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Entry 2020/02/15
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【グー・シャオガン監督インタビュー】映画『春江水暖』中国の文人的な視点で“変わりゆく故郷”と“家族”を問う

  • Writer :
  • 桂伸也

第20回東京フィルメックス「コンペティション」作品『春江水暖』

2019年にて記念すべき20回目を迎えた東京フィルメックス。令和初の開催となる今回も、アジアを中心にさまざまな映画が上映されました。

そのコンペティション部門にて出品された作品の一本にして、審査員特別賞を受賞したのがグー・シャオガン監督の映画『春江水暖』です。


(C)Cinemarche

東京フィルメックスへのエントリーは初となったグー・シャオガン監督がこのたび、本映画祭の開催に際して来日。これに合わせインタビュー取材を行いました。

映画『春江水暖』の制作に至る経緯から作品のテーマをどのように掘り下げていったのか、また映画作りに向けた情熱や影響など、シャオガン監督の映画に対する姿勢を伺いました。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら

故郷の変化を“劇映画”として記録する

──本作の物語の舞台となった場所について、そして物語の着想を得たきっかけについて詳しくお聞かせ願えませんか?

シャオガン:本作の舞台は広東、上海から南方に位置する富陽区という杭州市内の市轄区であり、私の故郷でもあります。

私は長いあいだ劇映画を撮りたいと思っていたんですが、反面そんなに簡単に撮れるものではないとも考えていたため、まず修行の意味もこめてドキュメンタリーの制作することにしました。そして北京で約一年間映画の勉強をしていった中で、ドキュメンタリーを一本完成させました。

ドキュメンタリーを完成させたのち、私は地元である富陽区に戻ったときに劇映画を作ろうと考えました。その際に「劇映画として描きたい」と思い至ったのが、両親についての話だったんです。当時私の両親はレストランを経営していたんですが、都市開発によって立ち退きを余儀なくされていました。だからこそ、そのレストランと合わせて両親にまつわる話を描きたいと感じたんです。

ところが、その富陽区の変化が想像よりもはるかに速く大規模であることに驚かされました。杭州では2022年に第19回アジア競技大会などの大きなイベントが開催されるため、それに向けて開発が急速に進められているんです。

そういった故郷の急速な変化とそれに伴う喪失感に強い衝撃を受けたのは、ダムに沈む村の話を描いたジャ・ジャンクー監督の『山河ノスタルジア』(2015)という映画の影響もありました。またドキュメンタリーを制作した経験から「社会の大きな変化を記録したい」という思いを抱くようになり、そういった出来事を記録することに大きな意義があると感じたんです。そして大きな社会の変化を劇映画として表現するために、都市に暮らす人々を家族というフィルターを介して表し、縮図的な形で作品内に組み込んでいくことにしました。

台湾ニューシネマからの影響

──『春江水暖』には現代的な若者文化が反映されている一方で、伝統的な映画の趣向も感じとることができました。シャオガン監督はどのような映画作品、あるいは映画監督から影響を受けられたのでしょうか?

シャオガン:台湾ニューシネマの旗手と知られているホウ・シャオシェン監督とエドワード・ヤン監督。この二人の作品からは多くの影響を受けました。

特に、ヤン監督が描いていた台北の時代は今から40年から20年ほど前にあたりますが、現在の中国大陸の時代性に近いものがあるんです。文化的なものや生活状況、そこに暮らす市民の方々……そういったものを映画を通じて描こうとした姿勢を彼の作品からは感じとりました。

またシャオシェン監督の映画に対する美学や、彼が自身の監督作の中で描こうとしているものも、いわば中国の伝統的な文人文化なんです。

かつてシャオシェン監督が三本の商業映画を撮った後、脚本を担当していたチュー・ティエンウェンが一冊の本を彼に見せたんだそうです。その本は脚本や映画に対する新しい視点や視覚を言及したものでしたが、同時に中国の伝統的な文人たちによる世界、言いかえれば“天地”のとらえ方が示唆されていました。それにくわえて、中華民国時代の文人作家であり中国古来の文人の世界観を持った作風で知られる沈従文の自伝も、ティエンウェンはシャオシェン監督に見せました。そういった本から多くの示唆を受けた結果、“中国の伝統的な文人文化”という映画にとって新しい視点がシャオシェン監督にもたらされたといわれています。

本作で私たちのチームは“絵画のような映画”を撮りたいと考えていました。その上で、まずは現代の社会や時代を作中に反映させることが一つの大きな目標としてありました。そして目標を達成するために不可欠なものとして、シャオシェン監督の美学とヤン監督の都市と時代へのまなざし、何よりも二人の監督に共通している現代の家族への慈しみを感じさせる作品の雰囲気が、私たちが作りたい画に合うと感じたんです。

プロジェクトの鍵となったドウ・ウェイ


(C)Cinemarche

──本作の音楽は中国ではロックスターとして知られているドウ・ウェイさんが担当されていますが、どのようなきっかけを経てアサインされたのでしょうか?

シャオガン:彼の音楽は、私が脚本を書いているときから聴き続けていました。本作の音楽に関しては“伝統的な音楽を現代に”という目標を掲げていましたが、それは単に中国の伝統楽器を使うということではなく、中国古来の思想などを現代のサウンドとして表現したいという意味でした。

私は“中国の伝統的な音楽を現代にうまく融合・進化させたアーティスト”としてウェイは突出した存在だと感じていました。なおかつ彼は国際的でグローバルな視野もある一方で音楽ビジネスとしても成功しています。

彼に最初のコンタクトをとった際、実は本作はすでに完成しており、そこにウェイの曲を当てていく形で音楽を付けていくことにしていました。ですが「もしウェイがこの映画を観てくれたら、そこからすべてが始まる」と私は期待していました。私たちチームのウェイに対する認識は一致していましたし、彼が本作を観たら絶対に気に入ってくれるだろうと考えていたからです。

ただ、私からウェイにアポイントするチャンスは一度しかありませんでした。彼は中国ロック界のスーパースターでありなかなか手の届かない存在ですし、彼を紹介してくれるような知り合いもいなかったですからね。だからこそ、彼から電話がかかってきたときにはとても興奮しました。そしてそこから、本作の音楽をどうしていくかを彼とともに改めて考えていきました。

変わりゆくもの/変わらないものについて問う

──先ほどシャオガン監督は「家族というフィルターを介して現代の中国社会やそこで暮らす人々を描こうとした」と語られていましたが、“家族”というものを描くにあたってはどのようなことを意識されたのでしょうか?

シャオガン:本作には二つの大きな物語が描かれており、一つはやはり四人兄弟とその父母にまつわる家族の物語、もう一つはその四人兄弟の長男の娘グーシーとジャン先生の恋愛を通して描く、三代に連なる愛の物語です。特に老いてゆく親に対する子どもとしての責任については、日本はもちろん現代の中国ではどの家庭でも抱えている問題でもあるんです。

また、そういった問題に直面した際の人間にはいわゆる“お国柄”が表れると考えていました。たとえば中国の伝統的な親子の在り方として、「子どもは親孝行をしなければいけない」「最後まで面倒を見なくてはならない」といった発想があるように。

ですが、小津安二郎監督の『東京物語』(1953)を観たとき、私は「もしかしたら老人、年老いた親に関するテーマはどこの国も似ていて普遍的なのではないか」とも感じられたんです。中国にせよ『東京物語』で描かれた日本にせよ、子と親の関係、大人になった子と年老いた親の関係は非常に複雑なものだと。

たとえば『東京物語』の劇中、両親が上京したとき、医者である長男は両親を東京見物へと連れてゆこうとしますが、そこに病人がいるという知らせが届く場面がありますよね。その場面で長男は仕事をとるか、親をとるかという選択に迫られます。ですが、その選択にはある意味正解などはありません。そして同様に、とても難しい選択を迫られることは現実でもたくさんある。何より、家庭や親族の中で起こる困難に対し、絶対的に良い人間も悪い人間も区別できないと思うんです。

誰しもが弱い部分を持っていて、なおかつ自身の家庭がある中で両親の面倒を見なければいけないのですから、そうなってしまうことは必然といえます。だからこそ、本作でもなるべく現実で起きているような難しい選択や局面を多くとりあげ、リアルに描きたいと考えていました。それにあたって大きなヒントを与えてくれたのが、小津監督の作品で描かれた家族の関係性なんです。本作はある意味では、杭州版『東京物語』なのかもしれません(笑)。


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シャオガン:また、本作の物語において私が一番興味を抱いたのは、実はラブストーリーの部分でもあるんです。劇中ではグーシーとジャン先生の恋愛が描かれていますが、グーシーは私の従姉妹がモデルとなっています。実際にジャン先生のような恋人がいたんですが、劇中と同様に身分の違いが結婚の障壁となっていた時期があったんです。

その出来事で感じたのは、「中国も杭州も開発などによってこれほど現代的に変化しているにも関わらず、ひとたび“恋愛”や“結婚”、ひいては“家族”のことになるとどうしていまだにシェークスピアの戯曲のような話が起こるのだろうか?」という違和感でした。

私は地元を離れ、映画やアート界隈の友人も多いため比較的にそういったことにこだわらないのですが、地元に戻ってみるといまだに多くの人々が保守的で旧態然の思考に陥っている。あまりにも急速に変化する街並みとあまりにも変わらない人々の姿に、私は改めて大きなギャップを感じ、だからこそそのギャップも本作で描こうとしたんです。

インタビュー・撮影/桂伸也

グー・シャオガン監督のプロフィール

中国・浙江省杭州市の富陽区出身。

大学で衣装デザインとマーケティングを学んだ後にドキュメンタリー、さらに劇映画に関心を持ち始めてこの業界の門扉を叩きました。本作が長編第一作となります。

映画『春江水暖』の作品情報

【上映】
2019年(中国映画)

【英題】
Dwelling in the Fuchun Mountains

【監督】
グー・シャオガン

【作品概要】
杭州・富陽の美しい自然を背景に、一つの家族の変遷を悠然と描いたグー・シャオガンの長編監督デビュー作。非常に長尺の長回しの中で、絵巻物を鑑賞しているかのような横移動のカメラワークなど、斬新な画角で杭州・富陽の景色を印象深い映像として映し出しています。

映画『春江水暖』のあらすじ

大家族の家長の誕生日を祝うパーティーから幕を開け、その四人の息子たちも父を祝うためにこの場に訪れるのですが、四人の間には軋轢があり、特に借金を抱えた三男はその後も家族の重荷となっていきます。

また、結婚適齢期を迎えた長男の娘グーシーは、同僚のジャン先生と恋仲にありましたが、身分の違いから長男夫婦はその結婚話を渋っており、いつしかグーシーはこの町を出ていくことを考え始めていました。

さらに漁師として船上生活を送る二男夫婦、知的障害を抱える三男の息子、未だ結婚できない四男にやきもきする長男など、それぞれにさまざまな事情を抱える家族。その一方、四人の母は痴ほう症を患い、長男夫婦と同居することに。

そして家族は、近代の富陽の発展に合わせたかのように、四季の移ろいとともに、大きな変化の波に巻き込まれていくのですが……。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら




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