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Entry 2019/03/01
Update

【岡部哲也監督インタビュー】映画『歯まん』に至るまでの下積み時代の楽しさと映像作家として信条を語る

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『歯まん』は2019年3月2日よりアップリンク渋谷ほかで全国順次公開!

岡部哲也監督が少女の生きる姿を“性と愛を軸に言及”した、映画『歯まん』


©︎ Cinemarche

女子高生の遥香は愛する人との初めてのセックスで情を通じ合いますが、その最中に、自らの肉体の変化によって、恋人の局部を食いちぎって彼氏の命を奪ってしまいます。

愛する人を殺してしまった少女の悲痛な思いを描いた、新鋭監督の岡部哲也とは、どのような映像作家なのでしょう。

スペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭、カナダのモントリオール世界映画祭などで上映され、国内では、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で北海道知事賞を受賞した才能豊かな監督です。

映画『歯まん』の劇場公開に先立ち、岡部監督に単独インタビューを行いました。
下積み時代の経緯から監督として一本立ちするまで、そして完成させた『歯まん』の魅力を岡部監督に大いに語っていただきました。

母親と見た映画体験


©︎ Cinemarche

──岡部哲也監督が映像作家を目指したきっかけは?

岡部哲也(以下、岡部監督):母親が映画が好きで、小さいころから一緒に見ていました。小学校の頃、風邪をひいて学校を休んだ時に、母親と一緒に病院に行った帰りにレンタルビデオ屋に寄って、何本か借りて一緒に観たりして…。それが最初の映画体験でした。

もともと絵を描くのが好きだったのもあって、高校入学当時、美術クラスを選択したのですが、学校から定員がいっぱいだから、音楽クラスに移動してほしいと言われて、美術を選択できなかった。その反動もあって、美術系の仕事に対する憧れが芽生えたんだと思います。でももし美術クラスを選択できていたら、美大を目指して今とは全く違う人生だったかも知れません。

漠然とですが、映像の世界に憧れを持っていて、その後、大学に行って、マスコミ系に就職しようと思っていました。

実際に大学に入学してみたら、自分がやりたいことと違っていて、その時は映画ばかり見ていました。ティム・バートン監督や後に助監督になったころには、キム・ギドク監督といった、表現が尖っているというか、思いが強くてその強い思いがあふれ出てしまう、そういった映画が好きでした。

その後、映画の専門学校があると知って、具体的に映画監督を目指すようになりました。

助監督という下積み時代


©︎ Cinemarche

──映画の世界に入ったきっかけを教えていただけますか?

岡部監督:専門学校時代に指導に来ていたプロデューサーにお願いして撮影現場に連れていってもらいました。矢崎仁司監督の『ストロベリーショートケイクス』や篠原哲雄監督『桃』というJam Films female(ジャム フィルムズフィメール)というオムニバス作品に参加させてもらいました。

森谷晃育プロデューサーに紹介された、篠原哲雄監督の『地下鉄に乗って』で現場に本格的に参入しました。

様々な監督たちとの出会い

岡部監督:最初は制作部という部署に入って、雑務をずっとしていました。車の運転をしたり、現場の備品やお弁当を用意したり、ごみを捨てに行ったり…。

小松隆志監督の『幸福な食卓』に参加した時に、エンディングの多摩川の土手を歩くシーンの撮影場所を探して欲しいと指示を受けました。ロケハンをして、場所が採用されて作品の一部に残ったことが凄く嬉しかったですね。

もちろん、制作部の仕事を通じて、「いつも美味しいお弁当をありがとう」と言ってもらえることも嬉しかったけれど、それは自分じゃなくてもできる。その作品の中に映像として残ったというのがとても嬉しかったです。

そこで一緒だった演出部の方に、監督を目指しているなら次の作品の助監督をやらないかと誘ってもらいました。それが中村義洋監督の『アヒルと鴨のコインロッカー』という作品でした。

初めてカチンコを打ったのですが、最初カメラ前のどこにカチンコを入れれば良いのか分からなくて、「もっと上」とか「もっと下」とか注意されながら覚えていきました。

当時、撮影がフィルムだったということもあって、すぐにカメラ前からカチンコを抜かないといけない。今思えば、素人がやるべきじゃない(笑)。

それまで経験してきた制作部は作品全体を包み込むような、言わば撮影現場のまわりを固める作業でしたが、助監督は撮影の中心部分にいて、様々な部署のスタッフとのやり取りを密にすることが求められます。コミュニケーションが上手くいかないと撮影に支障がでることもあります。そういった大変さもありましたが、芝居とか演出的な部分に関わっているのはとても楽しかったです。

助監督を夢中でやっていたら30歳になっていた


©︎ Cinemarche

岡部監督:26歳のときに、一歳年上の先輩の片山慎三さん(当時助監督)から、「30歳までに映画を取らないとやばい」といわれたことが頭のどこか片隅に残っていました。『このままだとマズイな、なんかやらなきゃな…』という思いが強くなってきました。

モー・ブラザーズ監督の『KILLERS キラーズ』という作品で、撮影助手についていた長谷川友美さんと意気投合して、一緒に映画を撮りましょうという話になった。

専門学校時代にプロットを作っていたものがあって、一本目はこれを撮ろうと決めていました。これを形にできないまま次のことをやるという気にもならなかった、それが『歯まん』です。

脚本を書いて撮影の長谷川さんに読んでもらったら、面白いと言ってくれて、録音担当も『KILLERS キラーズ』で知り合った川井崇満さんがついてくれました。

自ら書いた脚本へのこだわり


(C)2015「歯まん」

──脚本はどのように書かれ、キャラクター設定などの工夫を教えてください。

岡部監督:長谷川さんに脚本を読んでもらってから、約1ヶ月ほどかけて手直しをしていきました。

最初のプロットでは、主人公の遥香から途中で物語の軸が裕介に代わるというストーリーにしていました。溝口健二監督の『雨月物語』のように女性がどんどん狂って怖くなっていく。それにとりつかれてしまう男性…というようにしていたんです。ただ前半と後半で主人公が変わると、テーマがぶれていってしまう。じゃあもともと何がしたかったのかを考えなおしました。

コンプレックスを抱いている人間が、それを受け入れて乗り越えていく、殺したいほど愛してしまう、殺されてもいいくらい愛する、愛されるということを描きたい。

ファーストシーンとラストのイメージはできていました。そこをどのように繋げていくか。主人公の女の子だったら…と、主人公の気持ちになって書き上げました。

さらに、彼女が困ったり悩んだりすることと真逆のことで悩んだりする人、とか、セックスできない彼女とは逆に、セックスにしか幸せを見出せない人など、キャラクターは自然と生まれてきました。

キャストの魅力


(C)2015「歯まん」

──主人公・遥香役の前枝野乃加さん(元:馬場野々香)は、どのような俳優でしょうか?

岡部監督:撮影などのスタッフは決まりましたが、クランクイン直前まで出演者を探していました。主演を務めていただいた前枝野乃加さん(元:馬場野々香)が決まったのは、撮影に入る1週間前でした。

馬場さんの面接は、既に決定していた洋一役の中村無何有君に同席してもらい、喫茶店で行いました。

即興で兄弟げんかのエチュードをやって貰ったら、喫茶店の中でボロボロと泣きだして。スイッチが入ってから沸点に達するまでが凄く早く、終わったらケロッと、ニコニコしていて。ずっと悩み苦しむ主人公で、つらい作品だけど、彼女とだったら撮影現場が上手くできそうだと思いました。

撮影中、馬場さんはどんな場面でも、あっけらかんとしていて度胸のある子でした。「恥ずかしがったら、逆に自分がやりづらくなると思って」と言っていました。

実際、とても表情の豊かな俳優さんで、編集作業の時に、彼女の表情を見ていくと、シーンごとに顔つきが全く違っている。表情や雰囲気がガラリと変わっていくのが、前枝さんの魅力だと感じています。


(C)2015「歯まん」

──女性にとって少し取っ付きにくい役柄を演じた宇野祥平さんはどのような方ですか?

岡部監督:八百屋役の宇野祥平さんとは、最初、吉田恵輔監督の『さんかく』の助監督についていたときに、初めて会いました。

僕の友達に似ていて(笑)、とても親近感がありました。その後、山下敦弘監督のドラマ『午前3時の無法地帯』で再会して、出演を依頼しました。

脚本の段階では宇野さんの役どころは、粗暴でわかりやすい悪人でした。遥香に対して凶暴性がある方が効果的だと考えていました。一方で、宇野さんはサイコパスというか変態性の強い感じで役を作ってきてくれました。互いのイメージをすり合わせて、役が作られていきました。

観客へのメッセージ


©︎ Cinemarche

──映画『歯まん』に興味を持っていただいた方にメッセージをいただけますか。

ファンタジーの要素を取り入れながら、真剣な愛とコンプレックスをテーマにした作品です。

みんな誰しも多少のコンプレックスがあって、観ている人がこんなにつらい子がいるなら私のほうがましだと思うくらい主人公は追い詰められていく。最終的に主人公がコンプレックスと向き合っていく姿を通じて、観ている側も少し救われるのではないかという思いがあります。

人間の葛藤する思いや究極の男女の愛が描いた作品です。そしてセックスに対して真剣に向き合ってほしいという思いを感じていただければと思っています。

この作品は、自主映画でしか実現できなかったと思うし、その自主映画の中でもここまで振り切った作品は他では観られないと思いますので、是非劇場でご覧下さい。

映画『歯まん』の作品情報

【公開】
2019年3月2日(日本映画)

【脚本・監督】
岡部哲也

【キャスト】
馬場野々香(現:前枝野乃加)、小島祐輔、中村無何有、水井真希、宇野祥平

【作品概要】
石井裕也監督や豊島圭介監督の現場で助監督を務めてきた岡部哲也監督が、満を持して書き下ろし脚本を映画化したホラー的な要素を含んだラブストーリー。

主人公の遥香役を前枝野乃加が体当たりで演じ、そのほか小島祐輔、水井真希、中村無何有、宇野祥平など、インディーズ界から個性派俳優も共演しています。

モントリオール世界映画祭、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭などで観客から高い評価を得ました。

映画『歯まん』のあらすじ


(C)2015「歯まん」

ホテルの一室。高校生のカップルが初めてのセックスに臨んでいます。遥香(馬場野々香)と洋一(中村無何有)は互いに身体を求め合い、体位を変えながら、息を荒げていきます。

そのまま絶頂に達すると思った瞬間でした。妙に鈍い音が響き、あたりはたちまち鮮血で染め上げられました。

洋一は激痛に悶えますが、茫然自失の遥香は血しぶきを顔に浴び続けます。鮮血は二人の交接部分からなおも噴き上げています。

我に返った遥香の呼びかけに洋一は応えません。すでに息はありませんでした。

遥香は、鏡に映る自分の姿に思わず恐怖します。「私は初めてのセックスで人を殺した。愛する人を」遥香はやっと状況を把握するのでした。

翌朝、ホテルでの出来事がすぐにニュースになっていました。

病院に搬送された洋一はそのまま息を引き取ったのです。遥香は生きた心地がしません。「人殺し」という言葉が頭をよぎり、幻聴や幻覚に悩まされ、悪夢をみるようになります。

その日から彼女は学校へも通わなくなりました。遥香はあまりの不安と苦しみからカフェで突然泣き出してしまいます。


(C)2015「歯まん」

すると近くの席にいた男性がそっと駆け寄ってきてハンカチを渡してくれるのです。男性はすぐに店を出ていき、遥香はハンカチで涙を拭います。

学校へは行かずに道草をしてやり過ごすを日々を続けて、何日かが過ぎたある日、橋の上で悲しみに暮れていると、トラックで通りかかった八百屋の男(宇野祥平)が話しかけてきますが…。

岡部哲也監督のプロフィール


©︎ Cinemarche

1982年生まれ、東京都出身。

東放学園在学中から、矢崎仁司や篠原哲雄などが監督を務めた撮影現場に参加。以降、フリーの助監督として中村義洋、豊島圭介、三池崇史、石井裕也、山下敦弘など多くの監督の作品に従事。

自らプロデューサーも務めた『歯まん』では、初監督作ながら日本の若手監督の登竜門・ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015にて北海道知事賞を受賞。そのほかカナダのモントリオール世界映画祭、スペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭など各地の映画祭でも上映されました。

岡部哲也監督 公式Twitter
『歯まん』公式サイト

インタビュー/久保田なほこ
写真/ 出町光識



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