映画『ミューズは溺れない』はテアトル新宿にて開催の弁慶映画セレクション2022内のプログラムとして、9月30日(金)から10月6日(木)まで上映
葛藤を抱えながらも前へと進もうと奮闘する高校生のひと夏を描いた映画『ミューズは溺れない』。
大九明子監督などの元で助監督をつとめながら中・短編を製作してきた淺雄望の初長編となる本作は、インディーズ映画界の登竜門とされる第22回TAMA NEW WAVEと第15回田辺・弁慶映画祭の双方でグランプリに輝きました。
このたびの劇場公開を記念して淺雄望監督にインタビューを敢行。
淺雄望監督の出身地である“ヒロシマ”への思いから、ジェンダーやセクシュアリティを人と人との関係性として捉えたモノの見方など、映画をツールにいかなる持論を抱いているのか、貴重な話を伺いました。
平和を託すポジティブな作品にしたい
──淺雄監督が映画に興味を抱いたのは、出身地である広島での平和教育がきっかけであったとお聞きしました。
淺雄望(以下、淺雄):私は地元の広島で平和教育を大事にしている学校に通っていました。
夏休みの宿題で被爆をされた方の手記を読んだり、広島を訪れた外国の方々に、平和記念公園の中にある慰霊碑について紹介・解説するボランティア活動に参加させてもらったりしました。
広島の地にいまだに残っている戦争の爪痕や平和への思いを身近に感じながら、反戦を訴えるために自分には何ができるかを考えた時、映画を通して何か表現するのはどうだろうと考えるようになりました。元々映画が好きだったこともあり、映画は誰かに何かを伝えるものとしてとても効果的なのではないかと思ったからです。
毎年8月6日に平和記念式典で白い鳩が平和の象徴として放たれる光景が印象的で、白い鳩が飛びたつことに対して、すごくポジティブなイメージを持っています。本作『ミューズは溺れない』は戦争をテーマにした作品ではありませんが、自分が過去に体験した多くの出来事をヒントに構想していて、鳩のイメージは広島に住んでいたからこそ思いついたものだと思います。企画段階から鳩を映画に起用したいと思っていたので、キャストとして出演してもらうつもりで撮影前から飼い始め、撮影が終わった今も一緒に暮らしています。
「揺らぎ続ける自分」を受け入れる
──主人公の朔子と相対する西原の立場から高校生ならではのアイデンティティの葛藤が描かれていました。淺雄監督ご自身が高校時代に抱えられていた葛藤なども劇中の人物に反映されているのでしょうか。
淺雄:高校時代の自分を劇中の誰かに重ねているというわけでありませんが、上原実矩さん演じる朔子も、若杉凩さん演じる西原も、川瀬陽太さん演じる朔子の父親・拓朗でさえも、登場人物はみんな私の一部として描いているように思います。
台詞の中には葛藤していた10代の自分に対して思う言葉や、今まさに葛藤している若い人たちに「こういう言葉をかけてあげられたら…」という願望も含まれています。自身の過去を顧みる時に思い起こしたのは、男性に対する劣等感でした。幼少期に、前時代的な考えを持つ周りの大人達に「女性はこうあるべき」「男性の前では女性は我慢するべき」みたいなことを言われたことがショックで、自分が女性であることに息苦しさを感じていました。
高校生のとき、牧師もやられていた学校の先生にその息苦しさについて相談したところ、「揺らぎ」という言葉で流動的な性の概念を教えてくださいました。「女であることが苦しいなら男として生きてもいいし、男として生きた先にやっぱり女として生きてもいい」と毎日性自認は定まらないまま揺らぎ続けて良いことを知り、「女として生きなければならない」とがんじがらめになっていた気持ちがものすごく楽になりました。
「揺らぐ」という言葉は不安定でネガティブなニュアンスに聞こえるかもしれませんが、明確な「答え」のようなものに自分を当てはめて、自分で自分を閉じ込めなくてもよいという意味ではポジティブな状態をイメージしています。アイデンティティに葛藤する不安定な状態を肯定することこそ、この映画を通して誰かに伝えたいと思ったテーマです。
性別のバイアスを乗り越える
──朔子と西原の2人の関係性については、劇中でレズビアンという言及がありつつも、同性愛としてフィーチャーしていません。
淺雄:2人の距離感はものすごく意識しました。ジェンダー、セクシュアリティに関する言葉が認知されるようになり、良くも悪くも、映画やドラマにおいて注目されやすい風潮もあったので、自分なりに掘り下げるためにシナリオ段階でかなり悩みました。
その中で、関係者から「女の子同士のキスシーンがあるような映画にした方が見てもらいやすいのでは?」という軌道修正の声が何度か上がりました。そういった声の意図は十分理解できるのですが、自分が当初描きたいと思っていたものとは違うものになってしまう気がして、心が折れそうになりつつも説得を重ねました。関係者に「なぜそうしたくないのか」を説明しながら、自分がどういう映画を撮りたいのかということを改めて自問自答し、悩んだ末に「根源的な人間関係を描きたい」という本来の意図に着地しました。人と人が互いに影響し合って互いの救いになる物語。恋愛感情や友情のはざまにある、人間同士がお互いの存在を認め合い助け合う関係性をこそ描きたいんだと自分の意思を貫きました。
本当に妥協をせず、頑固にやりたいことを突き通させてもらったことで後悔のない作品に仕上がりました。試写会ではじめて関係者に観てもらった時、観終わったキャストやスタッフのみんながふっと笑顔になってくれたのを見て、ようやく作品として『ミューズは溺れない』が完成し、私の手元から飛び立った安堵感と満足感を感じることができました。
淺雄望プロフィール
1987年生まれ、広島県出身。関⻄大学・立教大学大学院で映画理論・映画制作を学ぶ。在学中に、映写技師のアルバイトをしながら映画づくりを開始。卒業後は助監督などとして映画や CM、テレビドラマの現場に携わる。初監督短編『怪獣失格』(2008)がCiNEDRIVE2009 で上映。その他監督作品に『分裂』(2012)、『アイム・ヒア』(2019)、『躍りだすからだ』(2020)等がある。
初の長編映画となる『ミューズは溺れない』(2021)は、2019年に撮影を開始し、コロナ禍での一時中断を経て、2年がかりで完成させた。
『ミューズは溺れない』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
淺雄望
【出演】
上原実矩、若杉凩、森田想、川瀬陽太、広澤草、新海ひろ子、那須愛美、桐島コルグ、佐久間祥朗、奥田智美、菊池正和、河野孝則
【作品概要】
大九明子監督などのもとで助監督を務めながら中・短編を製作してきた淺雄望監督作。
アイデンティティのゆらぎや創作をめぐるもがきなど、葛藤を抱えながらも前進しようとする高校生を描いた本作にてインディーズ映画界の登竜門とされる第22回TAMA NEW WAVEと第15回田辺・弁慶映画祭の双方でグランプリを獲得。
主人公の朔子役を主演作『この街と私』(2022)で注目された上原実矩、西原役を『ジオラマボーイ・パノラマガール』(2020)などで活躍する若杉凪が演じる。上原はTAMA NEW WAVEでベスト女優賞を、若杉は田辺・弁慶映画祭で俳優賞をそれぞれ受賞した。
共演は『わたし達はおとな』(2022)の森田想、『激怒』(2022)の川瀬陽太。
『ミューズは溺れない』のあらすじ
美術部に所属する高校生の朔子は、船のスケッチに苦戦している最中に誤って海に転落。
それを目撃した美術部員の⻄原が「溺れる朔子」の絵を描いてコンクールで受賞、絵は学校に飾られるハメに。
悔しさから絵の道を諦めた朔子は、代わりに新た な創作に挑戦しようとするが、ある日、⻄原から次回作のモデルを頼まれてしまう…。