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Entry 2020/11/07
Update

【小田香監督インタビュー】映画『セノーテ』日本とメキシコつなぐ“聖なる泉”を描くための風景・光景・音景の演出

  • Writer :
  • 西川ちょり

映画『セノーテ』は2020年10月31日(土)より大阪シネ・ヌーヴォ、11月13日(金)より京都出町座、以降も元町映画館他にて全国順次ロードショー!

メキシコ・ユカタン半島北部に点在するセノーテと呼ばれる洞窟内の泉は、恐竜を絶滅させた隕石によって形成され、マヤ文明の時代には唯一の水源として、雨乞いの儀式のために生け贄が捧げられた場所でもありました。

ボスニア・へルツェゴビナの炭鉱を主題とした『鉱 ARAGANE』(2015)が山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞するなど国内外で高い評価を受けた小田香監督。本作ではダイビングを学んで自ら水中撮影に挑み、現世と黄泉の世界を結ぶと信じられていたセノーテをめぐって交錯する人々の過去と現在の記憶に迫ります。


(C)Cinemarche

この度、映画『セノーテ』の公開を記念して小田香監督にインタビューを敢行。「小田香特集2020」を通じて初めて劇場公開された初監督作『ノイズが言うには』(2010)から第一長編作『鉱 ARAGANE』、そして『セノーテ』と各作品に込められた思いや制作の経緯などを伺いました。

境界を漂う映画:『ノイズが言うには』


『セノーテ』(C) Oda Kaori

──今回、「小田香特集2020」を通じて初監督作『ノイズが言うには』が初めて劇場公開されました。両親にセクシュアル・マイノリティであることを告白するも受け入れられなかった主人公が、家族の協力のもと自己の告白に関する映画を作り始める作品です。本作の時点で、現在の小田監督の作風が既に芽生えていると感じました。

小田香監督(以下、小田 ):『ノイズが言うには』は『鉱 ARAGANE』などその後に撮った作品とは作り方が全く違うのですが、確かにおっしゃるように「フィクション・ノンフィクションの両方が交差し、各々にとっての“リアル”が出現する」という意味では、その後の作品と共通する部分があります。自分が映画において追求するもの、もしくは興味があるものというのは、フィクションでもノンフィクションでもない境界を漂うような作品なのかもしれないです。

ただ、そういった方向性を必ず意識して作っているわけではないんです。結果的にそうなっているに過ぎません。「ドキュメンタリー」でも「実験映画」でも、どんなふうに表現していただいても特に違和感はないです。観る方、一人ひとりが決めてくださればと思います。

タル・ベーラの「film.factory」で学ぶ

大阪シネ・ヌーヴォでは小田香監督の絵画作品の展示も。


(C)Cinemarche

──小田監督は『ノイズが言うには』が映画監督のタル・ベーラに認められ、彼が設立した映画学校「film.factory」に入学されますが、どのような経緯があったのでしょうか。

小田:一番最初に自分の問題を主題にして、それで問題が解消できたというわけではないんですが、「取り組めた」という思いは確かにあり、撮り終えてからしばらくは茫然としていました。また、映画を撮る/撮られるという中での暴力性を意識し始めたことで、トラウマとまではいかないですが、「また同じことをしてしまうのではないか」「映画を撮ることで他者を傷つけたり、傷ついたりしてしまうのではないか」という不安もありました。

その中で『ノイズが言うには』が2011年の「なら国際映画祭」で上映され、スタッフの方からボスニア・ヘルツェゴヴィナにある彼の映画学校のことを教えていただいたんです。これから映画を続けるかどうかもわからなかったのですが、映画のことをきちんと学んでみたいとは思っていたので、新しい土地に行ってみようと思いました。

──「film.factory」では実際にどのような勉強をされたのかをお聞かせいただけますか?

小田:形態的にはベーラと私たち生徒がいて、彼とマンツーマンで自分たちのプロジェクトにメンターとして関わってもらうという内容でした。それと並行して、2週間ごとに講師陣が入れ替わり立ち代わりで訪れ、ワークショップや座学をしてくださいました。

そして、一年に2本短編を制作することが課せられていました。授業もある中で2本は結構ハードなんです。またボスニアは長い間戦争をしていましたが、「ボスニアに来たからといって、安易に内紛のことをテーマにすることは考えない方がいい」とはずっと言われていました。もっと自分自身に直接関係がある事柄を、沸き立つものを感じる時に作れと常にお尻を叩かれていましたね。

3年間学んだ後に帰国することはわかっているので、撮ることで現地の人々から搾取することになるんじゃないかという怖さが当時はありました。「それでも撮ってもいい」と言ってくださる人々やものを撮らせてもらうなど、手探りでやっていました。どこまでやれるだろう、何が出来るだろうと思いながら制作していたのは、私だけではなくてみんなそうだったと思います。

深い闇と鳴り響くノイズの空間:『鉱 ARAGANE』


『鉱 ARAGANE』(C)film.factory/FieldRAIN

──やがて、小田監督は卒業制作として『鉱 ARAGANE』を撮られました。『あの優しさへ』(2017)では100年の歴史を持つブレザ炭鉱との出逢いから同作が生まれていく様子が描かれていますが、その場所を撮りたいと思った一番の理由を改めて教えていただけますか。また、カメラのポジショニングはどう決められていたのでしょうか。

小田:一番の理由は、やはり自分が全く体験したことのなかった地下300メートルの空間ですね。炭鉱で働くということ自体、心に響くものがありましたし、すごく好きだと感じられる人が側にいてくれたのも大きいです。私は訓練を受けていないので一人ではウロウロできないんですが、安全管理のマネージャーであるベゴさんが必ず先行してくださり炭鉱に入っていました。

カメラの位置については「ここに置いてはいけない」という制限がまずありました。誰もいないしここでいけるんじゃないかという場所があったらベゴさんに合図して、私は言葉が通じないので、ベゴさんが周囲の人々に確認してくださるという形でした。

──映像の説明や炭鉱夫のインタビューなどは一切はさまず、地下の世界を描くことに徹する作品となった背景を教えていただけますか。

小田 :炭鉱の現状や情報を伝えるための映像として、炭鉱の事務所や会議室などのお仕事も撮らせてもらったりはしたんです。ただそうした映像を入れなかったのは、私が炭鉱に対して最も感銘を受けたものではなかったからかもしれません。「炭鉱」という場所である以上、社会的・経済的なものにならざるを得ないとは思っていたのですが、『鉱 ARAGANE』はそれが全面に出てくる映画ではないだろうとも感じていました。また作中での音はほぼ同時録音で収録していますが、数カ所だけ、音だけをひっぱってきて編集を施している場面もあります。

泉(セノーテ)の神秘の世界を捉える:『セノーテ』


『セノーテ』(C)Kaori Oda

──『セノーテ』では「音」がさらに重層的に演出されています。この構成にはどのようなコンセプトがあったのでしょうか。またその制作過程についても教えていただけますか。

小田:自身ではそれほど意識していなかったのですが、『鉱 ARAGANE』を発表した際に「音」に対する好意的な意見をたくさんいただけたんです。またその中には「この映画には“サウンドスケープ(音景)”がある」という指摘もありました。「音もまた時間と空間を持っている」という意味だと私は認識したのですが、それをきっかけに音のことを勉強するようになったんです。『セノーテ』の際は水中の音、人の声のエコーなど、音で遊びながら構成できないかと撮影のたびに考えていました。

今回の『セノーテ』では、女の子の声や詩の引用などのテキストも挿入しています。当初は映像と音を同時進行で編集しようとしたんですがうまくいかず、最終的にはまずイメージを固めてから音を作り、その後テキストを挿入する形で編集していきました。映像によるイメージを補強するためのものではなく、映像と合わせることで掛け算のように作品全体のイメージが広がっていくような構成を狙いました。

──『セノーテ』では「太陽光」も映し出されることで、より多彩な映像世界が展開されていきます。村に暮らす人々のポートレイトも大変素晴らしかったですが、撮影はどのように行われたのでしょうか。

小田:陸上の映像は8ミリで撮っているのですが、現代での8ミリってノスタルジックな気分を誘う面があるので「今観ているのは、本当にこの時代に撮られた映像なのかな」という逡巡が生まれるのではと考えました。伝説や神話を扱うことはリサーチの中で想定していたので、現在・過去・未来という時間の流れで遊べないかと思い、そういうものを構成する試みとして、水中はiPhone、陸上はフィルムと機材を使い分け撮影しました。


『セノーテ』(C)Kaori Oda

小田:水中では撮影中は反射するんですね。常に反射しない角度にいられるわけではないので、フレームだけはなんとなくわかっているのですが、ほぼ見えていないんです。後でパソコンで確かめてみたら思いがけないものがたくさん映っていて、そこがすごく面白かったですね。自分が撮りたいものも勿論ありますが、「撮らされている」というと表現が強くなりすぎてしまいますけれど、そういう面もあるのかな、あればいいなと思って撮っていました。

立ち現れてくる複眼性


(C)Cinemarche

──小田監督はドキュメンタリー『愛と法』の戸田ひかる監督の新作や小林茂監督の『魂のきせき(仮)』など、自身の監督作以外でも撮影を担当されています。そうした「監督」とは異なる形で映画制作に向き合われた際に気づかれることはありますか。

小田:自らオペレートし、自分一人しか居ない時でもいろんな環境に左右されて撮っているので、映画制作では常に「複眼性」を持たざるを得なくなるのですが、「監督」ではない形で映画の制作現場に入った際には、その複眼性が明確に見えてくると感じられました。「横に録音スタッフがいる」「あそこに監督がいる」といった風に、現場の雰囲気や作品を取り巻くイメージが複眼的に見えてくると改めて感じました。

また映画自体にも、やはり複眼性が存在します。『ノイズが言うには』では家族が共に映画を作るという複眼性があり、『鉱 ARAGANE』でもベゴさんが選んだ場所、制限時間、いただいたアドバイスなどから複眼性が立ち上がってきます。撮っている時に見返してくる視線に左右されることも複眼性ですし、それらを自分がいかに判断し、どのように取捨選択していくのか。そうしたことが映画を作っていく上でとても大切なことだと感じています。

インタビュー・写真/西川ちょり

小田香監督プロフィール

1987年生まれ、大阪府出身。2011年に米・ホリンズ大学の教養学部映画コースを修了。卒業制作である中編作品『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭2011 NARA-wave部門で観客賞を受賞。その後も東京国際LGBT映画祭など国内外の映画祭で上映される。

2013年、映画監督タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory (3年間の映画制作博士課程)に第1期生として招聘され、2016年に同プログラムを修了。2014年度ポーラ美術振興財団在外研究員。2015年に完成されたボスニア炭鉱を主題とした第一長編作品『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。その後、リスボン国際ドキュメンタリー映画際やマル・デル・プラタ国際映画祭などで上映される。

映画・映像を制作するプロセスの中で、「我々の人間性とはどういうもので、それがどこに向かっているのか」を探究し続けている。また世界に羽ばたく新しい才能を育てるために2020年に設立された大島渚賞(審査員長:坂本龍一、審査員:黒沢清/荒木啓子[PFFディレクター]、主催:ぴあフィルムフェスティバル)では第1回の受賞者となった。

映画『セノーテ』の作品情報

【日本公開】
2020年公開(日本・メキシコ合作)

【エグゼクティブ・プロデューサー】
越後谷卓司

【プロデューサー】
マルタ・エルナイズ・ピダル、ホルヘ・ボラド、小田香

【監督・編集】
小田香

【現場録音】
アウグスト・カスティーリョ・アンコナ

【整音】
長崎隼人

【作品概要】
2015年に映画『鉱 ARAGANE』で長編デビューを飾った小田香監督が、メキシコ・ユカタン半島洞窟内にある泉セノーテの神秘に迫った日本・メキシコ合作映画。

水中と地上を浮遊する映像を監督自らが撮影。精霊の声やマヤ演劇のセリフテキストを重ね、マヤ文明にルーツを持つ人々の過去と現在の記憶が紡がれていく。本作を含む映像制作により、小田香監督は2020年に「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」が新たに創設した「第1回大島渚賞」の受賞者となった。

映画『セノーテ』のあらすじ


『セノーテ』(C)Kaori Oda

メキシコ・ユカタン半島には多種多様なセノーテが点在しています。それらは恐竜を絶滅させた隕石で出来た洞窟内の泉で、マヤ文明の時代には貴重な唯一の水源として活用され、雨乞いの儀式のために幼い少女たちが生け贄として捧げられた場所でもありました。

現世と黄泉の国を結ぶものだと信じられてきたセノーテ。監督自らが撮影した映像は、光と影と水の饗宴がこれまでに観たこともない映像でとらえられています。さらにそこには水の泡立つ音、撮影者の呼吸、獣や鳥の声、マヤ演劇のテキスト、少女のささやき声などがかぶせられ、時空の気配がリアルにかつファンタスティックに伝えられます。

泉の周辺では、現在でもマヤの末裔が暮らしています。祭りが催され踊りを愉しむ人々、闘牛、花火、骸骨を祀る姿など日常と神話が一つになった姿も映し出されていきます。

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