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Entry 2023/09/18
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映画『アーリマン:デス・ビフォア・ダイング』マニ・ニックプール監督インタビュー|ゾロアスター教の世界観を通じて“イランに対する異なるイメージ”を描く

  • Writer :
  • 河合のび

カナザワ映画祭2023特集企画「Choice of Kanazawa」上映作品『アーリマン:デス・ビフォア・ダイング』

20239月10日に無事に幕を閉じたカナザワ映画祭2023にて、初の海外映画部門「「Choice of Kanazawa」で上映された作品の一つである映画『アーリマン:デス・ビフォア・ダイング』。

イラン・テヘラン出身で移住後はオランダで活動するマニ・ニックプール監督が手がけた本作は、ゾロアスター教の世界観を基に描かれた壮大なSFファンタジーです。


(C)Cinemarche

このたびカナザワ映画祭2023「Choice of Kanazawa」での作品上映を記念し、マニ・ニックプール監督にインタビューを行いました。

本作でゾロアスター教の世界観を描きたいと考えた理由、作中で登場する神々の姿のデザイン、イランを舞台とした映画作品に対する想いなど、貴重なお話を伺えました。

【連載コラム】『カナザワ映画祭2023厳選特集』一覧はこちら

絶対悪の神が秘める“善”の部分

──マニ監督がゾロアスター教の世界観に興味を持ち、映画を通じて描こうと思われたきっかけは何でしょうか。

マニ・ニックプール監督(以下、マニ):ゾロアスター教の中に登場するアーリマンという悪しき神は、善なる神スプンタ・マンユと対立する神であり、本来は善き行いもできるものの、あえて悪しき行いをすることを選んだ神と知られています。

だとすれば、絶対悪にも見なされるアーリマンの中にも、“善”にあたる部分が秘められているのではないか。その問いに映画を通じて向き合いたいと思ったことが、本作の制作を考えたきっかけの一つです。

また作中でゾロアスター教の最高神アフラ・マズダを直接登場させず、アフラ・マズダに付き従う善なる神々の一柱であるスプンタ・マンユとアーリマンのみを描いたのは、アフラ・マズダには「翼と光の輪を背にした王の姿」という有名なイメージがすでに存在していることも深く関わっています。

スプンタ・マンユとアーリマンという特定の姿のイメージを持たない、しかし「善なる神」と「悪しき神」という明確な役目を担っている両者を物語の中心に据えることで、より自由な発想で物語を描けると感じたのです。

映画『アーリマン』撮影リハーサル風景(画面下)と本編(画面上)

──顔を覆うマスクをはじめ、神々の姿はどのようなコンセプトでデザインされたのでしょうか。

ニックプール:スプンタ・マンユのマスクは全面が鏡張りのようになっていて、そのマスクを見た者は反射した自分自身の顔を見ることになる。すなわち自分の悪しき面と向き合わされるのです。そしてアーリマンのマスクは、スプンタ・マンユと対になるように「バラバラに割られた鏡」のデザインを施しました。

ただ撮影の際には、スプンタ・マンユのマスクにカメラやスタッフの姿がよく映り込んでしまったため、苦労させられました(笑)。

また神々の衣装もミシンを使って自分で製作したのですが、それは予算の事情だけでなく「自分で作れば“愛”を込められる」と考えたためです。誰かに依頼した場合、たとえお金を出していたとしても、納品は早いが仕上がりは決して良くないものになるという可能性もあった。本作にとってベストな方法を選ぶことにしたのです。

現代のイランとは異なるイメージを描く

──ゾロアスター教は古代イランで成立した宗教と言われていますが、イランはニックプール監督の出身地でもあります。

ニックプール:巷でよく描かれているイランが舞台の映画は、イスラム過激派によるテロ、長きにわたって続く不安定な社会情勢、それに伴う貧困や戦争などのマイナスなイメージを題材とした作品が多いです。

『アーリマン』では、ゾロアスター教という古代のイランで育まれた宗教、あるいは文化を描くことで、既存の映画で描かれた現代のイランとは異なるイメージを知ってもらうきっかけを作りたかったのです。

ニックプール:また本作ではゾロアスター教以外にも、錬金術や神秘主義といった、世界と自己とめぐる探求の思想に関する要素も多く盛り込まれています。

錬金術や神秘主義の思想は、人間が生きていく中で、日常生活で起こる大小様々な困難に直面した時にも姿を現します。そして自分自身も人間である作り手が人間を、そして世界を描く以上、映画においても錬金術や神秘主義の思想は欠かせないものだと考えています。

“教える”と“伝える”がつなぐ現在の仕事

──ニックプール監督が映画監督の道を志したきっかけは何でしょうか。

ニックプール:私は7歳の時に父が監督を務めていた映画に出演したことがあるのですが、その際に体験した撮影現場が本当に楽しかったんです。

撮影現場にいると、キャストやスタッフの人々は幼い自分のことを「子ども」ではなく「キャストの一人であり、映画の作り手の一人」として接してくれた。それが非常にうれしくて、その頃から映画監督を志すようになりました。

また映画制作だけでなく、学校の講師として「映画制作を教える」という仕事も始めたのは、元々誰かと話すこと、そして「教える」という行為を通じて、誰かの手助けをすることが好きだったためです。

改めて思うと、今の自分が映画制作について生徒たちに教えていることと、映画を通じて人々に何かを伝えようとしていることは、一つの仕事としてつながっているのかもしれません。

“問題提起”の『Part.1』から“解決”の『Part.2』へ


(C)Cinemarche

──最後に、カナザワ映画祭2023で本作をご覧になった方をはじめ、日本の方々へのメッセージをお願い致します。

ニックプール:本作はゾロアスター教という宗教、ひいては文化に触れてもらう“導入”として制作した映画ですが、ただゾロアスター教のことだけを伝えようとしたら、正直つまらないものになってしまうと考えていました。

だからこそ、ゾロアスター教に関する事前知識がある方もそうでない方も楽しんでもらえる作品にすべく、ゾロアスター教や先述の錬金術、神秘主義の思想だけでなく、エンターテインメントとしてのファンタジーの要素も盛り込みました。

人それぞれの楽しみ方でぜひ映画を観ていただきたいと思っていますし、事前知識のない中で映画をご覧になった方も、映画を観終えた後にゾロアスター教について調べてみることで、映画を2度楽しんでいただけるはずです。

また『アーリマン』は『Part.1』『Part.2』の2部作で構成された映画であり、今回のカナザワ映画祭2023で上映されたのは『Part.1』にあたります。

『Part.1』で提起された数々の問題に対する“解決”を描く『Part.2』も、すでに9割ほどが完成し、今回の来日の際に撮影した東京の場面を編集することで完成を迎えます。

『Part.2』が完成した暁にはぜひ、カナザワ映画祭2023で『Part.1』を観てくださった方はもちろん、日本の方々にも観ていただきたいです。

インタビュー/河合のび

マニ・ニックプール監督プロフィール

1983年にイラン・テヘランで生まれ、その後オランダに移住。幼い頃に父である映画監督サイード・ニックプールの長編映画に出演した。

アムステルダムの映画学校で講師として映画製作の幅広い知識を伝え、映画製作・カメラ技術・編集・合成の専門知識を学生たちに教えている。

【連載コラム】『カナザワ映画祭2023厳選特集』一覧はこちら

映画『アーリマン:デス・ビフォア・ダイング』の作品情報

【上映】
2023年(オランダ映画)

【英題】
Ahriman:Death Before Dying

【監督】
マニ・ニックプール

【作品概要】
ゾロアスター教の世界観に基づき、輪廻転生を繰り返す一つの魂の行方をめぐっての善なる神と悪しき神の戦いを描いた壮大なSFファンタジー。全二部作で構成された作品であり、今回カナザワ映画祭2023で上映されたのは『パート1』にあたる。

監督はイラン・テヘランで生まれたのちにオランダへ移住し、現在はアムステルダムの映画学校で講師も務めるマニ・ニックプール。

映画『アーリマン:デス・ビフォア・ダイング』のあらすじ

ギリシャの半神半人の英雄ペルセウス、ペルシャ帝国を統治したキュロス大王、そして現代のオランダ・アムステルダムでPTSDに苦しむ帰還兵ニマ……。

輪廻転生を繰り返す一つの魂をめぐって、善なる神スプンタ・マンユと悪しき神アーリマンは対立する。

果たして、争いの先に救いはあるのか?

【連載コラム】『カナザワ映画祭2023厳選特集』一覧はこちら

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche




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