映画『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』は2022年8月6日(金)渋谷ユーロスペースにて公開後、8月26日(金)よりシネ・リーブル梅田、9月2日(金)よりアップリンク京都、9月9日(金)よりシネ・リーブル神戸他にて全国順次公開!
ウクライナ情勢の背景が映し出された貴重なドキュメンタリー映画『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』。監督は、スロバキアの写真家・映像作家のユライ・ムラヴェツ Jr.です。
2014年のユーロマイダン革命以降、ウクライナでは親ロシア派と親欧米派の対立が激化。ムラヴェツ監督は2015年4月、分離主義勢力が支配する東部のドネツクでの取材を敢行。2016年2月、入国禁止ジャーナリストに登録されドネツクに入れなくなってからは、ウクライナでの取材を開始しました。
ドネツク側とウクライナ側、双方の証言を集めた本作は「紛争」の本質に迫り、「なぜ人間は戦争を繰り返すのか」を観る者に問いかけてきます。
このたび本作の関西地域での劇場公開を記念し、ユライ・ムラヴェツ Jr.監督にインタビュー。本作を制作するに至った経緯や作品に込められた想いなど、たっぷりとお話を伺いました。
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時代の大きな流れの中で
──本作を制作されるに至った経緯を、改めてお教えいただけますでしょうか。
ユライ・ムラヴェツ Jr.監督(以下、ムラヴェツ):以前から旧ソ連諸国に関心を抱き写真を撮り続けていたのですが、実は僕の両親はともに新聞記者であり、幼い頃からスロバキア国内の出張などによく連れて行ってもらっていました。
そうした環境で育ち、自然と「時代の大きな流れの中に身をおいて生きたい」という想いを抱くようになりました。その二つの想いが、本作の大きな原動力となったと感じています。
──本作は現地の生々しい映像と同時に、モノクロの写真が豊富に挿入されるという独特な構成となっています。
ムラヴェツ:僕にとってこの構成が、今回の撮影方法の解決策だったんです。写真は僕にとって重要なアートであり、興味深い場所に行くとどうしても写真を撮る必要を感じます。写真は「一目で情報を伝えられる」という点で、非常に優れたメディアなんです。
またスロバキアには、ドゥシャン・ハナックというドキュメンタリー映画の名匠がいます。彼が1972年に発表した『百年の夢』は、カルパチア山脈に暮らす老人たちを映し出した作品なのですが、映像とともに、スロバキアの写真家マーティン・マルティンチェクの写真を組み合わせて構成しています。僕はこの作品に大きな影響を受けていたため、今回の映画も同じスタイルで制作したいと考えたのです。
戦時下の人々とどう向き合うか
──ドネツク側とウクライナ側の双方で多くの方に取材をされていますが、その方たちとはどのように知り合い、信頼関係を築いていかれたのでしょうか。
ムラヴェツ:ウクライナでのユーロマイダン革命の際に亡くなったティーンエイジャーの携帯を渡され、お母さんと話をした女性と、キエフに住む退役軍人のスラバさんとアンナさん夫婦に関しては、事前にリサーチをし取材依頼をしましたが、他の方に関してはカメラを持って歩いている時に、偶然出会えた方たちです。
戦争が起きた地域のインタビューでは、「自身がおかれた境遇の理不尽さを誰かに聞いてほしい」という方が大勢います。そういう意味では、こちらが人としてあるべき対応をすれば、受け入れてもらうことができました。
ドキュメンタリストは取材相手のセラピストとなる場面も時にはあるため、そうした仕事をする以上、共感力を持って相手の方と対話をするのが大事だと心がけています。
──様々な人々を取材される中で、本作では猫や犬など、多くの生き物もまた画面上に登場していますね。
ムラヴェツ:特に狙った上で撮影をしていたわけではないのですが、ウクライナで生きる人々は犬や猫が好きで、本当に可愛がっていました。動物たちは厳しい戦時下での生活における、人々の癒やしの存在なのだと捉えて撮影しました。
現地で出会った人々の現在
──本作の撮影にて取材された方々とは、その後ご連絡などはとられているのでしょうか。
ムラヴェツ:作中で映し出される場所には、すでに失くなってしまっているところも多いです。その一番の理由として、ロシア軍は戦略として、街を徹底的に破壊し燃やし尽くしてしまうためです。
例えばスクーターに乗った明るい性格のおばさんがいた町、教会のあった場所などは、もう土に還ってしまったような状態と化しています。また少女が話を聞かせてくれたマリウポリも、すでに破壊されてしまいました。作中で僕が抱きしめたお婆さんも当時はピスキに住んでいたのですが、やはりロシアによる侵攻を受け、現在どのような状態となっているかは不明です。
映画に出演している方ではなく、映画の撮影を手伝ってくれた方の中には連絡がとれている方もいて、例えばマリウポリを案内してくれた女性は、すでにドイツへ避難されています。
またドネツクで車を運転してくれた牧師さんがいたのですが、その方は侵攻が始まった時、市民の避難の手引もされていたのですが、ある時「僕に防弾ベストを送ってほしい」と連絡してこられました。そこでベストを集め送ったところ、「避難している最中に撃たれ、防弾ベストを送ってもらえていなかったら、僕は死んでいた」とのちに連絡がありました。
「弱者への無関心」が生み出したもの
──ムラヴェツ監督は若い頃、旧ソ連諸国に“兄弟国”としての夢を見出し、写真のテーマを見つけたと諸国を回られていましたが、取材の中でその想いも大きく変わりました。そして「弱者への無関心」という言葉に触れられています。
ムラヴェツ:現在のロシアは、人々が国家主義的な、独裁主義的な指導者の存在を許してしまった国です。
長い期間、ロシアでは市民デモが起きませんでした。政治に対して関心を持たず、積極的に関わろうとしなかった結果、このような状況を招いてしまったのではと思っています。
今起こっている侵攻……「戦争」は、決して2022年2月から始まったものではなく、その8年前からすでに起こっていたものであるということを、本作を観て理解していただけると嬉しいです。
インタビュー/西川ちょり
ユライ・ムラヴェツ Jr.監督プロフィール
1987年生まれ、スロバキア・レヴィツェ出身。高等芸術学校で写真を学び、その後、国立ブラチスラヴァ芸術大学(VŠMU)映画テレビ学部カメラ学科で映画撮影と写真を学ぶ。
現在、フリーランスのディレクター・撮影監督・フォトグラファーとして、ドキュメンタリーを中心に活動。極限状態・戦争紛争・自然災害を、人間や社会的な側面に焦点を当てながら記録することを専門とし、これまでに数々の賞を受賞している。スロバキアで最も優れたカメラマンが集まる「スロバキア撮影監督協会」のメンバーでもある。
映画『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』の作品情報
【日本公開】
2022年(スロバキア映画)
【原題】
Mir Vam
【監督・撮影】
ユライ・ムラヴェツ Jr.
【キャスト】
ウクライナの人々、ドネツクの人々、ユライ・ムラヴェツ Jr.
【作品概要】
2010年より旧ソ連の国々を取材してきたスロバキア人写真家ユライ・ムラヴェツJr.が、ウクライナで親ロシア派と親欧米派の対立が激化した際、ドネツク側とウクライナ側の両方の生の声を取材したドキュメンタリー映画。
ウクライナ情勢、そして2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ軍事侵攻の背景を知る貴重な作品となっています。
映画『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』のあらすじ
2013年に起こった市民運動に端を発した「ユーロマイダン革命」によって、親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領は追放され、親欧米派の政権が樹立されました。
しかし、ウクライナ東部のドネツク州とルハーンシク州では、ロシアを後ろ盾とする分離主義勢力とウクライナ政府の武力衝突に発展。分離主義勢力によって2014年4月には「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の独立が宣言されます。
2015年4月、スロバキアの写真家ユライ・ムラヴェツ Jr.は、ユーロマイダンの中心地だったウクライナ・キーウを出発。分離主義勢力が支配する東部のドネツクに向かいました。
分離主義勢力が支配する村を取材するムラヴェツに、戦争の悲しみと平和への望みを語る住民たち。クリフリク村最後の住民となった老婆は「プーチンに助けてほしい」と訴えます。
2016年2月、ドネツク人民共和国情報省によって入国禁止ジャーナリストとして登録され、入国できなくなったムラヴェツは以降、ウクライナ支配下の村やウクライナ-ドネツク紛争の最前戦マリウポリでウクライナ側の人々の取材を開始します。
ドネツク側とウクライナ側の両方の住民に平等に話を聞くことで見えてくる、「繰り返される戦争の理由」とは?