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Entry 2020/10/03
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【チャン・チッマン監督インタビュー】映画『散った後』香港・雨傘運動を舞台に人々の“記憶”と“心の傷”に向き合う

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『散った後』

2020年3月に開催された第15回大阪アジアン映画祭。

そのコンペティション部門で上映された香港映画『散った後』は、チャン・チッマン監督の長編デビュー作であり、現在までも続く香港の激動の歴史と家族、そして若者たちの恋愛模様を絶妙に組み合わせたドラマです。


(C)Cinemarche

今回は同映画祭に際して来日されたチャン監督にインタビューを実施。本作のテーマを取り上げた発端、映画制作にあたってのアプローチや監督ご自身のバックグラウンド、それらに対する向き合い方などを尋ねました。

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現実との接点を織り交ぜていく

──本作は「雨傘運動」(2014年の香港反政府デモ)を経験した香港を舞台に若者たちの物語を展開していきますが、その着想の経緯を改めてお聞かせいただけますか?

チャン・チッマン監督(以下、チャン):私は小さい頃から「よい映画」「よい小説」というものは、自分たちを現実とは少し異なる別の世界に連れていってくれるような、非常にパワフルなものだと思っています。一方で、そうした「少し異なる別の世界」を描くためには『ドクトル・ジバゴ』『風と共に去りぬ』といった古典作品のように、実際に起きた出来事や、実在の人々などをモデルとすることで現実との接点を描く必要もあると感じています。

ですから私も、自身で脚本を書くにあたって実際に起きた出来事とフィクションを織り交ぜて作っていきました。そして本作にとっての「現実との接点」とは「香港が中国に返還される1997年前後に生き、当時の社会的変化の影響を大きく受けている人々」、その先に訪れた「雨傘運動」だったわけです。

当時の人々は社会的・政治的な出来事からは逃れられず、その渦中に揉まれるしかないという状況にありました。ですから、この時期の社会や生活、経済という事情を取り入れつつも、社会的な関係性に対する思いなどを描くことを考え、今回の脚本を作り上げました。

それぞれの状況とどう向き合い選択をするか

──チャン監督が仰った「現実との接点」でいえば、インの祖母が語った「いずれまた大陸に戻れる」という香港に対する思いも非常に印象的でした。

チャン:本作の脚本は20回以上も書き直したんですが、当初からインの祖母は作中に登場していて、序盤の「祖母の誕生日を孫であるインや家族たちが祝うが、そこでインと父親が衝突する」という展開も含め頭の中でできあがってました。

実は脚本を書き始めた時、本作の舞台の中心は雨傘運動ではなかったんです。ですが、社会状況の変化を改めて調査する中で書き直し、その間にもさらに多くの出来事が起きたことで脚本は進化を続けていきました。

この映画の物語において言わんとしているのは、人々の生活や人間関係、社会の変化といったことに対し、どのように向き合い選択をしていくのかという点です。それぞれの状況に対し諦めるのか、前を向いて進んでいくのか。若者たちにとっての雨傘運動、インの祖母のような世代にとっての「大陸」と香港に対する記憶などを含め、人々のそういった思いを物語へと込めました。

──その思いを、チャン監督ご自身が身近に感じられたことはありましたか?

チャン:例えば雨傘運動の時には、政治的な意見の対立は個々人の生活の中にも影響を与え、結果として友人関係が途絶えてしまったり、逆に新たな友人が生まれるということが多々ありました。本作の物語で描かれているような出来事は現実の社会でも起こり、私は映画を通じてそれらを多面的に描こうとしたんです。

また意見の相違によって家族や友人間で衝突が起きることは、雨傘運動の頃の香港だけでなくずっと昔からありました。私には台湾人の友人がいますが、台湾の大統領を選出する投票の際には家族の中で少なからず衝突があったと聞いたことがあります。

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自身の母が抱き続けていた心の傷


(C)Cinemarche

──ご家族のことをはじめ、チャン監督ご自身のバックグラウンドについてもお聞かせ願えませんか?

チャン:私の父母は1940~50年代に二人とも大陸にいたんですが、母の方はその頃に大陸で内戦が起きたことで香港へ逃れていったという過去を持っています。私自身は香港出身ですが、父母は元々大陸で生まれ育った。そして同じような境遇の人々が、当時の香港には何千・何百万人といました。

やがて1980年代に鄧小平が改革を行なったことで、その後「開放」の時代が訪れました。母は大陸出身だったんですが、大陸側で改革開放政策が始まった際に「せっかく香港にいる人たちが大陸に帰りやすくなったんだから、帰ってみないか」と尋ねました。ところが母は「それは嫌だ」と答えたんです。

当時の母は健康状態があまり良くなかったこともあるんですが、母が心の痛みを抱えていたことを後に知りました。母は香港へ逃れた時から「例え厳しい状況だったとはいえ、自分の生まれ育った場所から離れたことは、やはり故郷を捨てたことになる」と感じていたそうで、彼女の胸の内にはそれが心の傷として長きにわたって残っていたんです。

私が子どもの頃、母は繰り返し大陸や香港のことについて話してくれましたが、彼女は話す度に泣いていました。自身の経験したことを話すべきだとは思いつつも、その度に彼女は言葉にできない痛みを感じていたんです。作中に登場するインの祖母には、そんな私の母の姿が投影されているわけです。

人々の心の中に隠された物語


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──香港という場所で生きてきたこれまでの世代、そして現在の香港と向き合おうとするこれからの世代の思いをリンクさせたわけですね。

チャン:実はそういった世代間の重なりに関しては、当初から強く意図していたわけではありません。作中における重要なエピソードは、自身の経験やインスピレーションを思いつくままに盛り込んでいく中で自然と形作られていったものなんです。

ただ「インの祖母が孫であるインを自分の息子、つまりインの父親だと思い込む」という場面に関しては、その間に挟まる一世代を飛び越え、祖母と孫という遠かったはずの二つの世代が近づき、重なり合う様子を描きたかったのは確かです。私はこの場面を含め、何らかの方法によって人々の心の中に隠されているもの、言うなれば「物語」を描き出したかったんです。

また作中では詳細に言及していませんが、インの祖母には香港へ逃れる際に大陸へ残してきてしまった子どもたちがいて、その子どもたちはすでに亡くなっているという設定があります。それでもインの祖母は生きてきたわけですが、それでも彼女の中には「自身の世代が直面した現実から逃げた」という経験が心の傷として深く刻まれている。

そしてそんな祖母の過去と対比するかのように、現代の香港が抱える問題と立ち向かおうとしている孫たちの世代が登場します。もちろんその間に立つインの父親の世代にも物語が存在しますが、「過去」と「現在」の記憶と物語がつながる瞬間を描くためにも敢えて祖母の世代・孫の世代にフォーカスを当てたわけです。

インタビュー/河合のび
撮影/出町光識
構成/桂伸也

チャン・チッマン監督プロフィール

ニューヨーク州立大学で演劇の修士号を取得。アン・リー監督の1994年の作品『恋人たちの食卓』などに出演。第24回東京国際映画祭で上映された『金(カネ)で買えないモノ』(2010/ビル・イップ)の共同プロデューサーを務めるなど俳優・プロデューサー・舞台演出家として20年以上のキャリアを持っています。

本作にて長編監督デビューを果たしました。

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映画『散った後』の作品情報

【日本公開】
2020年公開(香港映画)

【原題】
Apart [散後]

【監督】
チャン・チッマン

【キャスト】
ソフィー・ン、ウィル・オー、ヨーヨー・フォン、ジョスリン・チョイ、チャン・リッマン

【作品概要】
俳優として豊富なキャリアを築いてきたチャン・チッマンの初監督作品。ハーマン・ヤウがプロデューサーを務めています。

仲の良かった学生グループが、2014年の中国政府への抗議活動「雨傘運動」に参加していく中でそれぞれの立場を違えていきます。愛と理想の間で彼らはどのような選択をするのか。2019年の香港民主化デモのドキュメンタリー映像を挿入しながら、「香港のいま」を鮮やかに捉えています。

映画『散った後』のあらすじ

2014年香港。大学で共に学ぶマリアンヌとインは恋人同士で、マリアンヌの高校時代からの親友シーとインの従兄弟トーとともに四人で海岸に遊びに行くなど、青春を謳歌していました。

しかし彼ら彼女らの関係は、「普通選挙」を求めて若者たちが香港特別行政区政府に対して起こした抗議活動「雨傘運動」への参加によって徐々に変化していきます。

熱心に活動するマリアンヌとともに行動していたインでしたが、会社経営者の彼の父は親政府派で、息子が抗議活動をすることを認めようとしません。また抗議する若者たちの中には「もっと過激な行動をしなくては埒が明かない」と主張する者も現れ、インはそれにどうしても賛同することができませんでした。そしてマリアンヌは迷い続けるインの姿に苛立ちを募らせていきます。

道路を封鎖している若者たちに抗議を始めたのは、地元の商店街の店主たちでした。その中にはトーの父親の姿もありました。当初は若者たちの行動に理解を示していた彼も、実際に自分の商売に影響が出始めると学生たちに対して声を荒げ始めたのです。

「商店街の店主たちに配慮すべきだ」と妥協案を探ろうとするイン。その行動に対してマリアンヌは彼の本気度を問い、互いの思いがあまりにも違うことを悲しみます。またトーは自分の立場を決めかねていましたが、アメリカ育ちの親戚ジェシカがカメラを回し、運動を記録しているのを見て、彼女と行動を共にし始めます。

それから5年が経ち、香港では「香港媽媽反送中集氣大會」と呼ばれるデモに端を発した民主化運動が激しさを増していました。マリアンヌ、イン、シー、トー、ジェシカの5人は、それぞれ違った立場と心情を持った大人へと成長していました……。




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