルとエンドロールの場面でも、演出なしの、出演者のありのままの動きを記録した映像を使っています。
メイキング画像:キャストに演技を指導を行う大嶋拓監督(右)
──ドラマとドキュメンタリーのふたつの要素を合わせもつことは、監督自身の特徴と言えるように思います。
大嶋:そうかも知れませんね。ドラマ的に撮ったところも、ドキュメンタリー的に撮ったところも、それほど違和感なく融合しているとしたら、あまり全体を作り込みすぎていないからだと思います。もともと、あまり過剰な演出が好きではないので。
宮崎さんも「ドラマと現実がごっちゃになった、不思議な現場でした」とおっしゃってましたが、そういう虚実ないまぜのリアリティを、これからも追求していきたいですね。
あと今回は、海での撮影だったこともあり、インサート用に相当、いろいろな画を撮りました。特に使い道は決めないで撮っておいたんですが、編集の時にはそれがずいぶん役に立ちました。例えば、場面転換などで何度か出てくる海鳥の画、あれは待ち時間や休憩時間中に撮ったものです。
最近の作品は、最初に絵コンテやショット割りを細かく決めて、決めた通りに撮って…というものが多いようで、あまりインサートは重視されていない印象を受けますが、インサート映像というのは、場面の説明だけでなく、ひと呼吸置いたり、気分を変えたり、言ってみれば文章における行間のようなもので、行間で表現できるもの、行間から立ち現れるものもあるような気がしています。
観客へのメッセージ
──これから『浜の記憶』をご覧になるお客様にメッセージをお願いします。
大嶋:『凍える鏡』以来10年ぶりの劇映画ですが、『凍える鏡』に引き続き、老人と若者の世代間交流を描いたものになりました。
現在私は50代なので、老人の気持ちも、若者の気持ちも、何となく理解できる位置にいるように感じています。ひと夏の鎌倉の風景の中で展開される、70歳差の男女の奇妙な「道行き」。是非、スクリーンでご覧いただければと思います。
インタビュー/出町光識
撮影/河合のび
大嶋拓監督のプロフィール
田中圭出演の映画『凍える鏡』(2007)
2019年8月17日(土)、秋葉原UDXシアターにてリバイバル上映
1963年4月6日、東京都世田谷区に生まれる。慶應義塾大学文学部人間関係学科人間科学専攻を卒業。
小学2年生の時に『帰ってきたウルトラマン』と『仮面ライダー』の撮影見学したことがきっかけとなり、1973年から8ミリカメラで映画制作を開始。
1977年には、中学校の先輩や友人らと制作した『ひとかけらの青春』(脚本、出演等で参加)が、第1回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)に入選。その後も『ドコニイルノ?』もPFFで入選を果たす。
1994年に初の劇場長編作品となる『カナカナ』が、モントリオール国際映画祭のほか、ベルリン、ウイーン、シドニーなど多くの映画祭に招待される。
1999年には、ジャズヴォーカリストの鈴木重子と、当時「小劇場界のプリンス」と呼ばれていた堺雅人を初めて映画に起用した長編第2作『火星のわが家』が、第12回東京国際映画祭にてプレミア上映。
2008年に田中圭と渡辺美佐子が共演を務めた劇場用長編第3作『凍える鏡』を公開。(2019年8月17日(土)、秋葉原UDXシアターにてリバイバル上映。
そのほかドキュメンタリー作品として、影絵専門劇団「かかし座」のバックステージに密着した『影たちの祭り』(2013)や、足かけ10年を費やした歴史作品『鎌倉アカデミア 青の時代』(2017)などを制作。
2019年7月には、93歳にして映画初主演となるベテラン俳優・加藤茂雄の俳優生活70周年記念作品『浜の記憶』が劇場公開。
映画『浜の記憶』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【脚本・撮影・編集・監督】
大嶋拓
【キャスト】
加藤茂雄、宮崎勇希、渡辺梓
【作品概要】
黒澤明監督の『生きる』『七人の侍』、本多猪四郎監督の『ゴジラ』など、多くの名作映画に出演してきた加藤茂雄が、2018年に俳優生活70周年記念作品として制作。93歳にして初の主演映画です。
俳優以外に漁師の一面を持った加藤が、自身の姿と重なる鎌倉の老漁師・繁田和夫を演じ、その相手役である20歳の若い女性・波川由希役を宮崎勇希が務めました。
映画『浜の記憶』のあらすじ
鎌倉・長谷の海岸で地引網漁を営む93歳の漁師・繁田和夫。彼は今日も大漁を願い、乗り込む船に御神酒をかけます。
そんな繁田の妻はすでに先立っており、東京で教師をしている一人娘の智子も月に数回顔を見せる程度でした。
今も現役で網を引く繁田の仕事は、けして若い者に負けはしません。それでも近頃は徐々に老いる孤独感が静かに日常を包み込むようになっていました。
そんなある夏の日。カメラマンを目指しているという若い女性の由希が、気さくに話しかけてきました。
亡き祖父が漁師だったという由希は、それからもたびたび繁田のもとを訪れるます。そして70歳以上も年の離れた2人は、互いの心の空白を埋めるように親しさを増していきます。
一緒に浜辺を歩き、祭りを楽しみ、鎌倉の古寺をめぐるなか、由希は繁田を「シゲさん」と呼び、繁田も「由希ちゃん」と声をかけ、かけがえのない2人だけの楽しい時間が流れていきます。
しかしある日。浜辺で逢瀬を楽しむ繁田と由希の前に、東京から娘の智子が現れたことで、2人の関係は思いがけない方向に……。
映画『浜の記憶』は2019年7月27日(土)よりK’s cinemaにて公開!