映画『キュクロプス』が2019年5月3日(金)よりテアトル新宿を皮切りに全国順次公開
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018にて、批評家が選ぶシネガーアワードと北海道知事賞の2冠を果たした『キュクロプス』。
大庭功睦監督が渾身の力を注いだ新作映画『キュクロプス』の公開にあたり、独占インタビューを行いました。
インタビュー前編では「作品編」として、制作に至った経緯とキャストへの思いを中心に。
そして、インタビュー後編となる本記事では、大庭功睦監督と撮影スタッフとの逸話や、学生時代に経験した出来事ことを起点に、大庭監督が映画『キュクロプス』に仕掛けた「問いと答え」という演出手法の真相に迫ります。
【大庭功睦監督インタビュー:前編(作品編)】映画『キュクロプス』に配した「問いと答え」を語る⑴
大庭組スタッフへの信頼
大庭組のクラックアップの記念写真(2017年4月11日)
──映画『キュクロプス』では、映像の一つ一つをとても丁寧に作り込んでいて、スタッフとの連携、信頼関係なども伝わってきたように感じます。
大庭功睦監督(以下、大庭):照明の中村晋平さんとは、日本映画学校(現・日本映画大学)の同期で前作『ノラ』(2010)に引き続き、担当してもらいました。彼の照明は、台本を読んで作品全体のテーマを解釈して、それを光で表現していく。その能力に非常に長けた人物で、信頼して任せることができました。
また自分から出てこない、もっと違うフレームでこの作品を覆ってほしいという思いがあって映画の情緒的、叙情的な面を大きく占める画と音の部分に、川野由加里さん、永島友美子さんの女性二人に担ってもらいました。
カメラマンの川野さんはこれまで名だたる監督のもとで仕事をしてきただけあって、彼女にしか撮れないショットがたくさんありました。
織田裕二さん主演の『県庁の星』で初めて助監督に入ったのですが、川野さんとはその現場で知り合いました。その後、同じ現場で仕事を重ねる中で、現場に対する視点や考え方に独特の良い目を持っている。きっと彼女だったら自分とは全く違う考え方でフレームを切ってくれるんじゃないかと期待してお願いしました。
『キュクロプス』撮影現場のメイキング画像
──ノワールといっても、黒のイメージが夜霧ではなく朧月夜のような柔らみのある画でした。
大庭:本来コントラストの強い映像が好きなんですが、川野さんにはこれ見よがしなコントラストではなく…と伝えました。彼女は粘ってくれて、暗いところは暗く、でもちょっと柔らかいにじんだ黒、とってもいい黒を作り上げてくれました。
スタッフには作品作りに一緒に関わってもらうことで、彼らにとっても名刺替わりになるような作品にしたいという気持ちがありました。現場で彼らに創造的に自由に取り組んでもらうためには、僕自身が段取り良く、短時間で行う必要があった。撮影前にコンテを全部描いていたのもそのためです。
現場ではワンショットずつ撮っていって、本当なら対話を重ねながら芝居を深めていきたかったのですが、時間は限られている。そのため段取りを行い動線を固めたら、テストしながら撮って芝居を固めていきました。それがかえって現場にいいリズムを生み出していきました。
録音の加来昭彦さんも一人で現場をこなしてくれたり…。時間的条件が限られている中で最大限良いものができました。スタッフ達のお陰だと感謝しています。
大庭功睦の見つけた映画への道
──映画の道に進んだきっかけについてお聞かせください。
大庭:教育熱心な家庭の方針からテレビやマンガなどへの自由度が低かったのですが、映画だけは許された。母親が映画を好きだったこともあって、「映画は芸術」という理由で見せてくれました。
小さい頃は「スター・ウォーズ」とか「インディ・ジョーンズ」シリーズとか、ハリウッド映画に健全な憧れを持っていました。高校生になって、世の中には高尚な映画や個性的な映画がたくさんあることを知りました。特に、コーエン兄弟監督『バートン・フィンク』とスタンリー・キューブリック監督の『時計仕掛けのオレンジ』には、脳天を殴られたような強い衝撃を受けました。
大学入学後、映画研究部に顔を出したのですが、ひねくれ者だったんですかね、好きな映画を好きなように観て何が悪いんだという気持ちになって。大学の学生寮に1人でこもってずっと映画を観ていました。
大学3年になってみんなが就職活動をはじめて「この会社がいい」とか「今は就職氷河期だから」というのを聞いても、まだ自分には社会に出ることへのリアリティがありませんでした。ぼんやりしてる間に、周りはどんどん就職を決めていく。
そこでやっぱり映像関係の仕事がいいと思って、NHKを受けたんです。でも落ちた。願書はかなりうまく書けたと自負してたので友達に見せたら、「写真はスーツ姿のものを使うんだよ」と言われました。僕は願書に『ジョーズ』のTシャツ姿の写真を貼っていたんですね。
そのことを聞いてTシャツか襟付きかだけで判断されるようなところに入りたくないなって思ったんです。そしてようやく本当に何がやりたいのかなと真剣に考えました。それが映画だった。映画に携わる仕事がしたい。
ある時、熊本にある映画館「電気館(現・Denkikan)」に「日本映画学校」の入学案内が置いてあって。それで親に話したら「何のためにお前を大学まで行かせたと思ってるんだ」と言われましたね(笑)。最後は快く入学を許してくれましたが。
「問い」に正対すること
『キュクロプス』撮影現場でスタンドインする大庭監督
──大学を卒業後、日本映画学校に入学していかがでしたか?
大庭:すごく気張っていたんですね。俺は熊本代表だという気概があって、若いというか未熟ですから。でも映画学校に入ったら、当たり前ですがみんな映画に詳しくて、もうシネフィルだらけ。「お前あれは見たか?これ見たか?」って。
(同映画学校の先輩の)三池崇史監督が入学して間もない頃「小津を見たか?」って聞かれて、『オズの魔法使い』のことかと思ったという笑い話があるんですけれど、まさにそんな感じでした。
負けず嫌いのところがあってそこからさらに浴びるように映画を観ました。映画漬けの毎日。映画学校では技術的な面はたくさん習いましたが、ただやっぱり本当に知りたいことは、学校では学べないんだということも教わりました。
誰でもそうだと思うんですが、映画と自分の関係はパーソナルなものです。この映画は素晴らしいと人から言われても違和感があるとしたら、なぜ違和感をもったのか、自分は何を良いと思っているのかを問いただしていくことが必要だと思ったんです。
ただ「俺はこれが良い」というだけではなくて、なぜ自分は素晴らしいと思ったのかその理由を明らかにしていく。自分で自分の感性の軸を強くしていかなきゃいけない。みんなが賞賛している映画をもし自分が全然面白くないと思ったのなら、それはなぜなのかを自問自答をしていった。自分のベースに「問い」があって、その経験はシナリオを書くときも、仕事する上でもすごく役に立っています。
「作り手にとって大切なのは問いに答えられるかどうかではなく、きちんと問いを立てられるかどうか、正確な問いを立てられるかどうかの方が大切なんだ」という小説家の保坂和志の言葉に目から鱗が落ちました。
それがちゃんとした問いならば、考えたり、勉強したりといったプロセスをたどれば、必ず答えが出てくる。だからしっかりとした問い(テーマ)を立てよう。
『キュクロプス』では、「自分が見たい映画を作る」のと、もう一つ「人に見てもらえる映画を作るにはどうすればいいのか」という二つの問いがありました。
今は自分が撮りたいと思ったら、物理的にも誰でも撮れる時代です。だからこそ、作る意味のある映画を作りたいし、自分の見たい映画を作りたい。そして人に見てもらえる映画を作るにはどうすればいいのか。それを考えることが必要で考えながら作っている。それが大きなテーマであり、本作の入り口にありました。
──監督から観客の皆さんへのメッセージをお願いします。
大庭:人が他者に対して代替不可能なもの、かけがえのない関係性、もっと言うと生きるよすがとする他者との関係性を結んでいくにはどういうプロセスが必要なのか、ひいてはそれがその人のアイデンティティにどうつながっていくのかというのがテーマの一つになっています。
人が生きていく中で誰かを信頼したり、一方で裏切られたり、昔の友達と連絡を取っていたのが、いつの間にか疎遠になって、失っていたり…など、1人の人間だけでも広大なつながりの網がある。この映画を観た人が、翻って自分を構成している関係の網とは何だったのかを考え振り返っていく中で、私はこういう人間である、というアイデンティティを発見していく。そのようなことに思いを馳せながら、この映画を観てもらえると嬉しいです。
【監督インタビュー前編(作品制作の経緯とキャストへの思いなど)は、コチラから】
大庭功睦監督のプロフィール
1978年生まれ。福岡県岡垣町出身。2001年に熊本大学文学部を卒業後、日本映画学校(現・日本映画大学)の16期生として映像科に入学。2004年に卒業。
映画学校を卒業してからは、西谷弘監督の作品を中心に助監督を務め、入江悠監督の『太陽』、庵野秀明総監督・樋口真嗣監督の『シン・ゴジラ』など、数多くの映画・テレビドラマの現場に携わった。
2010年に自主製作した中編映画『ノラ』は数々の映画祭で上映され、第5回田辺・弁慶映画祭にて市民審査員賞を受賞している。
インタビュー/ 久保田なほこ
撮影/ 出町光識
映画『キュクロプス』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【脚本・監督】
大庭功睦
【キャスト】
池内万作、斉藤悠、佐藤貢三、あこ、杉山ひこひこ、島津健太郎、山中良弘、中野剛、新庄耕
【作品概要】
妻とその愛人を殺害した罪で14年の服役を終えた男が、狂気と苦痛にもがきながらも真犯人への復讐を果たそうとする様を描いたノワール・サスペンス。
監督・脚本を務めた大庭功睦は、フランスの著名な画家であるオディロン・ルドンの絵画『キュクロプス』から物語の着想を得ました。そして、飽和する情報社会で生きることに対して自身が抱いた不安感・焦燥感・不信感をテーマとして流し込み、狂気と苦痛、そして混迷に満ちた復讐の物語を完成させました。
キャストには、大庭監督が「若き日のクリストファー・ウォーケン」と評してその出演を猛打診し、本作でもその独特の存在感を発揮した池内万作をはじめ、監督がフリー助監督として様々な現場を渡り歩いた際に目をつけていた「強力」な俳優陣が揃いました。また紅一点であり、本作では一人二役を務めた女優のあこなど、魅力的なキャストにあふれています。
本作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018にてシネガーアワードと北海道知事賞のW受賞するという快挙を達成。また、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018の国内長編部門、ドイツで開催された日本映画祭「Nippon Connection 2018」にて正式上映されるなど、国内外問わず各地の映画祭で高い評価を得ました。
映画『キュクロプス』のあらすじ
妻・亜希子(あこ)とその愛人を殺した濡れ衣を着せられて投獄され、14年もの服役を終えた男・篠原洋介(池内万作)。
彼は妻を殺し自身を罠に嵌めた真犯人に復讐を果たすために、かつて殺人事件が起きた町へと戻ってきました。
当時事件の捜査を担当した刑事の一人である松尾(佐藤貢三)、彼の情報屋である西(斉藤悠)から、亜希子を殺した真犯人、現在は稲葉組で若頭を務めている財前(杉山ひこひこ)の存在を知らされる洋介。
やがて、彼は偶然立ち寄ったバー「ガラティア」で、壁に掛けられた一枚のルドンの絵画と、そこで働く亜希子と瓜二つの女性・ハル(あこ)と出会います。生き写しといえるほどのその姿に、洋介は思わず驚き、怯えるように店を去りました。
財前暗殺に向け、西の指導下で銃撃の訓練を始める一方、時が経つほどに事件の記憶が蘇り、悪夢に苛まれる洋介。ふとした瞬間に現れる亜希子の亡霊だけが、彼にとって唯一の救いとなりつつありました。
やがて、バー「ガラティア」に再び訪れた洋介が、とある理由から稲葉組の構成員を殴り倒してしまったことで、復讐の物語はさらに加速してゆきます。