何を食べるか?誰と食べるか?
美味しい食事の始まり「いただきます」。
作家・水上勉の料理エッセイ『土を喰う日々 わが精進十二ヵ月』を原案に、中江裕司監督が監督・脚本を務め実写映画化。主演は沢田研二。
作家のツトムは、人里離れた信州の山荘で1人暮らしをしています。ツトムは、自ら畑で育てた野菜や山で収穫した山菜などを使い、日々の料理を楽しんでいました。
そんな彼のもとには時折、担当編集者である歳の離れた恋人・真知子が訪ねてきます。彼女と過ごす時間には、美味しい「食」がかかせません。
本当の豊かさとは。食と住を通して心の栄養について考えさせられる映画『土を喰らう十二ヵ月』を紹介します。
映画『土を喰らう十二ヵ月』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
中江裕司
【キャスト】
沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、奈良岡朋子
【作品概要】
原案は1978年に雑志「ミセス」で連載された、水上勉の料理エッセイ「土を喰う日々 わが精進十二ヶ月」。
そのエッセイの世界観から着想を得て、『ナビィの恋』の中江裕司監督が独自の物語を創作。沢田研二を主演に迎え、映画化となりました。
劇中に登場する料理の数々は、和食を基礎とした食文化を探究し続ける料理研究家の土井善晴が手がけ、日本の四季を感じられる献立が魅力的です。
映画の主題歌は、1996年リリース、沢田研二の「いつか君は」をリマスター収録したものとなっています。
映画『土を喰らう十二ヵ月』のあらすじとネタバレ
作家のツトムは、信州の山奥にある山荘で、犬の「さんしょ」と暮らしています。「さんしょ」の名は、13年前に亡くなった妻・八重子が付けました。八重子の好物「山椒」からきています。
畑で野菜を作り、山で山菜やキノコを採り、日々の献立を考え料理することは、ツトムにとって楽しいものでした。
料理の仕方や山暮らしの知恵は、9歳の時に口減らしのため親に入れられた禅寺での精進料理の経験が生かされています。
そんなツトムのもうひとつの楽しみは、担当編集者であり、歳の離れた恋人でもある真知子が、たまに訪ねてくることです。
立春。降り積もった雪がまだ残る寒い日、真知子が訪ねてきました。「寒かったろ。囲炉裏で温まって」。ツトムはお茶をたてもてなします。菓子には干し柿。
「ほんとにイイ男ね」。「そうやろ」。真知子は大口で柿にかぶりつき、満足げに微笑みました。「今日は熱燗がいいわね」。
庭の畑の土の中から保存していた子芋を取り出し、足洗いでほどよく泥と皮をとり、網焼きに。子芋をほくほくと頬張った真知子は興奮気味に言います。「この香りいいわー。土の香りなのね!」。
啓蟄。寒じめほうれん草がしゃっきりと顔を出しました。根の部分の泥も丁寧に洗い落とし、根ごと茹で胡麻だれをかけていただきましょう。
清明。冷たい雪解け水の中、山にセリを取りに向かいます。昨年と同じ場所で育っていたセリは、まるでツトムのことを待っていてくれたようです。
セリご飯にわさびの穂先の胡麻和え、ウドの味噌汁。一汁一菜で十分とはよく言ったものです。
立夏。畑仕事も忙しく、山の食材も豊富に、家の掃除も怠ると溜まってしまいます。生きることは体を動かすことです。
ツトムは犬のさんしょと一緒に少し離れた所に住む、亡くなった妻の母チエを訪ねます。チエは少し変わり者で、人付き合いが苦手でした。
素っ気ない態度のチエでしたが、ツトムにご飯と漬物、みそ汁を出します。「さっさと八重子の墓を早く作れ」と小言を添えるのも忘れません。
八重子が死んで13年、ツトムは八重子の遺骨を家に置いたままでした。チエは、はっきりしないツトムに呆れながらも、自家製味噌を樽ごと持たせてくれました。
小満。竹林を歩くツトム。土からすでに目を出している筍は堅いもの。土が盛り上がり、今にもにょきっと出て来そうな筍を見つけるのがコツです。
掘り出した筍はだし汁で柔らかくなるまで煮込みます。美味しい匂いを嗅いでくるかのごとく、真知子が訪ねてきました。2人で食べる煮筍は格別の味でした。
芒種。近所で拾った梅で梅干し作りです。梅はひとつひとつヘタを取り、赤じそはよく揉み絞ります。般若心経のリズムは梅干し作りにしっくりきます。
小暑。塩漬けした梅を天日干しにする頃。ツトムの山荘に文子が訪ねてきます。彼女は幼い頃、世話になって禅寺の住職の娘さんです。
おもてなしドリンクの梅酢ジュースは、住職直伝のものです。懐かしい味に昔話に花が咲きます。
文子はツトムの前に年季の入ったビンを出しました。中には亡き住職と奥様が60年前に一緒に漬けた梅干しでした。「ツトムさんに会ったらお裾分けしなさいと、母の遺言です」。
その夜、ツトムは梅干しを食してみました。作った人が亡くなっても生き続ける梅の味は、塩がふき辛く、口の中の唾液で膨らみ、最後は甘露のような甘みがやってきます。涙が溢れました。
立秋。ひぐらしのなく頃になりました。畑にたくさん育ったキュウリと茄子はぬか床の糠の中にぐりぐりと押し込みます。梅干しと一緒で年季が入れば入るほど熟成のうまみが増すものです。
映画『土を喰らう十二ヵ月』の感想と評価
1987年に雑誌で連載された水上勉の料理エッセイを原案に、中江裕司監督が脚本・監督を務め、料理研究家の土井善晴が劇中の料理を手がけたことでも話題の映画『土を喰らう十二ヶ月』。
実際に原作者の水上氏は、連載当初、約1年間にわたり軽井沢の山荘にこもり、自給自足の生活をしていました。畑を作り、山に入り、禅寺で学んだ精進料理をもとに自炊をしていました。
その日々を綴ったエッセイは、時が経っても色あせることはなく、むしろ手軽に惣菜が買える現代では新鮮に映ることでしょう。
「土を喰らう」というタイトルから、主人公が苦労を強いられる物語なのかと想像するも、そんなことはなく、昔から受け継がれてきた「日本食」の知恵を、季節ごとにまとめたグルメ映画でした。
印象に残るシーンのひとつ。小芋の網焼きをほくほくと頬張りながら恋人の真知子が嬉しそうに言います。「このいい香りは土の匂いなのね」と。ここでタイトルの『土を喰らう十二ヶ月』の意味が分かるのです。
日本には四季があります。季節ごとに旬な食材があります。土を喰らうとは、旬を喰らう、自然の恵みを味わうということなのです。
原作では月ごとに章が進みますが、中江裕司監督が脚本をおこすとき、より季節の変化を感じられるように二十四節気に変更したといいます。
旧暦で季節の節目を現す二十四節気。物語は、立春から冬至までの間、15の節目を切り取り進んでいきます。
冬ごもりしていた地中の虫がはい出てくる「啓蟄」。すべてのものが生き生きとして、清らかに見える「清明」。しらつゆが草に宿る「白露」。霜が降りるころ「霜降」。
日本にはなんと美しい季節の表現がありました。自然の流れに身を任せ、ゆっくりと流れる時間の中で、じっくりと味わう日本食。贅沢な時間に感じられます。
主人公のツトムは、日々の献立を畑と相談して決めていました。旬な野菜の美味しい食べ方や、自然の恵みを長く保存する方法を知っています。幼い頃、禅寺で身に付けた精進料理がいかされていました。
ツトムの山荘での暮らしを見て、昔のおばあちゃん家を思い出しました。かまどでご飯を炊き、山菜を採りに山へ行き、雪の下は天然の冷蔵庫、茄子やきゅうりが漬かったぬか床、柿を軒下に干し、梅を漬ける。田舎にはそんな暮らしがまだ残っていました。
旬なものを味わうことは、体も心も健康にしてくれます。ツトムは、山荘の暮らしを通して、「先のことを心配しても仕方がない、自然と暮らすということは今を大事に生きることである」と説きます。
いまやスーパーでは年中野菜が揃い、献立に合わせて食材を選べる時代です。季節の旬な食材が分からないという人も多いかもしれません。
忙しない日常にいながらも、食に意識を向け、旬なものを感謝して味わう気持ちは忘れたくないものです。
主人公のツトムを演じた沢田研二は、都会的なイメージがありましたが、今作では田舎暮らしを楽しんでいる作家のツトムを自然体で演じていました。
そんな沢田に料理の手さばきの指導をしたのは、映画料理を手掛けるのは本作が初となる料理研究家の土井善晴。
見た目も美しく食欲をそそる日本食の数々。食材選びや扱い方、器選びに至るまで深く作品に携わっています。
そして、ツトムの恋人・真知子役を演じた、松たか子。食いしん坊で天真爛漫な真知子は、ツトムの料理をにこにこと大きな口を開け、本当に美味しそうに頬張ります。真知子の食べっぷりに見ているこちらのお腹が鳴ってしまいそうです。
山荘にたまに訪ねてくる真知子の都会的な雰囲気は、田舎に不似合いながらも嫌な感じはせず、むしろツトムを尊敬し自給自足の生活をリスペクトしています。
そんなツトムと真知子の関係は、それぞれが好きなことをして暮らす大人の付き合いです。歳が離れた恋人同士の役でしたが、沢田と松の相性の良さが感じられました。
まとめ
作家・水上勉の料理エッセイを原案に、中江裕司監督が沢田研二を主演に迎え映画化した作品『土を喰らう十二ヶ月』を紹介しました。
四季がある日本ならではの食の知恵。旬なものを有難くいただく精神は、今を大切に生きる禅の心にも通じています。
そして、日本の伝統的な食生活には様々な知恵が詰まっていました。食材を丁寧に扱い余さず最後まで美味しくいただく。和食の奥深さにも驚かされます。
何を食べるのか。誰と食べるのか。人として豊かな生活とは何かを問う映画『土を喰らう十二ヶ月』。日々の食生活を見直すきっかけになる映画です。