お笑い芸人コンビ「そんたくズ」としても活躍する映画監督・井上森人
2020年に開催された第23回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)にて、「コントライブ」という前代未聞の表現によってお笑い芸人コンビ「そんたくズ」。
そのコンビを「田中寿司ロボット」こと田中義樹とともに務めるのが、「ペットロスター井上(旧芸名:ヒノマール井上)」こと井上森人。彼は映画監督としての活躍も華々しく、全国自主怪獣映画選手権 東京総合大会2連覇という偉業も達成した注目のクリエイターです。
2020年5月9日(土)・YouTube配信によるそんたくズ結成3周年記念コントライブ「オリンピックvsメカオリンピック キング・オブ・モンスターペアレンツ(仮)」の開催を記念して、新進気鋭の怪獣映画の監督であり、お笑い芸人としての一面もあわせ持つ井上森人監督へのインタビューを行いました。
怪獣映画へ興味を抱いた原点から、学生時代に如何にして自主映画を作ることに至ったのか、またお笑い芸人コンビ「そんたくズ」の誕生秘話など、貴重なお話を伺いました。
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怪獣映画に関するはじまりの“クラスタ”
『無明長夜の首無しの怪獣』(2018)は全編公開中!
──井上森人監督の制作した自主映画『無明長夜の首無しの怪獣』(2018)と『県立武蔵野魔法高校にんきもの部ドラゴン狩り物語』(2019)を拝見致しました。そもそも井上監督が「怪獣映画」に興味を抱かれたきっかけをお聞かせください。
井上森人監督(以下、井上):子どもの頃から、ウルトラマンやゴジラが好きでした。そして武蔵野美術大学に入学後、大学3年時に友人たちと一緒に「特撮映画」でサークルを作ろうとなったのがはじまりでした。ただ大学ではデザイン系の学科に在籍していたので、映像制作に関する講義や実習は今まで一切受けたことがないんです。
また、その頃の僕は映画制作を指揮する監督とかではなく、あくまでスタッフとして編集以外を全てこなしていました(笑)。その代わり、友人の脚本執筆が滞ることがあれば、僕が最後まで書き切ってしまう。キャストや配役も自分が全員を集めるなど、何でもやっていました。
ほかにもロケーションハンティング、特に怪獣が登場する場面を撮るためには不可欠な、オープンセットの特撮(特殊撮影)が可能な場所を確保するのに当時は奔走していました。近所の町工場に何回も頭を下げに行き、ミニチュアや怪獣の「巨大感」を撮影するために屋上を貸してもらいましたし、大学との撮影許可交渉も幾度となくやっていました。本当に心が疲弊して、一時期は「二度と映画なんか撮るもんか」と思ったりもしました(笑)。
“シン・ゴジラ”の大流行
──「怪獣映画」に右往左往する大学生活だったのですね。また井上監督の大学生時代にあたる2016年7月29日には、庵野秀明総監督による『シン・ゴジラ』が劇場公開を迎えていますね。
井上:大学4年生の時に、『シン・ゴジラ』が公開されました。あれが凄く面白くてですね(笑)。僕はゴジラが好きな世代なんですが、2004年に北村龍平監督の『ゴジラ FINAL WARS』で「ゴジラ」シリーズが終焉を迎えてからは、しばらく怪獣ファンとしての「空白」の期間がありました。また2007年にはテレビシリーズの『ウルトラマンメビウス』も放送が終了したため、怪獣特撮にとっての「冬の時代」を過ごした人間でもあるんです。
だからこそ『シン・ゴジラ』を観た際にはとても感動しましたし、社会的な話題としてムーブメントと化すまで盛り上がっていく様子が嬉しくて嬉しくって、14回も劇場に足を運びました。
当時はもう、狂気の沙汰といえる状況でしたね。例えば、周囲の友人に「14回劇場で観ました」と話したら、年上のゴジラファンの方から「すごいね、僕は8回鑑賞した」と返ってきました。それほどのレベルも持つ映画でした。友人との会話の中でも「俺、6回しか観れてない」なんて言葉が出てくるくらいでしたからね(笑)。
非常事態と直面するのは“現実”
──『シン・ゴジラ』に深い感銘を受けた井上監督は、その当時どのような「怪獣映画」を構想し制作されていたのでしょうか?
井上:『シン・ゴジラ』の劇場公開が大ヒットを継続していた頃、一方の武蔵野美術大学では特撮有志団体「ビビッドマン製作委員会」を立ち上げ、「ビビッドマン」シリーズの制作を行なっていました。そして製作委員会に所属していた後輩を通じて、実際に自衛官として働いている方たちとお会いする機会を得られたんです。
自衛官である二人の視点から見ても、『シン・ゴジラ』は非常に面白く、同時に凄くリアルだったそうです。ただそれでも、映画という創作だからこそ敢えて実際とは異なる形で描写している部分もたくさんあったともお聞きしました。それを踏まえた上で伺った「現実の自衛隊」は、決してカッコよくはない自衛隊であり、正直、あまり口にはできないような真実も教えてくださいました。けれども「これを映画にしたら面白いな」と思った僕は、その「現実の自衛隊」と「怪獣映画」を組み合わせて卒業制作を手がけようと思いついたんです。
“監督”初の怪獣映画への接触
──その卒業制作にて挑まれた怪獣映画のタイトル、そして内容とは一体どのようなものでしょう?
井上:タイトルは『巨大不明生物がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(2017)。1964年のビートルズ初主演映画『ハード・デイズ・ナイト(A Hard Day’s Night)』が、日本公開時に『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』と改題されてしまった……そんなノリをタイトルに込めました。
『シン・ゴジラ』に登場するゴジラのいわゆる「第二形態」に似た怪獣が出現し、住民たちは焦り出す。けれどもその怪獣が実は滅茶苦茶弱い生物であり、例えどんなことが起こったとしても防衛ライン内で確実に駆除できてしまうことが判明してしまう。それと並行して、自衛隊防衛ラインの後方で、発電機の作動を延々と確認し続けなくてはならなくなった落ちこぼれ部隊の物語を描いた作品を制作したんです。(笑)。
特撮用のミニチュア市街地セットと怪獣
『巨大不明生物がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』より
井上:特撮自体はショボイもので、実際は隊員役のキャストたちによる演劇のような内容でした。自然の中で撮影を行うと決めたものの、迷彩服のせいで隊員たちの姿がほぼ見えなくなるなんてアクシデントもありました(笑)。ただ僕にとっては初の監督作だったので、その映画を初めて「自分の作品」として同年の全国自主怪獣映画選手権に出品しました。すると会場アンケートでは20代・30代の方々を中心にとても受けたんです。
一方で、40代・50代の方からは「こんなの怪獣映画じゃない」と言われることもあったんですが、「まあ、そうだろうな」という認識でした。それでも一応若い年齢層の方たちには受けていたので、どちらかといえば「ヤッター!」と思っていましたね(笑)。
スベりながらも爆発し拡大する“笑い”
そんたくズの“こだいだらぼっち”の小平巨大コント
【小平市非公認ゆるキャラ】第1回『こだいだらぼっち復活!!』
──映画制作でも度々「笑いの神」が降りてくる井上監督が、田中義樹さんとコンビを組まれている「そんたくズ」についても、少しお話を聞かせてください。
井上:大学1年生の時、学内にある「劇団むさび」という演劇サークルで役者として知り合ったのが、現在のそんたくズの相方で「田中寿司ロボット」こと田中義樹くんでした。はじめは変な奴だなとは思いました(笑)。ですが、お互いにそれぞれ仲の良い友人や話の合う仲間が別にいるものの、「何か作品を制作したい」と思うのはなぜか田中くんであり、作品制作において特に馬が合ってしまう相手なんです。
また僕は、「自分は天才だ!」と周囲からの「箔」を得るためにも言いまくっているんですが、相方の田中くんは本当に天才なんです。卒業制作時には、他の学生が1年間がかりで作品を手がけている中、彼は1ヶ月程度で作り上げた上で「優秀賞」を獲ってしまう。それ以外にも第21回グラフィック「1_WALL(ワン・ウォール)」というデザインコンテストでグランプリを受賞しているなど、多くの結果も出しています。
その田中くんから「キング・オブ・コントに1度挑戦してみないか」「どうせ1回戦ぐらい通過するべ」といった誘いを受けてそんたくズとしての活動を始め応募したんですが、まあ、死ぬほどスベって(笑)。本当に一般的な人間だったら心が折れるぐらいスベりました。
そんたくズのコント『退廃芸術展』(2020)
「岡本太郎美術館記念公演 死ぬのはお前だ!アジア初の逆デュシャン展」より
井上:ただその後、吉祥寺でギャラリーなどを運営している「Art Center Ongoing」の代表で田中くんに才能を見出している小川希さんから「ギャラリーでコントやってみなよ」と勧められ、そんたくズとして展覧会を開かせていただきました。そこでも死ぬほどスベったものの、なぜかそのまま田中くんと活動を続けていった結果、第23回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)に入選しました。
作品、またはコントライブのタイトルは「岡本太郎美術館記念公演 死ぬのはお前だ!アジア初の逆デュシャン展」です。フランス出身の世界的な芸術家マルセル・デュシャン(1887〜1968)の墓には「死ぬのはいつも他人ばかり」と書いてあるそうで、それを「死ぬのはお前だ!」と書き換え、さらに語呂の響きの良さから「アジア初の逆デュシャン」と名付けました。田中くんはそういったネーミングセンスが凄く良いんですが、そのタイトルで
選考に出品したら通過してしまい、そうなった以上は「デュシャンの本を読まなきゃいけない」と慌てたり……ただ、美術館で二人のコントをやりたかっただけなんですけどね(笑)。
推理小説に拘り、“映画”に挑みたい
──井上監督は『無明長夜の首無しの怪獣』という異色の“怪獣ミステリー映画”を作られましたが、今後はどのような「怪獣映画」を作っていきたいですか?
井上:大学生の頃、「ウルトラマン」シリーズの特撮に使用する建物などのミニチュア造形を制作するアルバイトをしていたんですが、「朝早く、夜遅い仕事」ということもあり、行き帰りの電車ではよく推理小説を読んでいました。小っちゃい頃からミステリー好きだったのは亡くなった親父の影響もあったんですが、ひたすら読み続ける中で抱いた「いつか推理ものと怪獣を組み合わせた映画を作ってみたい」という思いから『無明長夜の首無しの怪獣』を制作しました。
ただ正直な話をすると、「首無しの怪獣」というアイデアには秘話があります。同作を手がける前にも怪獣が登場する作品を撮ってきたんですが、怪獣の全身着ぐるみって、イチから作ると(素人でも)8〜10万円ほどの予算がかかってしまうんです。そこで、『ウルトラマン』の第3話「科特隊出撃せよ」に登場した透明怪獣ネロンガに倣って「首だけをすげ替える」という一部の改造によって一体の着ぐるみをリサイクルしていくことにしたんです。
そんな省エネ作戦によって怪獣の着ぐるみも2代目、3代目とリサイクルを続けていった中で、3代目の怪獣の胴体と2代目の怪獣の首が残ったんです。無論、そのパーツ同士を組み合わせて新怪獣を作ることになったんですが、何かしっくりと合わない。そして、どうしたものかと悩んでいくうちに「過去に撮影した映像と手元にある着ぐるみのパーツ全てを再利用したら、推理小説では古典的な“顔のない死体”のトリックができるんじゃね?!」というアイデアが閃いた。『無明長夜の首無しの怪獣』はそれを成立させることをメインに書き上げた、正直ちょっと無茶なストーリーなんです(笑)。
「首無しの怪獣」の着ぐるみに入る職業怪人カメレオール
井上:ですが「怪獣に首が無い」という現象に、元自衛隊員・宇宙人・幽霊という立場の異なる三者の非日常をぶつけたことで“顔のない死体”のトリックとストーリーを成立させたのは、自分でも面白かったと感じています。当初は人間だけで組み立てようと考えていたんですが、キャラクターの設定を全て変更したことで成功しましたね。
インタビュー/出町光識
撮影/河合のび
井上森人監督プロフィール
1993年横浜生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒。フリーの映像作家、脚本家。大学時代から特撮作品を撮り始め、全国自主怪獣映画選手権東京総合大会にて大会初の2連覇(2017年、18年)を果たす。
2019年、日テレ系単発バラエティー『映像ビックリエイター〜ロバート秋山の動画新時代〜』に、今いちばん話題の若手怪獣映画監督として出演。
また、現代美術家の田中義樹(田中寿司ロボット)とともにお笑いコンビ『そんたくズ』としてコントライブを各地で開催。第23回岡本太郎現代芸術賞に史上初、コントを出品して入選を果たす。
主な監督作品に『無明長夜の首無しの怪獣』(2018)、『県立武蔵野魔法高校にんきもの部ドラゴン狩り物語』(2019)など。
お笑いコンビ『そんたくズ』としてのコントライブに、『そんたくズ岡本太郎美術館記念コントライブ 死ぬのはお前だ!アジア初の逆デュシャン展』(2020)など。
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