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Entry 2020/01/24
Update

【宗野賢一監督インタビュー】映画『フェイクプラスティックプラネット』貧困女子をリアルと寓話で描き浮かび上がる現代性

  • Writer :
  • 西川ちょり

『フェイクプラスティックプラネット』は2020年8月15日(土)より大阪・シネ・ヌーヴォ、順次、京都みなみ会館にて公開!

「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019」のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門や「ブエノスアイレス・ロホサングレ映画祭2019」に正式出品され、「マドリード国際映画祭2019」では最優秀外国語映画主演女優賞を山谷花純が受賞するという快挙を成し遂げた映画『フェイクプラスティックプラネット』

運命のいたずらに翻弄される主人公シホと25年前に失踪した女優・星乃よう子の二役を山谷花純が演じ、怪しげな人物たちがうごめく独特の世界をシャープな映像でとらえたサバイバルストーリーです。


(C)Cinemarche

プロデューサー・脚本・監督を務めたのは、前作『数多の波に埋もれる声』と本作で、2作連続の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」オフシアターコンペティション部門出品となった宗野賢一さんです。

このたび本作の劇場公開を記念して、奇妙な味わいのある世界観がどのように生み出され、そこにはどのような想いがこめられているのか、宗野賢一監督にたっぷりとお話を伺いました。 

ヒロインの極限の“自分探し”


(C)Cinemarche

──作品のヴィジュアルや世界観に目を奪われる一方、ヒロインの極限の“自分探し”という展開にひきつけられました。主人公のシホが自分自身を見失っていく過程が鮮烈に描かれていますが、ここには監督のどんな想いが込めれているのでしょうか。

宗野賢一監督(以下宗野): 人間の存在のベースというのは、家族とか親とか皆がそれぞれ持っているものですが、そうしたものが一切なくなったら人はどうなるのだろうと想像してみました。当たり前だった肉親の記憶などがなくなってしまったらその人はその人でいられるのだろうか? といったことです。

それにプラスして今回の映画は広い層の人たちに話に入り込んでほしかったので、どういう展開にしたらみんながくいついてくれるのかということも考えました。終盤からたたみかけるようにいろんなことが起こりますが、それをどう構成していくかというところで、シホの存在を揺るがすエピソードを重ねていきました。

──シホが寝泊まりするネットカフェがとてもユニークな空間になっていますが、こうしたアイデアはどのように生まれたものなのでしょうか?

宗野:貧困女子についてのルポを何かのタイミングで読んで気になっていた時に、YouTubeに貧困女子に関するドキュメンタリー番組の動画が上がっていてそのヴィジュアルが強く印象に残りました。マンションやアパートのかわりにネットカフェで生活し、そこから出勤する人たちがいる。長期滞在も出来てその場合少し格安になるようです。

そういう人たちが何人かいる現実の世界とは違い、そういう人たちしかいない空間を作ったらどんなふうになるだろうと考えたのが発端でした。イメージとしては、海外でみかける洗濯物が街中に干されているような風景をネットカフェ内で展開出来ないか?というところからスタートしました。ペット禁止のマンションでも猫を飼ってる人がいるように、ネットカフェで動物を飼う人もいるだろう、事情が事情で家を借りられない人たちだから子どもを隠して住まわせている場合もあるだろうというふうに、どういう状況が起こり得るかと考えて広げていきました。

そんな中、若い貧困女性のインタビューを読んだことでシホというキャラクター像が出来上がっていきました。

一年かけて練った脚本がもたらすもの


(C)Kenichi Sono

──冒頭の不思議な偶然の一致についてのナレーションが表しているように、不可思議なつながりといったものがストーリーを導いていきます。

宗野:ちょっとした偶然やつながりは誰にでも起こることで、例えば職場の同僚が地元の凄く中の良い友だちと小学校時代親友だったというような、そんなちょっと不思議なつながりや縁というものにも興味を持っていました。そういうのも絡めたら面白いだろうと組み込んでいきました。

脚本にはかなり時間をかけました。それのいいところはというと、書いている間も自分の人生の時間は進んでいくわけです。その中で自分が思ったことがちょっとずつ脚本に反映されていく。徐々に経験のレイアーが積み重なり、一年経てば厚みが出てきて同時に深みも出てきます。物事の見方も変わってきます。それもいい意味で「偶然」であり、そこに委ねた感じはあります。

──シホの手が木になる幻想的なシーンもショッキングでした。

宗野:現実と虚構が交錯するおとぎ話的、ピノキオ的幻覚のイメージですが、こうした普通の日常の中の一瞬の怖さといった部分は、デヴィッド・リンチに影響を受けています。ただ、突然そうしたものが起こっても唐突なだけになってしまうので、シホの潜在意識に人形の手が埋め込まれるように子供のおもちゃの手をみつけるという場面をあらかじめ入れています。それはシホ以外のキャラクターにもいえることで、ひとりひとりを丁寧に描く時間はないのですが、さりげないエピソードを作っておくことで、その人が後にみせる行動に説得力を持たせました。

夜と電車が駆け抜ける


(C)Cinemarche

──夜や電車のシーンがとても魅力的に撮られていて、作品の持つ奇妙で幻想的な雰囲気に大きく寄与しています。明確な狙いはありましたか?

宗野:陽があたっていない時間のほうが夢と現実が混ざり合うのにふさわしいので夜のシーンにはこだわりました。思春期の頃、映画を観まくっていたのですが、高校生の時に観て最も衝撃を受けたのがアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『アモーレ・ペロス』(2000)でした。フェルナンド・メイレレス監督の『シティ・オブ・ゴッド』(2002)など生々しい映画が流行っていた時期で、そうしたねちっこい感じの作品の影響をかなり受けていて、結構な割合で手持ちカメラで撮っています。

手持ちカメラで撮った生々しさ、例えば、誰かが隣の席に座って隠し撮りしたんじゃないかというような定まっていない画が好きです。カメラマンの小針亮馬さんとは前作でも組んでいるのでその点は理解してもらっていて、それにプラスして、好きで集めたZINEに掲載されていた写真をいくつか観てもらい、こうした色合いにしたいと伝えて撮影してもらいました。

電車については、東京でロケハンしている時、山手線に街が囲まれているように、電車の音に囲まれた世界観を想像しました。

自分の中でいろいろな想いが混ざり合う瞬間に電車の音が大きくなるという心理的な演出や、背後に電車が通リすぎる映像などで人間の内面が表現できると考え、今回、頻繁に電車を使いました。都会の雰囲気もそれで出ますし、主人公の気持ちのペースが変わる瞬間にも、その際のあせりのような気持ちを表す道具として電車を使っています。

都市・東京をさ迷うアリス


(C)Kenichi Sono

──エンターティンメントとして楽しめるのは勿論、今の日本社会への鋭い視点も感じられます。

宗野:市橋恵さんが演じる、シホの友達の優子が聖書の言葉にこっているのですが、僕自身はまったく信仰心はなくて、だからこそあのように浅いものとして描くことができました。“心に響く聖書の言葉”というような本を実際見たことがありますが、若い女性をターゲットにしたかわいらしい装丁で、言葉とちょっとした説明が載っているだけで、人生相談のコーナーにおかれていました。優子が信じている神様はそういう薄っぺらいものなのです。皆、ツイッターくらいの文字数の救いの言葉を求めていて、労力を使わず簡単に手に入れようとしている。そうした薄っぺらさがはびこり蔓延しているのが今の時代ではないでしょうか。

今、テレビや雑誌、SNSにしてもみんななんでもすぐ信じてしまいますよね。真偽を確かめようともしません。そうした現実を踏まえ、出てくるもの全てを偽物に見せて、そこでシホが「あれ?自分も偽物?」と思ってしまうような世界を描きたかったのです。『フェイクプラスティックプラネット』というタイトルも“偽物でできた星”という意味です。

音楽はアメリカの学校に行っていた時からの付き合いのベネズエラ人のヴィセンテ・アヴェラさんにお願いしました。彼とはアメリカの大学の卒業制作以来もう4回組んでいるのですが、今回、彼に音楽をオファーする時に伝えたのが、「東京という都市における不思議の国のアリスをイメージしてもらいたい」ということでした。まさにシホは現代の都市に住み、自身のアイデンティテイーに迷い込んだ不思議の国のアリスなのです。

インタビュー・撮影/西川ちょり

宗野賢一監督プロフィール

1985年生まれ、兵庫県出身。高校卒業後アメリカに渡り、カリフォルニア州のチャップマン大学で映画制作を専攻。

人種差別問題を扱った卒業制作映画『There But Not There』(2010)がミシシッピ州「Crossroad Film Festival」、ロードアイランド州「Ivy Film Festival」、サウスダコタ州「Black Hills Film Festival」で公式上映され、好評を博した。また「Black Hills Film Festival」では2010年度の最優秀学生映画のノミネート作品6本に選出されている。

2010年に日本に帰国してからは東映京都撮影所で助監督として様々な作品に参加し、CM作品の監督も手がけるように。そして2015年に自主制作映画『数多の波に埋もれる声』で長編映画監督デビューを果たし、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭 2016 」のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門に入選し公式上映された。

さらに2020年1月『科捜研の女』第27話にて、地上波監督デビューを果たした。

映画『フェイクプラスティックプラネット』の作品情報


(C)Kenichi Sono

【日本公開】
2020年2月7日(日本映画)

【脚本・監督】
宗野賢一

【撮影】
小針亮馬

【音楽】
ヴィセンテ・アヴェラ

【キャスト】
山谷花純、市橋恵、越村友一、五味多恵子、長谷川摩耶、大森皇、右田隆志

【作品概要】
「2019年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門や「ブエノスアイレス・ロホサングレ映画祭2019」に正式出品され、「マドリード国際映画祭2019」では最優秀外国語映画主演女優賞を山谷花純が受賞するという快挙を遂げた。

宗野賢一監督自身が仕事で貯めた300万円を予算に完全自主制作で撮影。宗野監督は前作『数多の波に埋もれる声』と本作で、2作連続の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」オフシアターコンペティション部門出品となった。

映画『フェイクプラスティックプラネット』のあらすじ

東京でネットカフェ暮らしを余儀なくされている貧困女性のシホ。

ある日、街角で初対面の占い師に「あんた、25年前にも来たね」と声をかけられます。

「自分の生まれた日に現れたというその女性は、いったい誰だったのか?」ふとした疑問をきっかけに、彼女の“常識”が全て覆されていきます。

「自分はいったい何者なのか?」運命のいたずらがシホを巻き込んでいきます。



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