映画『夜明け』は、2019年1月18日(金)より、新宿ピカデリーほか全国順次公開。
この映画を見れば、様々なことに悩んでいる若者に対して「とにかく生きろ!」と容易に叫ぶことはできなくなるでしょう。
監督は、是枝裕和、西川美和の元で撮影に参加してきた広瀬奈々子。
彼女がデビュー作で描いたのは、柳楽優弥演じる青年を通して見る「若者像」です。
ベテラン監督のような達観した冷静さを醸し出す新人監督が、満を持して世に送り出したのは痛々しい青春映画。
今回は広瀬奈々子監督のヒューマンドラマ映画『夜明け』のあらすじと感想をご紹介します。
『夜明け』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【原題】
夜明け
【監督】
広瀬奈々子
【キャスト】
柳楽優弥、小林薫、YOUNG DAIS、鈴木常吉、堀内敬子、芦川藍、高木美嘉、清水葉月、竹井亮介、飯田芳、岩崎う大(かもめんたる)
【作品概要】
映画『夜明け』の監督は、是枝裕和、西川美和が設立した制作会社「分福」に所属する広瀬奈々子。
新人ながら第19回「東京フィルメックス」でスペシャルメンションを受賞した豊かな才能の持ち主で、彼女と組んだのは同世代で随一の存在感を誇る柳楽優弥と、大ベテランの小林薫。
若い才能と重厚なキャスト陣が描く青春映画です。
映画『夜明け』のあらすじとネタバレ
夜明けの川の橋、1人の男が嘆きながら、川に花束を投げ捨てました。
軽トラを運転していた涌井哲郎は、川岸に倒れ込んでいる青年を見つけます。
彼の後ろで川に流されている花束。
青年が目を覚ますと、そこは見知らぬ人の家。
「今日は冷えるな」と、哲郎が声をかけながら家にあがってきました。
なにもなかったかのように青年を座らせ、おかゆを与えます。
どこから来たのか尋ねる哲郎。
「渋谷から…この街には一度来たことがあって…」と声を震わせながら答える青年。
「そうか…」と、それ以上詮索しない哲郎は、まだ熱があるから泊まっていくよう促します。
その夜、子持ちの恋人と電話をしている哲郎の前に男が来ます。
なにも言わない青年に、哲郎が名前はなんだと尋ねます。
「ヨシダ…シンイチ」と詰まりながら返答します。
今日は冷えるからと、哲郎はシンイチに湯たんぽを渡しました。
涌井哲郎は、ベテランの米山源太、若手の庄司大介、そして農業を営みながら働いている恋人の成田宏美の3人の従業員を抱える木工所の社長。
彼は常におどおどしているシンイチを工場に連れていきます。
哲郎は従業員に、「東京から来た見学者」と説明し、彼に木工技術のことを1から教えはじめました。
ある朝、住み込みでの仕事が続いていたシンイチに哲郎は数万円のお金を渡します。
シンイチはそんなつもりでやっているわけではないと、つき返そうとします。
しかし哲郎はそれだけでなく、自宅の二階を掃除し、シンイチが住めるように部屋まであてがっていました。
礼も言えずに戸惑っているシンイチに「落ち着くまでいたら良いんだよ」と優しく声をかけます。
彼に与えられた部屋は、かつて息子が生活していた場所でした。
そこにはたくさんのCDやギター、ベースなど音楽を愛好していた息子の面影があります。
シンイチは木工に関する技術検定の賞状を見つけます。そこに書かれた名前は「涌井真一」
彼は偶然にも、哲郎の息子と同じ名前を名乗っていました。
シンイチは数枚の10円玉を握りしめて、公衆電話で自宅に電話をします。
しばらくの間無言だった自分の息子に気づいた父は、「お前余計なことやってないよな、とりあえず早く帰ってこい」と怒った様子で語りかけました。
シンイチは、なぜここにいるのかわからない、もう帰らないかもしれない、と声を震わせながら言い放ちました。
以下、『夜明け』ネタバレ・結末の記載がございます。『夜明け』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
精一杯カンナの刃を削るシンイチ。
同僚の庄司とかつての夢の話をしたり、宏美の農業を手伝ったりと、徐々に木工所の雰囲気に馴染みだしていました。
一瞬、不器用だが硬い表情を崩し、笑みをこぼすこともありました。
農作業を終え、哲郎宅で夕飯の支度をするシンイチと宏美は、少し踏み込んだ話をし始めます。
「哲郎の息子さんと奥さんは実家に帰省する時、交通事故でなくなったの」
複雑な心境になったシンイチはその夜、哲郎と亡くなった奥さんと息子の話をしました。
「ハワイ出身の美人だった」そう照れ臭く語る哲郎。
しかし、関係は悪く、息子の真一ともぶつかってばかりでした。
木工所を継がせることを強制し、時折暴力までふるっていた自分を今は責める毎日でした。
シンイチは沈む哲郎を気遣い、肩もみをしてあげます。
彼らの間には妙な絆が結ばれようとしていました。
哲郎が寝た後、シンイチが仏壇を覗くと、そこには伏せられた息子真一の写真がありました。
次の日、木工所で仕事をするシンイチの髪色が茶髪に変わっていました。
それを茶化す庄司でしたが、哲郎は不思議な様子で彼を見ていました。
自宅で炊事をするシンイチは、釣りに出かけようとする哲郎にいつ帰宅するかのか尋ねます。
しかし、返答がありません。
玄関で釣竿を拭く哲郎。
彼は一言「お前も来るか」と言います。
夕時、シンイチが倒れていた川で釣りをする二人。
哲郎がポツリと言います「お前、ここで死のうとしてたんじゃないのか」
シンイチは震えながら答えます「家族のキツイしがらみ、将来の不安、生活のくだらなさ、生きている意味なんかない」
すると哲郎はポケットから財布を出します。
丁度この辺で拾ったと言う哲郎は、シンイチのものかどうか尋ねます。
しかしシンイチはただ、「違う」と返しました。
その夜、シンイチは必死にタンスの中や、上着のポケットなど、哲郎が持っていた財布を探しまわります。
ようやく見つけ出したその財布の中には”芹沢光”と書かれた運転免許書が入っていました。
財布を自分のポケットに隠した瞬間、哲郎がシンイチに声を掛けます。
明らかに動揺するシンイチでしたが、そこに1本の電話が哲郎に入りました。
それは同僚の庄司からで、携帯の持っていないシンイチを飲みに誘うための連絡でした。
庄司とシンイチはマンションの1室のガールズバーに来ました。
2人に付いた女の子が妙なことを言います。
「私絶対この人見たことある!」
シンイチは真っ向から否定しますが、彼女から質問攻めにあいます。
さらに、一緒に写真を撮って友達に見せたいと言う女の子は、庄司にスマホで写真を撮るようお願いします。
本気で嫌がるシンイチは庄司のスマホを床に叩きつけました。
初めて激しい感情を見せたシンイチは「弁償しますから…」と必死に謝ります。
微妙な雰囲気になった彼らがバーを出る時、女の子が庄司を呼び止めます。
「私わかった、あの人今はパチンコ屋になっているコンビニでバイトしてた人だ。そのコンビニは火事があって全焼した…。それで、その時いた店長が最近死んじゃって…」と語る女の子。
「なにが言いたいんだよ」と庄司は少し動揺します。
下で待っていたシンイチはボーッと目の前を見つめていました。
庄司は「もうスマホのことは気にしてないからくよくよするなよ」と優しく声を掛けます。
ようやく哲郎が溺愛する新人が入ってきたことに喜んだいた庄司は、彼を慰め続けます。
しかし、それでもシンイチはボーッと黙ったままでした。
家の蛇口に頭を押し付けて水を浴びるシンイチ。
自らの顔を殴り自傷行為に走ったその瞬間、哲郎が彼を強く抱きしめました。
絶望に浸るシンイチは、自分が嘘の名前を名乗っていることを知っているのに、なぜこんなに優しくしてくれるのかと嘆きながら尋ねます。
ただ強く抱きしめる哲郎。
さらにシンイチは”火事”のことも知っていたのかどうかも尋ねます…。
哲郎は一瞬目の色を変え、彼の体を離します。
シンイチは真実を話始めました。
「コンビニでバイトをしている時、ガス管からガスが漏れていることに気づいた。俺はなんでかわからないけど、それを店長にいわなかった。店を閉める前に店長がタバコを吸うことも知っていた。それなのに、俺はなにもいわなかった。この前決死の思いで店長が入院している病院に行ったら、もう死んでた。」
哲郎は「お前がガスをつけたわけじゃないんだろ」と言うと、財布を差し出すよう命令します。
哲郎は”芹沢光”と書かれた免許ごと燃やしだしました。
すると彼は、交通事故が起きる前、息子と衝突していたことを話しました。
息子から「生きている意味なんかあるんか」と問われ「そんなのねえ」と答えてしまった。
哲郎は激しくそのやり取りを後悔していました。
そして、哲郎はシンイチに向かって「これから、お前はシンイチとして生きていけばいい」と語りかけました。
いつも通り木工所に来たシンイチに従業員が集まってきました。
哲郎は「正式にお前をウチの従業員にしてやる」と優しく言いました。
そして、就職祝いにと、庄司と米山は机を3日で制作し、哲郎はプレゼントを用意していました。
シンイチは断りながらも紐を開けて中身を確認すると、そこには革の財布がはいっていました。
彼は新しい従業員として、そして一番弟子として、そこに居座ることになったのです。
正社員になったシンイチは、ある日庄司と共に、馴染みの居酒屋に机を搬入しに向かいました。
しかしそこで働く若者はいつもミスをしてばかりで、中年の店長から激しい罵倒を浴び続けていました。
この日も2人がいる中で怒号を響かせる店長に、若者がキレてしまいます。
殴りかかる若者と応戦しようとする店長を止める庄司。
しかしシンイチはそこに突っ立っているだけでした。
若者はエプロンを投げ捨て、店を出て行きました。
木工所に戻ったシンイチは庄司から、哲郎と宏美の結婚パーティーを行うという話を聞きます。
景気付けにパチンコでも打ちに行こうと提案する庄司でしたが、シンイチは言葉を濁しながら断ります。
しかし、自分の意思がないシンイチは強い推しに負け、あの事故現場に向かうことになります。
シンイチはパチンコ屋の前に来ます。
しかし最悪の思い出があるその場に動揺したシンイチは走ってその場を立ち去ろうとします。
庄司は彼を追いかけますが、またシンイチは黙ってしまう。
「もっとおれらを信用しろよ!」と叫ぶ庄司。
それでもシンイチはただ黙っているだけでした。
シンイチはその夜、勝手に家を出てしまいます。
夜道を歩くシンイチを追いかけるように哲郎が車で追ってきました。
「シンイチ!俺にはお前が必要なんだ!」そう叫ぶ哲郎は必死にシンイチを家まで連れて帰りました。
「みんな、噂を立てて、変な目で俺をみる。もう誰にも詮索されたくない」と言うシンイチ。
「あの火事のことを知っているのは俺とお前だけだから心配するな」と哲郎は彼を慰めました。
しかし、そんな哲郎の携帯には何度も宏美から連絡が入ってきました。
家に帰った二人を待っていたのは宏美でした。
大事な結婚を前にして、シンイチのことばかり考えている哲郎に不満をぶちまける宏美。
それに反論する哲郎。
そして、それをただ傍観し続けるシンイチ。
最悪のタイミングで険悪な関係になってきた二人は、木工所でも言い争うようになります。
さらに、シンイチは結婚後も、哲郎が自分の家に住ませようとしていることを知ります。
結婚パーティー前日の夜、シンイチのもとに宏美から電話が入ります。
哲郎がいなくなったとのことでした。
不審がったシンイチは町中を探し回ります。
哲郎はバス停のベンチに座って、泥酔していました。
「独身最後の夜を満喫している」という哲郎ですが、シンイチは「このままだと誰も幸せになりませんよ」と冷たく言い放ちました。
シンイチはこの夜、死んだ息子の写真を見つめます。
彼と同じ茶髪の若者。彼は髪を再び黒に戻しました。
結婚パーティー当日、庄司の段取りの良さもあって無事に開催されました。
和やかな雰囲気に笑顔をこぼす涌井夫婦。
そして哲郎の挨拶の番に…。
催しのお礼をし、宏美と良好な関係を作っていくことを手短に約束したあと、シンイチの紹介をしました。
「シンイチは俺の跡取りなる男で、家族だ」と言います。
そしてシンイチに一言挨拶を促します。
嫌がるシンイチでしたが、マイクを取ってこういいました。
「すいまんせん、僕はシンイチではありません。実は芹沢光って言うんです」
彼はそう言い終えると静かにその場を立ち去ろうとします。
驚いた哲郎は「シンイチ!」と叫びながら彼を追いかけます。
しかしふり向こうともしないシンイチに哲郎は「光!」と叫びます。
一瞬立ち止まる光。
しかし、哲郎の顔を見ると彼はすぐに走り出しました。
彼は夜通し走り続けました。足をつっても裸足で走り続けました。
思わぬ幕切れとなった結婚パーティー。
米山は「最初からあいつは胡散臭いと思ってたんだよ」と文句を言い、宏美も「人の弱みにつけこんだんだ」と非難します。
庄司は机を叩き怒りを露わにします。
哲郎は一人、下を向き、立ちすくんでいました。
夜明け、彼がたどり着いたのは海。
彼は立ち止まりしばらくの間、海を見つめました。
そして彼は踏切のところで止まっていました。
通り過ぎる電車。彼は踏切の外で立ち尽くしていました。
映画『夜明け』の感想と評価
“あやふやな存在”へと向かってしまう、シンイチ/光
新人監督広瀬奈々子が映画『夜明け』で描いたのは、柳楽優弥演じるシンイチ/光が”あやふやな存在”へと向かっていってしまう過程です。
若者の生きづらさが表現されたその過程には強い衝撃を受けてしまいます。
実家の芹沢家では、いつも兄ばかり優遇される環境から、ダメな自分であるというレッテルを自ら貼った芹沢光。
彼はそこから「属すこと」「染まること」に否定的になってしまいます。
さらに、バイト先の店長を死なせてしまったという罪悪感を感じていました。
彼はその道程から、生きることへの無意味さを感じ、死を選んでしまいます。
つまり、社会に属することを辞め、死人になることを望んでしまいます。
しかしその望みは叶いません。
涌井哲郎という中年の男が彼の命を救います。
彼は死人ではなく、シンイチとして新たな人生を歩むことになります。
哲郎は、彼を亡き自分の息子の分身にさせ、自分の家族に取り入れようとします。
シンイチが最初感じた哲郎の優しさは、徐々に恐怖に変わっていきます。
彼にとって、「属すること」「染まること」は堪え難いことだったからです。
そこで彼がとった行動は、シンイチという名を捨て、再び芹沢光に戻ることでした。
しかし、自ら殺し、捨てた存在に戻ることは許されません。
もはや彼は芹沢光という名を名乗るだけの”あやふやな存在”へと変化していました。
彼は、生きることも死ぬことも、属することもやめてしまったのです。
いつの時代も若者は、実社会と他世代との痛々しいほどの隔たりを感じ、社会に放り投げ出されたと嘆き、戸惑いながら生きることを強制させられてしまいます。
シンイチ/光はその圧力から徹底的に逃げきろうとしました。
『夜明け』で描かれた”若者像”は映画『ポルト』(2017年)での孤独で激情的な愛を求める青年や『青年残酷物語』(1960年)での階級社会で悶々と生きる青年達とは全く違うものです。
存在することも、動くことも、前を向くことも、自ら拒否してしまう…。亡霊のような”あやふやな存在”に変容する様でした。
現実を見つめること、芸術ではない映画を作ること
映画『夜明け』の広瀬奈々子監督はこんなことを言っています。
震災直後に盛んに謳われた絆や、家族愛の風潮に対して懐疑的に捉えながら、自立できない若者の不安定な一時期を切り取りました。他人に救いの手を差し伸べるというのは美談ではありますが、反面、優位な人間のエゴもどこかにあるのではないかと思います。また、その救いに依存する側にも、権力に媚びる卑しさや、自分を見失う危険をはらんでいます。そんなふうに敢えて残酷で皮肉な目線を加え、家族と師弟の美しい部分と、闇の部分の両面を見つめていきました。引用:公式サイト
この発言から、世界を俯瞰的にみる視野の広さ、冷静さが広瀬奈々子監督には備わっていると感じることができます。
自殺、ストレス、人間関係の脆さ…。このような苦しい現代社会の負の面から目を逸らし、無理やりポジティブに物事を捉えることも大事かもしれません。
しかし、広瀬監督はあえて、あやふやで、いつでも崩れ堕ちてしまいそうな現代社会を若者という存在に置き換えて表現しました。
「歩く、見る、待つ ペドロ・コスタ映画論講義」ペドロ コスタ著、土田環 編集・翻訳:ソリレス書店
ポルトガルの映画監督ペドロ・コスタは、著書「歩く、見る、待つ ペドロ・コスタ映画論講義」のなかで、映画にとって重要はなにか、以下のように発言しました。
映画とは、わたしにとって芸術である以上に、現実的なものだということです。人生そのものだと言ってもいいかもしれません。映画は、私たちが暮らしている世界、さらにいえば人間の極めて近くにある存在です。
広瀬奈々子監督は現実的に、シンイチのように亡霊化する世界をこれからも撮り続けことになるのでしょうか。
まとめ
上映後、劇場の雰囲気はドンヨリしたものでした。
隣にいた初老の男性は少しの間ボーッと座り込んでいました。
“消え去ってしまいそうな若者”を120分見続けてるというのは確かに辛いものがあります。
しかし、この驚くべき才能の新人作品を見ることは、「若者とはなにか」「現代社会とはなにか」というシンプルな問いを考える重要な機会にもなります。
是非、劇場で重厚な時間を過ごしてみてください。
映画『夜明け』は、2019年1月18日(金)より、新宿ピカデリーほか全国順次公開です。