ダルデンヌ兄弟が告発する難民の子どもたちの過酷な現実
第75回カンヌ国際映画祭で75周年記念大賞に輝いた、ベルギーの名匠ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟による社会派ドラマ。
アフリカからベルギーに流れ着いた偽りの姉弟、トリとロキタ。姉のロキタはビザがもらえず、正式な職に付けないため犯罪に手をそめざるを得ません。ふたりは手を取り合い、励まし合いながら賢明に生きていきますが……。
演技初挑戦となるパブロ・シルズとジョエリー・ムブンドゥがトリとロキタを演じています。
映画『トリとロキタ』の作品情報
【日本公開】
2023年公開(ベルギー・フランス合作映画)
【原題】
Tori et Lokita
【監督・脚本】
ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
【キャスト】
パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、ティヒメン・フーファールツ、シャーロット・デ・ブリュイヌ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガ、クレール・ボドソン、バティステ・ソルニン
【作品概要】
ベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟による社会派ドラマ。
演技経験のない2人を主役に抜擢し、アフリカからベルギーに渡った難民の子供の理不尽な運命を告発しています。
第75回カンヌ国際映画祭で75周年記念大賞を受賞。
映画『トリとロキタ』あらすじとネタバレ
アフリカから地中海をわたってベルギーのリエージュにやって来た幼い少年トリとティーンエイジャーの少女ロキタ。
偽りの姉弟として生きる2人はどんな時でも一緒で、2人で互いに支え合って暮らしていました。
ロキタは故郷の家族に仕送りをしなくてはいけないのですが、ビザがなかなか降りず働くことができません。
すでにビザが発行されているトリの姉としてビザを取得しようとしているのですが、面接ではたびたび矛盾を突きつけられて、答えることができなくなり、思わず涙ぐんでしまいます。
トリとロキタはイタリア料理店で客に向けてカラオケを歌って小銭を稼いでいました。
しかし、それは表向きで、実は2人はシェフのベティムが仕切るドラッグの運び屋をしていました。ベティムが指示する場所にいる客にドラッグを売り、ほんのわずかな金を報酬として受け取るのです。
ある時、2人は警察に呼び止められます。ドラックを売っていることがバレたら強制送還されてしまうため緊張が走りますが、トリが車道を無理に横断したことに対しての注意と身元の確認ですみ、2人は心底ほっとします。
このように常に危険と隣り合わせな上にときに理不尽な要求もされ、それでも耐えなくてはなりません。ロキタは、トリは学校に行ってまっとうな道を歩んでほしいと望み、一方のトリもロキタを精神的に支え、2人は手を取り合いながら懸命に生きていました。
ある日、たまったお金を故郷の母に送金しようとしていたロキタは密航を斡旋した仲介業者に脅され、金を奪われてしまいます。
彼らは次の日曜日も教会に来いと言って去っていきました。送金できなくなったことを母に告げると、自分のために金を使ったのだろうと疑われ、ロキタは落ち込みます。
ビザが取得できれば家政婦になってトリと一緒に暮らしたいと願うロキタでしたが、面接で質問に応えられず、取得は難しくなってしまいました。
ショックを受けて泣いているロキタをなぐさめ、抗議するトリに、面接官は「私にできることはないわ」と冷たく言い放ちます。
偽造ビザを用意してやるというベティムの提案にのり、ロキタはベティムが提案する新しい仕事につくことになりました。
若い男性と共に車に乗り、途中目隠しをされて連れて行かれたところは、誰もいない倉庫のような場所です。
まず彼女が案内されたのはベッドや冷蔵庫などが置かれている小さな部屋で、彼女はそこで寝泊まりし、冷凍食品を電子レンジで温めて食べるよう指示されます。
次に連れて行かれたのは、大麻の栽培を行っている場所でした。ここで彼女は決められた仕事をこなさなくてはいけないのですが、外部の者に場所を特定されないように、携帯電話のSIMカードを没収されてしまいます。
トリと話せなくなると知り、ロキタはパニックになりますが、男は取り合いません。
何日か経って、仲間の女性が食料を持って現れました。ロキタがトリと話したいと訴え、パニック発作を起こしたので女性は男に連絡を取り、ようやくトリと話をすることができました。
トリはベティムのもとでピザの配達をしていましたが、ベティムがロキタのところに行くと聞いて、自分の絵をロキタに届けてほしいと頼みます。
家に絵を取りに帰り、戻ってきたトリにベティムは車のキーを渡して車に入れておくよう命じました。
トリはベティムの車に絵を押し込みますが、鍵を締めずにキーを返し、再び戻ってきて車の中に潜り込みました。
ロキタのいる場所に着きベティムが車を降りて倉庫に入っていくのを見届けて、トリは車から抜け出し彼が再び出てくるのを待ちました。
ベティムが行ってしまうと、彼は倉庫の天井をはっているダクトをはずして中に入り、運良くロキタと会うことができました。
ベティムが戻ってくるという予想外のこともあり、慌てる場面もありましたが、2人はなんとか誤魔化します。
しかしその際、ベティムは偽造パスポートをたてに、ロキに服を脱ぐ写真を取らせろと強制して来ました。彼女はいやいやながらも受けざるを得ません。
私は汚いとつぶやくロキタに汚いのはあいつだとトリは言って慰めます。トリはロキタの携帯に自分のSIMカードを入れ、2人は通信できるようになりました。
トリは倉庫のある場所の近くまでバスに乗り、そこから歩いてたびたびロキタに会いに行きました。ベティムの“ブツ”に対して高いと文句を言っていた店の店主に、盗んだ大麻を売りつけるトリ。それで稼いだ金をトリは銀行にいた大人に頼み、ロキタの母親のもとに送金してもらいました。
ところがある日、倉庫に忍び込んだトリをべティムが待ち受けていました。SIMを見られてしまい、トリが来ていることがバレてしまったのです。
映画『トリとロキタ』解説と評価
ベルギーの巨匠、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟が今回描くのは、移民の子どもたちが直面している非情に困難な事態についてです。
アフリカの別々の国を出国し、ヨーロッパにたどりついたトリとロキタは、おそらく旅の途中で知り合ったのでしょう、本当の姉弟のような愛情を持ち、助け合って生きています。
ダルデンヌ兄弟は彼らが知り合った状況や、その後、偽の姉弟を名乗ることになったいきさつなどについて多くを語りません。
トリもロキタも頼るべき大人はひとりもおらずたったひとりで異国にやってきたこと、そんなひとりぼっち同士が、力をあわせて懸命に生きていることに焦点が当てられています。
ロキタはトリが真っ当に暮らしていけるためには自己犠牲も厭いませんし、トリもまた、幼いのに生きる知恵を身に着け聡明に立ち振舞い、ロキタを懸命にサポートします。2人が交わす愛情に溢れた振る舞いとその澄んだ優しい瞳が強く胸を打ちます。
トリはビザが認められますが、ロキタはなかなか認められません。面接は彼女にとって辛いものとなります。
ビザがおりなければ公に働けません。ロキタは故郷の母親に稼いだ分を送金するという義務を負っており、そのため、合法でない仕事をせざるを得ません。
麻薬のディーラーや悪質な密航斡旋人たちが、「No」とはいえないロキタたちの事情につけこんで、彼女たちを利用します。
まさに現代の奴隷制ともいえる現状が描かれているわけですが、それが幼い移民の目を通して描かれるため、よりいっそう彼らの苦悩が伝わってきます。
斡旋業者の車に短時間ながら幽閉されたり、人里離れた場所に閉じ込められたりというロキタの姿は、彼女を取り巻くがんじがらめになった環境を目に見えるものとして示しています。
別の人物の車ではありますが、そこにするりと潜り込んだり、また、工夫を凝らしてロキタが監禁されている場所へ潜入するなど、閉じられた空間に果敢に穴を開けて見せるトリ。彼がロキタにとってどれほど救いになっているのかが、こうした展開から強烈に伝わってきます。
彼女がSIMを取り上げられ、通信できないスマホの待受け画面のトリの写真を見てほっとする場面からもロキタのトリへの強い想いが伺われます。
そして、物語は唐突に終わりを告げますが、結果としてロキタはトリの命だけは守ったのです。そんな2人の愛に満ちた関係だけが本作の救いとなっています。
89分という上映時間に凝縮された物語に、ダルデンヌ兄弟の強い怒りが詰まっています。
まとめ
タルデンヌ兄弟は主役に演技経験のない2人を選び、若い生の息吹をみずみずしく伝えています。
序盤、ふたりがイタリアン料理店で歌を歌う場面があるのですが、ロキタを演じたジョエリー・ムブンドゥの清らかでよく通る声が素晴らしく、強く印象に残ります。
彼女たちはそのあと、シチリア島で教えもらったという歌をふたりで歌います。それは可愛らしい童謡のようなものなのですが、その歌詞はネズミが猫につかまり、猫が犬に噛まれ・・・といった弱肉強食の世界を歌ったものであり、彼らの境遇を思う時、非情に皮肉なものに聞こえます。
いつものダルデンヌ兄弟作品と同様、劇伴は使われていませんが、映画を見終えたあとも、この歌が頭の中をぐるぐる巡って離れません。