Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

インタビュー特集

Entry 2020/03/10
Update

映画『水の影』監督インタビュー【サナル・クマール・シャシダラン】実在の事件を“伝える”という行為で再考する

  • Writer :
  • 桂伸也

第20回東京フィルメックス「コンペティション」作品『水の影』

2019年にて記念すべき20回目を迎えた東京フィルメックス。令和初の開催となる今回も、アジアを中心に様々な映画が上映されました。

そのコンペティション部門にて出品された作品の一本が、サナル・クマール・シャシダラン監督の映画『水の影』です。


(C)Cinemarche

本映画祭へのエントリーは初となったシャシダラン監督。このたび、本映画祭の開催に際して来日した監督にインタビュー取材を行いました。

映画『水の影』の制作に至る経緯から作品のテーマをどのように掘り下げていったのか、また映画作りに向けた情熱や影響など、多岐にわたり映画の魅力をうかがいました。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら

インドにおける女性の社会的地位

──本作ではインド国内における女性の社会的地位に関する問題が描かれていますが、シャシダラン監督の目から見たその問題について改めてお聞かせ願えませんか?

サナル・クマール・シャシダラン監督(以下、シャシダラン):インドでは、いまだ文化的に「女性は男のために生まれる」という考えが根強く残っています。例えば、かつてのインドでは「サティー」という風習がありました。それは「夫が亡くなったら、妻は火葬するその火の中に飛び込まなければならない」「夫とともに妻も人生を終えなくてはならない」というもので、北インドなどのヒンドゥー教社会で実際に行われていたという歴史があります。現在は行われなくなったものの、それは19世紀における廃止運動を経てようやく止められたものでもあるんです。

また現代においても、私の故郷であるケララ州の寺院には女性が入ってはいけない場所が残っています。「女性にも同等の権利がある」と謳われながらも、実際には多くの人々の心の中でその考えが“まやかし”扱いされているという現実があるわけです。

事件を“他の視点”から描く必要性

──劇中で描かれる物語は実際に起こった事件に基づいているとうかがいました。“男性”であるシャシダラン監督がその事件を映画で描く際、どのような思いを抱かれたのでしょうか?

シャシダラン:劇中で描かれている二人、そして私をはじめとするすべての男性も、社会という構成の中で一つの役割を演じています。だからこそ「もし私がその場にいたら、そうしたかもしれない」「私もまた加害者の一人なのかもしれない」と考えていました。

インドの社会のみならず、世間では性犯罪の被害者となった女性に偏見と差別の眼差しを向け、まるで生きる価値がないかのように扱います。そして心に傷を負った女性たちの多くが、さらに過酷な生活か、あるいは死かという選択を強いられる。ですが、その状況はあまりにもばかげていますよね。

ある著名な執筆家も、物語のモデルとなっている1996年に起きた事件について「こういった性犯罪の被害に遭っても、それは世界の終わりではない。他の事件と同じように、被害者は『自分が何かを失ってしまった』と思わず、それを洗い流してほしい。『その事件によって自身の一生が終わった』とは考えないでほしい」と述べています。

その一方で私が“男性”である限り、いや“男性”でなくなったとしても、そのような状況に加担しているという可能性を完全に否定することは決してできません。だからこそ、映画を通じて事件を伝えるにあたって、私は事件に対する“他の視点”を描くことが大事だと感じましたし、それゆえに、本作を完成させるまでには非常に長い時間がかかりました。そういった思いを自己の中で醸造し、昇華する時間が何よりも必要だったのです。

より効果的に思いを伝えるために

──また物語は実際の事件とは異なる展開を迎えますが、そのような構成にされた理由とは何でしょう?

シャシダラン:映画というものは一種の比喩であり、詩的表現でもあります。そのため、映画を通じて描かれているものがそのままの意味を伝えようとしているとは限らないわけです。たとえば「月」の物語が描いたとして、必ずしも「月」を描いているわけではなく、何か他の意味が込められているのかもしれない。映画にそういった力があるんです。

そして、その力があるからこそ、映画は他者同士をつなげることができる。映画を鑑賞した人間が作品をどう解釈するかは、その人間の文化的背景やそれまでの人生はもちろん、何を知っているのか、映画を観たその時にどのような気分だったのかなど、さまざまな要因によって変化します。それは詩や映画といった芸術の共通点であり、個々人によって異なる解釈が生じるからこそ、国境をも超えて人間同士がつながれるんだとも思っています。

──本作の物語構成においては、どのようなことを意識されたのでしょうか?

シャシダラン:これは他の作品にも当てはまることではあるんですが、特に本作で描こうとした物語にとっては、より“ミニマム”に、より“シンプル”にしてゆくことが他者に自身の意図を伝える最高の方法だと考えていました。つまり無駄な要素を削ぎ落とすことで、自分の伝えたいものをより際立たせたかったのです。

たとえば1996年に起きた実際の事件をそのまま映画として描くと、物語の枠組みは「ある特定の事件とその当事者たち」へと限定されてしまいます。そのため本作では、そういった物語の枠組みを限定してしまう要素を削ぎ落としながら再構築を行うことで、物語や実際の事件についてより考えてもらうための“広がり”を作り出そうとしました。

そうした“広がり”によって、本作の物語はインド国内での女性の社会的地位、性犯罪の被害者に対する偏見や差別に対する問題提起のみならず、「水は流れることを止めない」というあり様のように、人生そのものについても表現することが可能になると考えたわけです。

「伝える」という情熱を向ける先

──シャシダラン監督はもともと弁護士のお仕事をされていたそうですが、そこから映画制作を始められたきっかけやその原動力とは何でしょうか?

シャシダラン:「他者あるいは自己の経験した出来事を伝える」という意味で、映画というものは人生の延長であり、編集によって凝縮された人生における記憶を留めるために存在していると考えています。

全ての人々は、常にいろいろなものを観察をしています。そして人それぞれが、特徴的な観察眼を持っています。たとえば見事な満月を見たときには「人に教えてあげたい」「誰かとこの美しさを共有したい」という気持ちが生じ、誰もが「見て!満月だよ」と口にするでしょう。それと同じように、自身の観察を通じて「これは人に伝えたい」と思えた事柄こそが、「伝える」という行為の本質であり、私が映画を通して伝えたいものなんです。

そして弁護士から映画制作の道に進んだ理由には、私の情熱の行き場が深く関わっています。弁護士という職業の日々の仕事において、「伝える」という行為はある意味では一人の人間を助けるために向けられます。そのため結果的に考えると、自己のエネルギーは「伝える」という行為を介して一人の人間へと動くわけです。

私はそうやって7年にわたって弁護士という仕事を続けてきたのですが、その中で自身の在り方に違和感を抱いてしまった。つまり「自分が持つ情熱の行き場はここではない」と感じたんです。

そのような思いを抱きながらも仕事を続けることは、法に対してもそこに真の情熱を向ける人々にとっても不誠実です。だからこそ、「伝える」という行為や自らの情熱を真に向けられるものとして、私は映画制作を選択しました。自身の感性にとって、それこそが私のすべきことだと思ったんです。

映画という媒体を通じて生まれるもの


(C)Cinemarche

──インド国内で暮らす人々をはじめ、本作をご覧になった方々からはどのような反響があったのでしょうか?

シャシダラン:インドでの劇場公開はまだこれからという状況ではありますが、すでにとある映画批評家の男性が本作のレビューを書いてくださっていて、その方は私が本作に込めた思いを肯定的に捉えてくれました。またジュネーブで本作が上映された際には、ある女性から「ああ、まさに私のストーリーを代弁してくれた」「作ってくれてありがとう」という言葉をかけてくださいました。

一方で、ヴェネチア国際映画祭で上映された際には「より女性を勇気づける内容にしてほしい」といった批判的な意見もいただきました。ただ、自分が直接の当事者でない経験を描く以上、批判を受けることは当然の出来事だと思っています。むしろ「いい映画だったな」「楽しかったな」といった漠然とした感想だけで、劇場を出てすぐに作品のことを忘れられてしまうのが、本作を制作した私にとって最も不本意なことです。

批判とは、ある意味では私が提起した問題について考えてくれている証拠です。私の映画を媒体に、問題に対する再考や議論が生まれる。そういった再考や議論のためのきっかけを提供すること、それこそが私の狙いなんです。

インタビュー・撮影/桂伸也

サナル・クマール・シャシダラン監督のプロフィール


(C)Cinemarche

1977年生まれ、インド・ケララ州出身。もともとは弁護士として働いていたが、2001年にクラウドファウンディングによるインディペンデント映画製作組織「カゼチャ・フィルム・フォーラム」を設立。

2014年に発表した初の長編映画『Six Feet High』はケララ州映画賞の最優秀映画賞を受賞。第2作『Off-Day Game』も同最優秀映画賞を受賞しました。さらに監督第3作『セクシー・ドゥルガ』はロッテルダム映画祭にてタイガー・アワードを受賞し、国際的評価を受けました。

映画『水の影』の作品情報

【上映】
2019年(インド映画)

【英題】
Shadow of Water

【監督】
サナル・クマール・シャシダラン

【作品概要】
マラヤラム語映画界の俊英サナル・クマール・シャシダラン監督が、インドの女性問題を3人の登場人物に凝縮して描いた問題作。本作はヴェネチア映画祭・オリゾンティ部門でも上映されました。

映画『水の影』のあらすじ

インドの村落に住む女子学生ジャナキは、ある日ボーイフレンドに誘われて車に乗り、街へと出かけます。

その車にはボーイフレンドが「ボス」と呼んでいる一人の男性が乗っていました。不安に思いながらも、ボーイフレンドとの街のひと時を楽しむジャナキ。しかし、日が暮れ始めたころ、自分の親から携帯電話でどこにいるのかを問われる連絡が入ります。

一方、村では二人の男がジャナキを連れ去ったと大騒ぎしているという噂が立ちます。帰るに帰れなくなったジャナキを連れ、ボスとボーイフレンドはある宿にたどり着きます。そしてジャナキは、悪夢の夜を迎えることに……。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら




関連記事

インタビュー特集

【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話

映画『461個のおべんとう』は2020年11月6日(金)より全国ロードショー公開! 2020年11月6日(金)に全国公開を迎える映画『461個のおべんとう』は、高校へ行く息子のためにお弁当作りを3年間 …

インタビュー特集

【小野莉奈インタビュー】映画『アルプススタンドのはしの方』『テロルンとルンルン』で二人の高校生を演じて思い出したこと

映画『アルプススタンドのはしの方』は2020年7月24日(金)より全国順次公開中。さらに映画『テロルンとルンルン』は2020年8月21日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開! 2019年に …

インタビュー特集

【田村直己監督インタビュー】映画『七人の秘書THE MOVIE』木村文乃と玉木宏演じる“ロミオとジュリエット”な恋愛模様に注目してほしい

映画『七人の秘書 THE MOVIE』は2022年10月7日(金)より全国東宝系にてロードショー! 要人に仕える、名もなき「秘書」たちが理不尽な目に遭う社会の弱者を救い出すべく、ずば抜けたスキルや膨大 …

インタビュー特集

【佐藤快磨監督インタビュー】映画『歩けない僕らは』宇野愛海×落合モトキと紡げた“本当”の言葉

理学療法士という仕事の意味、“歩く”或いは“生きる”ということの意味とは? 回復期リハビリテーション病院を舞台に、若き理学療法士と患者がリハビリという出会いを通じて互いの人生について模索しようとする様 …

インタビュー特集

【ヤングポール監督インタビュー】映画『ゴーストマスター』で描いた“愛憎という呪い”の真相を語る

映画『ゴーストマスター』は2019年12月6日(金)より、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー! 映像企画発掘コンペ「TSUTAYA CREATERS’PROGRAM FILM 2016」で準グラ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学