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Entry 2024/07/29
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【伊勢朋矢監督インタビュー】映画『かいじゅう』画家・西村一成のわかり尽くせない“内側の世界”×つくらざるをえない人々

  • Writer :
  • 河合のび

映画『かいじゅう』は2024年6月29日(土)に封切り後、8月10日(土)〜8月16日(金)名古屋シネマスコーレで順次公開!さらに伊勢朋矢監督の映画第1作『日日芸術』も8月17日(土)~8月21日(水)同館で公開!

20歳の頃より独学で描き始めてから26年間、自宅で絵を描くことに没頭してきた画家・西村一成の創作の現場を記録したドキュメンタリー映画『かいじゅう』

ドキュメンタリー作家・伊勢真一を父に持ち、自身もフリーのディレクターとして数々のテレビドキュメンタリーなどを制作してきた伊勢朋矢が監督を務めました。


(C)Cinemarche

このたび劇場公開を記念し、映画『かいじゅう』を手がけた伊勢朋矢監督にインタビューを行いました。

偶然にも伊勢監督と同い年であった一成さんとの出会い、撮影の中で垣間見えた「かいじゅう」の底知れない世界、伊勢監督にとっての「撮影」をする理由など、貴重なお話を伺えました。

「新しい友だち」であり「久しぶりに会った同級生」

──愛知県在住の画家・西村一成さんと出会い、映画『かいじゅう』を制作されるに至った経緯を改めてお聞かせください。

伊勢朋矢監督(以下、伊勢):僕はNHK・Eテレで『ETV特集 人知れず表現し続ける者たち』や『no art, no life』という番組を制作しています。そうした番組制作の過程で西村一成さんのことを知り「いつか撮影したい」と考えていました。

何年か前に一成さんの連絡窓口となっている京都のギャルリー宮脇に取材の相談をした際には「撮影は難しいと思う」と言われていたんですが、2022年に改めて相談したところ「今の一成さんなら、撮影が可能かもしれない」という返事がかえってきました。

そしてギャルリー宮脇で行われた西村一成展で一成さんのお父さんにお会いした際に、撮影の相談をしたところ「伊勢さんは一成と同い年だし、もしかしたら大丈夫かもしれない。」と言われ、一度本人にお会いすることになりました。

後日カメラは持たずに、名古屋の自宅で一成さんにお会いしました。同い年ということと、音楽の趣味が共通していたこともあり、お互い緊張しながらも少し打ち解けて話をすることができました。一成さんは「撮影に耐えられるか、正直わからないけど、試しにカメラを持って遊びにおいで」と言ってくれて、撮影が始まりました。

「お試し」の撮影以来、僕は一成さんの自宅に1年で25回ほど通いました。他の仕事も重なり余裕のない日々を過ごしていた僕にとって、西村家での撮影は、心を休ませることができる大切な時間でした。一成さんとの時間があのときの僕を支えてくれていたと思います。

一成さんにしてみれば、僕は「新しい友だち」のようでもあり、「久しぶりに会った同級生」のような存在だったのかもしれません。

理屈ではわかり尽くせない「内側の世界」

──本作でも映し出されていますが、一成さんは絵を描かれる際に必ず「耳栓」をされていますね。

伊勢:耳栓をして集中しているのだと思うのですが、一方で制作中も音楽をかなり大きな音で流しているんですよね。一日中爆音の音楽のなかで、縁側でタバコを吸い、耳栓をして、絵を描く。これが一成さんの日常のリズムになっている感じですね。

こういったルーティンは、一成さんが内側の世界に入っていく儀式のようにも見えるかもしれませんが、本当のところは本人に訊いてみないとわかりません。理屈じゃないですしね。確かなのは、一成さんが今日を生きた結果として、新たな絵が生まれている、ということでしょうか。

この映画自体も、理屈で観る映画ではない気がします。一成さんも「絵を描くこと」について説明されるのをきっと嫌がるだろうし、もし仮にわかりやすい答えがあったとしたら、それは多分つまらないと思います。考えながら、感じながら、観てほしいなと思います。

伊勢:「内側の世界」は、一成さんだけでなく誰もが持っているものですよね。映画の中で繰り返し「コポコポ」という水の音が聴こえてきます。あくまで僕のイメージですけど、人間の内側には想像できないくらい深い水の世界が広がっている気がするんです。

そんな内側の世界を覗くことはできないけれど、それでも覗いてみたくなってしまう。撮影もそれに似ていて、結局どこまでいってもわからないのだけど、わからないからこそいつまでも心を惹かれるんだと思います。

「怪獣」ではなく、ひらがなの「かいじゅう」

──本作の取材・撮影の期間で、特に記憶に残っている一成さんとのやりとりは何でしょうか。

伊勢:特に印象に残っていて「いい時間だな」と感じたのは、一成さんの絵を庭に持ち出して撮影したシーンですね。一成さんと純子さん(西村一成の母)と僕の3人で、なんか遠足に出かけているような、一緒に文化祭を作っているような楽しさがありました。

庭に置かれた一成さんの絵が普段は見えない生き物のようで、「いないけれど、そこにいるもの」に感じられて、面白い体験でした。僕の勝手なエゴですが、一成さんに見えている世界を少しだけ共有できたようで、うれしかったです。

この映画の監督は一応僕になってはいますが、撮影は一成さんと純子さんと僕の3人で作り上げたものだと思っています。猫のちくらを入れると4人ですね。

一成さんも純子さんも撮影を意識しながら僕と向き合ってくれたと思いますし、それぞれが「撮影」をきっかけにいろいろなことを考え、自分なりの「演出」をしていたような気もします。映画の終盤、一成さんが絵を描く姿をノーカットで映したシーンなんかは、一成さんから僕へのプレゼントなのかなと思ったりもします。

──自身の甥っ子や姪っ子に名付けられ、一成さんも気に入っている「かいじゅう」という呼び名を、伊勢監督はどのように捉えているのでしょうか。

伊勢:漢字の「怪獣」ではなく、ひらがなの「かいじゅう」であることが、一成さんにとって重要なニュアンスなんだと思います。子どもたちが呼ぶ「かいじゅう」。

何かにカテゴライズされる以前の、固定観念に縛られない生き物。絵本の中のひらがなの「かいじゅう」が、一番感覚として近いのかもしれません。これも本人に訊いてみないとわからないけど。

つくらざるをえない人々

──これまでテレビドキュメンタリーの制作を通じて様々なアーティストの方々と出会ってきた伊勢監督は、「アート」をどう認識しているのでしょうか。

伊勢:「アート」とは何か?ということは僕なんかが語ることはできません。ただ取材を通して思うのは、僕が撮影したいと思う人は「つくらざるをえない」何かが感じられる人な気がします。そういう人に心を掴まれますね。

アール・ブリュットやアウトサイダー・アートといったカテゴリーは関係なく、アーティストと呼ばれる人たちは多かれ少なかれ「つくらなければ生きていけない」人ばかりなような気もしますね。

「アート」「アーティスト」という言葉の定義はよくわかりませんが、「なんで生きているの?」という問いに簡単に答えられないのと似ている気がします。

──そうした創作の感覚は、伊勢監督ご自身の「内側の世界」にもあるのでしょうか。

伊勢:どうなんだろう……ただ、何と言えばいいのか、撮影や編集をしていて、幸せを感じる瞬間はあります。

僕の知らない世界を持っている人たちがたくさん生きていて、そういう人たちを撮影する中で、これまで味わったことのない感覚を覚えることもありますし、編集中に「自分にもこういう感情があるんだ」と知らない自分に出会えたりすることもあります。

とはいえ、苦しいことの方が多いですし、映像制作という仕事のことを改めて考えてみたことはないんですが、まぁ好きは好きなんでしょうね。

インタビュー/河合のび

伊勢朋矢監督プロフィール

1978年生まれ。大学卒業後、映像編集プロダクションに入社。その後、ケーブルテレビでディレクターの仕事を始める。

2008年からフリーのディレクターとして、テレビ番組の制作に携わる。2019年5月、映像制作会社「Planetafilm(プラネタフィルム)」を設立。

NHK・EテレのETV特集『人知れず表現し続ける者たち』や『no art,no life』(NHK・Eテレ/毎週日曜8:55〜放送)など、既存の美術や流行・教育などに左右されない、独創的な美術作品を生み出すアーティストを紹介する番組の制作にも携わり続けている。

『かいじゅう』は『日日芸術』(2024)に続く映画監督第2作となる。

西村一成・絵画展『深怪魚、碧海を泳ぐ』が開催!

【開催日】
2024年8月3日(土)〜9月29日(日)

【開催会場】
無我苑(愛知/碧南市)

映画『かいじゅう』の作品情報

【日本公開】
2024年(日本映画)

【監督・撮影】
伊勢朋矢

【プロデューサー】
牧野望、伊勢真一

【音楽】
ロケット・マツ(パスカルズ)

【出演】
西村一成

【作品概要】
20歳の頃より独学で描き始めてから26年間、自宅で絵を描くことに没頭する画家・西村一成の姿を記録したドキュメンタリー。

時に唸り声をあげながらキャンバスに絵の具を叩きつけるように塗りたくり、独白記のような絵を描き続ける西村一成。甥っ子や姪っ子に「かいじゅう」と呼ばれる彼が、初めて家族以外に自身の創作の現場を見せていく……。

監督は、ドキュメンタリー作家・伊勢真一を父に持ち、自身もフリーのディレクターとして数々のテレビドキュメンタリーなどに携わってきた伊勢朋矢。音楽は、アコースティックオーケストラ「パスカルズ」のリーダーであるロケット・マツが担当した。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche




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