セドリック・カーン監督と主演ギョーム・カネのヒューマンドラマ、映画『よりよき人生』。
『倦怠』『ロベルト・スッコ』などで知られるセドリック・カーン監督が、『戦場のアリア』『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』のギョーム・カネを主演に迎えてヒューマンドラマを描いた映画『よりよき人生』。
2011年にローマ国際映画祭にて主人公ヤンを演じたギョーム・カネが、最優秀男優賞を受賞したほか、同年リスボン&エストーレ映画祭審査員賞やシネウローパ賞を受賞。また、第24回東京国際映画祭でコンペティション部門にエントリーされました。
弱者に対して風当たりが強いフランスの現代社会を背景に、生きるため仕事や生活費の問題や家族のあり方を繊細なまでに描き出す、夢追うフランス人の自称シェフとレバノン人のシングルマザーの物語。
映画『よりよき人生』の作品情報
【公開】
2011年製作(フランス・カナダ合作映画)
【脚本】
カトリーヌ・パイエ
【監督】
セドリック・カーン
【キャスト】
ギョーム・カネ、レイラ・べクティ、スリマン・ケタビ、ブリジット・シィ
【作品情報】
2011年ローマ国際映画祭最優秀男優賞(ギョーム・カネ)
2011年リスボン&エストーレ映画祭審査員賞/シネウローパ賞
2011年東京国際映画祭正式出品
映画『よりよき人生』のあらすじとネタバレ
学校給食の調理人でシェフを目指すヤン35歳。採用面接に行ったレストランで調理の腕を見せることなく、シェフ未経験者ということでオーナーから門前払いでした。
しかし、その際にレストランで働く女性ナディアをデートに誘い、仕事終わりに飲みに行く約束を取り付けます。すぐさま恋に落ちた二人は一夜を共にします。
翌朝ナディアはヤンに、レバノン人のシングルマザーだと打ち明け、息子の名前はスリマンで9歳だと、ヤンに伝えます。スリマンとヤンは直ぐに打ち解けると友達のようになりました。
ある日、三人でピクニックに出かけた湖畔。父親のいないスリマンとヤンは仲良く、ラジコンヘリを飛ばして遊びますが、スリマンが操縦を誤って湖に落下させてしまいます。
ラジコンのヘリを取るための棒を探していると、ヤンは偶然に廃屋を見つけます。立地条件の良さ、室内の広さなどから空き家を気に入ったヤンは、キレイにリフォームすれば、素敵なレストランになるとひらめきます。
すぐにナディアに提案すると、不動産会社に電話して物件を押さえ、ここで自分たちの夢のレストランをオープンしたいと決意します。
ですが、夢の実現には資金がかかり、ヤンに行動力があっても融資は思うようにも受けられず、どうしても頭金が用意できませんでした。
ヤンは消費者ローンのリボ払いを、銀行に内緒で複数受けて頭金を用意します。
やがて改築も終わり、消防署が火災点検にやって来ると審査の結果は不合格。理由はヤンが改装の設備の費用を節約した際に厨房との仕切りの壁などが安全基準に満たなかったのです。
開業するためには、どうしても改築をしなければなりませんが、それには2万ユーロ必要と言われ、立ち行かなくなります。
融資は消費者ローンを銀行に内緒で借りたことが、ブラックリストにのってしまったからです。ヤンは職場の友人らにも金の無心に奔走し、資金を集めようとしますが上手くいかず、借金だけが残ります。
映画『よりよき人生』の感想と評価
『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』(2019)
シェフを夢見るヤン役を演じたギョーム・カネ
2011年に本作『よりよき人生』の主人公ヤンを演じて、ローマ国際映画祭最優秀男優賞を受賞したギョーム・カネ。
彼は『ザ・ビーチ』『戦場のアリア』『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』などにも出演し、日本でもよく知られたフランス人俳優。
2019年には、『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』で、ウダツのあがらない中年たちが、シンクロナイズドスイミングに夢をかけた作品でも出演を果たしており、記憶に新しい方も多いはず。
しかも、『シンク・オア・スイム』では、本作のシングルマザーのナディア役を演じたレイラ・ベクティとも再共演をしているので、映画ファンは要注目です。
そんなギョームは、2001年に女優ダイアン・クルーガーと結婚するも、その後に離婚。2003年に公開された『世界でいちばん不運で幸せな私』で共演した、マリオン・コティヤールと2007年から交際して、息子を授かります。
給食の料理人ヤンは、シェフになりたいという夢を持っていましたが、ギョームのような深い瞳を持ったイケメン俳優が、本作の冒頭のように、簡単に女性と恋に落ちるのも納得なのかもしれません。
無計画でだらしのない男性ですが、このようなタイプの異性に弱い女性は確実にいることでしょう。しかし、作品タイトルからハートフルなヒューマンドラマを求めた映画ファンなら、きっとストーリーの展開に驚くことでしょう。
里子に出されていたヤンの父性
本作『よりよき人生』に登場するヤンは、一見どうしようもない人物にも見えます。計画性のない借金、その後の窃盗や国外逃亡に至るまで、いくら社会的な弱者とはいえ納得しかねると思う方も多いかもしれません。
しかし、それらが生む感情は、ギョーム・カネの確かな演技力の賜物であり、説得力がある芝居であるからこそ体現ができたとも言えます。
そして何よりもヤンは、ナディアから預かった少年スリマンを心の底から心配していたのではないでしょうか。
それは、まるで父親のように彼が起こしたスポーツシューズを万引き事件などにも、強い姿勢で接しています。あれは怒りの感情でなく、彼なりの叱りであり、躾であったのでしょう。
また、ラジコン操縦のヘリで遊んだり、スタジアム外でのファストフードを食べながらのサッカー観戦、特に、海釣りをする場面の活き活きしたやり取りは印象的で、ヤン自身が里親に預けられた幼少期を過ごしていたことから、親身になってスリマンの存在を思っていたことは、疑う余地はありません。
ヤンが本当に心底から無責任な人物であれば、カナダに行ってしまったナディアの息子スリマンを、さっさと見捨ててしまい、あれほどまでに面倒を見ることはないでしょう。
ラストシーンでカナダの雪原をスノーモービルで疾走するヤンとスリマンは、きっと、何事も上手くいかなかったパリという状況よりも、明るい未来が待っていると信じたい終わり方をしています。
それはスリマンが万引きしたシューズよりも、スノーモービルの方が映画的な比喩から見て、明らかに早くどこまでも行ける自由な象徴なのですから。
まとめ
本作の演出を務めたセドリック・カーンは、フランス最高の映画賞の一つルイ・デリュック賞に輝く『倦怠』や、カンヌ映画祭出品した『ロベルト・スッコ』などで知られる実力派の映画監督です。
この作品でもヤンをはじめとした登場人物の感情や人間的な本質をリアルなまでに描き、そして人間賛歌としての自由を真の意味で見つめ直しています。
ヤンと恋に落ちたナディア役をを演じた女優、レイラ・ベクティの演技力にも注目で、移民のレバノン人で若くしてシングルマザーという設定も見事に説得力を見せてくれ、セドリック監督は、新世代のイザベル・アジャーニだと印象を述べています。
また、ナディアの息子スリマンを演じたスリマン・ケタビの見せる表情は、場面ごとに実に複雑さを見せており、また何より嬉しそうな時の笑顔が美しく頼もしい。映画初出演ながら自然な様子が、本作『よりよき人生』の作品を豊かにしています。
貧しい弱者の新しく、ささやかな幸せとは何か。社会的な背景を考えさせながらも心に感じさせてくれる1本です。