映画『漫画誕生』は、ユーロスペースにて2019年11月30日に公開、全国順次上映中!
一段低くみなされていた風刺絵を「漫画」というひとつのジャンルとして広く世に浸透させ、日本人で初めて漫画家として成功し「近代漫画の祖」と呼ばれた北沢楽天。
映画『漫画誕生』は明治、大正、昭和の激動の時代を生きた漫画家・北沢楽天の知られざる生涯をイッセー尾形主演で描いた人間ドラマです。
監督を務めるのはデビュー作『花火思想』が大きな反響を呼んだ大木萠監督です。
時代考証や衣装のデザイン案なども監督が務めるなど、映画化するには難しいと言われる時代を生き生きと蘇らせました。
大阪・第七芸術劇場での公開にあたり来阪された大木萠監督に、映画『漫画誕生』の企画が動き出した経緯や北沢楽天に対する想い、映画に込められたテーマなど様々なお話を伺いました。
CONTENTS
漫画家あらい太朗から教わった“北沢楽天”
──北沢楽天の映画を撮ることになったきっかけを教えていただけますか
大木萠監督(以下、大木):デビュー作である『花火思想』(2014)を作っている時に、漫画家のあらい太朗さんと初めてお会いしました。あらいさんはさいたま市の「北沢楽天顕彰会」の理事もしていらっしゃったのですが、その時、私は北沢楽天のことを知らなかったのです。
さいたま市に、北沢楽天さんのお屋敷があって、亡くなったあとそれが市に寄贈され、「さいたま市立漫画会館」という日本で一番最初の漫画ミュージアムが出来て、そこを拠点にさいたま市在住の漫画家が集まって北沢楽天のことを広めようと発足したのが「顕正会」です。あらいさんは「実は楽天の映画を撮りたいと思っているんだ」とおっしゃっていました。
私も中学生の頃からずっと漫画家になりたかったんですね。初めてプロの漫画家と出逢い、初めて漫画というものを描いた北沢楽天の話を聞いてとても良い企画だと感銘を受けました。
『花火思想』が完成した時にあらいさんが観に来てくださって、是非北沢楽天の映画を撮って欲しいという依頼をいただきました。改めて調べてみると実に面白い人で、映画にするにふさわしいと思い、お引き受けしました。
あらいさんは当初ドキュメンタリーを考えておられたのですが、紆余曲折あり、半ドキュメンタリー映画になったり、全然違う長編映画になったりもしました。それでもやっぱり自分が撮るんだったら完全フィクションの長編映画にしたいと考え、その方向で脚本を作り始めました。
従来のヒーロー像とは異なる北沢楽天の“人間らしさ”
──映画を製作されていく上で北沢楽天はどのような人物だと思われましたか?
大木: 北沢楽天は熱い信念を持っている人ではないんですね。そこが従来の主人公とはひと味違う処です。北沢楽天をあぶり出すキーパーソンとして宮武外骨が出てきますが、彼は反骨の人で、権威に対して言いたいことを言う大衆が求めるジャーナリストです。同時代の画家、藤田嗣治もやりたいことをやるために日本を捨ててフランスに行き意志を貫く。私達が憧れるタイプの芸術家です。北沢楽天にはそれがない。でも何もないわけではなくてその時々の状況に合わせて工夫することが出来た人だったと思います。
──誰もが憧れるヒーローでない一方、北沢楽天のあふれる人間らしさに親近感を覚えました。
大木:悩んだり怒ったり、それこそ人の悪口を言っているとかそういうときが一番人間らしさが出ますよね。誰の悪口も言わず、何にも怒らないっていう人には魅力を感じません。表現者が何かを極めるためにそうなってしまう部分がとても愛しいのです。絶対友だちになりたくないタイプですけれど(笑)。実際の北沢楽天はそんな人ではなかったかもしれませんが、私はイッセー尾形さんに演じていただいて、そうした人物として描きたかったのです。
北沢楽天役はイッセー尾形しか考えられない
──北沢楽天役にイッセー尾形さんをオファーされた理由は?
大木:むかつくだけの男ではなくて、憎めず、なにかを抱えながらもなんでもないですよという感じでひょうひょうとしている姿を具現化できるのはイッセー尾形さんしかないと思いました。ありがたいことにほとんど即決で役を受けていただきました。
初めてお会いした時は開口一番、北沢楽天のことは知らなかったよ、よくこんな人をみつけてきたねと言っていただきました。イッセー尾形さんご本人も絵を描かれるので、演じていくうちに、北沢楽天に友情に近いものを感じたとおっしゃっていました。
北沢楽天はどうして忘れられたのか?
──検閲官との会話を中心としながら過去へと話が飛ぶという構成にはどのような意図があったのでしょうか。
大木: 途中までは純粋に大河ドラマのようでしたが、時間的に長くなりすぎるのでこうしました。最後まで貫きたかったのは偉人伝にしたくないということでした。凄い功績がある方なのにどうして忘れられてしまったのかということに興味があったからです。コミカルな形で問い詰めていく中で本質が見えてくるだろうという意図は最初の段階からありました。
──物語の終盤で北沢楽天は検閲官からあることで問い詰められますが、その問いは“監督自身の問い”とみていいでしょうか?
大木: 問いかけは現代の漫画家を目指している若い人たちの気持ちを代弁したものです。私自身、漫画家になりたかったですし、将来何になりたいと問われて「漫画家」と応えられるのも、北沢楽天が漫画を創設してくれたおかげです。それに対して彼は凄く責任があるのではないでしょうか。彼がいたから漫画家というものが存在し、漫画家になりたいという夢が成り立つわけです。そういう夢を持っている人たちに対して何か立派な信念があってほしかった。最後まであなたはずるいんですかとなった時に、楽天はあの絵を描くわけです。
──「日本漫画奉公会」の会長を務めていたということで北沢楽天は戦後、相当な批判を受けただろうと想像できます。映画はそうしたことを観客に想像させつつ、あえて戦争に深くは踏み込みません。
大木: 北沢楽天はあの時代にすごく振り回された人だったと思います。そういう意味では戦争というものに踏み込まざるを得ないのですが、そのあたりの描写を増やすと楽天の人物像を描くという主題とずれてしまう。どうすればよいか、随分考えました。「奉公会」という戦争色の強いものを最初に出したのは、それが映画の中であたりまえになってほしかったからです。常にどこかと戦争し、常に表現者は抑圧される恐怖と戦っている時代だということですね。
北沢楽天が忘れられたというのも「奉公会」の会長だったからです。会長になっていなければもっと知られた存在だったでしょう。戦争に負けたから国策漫画のトップとしてかき消されてしまったのです。
ユーモラスでユニークな構成
──橋爪遼さん演じる若き日の北沢楽天が福澤諭吉宅に招かれた時の一連のシーンがとてもユーモラスでした。あれは監督さんのアイデアなのでしょうか。
大木:北沢楽天が福沢諭吉に見いだされたことを伝えたい、カレーのエピソードを入れたいと製作側から要請があり随分考えました。福沢諭吉は誰でも知っている人物なので普通に撮ったらそれで終わりです。そこでなんでも自分がいいと思ったものを取り入れる、諭吉のハイカラさを強調することにしました。女中の行動の異様さを強調し、北沢楽天の戸惑う様をだそうと考えました。真ん中から女中が突っきてくることも考えたのですが、さすがにそれはないだろうという微妙なリアリティさをつけた結果、面白いと言ってくださる方が多くてよかったです(笑)。
──アニメーションを使った場面もユニークですね。
大木:最初はアニメーションを入れることに躊躇したのですが「おもちゃ箱のような映画を」という意図もあって挑戦してみました。絵は顕正会の方々が描いてくださいました。また、下川凹天という楽天の弟子が日本のアニメーション創設者のひとりなのです。黒板にチョークで絵を描いてそれを消してひとコマずつ撮影するという方法で作品を作ったのがアニメーションの原点と言われています。北沢楽天自身はアニメには携わりませんでしたが、楽天が育てた弟子たちがアニメを製作し始めたことをどう描くかというのもあり、アニメの創生をこのアニメーションのシーンのみで表現しました。
この時代に生きた女性たちをどう描くか
──“いのさん”を演じられた篠原ともえさんがまた素晴らしいですね。
大津:夫婦愛というのではないんですが、結果的には一番近くで支えてくれている人のおかげで生きていけているんだなというのが裏のテーマとしてありました。北沢楽天が自分ひとりだけで闘ってきたというように見えますが、最初から見ていくと彼は奥さんの意のままに動かされているのです。途中までは気付かないのですが、最後の最後にひとりじゃなにもできなかったという弱さに彼は気付くのです。
──女性キャラクターが皆とても個性的です。
大木:この時代の女性キャラクターをどう描くかというのは今回の挑戦のひとつでした。学校制度や教育が行き届いていない時代ですから、女性は教養はないかもしれません。男性だけが戦争だ、学問だとあたふたしている。でも女性はそんなことよりも生きていく上でもっと大切なことがあるよね、と本質をつく部分を持っている。そのような男女の違いをこの映画で描いてみたのです。
女性はものを知らないかもしれないけれど、いるだけで痛いところをついてくるというか、そういう女性がかっこいいと思っています。私の中では、女性は現実主義者で男性のほうがロマンチストなんですね。だからいのは夫の姿をかわいいなと思って見守ることができた。いのが第二の主役になるんだろうなというのは撮影の時から感じていました。
インタビュー・撮影/西川ちょり
大木萠監督プロフィール
1986年生まれ、北海道北見市出身。
バラエティ番組のADを経て、『犀の角』(09/井土紀州監督)に助監督として参加。若手女性監督の作品を集めた短編オムニバス企画「桃まつり~うそ~」(10)にて『代理人会議』を共同監督。
2012年に完全自主制作による『花火思想』を監督・プロデュース、2014年から東京、大阪、京都、名古屋で公開、イベント再上映も行った。キネマ旬報2016年10月下旬号では、今後の活躍が期待される監督の一人として取り上げられている。
映画『漫画誕生』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【監督】
大木萠
【キャスト】
イッセー尾形、篠原ともえ、稲荷卓央、橋爪遼、モロ師岡、とみやまあゆみ、森田哲矢、東ブクロ、吉岡睦雄、芹澤興人、中村無何有、櫻井拓也、江刺家伸雄、祁答院雄貴、安藤瑠一、藤原隆介、南羽翔平、緒方賢一、瓜生真之助
【作品概要】
デビュー作の『花火思想』(2014)が高い評価を受けた大木萠監督が、激動の時代を駆け抜け、「近代漫画の父」とうたわれた北沢楽天の人生を描いたドラマ。
主人公北沢楽天の壮年期を根強いファンを持つイッセー尾形、青年期を橋爪遼が演じ、妻・いのを篠原ともえが20代~50代までひとりで演じわけた。
第31回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門選出。
映画『漫画誕生』のあらすじ
昭和18年、漫画家が国策を応援して協力する団体「日本漫画奉公会」が設立し、北沢楽天が会長に選ばれました。
北沢楽天は、漫画を“職業”として確立し「近代漫画の祖」と呼ばれた人物です。
楽天は多くの弟子を育ててきましたが、世は岡本一平の時代となり若い漫画家からは「過去の人」と扱われるようになっていました。
ある日、内務省の検閲課に呼ばれた楽天は、検閲官の古賀に「漫画について教えてほしい」と請われ、自身の過去を語り始めます。
若かりし頃の輝かしい思い出を語った楽天は高揚感に包まれますが、検閲官の古賀は思いがけない言葉を投げかけてきました……。
映画『漫画誕生』上映&舞台挨拶情報
第七芸術劇場 2月1日(土)より
▶︎第七芸術劇場公式HP
2月1日(土)12:00の回上映後に大木萠監督、稲荷卓央さんの舞台挨拶を予定
長野・相生座ロキシー 3月7日(土)より
▶︎相生座ロキシー公式HP
京都みなみ会館 3月20日(金)より
▶︎京都みなみ会館公式HP
元町映画館 3月21日土)より
▶︎元町映画館公式HP
MOVIXさいたま 4月3日(金)より
▶︎MOVIXさいたま公式HP
MOVIX利府 4月3日(金)より
▶︎MOVIX利府公式HP
各館公開初日に大木萠監督の舞台挨拶を予定(詳細は各劇場HPでご確認ください)。