映画『アイヌモシリ』は2020年10月17日(土)より渋谷ユーロスペース、
10月23日(金)よりシネ・リーブル梅田、
11月14日(土)より北海道・シアターキノ、
12月11日(金)より京都シネマ、以降元町映画館他にて全国順次ロードショー。
西アフリカ・リベリアのゴム農園労働に従事していた一人の男性が、より良い環境を求めてニューヨークに渡るも内戦時代の過去の亡霊に囚われ苦悩する姿を描いた長編デビュー作『リベリアの白い血』(2015)で、国内外で高い評価を得た福永壮志監督。長らくニューヨークを拠点に活動を続けてきました。
そして2作目の長編監督作となる今回の『アイヌモシリ』では、福永監督自身が生まれ育った北海道を舞台に、阿寒湖のアイヌコタンで暮らす少年の成長と現代を生きるアイヌ民族のリアルな生活を映し出しました。また「アイヌモシリ」とは「人間の大地」を意味する言葉です。
本作の日本公開を記念し、福永壮志監督にインタビュー。『アイヌモシリ』を制作するに至った経緯、作品に込められた思いなど、貴重なお話を伺いました。
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アメリカを経て「故郷」とアイヌを見つめ直す
──本作を制作する以前から、アイヌ民族およびアイヌ文化にはもともと興味をお持ちだったのでしょうか?
福永壮志監督(以下、福永):僕は北海道出身でアイヌのことに興味はあったんですが、実際に学ぶ機会がなく、同級生にアイヌの子がいてもそのことについて聞いていいのかわからず悶々とした気持ちで過ごしていました。ですがその後アメリカに渡った時、そこではネイティブ・アメリカンに関する問題などへの意識が社会や人々の中でしっかりと育まれていると感じたんです。
そうした環境で自分自身もネイティブ・アメリカンのことに興味を持ち始めた時に、自分の生まれ故郷である北海道の先住民族のアイヌについて何も知らないで来てしまったことにハッと気がついたんです。改めてアイヌについてちゃんと知りたいと思いましたし、いつかアイヌを題材とした映画を撮りたいと考えるようになりました。そう考えると、やはりアメリカへ行ったという経験が大きかったですね。
アイヌの人々に登場人物たちを託す
──主要キャストの多くは、本作が初の演技経験となるアイヌの方々が演じられています。どのような思いからそのようなキャスティングにされたのでしょうか?
福永:アイヌのことを知るために、色々な場所を訪れ、できるだけ多くの方々から話を聞くことから始めたのですが、当初から「アイヌ役は実際のアイヌの方にお願いしたい」という思いがありました。
海外では、ダルデンヌ兄弟の作品などをはじめ俳優ではない方を起用して映画を撮ること自体は珍しくありません。ですが、日本では一般的にあまり馴染みがなく、どのような映画になるのかなかなか伝わらない部分もあったので、前作の『リベリアの白い血』を例に挙げながら説明し、出演者の皆さんには少しずつ理解していただきました。
脚本も、皆さんに見てもらいながら何度も書き直しました。本人役で出演してもらうので、皆さんと接していく内に、「この人ならこう言うだろう」、「こういう行動をするだろう」と認識が変化していきます。そのたびに書き直し、ご本人の人柄へと寄せていきました。
福永:撮影時にも「台詞を覚えてきてください」とはお願いしませんでした。もちろん内容を理解してもらうために、脚本を読んでいただく必要はありましたし、話を組み立てる上で言わなくてはいけないセリフもありましたが、その言い回しや、合間の言葉などはアドリブを入れて自由にやってもらいました。
また映画のポスターやチラシに使われているアイヌ模様があるのですが、それは映画にもカントの母親役で出演してくださっている下倉絵美さんがデザインされたものです。ネット上で探せばアイヌ模様のフリー素材などもあるのですが、アイヌ模様を用いるのであれば、アイヌの方にデザインをお願いする方が好ましいと思います。アイヌの皆さんに出演をお願いしたのと同じで、それがアイヌに対するリスペクトでもあるし、きちんとした文化の普及にもつながっていく。そうした姿勢がなによりも大切なことだと思っています。
少年の視点からアイヌを描く
──アイヌの皆さんが作品の世界で「生きている」姿は非常に印象的でした。とりわけ、主人公カントを演じた下倉幹人さんの演技が素晴らしかったのですが、福永監督の眼からは撮影中の幹人さんはどのように映りましたか?
福永:幹人くんは凄く感性が豊かで、演技を経験していくうちに何が自然なのか、どうすれば自然さを表現できるのかを感覚的に理解してくれて、撮影が進むにつれ、僕から出す指示も少なくなっていきました。また劇中でカントはロックバンドを組んでいますが、映画の制作以前からあのバンドは活動していて、チャック・ベリーの曲「Jonny B. Goode」も幹人くんが自分で選んで演奏していました。
──「少年」を主人公に据えて物語を描いていくことは、本作の制作初期から決定されていたのでしょうか?
福永:実は最初は青年の物語として脚本を進めていました。その主人公像をもとにイメージと合うアイヌの方を探したんですが、どうしても見つからなかった。そこで発想を転換し、主人公を演じてくれる方を先に見つけ、それから脚本を練り直すことにしたんです。
映画でも描かれていますが阿寒には高校がなく、その年齢になると、皆高校に通うために町を出て行くことになります。ですから、あそこで暮らしているのは中学生以下の子どもたちと年配の方々がほとんどなんです。その状況の中で、中学生の思春期の成長の物語を撮ることにしました。阿寒を舞台に、自身のルーツに向き合う主人公というもともとのコンセプトを、少年の成長の話なら自然な形で継承できると思いました。
そして先ほどお話した絵美さんには阿寒へ行くたびにお世話になっていたんですが、その際に彼女の実の息子である幹人くんともよく会っていて、特別な存在感がある子だと思っていました。既に関係性もありましたし、幹人くんが映画の出演に興味を持っていたことから、迷わず彼に決めました。
今思うと、少年を主人公にして本当によかったと思います。思春期特有のもやもやした気分の中で、うまくいかないことや大人に対しての反発など、誰にでもある感情を抱えている少年の視点を通じてアイヌの世界を描くことができたので、物語としての間口が広がったと感じています。
問いを投げかけ、答えを促す映画
──前作でも感じたことなのですが、『アイヌモシリ』では主人公カントの心情を直接的には表現せずに、その行動や映し出される映像を通じて描いています。特に本作の終盤はほとんど台詞がなく、「この少年は今、何を感じているんだろう?」と想像力を掻き立てられます。
福永:僕自身、観る側として、問いを投げかけた上で答えを押し付けるのではなく、あくまでも観客にその答えを促そうとする映画が好きというのもあります。観る側は投げかけられた問いと向き合うことになるので、映画を観終わった後も継続する体験になると思うんです。
映画が提示したことを、観客一人ひとりが想像力を広げて解釈していくことで、結果的に静かだけど長く強い印象、或いは記憶を残すのではないかと思います。
また、一本目も二本目も、自分とは異なるバックグラウンドを持った主人公の物語なので、自分の頭の中で想像したものをそのまま描いてしまうと、間違った描き方になってしまう危険性があります。そうした作品との距離感に凄く気をつけながら制作を続けてきた結果、このような作風になりました。
一作家・一個人として日本と向き合う
──福永監督は長年ニューヨークを拠点に活動されてきましたが、昨年の2019年、日本へと拠点を移されました。どのような心境の変化があったのでしょうか?
福永:次の作品も日本で撮ろうと思っていて、興味のある題材が日本にあるというのが理由のひとつです。
それと、映画の少年と似た葛藤といいますか、長い間海外で生活していて日本人としてのアイデンティティが揺らいでくる実感がありました。今の日本を知ろうとしてもニュースを読んでいるだけではわからないことがたくさんあって、本質を理解するには至りません。ちゃんと見て聞いて感じて日本を知るというのが、映画を作るにあたって作家としても一個人としても非常に大事なことに思えて、日本に拠点を移すことにしました。今後、また海外に出ることがあるかもしれませんが、長い目でみても、今足場を固めておくことが必要だと判断したんです。
──アイヌの方々やアイヌ文化には今後も関わっていかれるのでしょうか?
福永:そのつもりです。関係性もできたからこそ、映画に限らす自分ができることをやっていきたいです。
インタビュー・撮影/西川ちょり
福永壮志監督プロフィール
北海道出身。2003年に渡米し、映像制作を学ぶ。アメリカ「The Gersh Agency」とイギリス「42 Management and Production」に監督・脚本家として所属。長年ニューヨークを拠点に活動してきたが、『アイヌモシリ』を作り終えた後、2019年に東京に拠点を移す。
初⻑編『リベリアの白い血』(原題:Out of My Hand)は、2015年のベルリン国際映画祭のパノラマ部門に正式出品され、ロサンゼルス映画祭メインコンペティション部門で最優秀作品賞を、サンディエゴ・アジアン・アメリカン映画祭で新人監督賞を受賞した。のちに同作は映画監督エイヴァ・デュヴァーネイによる配給会社「ARRAY」によってアメリカで劇場公開され、2016年にインディペンデント・スピリットアワードのジョン・カサヴェテス賞にノミネートされる。日本では2017年に劇場公開を果たした。
⻑編映画2作目となる『アイヌモシリ』は、カンヌ国際映画祭主催のシネフォンダシオン・レジデンス等に選出された後、トライベッカ国際映画祭で審査員特別賞、グアナファト国際映画祭では最優秀作品賞を受賞した。
映画『アイヌモシリ』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本・アメリカ・中国合作映画)
【監督・脚本】
福永壮志
【プロデューサー】
エリック・ニアリ、三宅はるえ
【撮影監督】
ショーン・プライス・ウィリアムズ
【編集】
出口景子、福永壮志
【録音】
西山徹
【整音】
トム・ポール
【音楽】
クラリス・ジェンセン/ OKI
【キャスト】
下倉幹人、秋辺デボ、下倉絵美、OKI、結城幸司 /三浦透子、リリー・フランキー
【作品概要】
北海道阿寒湖にあるアイヌの集落・アイヌコタンを舞台に少年の成長を通して原題のアイヌ民族のリアルな姿を瑞々しく映し出したヒューマンドラマ。監督は長編デビュー作『リベリアの白い血』で国内外で高い評価を得た新鋭・福永壮志。アイヌの血を引く新星・下倉幹人が初主演を果たした。
第19回ニューヨーク・トライベッカ映画際のインターナショナル・ナラティブ・コンペティション部門では、長編日本映画史上初の審査員特別賞を受賞。審査員である映画監督ダニー・ボイルや俳優のウィリアム・ハートらから称賛を受けた。また、グアナファト国際映画祭では最優秀作品賞を受賞した。
映画『アイヌモシリ』のあらすじ
14歳の少年カントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道の阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。
北海道各地で定期的に開かれるアイヌの行事や、地元の踊りの練習に通い、自然にアイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、一年前の父親の突然の死をきっかけにアイヌの活動に参加することをぴたりと止めてしまう。
エミは、カントがアイヌ文化から離れていくことに戸惑いながも、何かを無理強いすることはせずにカントをそっと見守っていた。
アイヌ文化と距離を置く一方で、カントは友人達と始めたバンドの練習に没頭し、翌年の中学校卒業後は高校進学のため故郷を離れることを予定していた。
亡き父親の友人で、アイヌコタンの中心的存在であるデボは、そんなカントの状況を不満に思っていた。
デボは、カントを山での自給自足のキャンプに連れて行き、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化について教えこもうとする。
デボが伝えようとすることに少しずつ理解を示すカントを見て喜ぶデボは、アイヌの精神世界を更に教え込もうと、
密かに育てていた子熊の世話をカントに手伝わせるようになる。世話をする内に子熊への愛着を深めていくカント。
しかし、デボは長年行われていない熊送りの儀式、イオマンテの復活のために子熊を飼育していた。