Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2020/04/24
Update

映画『その手に触れるまで』感想レビューと評価。ダルデンヌ兄弟が信仰に没頭した少年の過ちと成長を豊かに描く

  • Writer :
  • 山田あゆみ

ベルギーのダルデンヌ兄弟監督が手掛けるヒューマンドラマが日本に上陸

カンヌ国際映画祭で受賞を重ねてきたベルギーのダルデンヌ兄弟が、過激な宗教思想にのめりこみ教師を殺害しようと試みた少年の姿を描き、2019年の同映画祭で監督賞を受賞した人間ドラマ。

映画『その手に触れるまで』はヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて2020年6月12日(金)より公開。

主演は100名に及ぶ候補者の中から選ばれたイディル・ベン・アディ。初めてとは思えない演技は『イゴールの約束』のジェレミー・レニエの鮮烈なデビューを感じさせ、第10回ベルギ―・アカデミー賞で有望若手男優賞を受賞しました。

スポンサーリンク

映画『その手に触れるまで』の作品情報

(C)Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTB

【日本公開】
2020年(ベルギー・フランス合作映画)
 
【監督】
ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
 
【キャスト】
イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン

【作品概要】
監督は、兄のジャン=ピエール・ダルデンヌと、弟のリュック・ダルデンヌ兄弟。『イゴールの約束』(1996)がカンヌ国際映画祭の監督週間部門に出品され、全米映画批評家協会賞外国語映画賞を受賞したのをはじめ、その後の作品のほとんどがカンヌ映画祭の主要部門を受賞しています。

『ロゼッタ』(1999)でパルムドールを受賞、そして新人のエミリー・ドゥケンヌも主演女優賞受賞。『息子のまなざし』(2002)では主演俳優のオリヴィエ・グルメが男優賞受賞。『ある子供』(2005)で2度目のパルムドール受賞。『ロルナの祈り』(2008)で脚本賞、『少年と自転車』(2011)でグランプリ受賞。

映画史にその名を刻み続けている彼らは、本作でカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞し、8回目のコンペティション部門出品という快挙を成し遂げました。

映画『その手に触れるまで』のあらすじ


(C)Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTB

ベルギーで暮らす13歳の少年アメッドはどこにでもいる普通の男の子。毎日の生活の中で、過激な思想を持つ導師の影響を受け、次第にイスラム教への信仰に没頭していきます。

アメッドは、イスラム教の信仰心から、母親の言葉にも耳を貸さないようになっていきます。

礼拝を最優先する生活を送るアメッド。ある日アメッドの学校の教師が、アラビア語を歌で学ぶ授業を提案します。

それに対し、「アッラー(神)への冒涜だ」と批判した導師の言葉を聞いたアメッドは、ナイフを持って教師の部屋へ訪れます。

スポンサーリンク

映画『その手に触れるまで』の感想と評価


(C)Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTB

言葉を教えた教師

アメッドが襲い掛かった教師は、毎晩アメッドに読み書きと計算を教えに来てくれていた識字障害克服の恩人でした。

その教えの成果があり、アメッドは勉強が良くでき他の子に言葉を教えることも出来るようになります。そしてコ―ランを読むようになり、過激な思想にまで傾倒していくのです。

教師が与えた知識が、牙をむいて返って来たという皮肉な現実に、胸が詰まる思いになります。

素直な心が暴力へ


(C)Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTB

宗教を学ぶこと、ムスリム信者になることは決して悪ではありませんが、どんな宗教でも一部の極端な思想は、時に未熟なものの心を悪に染める可能性を孕んでいるということが見て取れます。

過激な導師の思想に従うようになってしまった経緯は、映画ではほぼ描かれていません。ですが、そのことを匂わせる要素がいくつかあります。

父のいない家庭、信者だった従兄の死。アメッドが家庭内で感じていた不安や寂しさを埋めたのが、導師の語る思想だったのではないでしょうか。

思春期の少年が現実に起こる変化に不安を感じるのは、世界中どこでもあることです。大切なのは、そのタイミングで心の支えを何に見出すかということ。日本にいる私たちにも、その重要性を感じさせる作品です。 

表情を変えないアメッドの変化


(C)Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTB

主人公アメッドは、ほぼずっと無表情です。勉強も礼拝も淡々と行い、ナイフを用意して教師の家に向かう時ですら緊張感は滲ませるものの表情をほとんど崩しません。

そんなアメッドが10代の少年ならではの無邪気な笑顔を見せたのは、農場の少女とのシーン。彼の頑なな心は、初めての恋に揺らぐのか。真面目で誠実なアメッドのその後の行動が物語を大きく左右します。

そしてアメッドが本当の痛みを知ったときに表情が崩れます。彼が現実にある事として命の重さを知ったとき、未来に見えるのは希望なのでしょうか、それとも…。

イスラム教の簡単なルール

●1日5回礼拝(お祈り)の時間がある。(シーア派の場合は1日3回)
●礼拝前にウドゥー(清浄)を行う。(両手や顔、口や鼻を水ですすぎ、足も洗う)
●豚や酒を口にしてはいけない。(イスラム教徒のやり方に則って屠殺されていなければ鶏や牛も不可)
●年に1ヶ月ほどラマダンと呼ばれる時期に断食を行う(日が出ている時間に飲み食いをしてはいけない)
●結婚は親が決めた者とする。イスラム教徒の男性が結婚する相手はイスラーム教徒かキリスト教でなければいけない。
●女性は異性が見て魅力的に見える部分を隠さなければいけない。(顔や体を布で覆っているのはこのため)

イスラム教徒は、血族ではなく、宣誓を立てれば原則誰であれ改宗することができるので全世界に存在します。その人口は世界の4分の1にも上るといわれています。
それだけ多くのイスラム教徒がいるので、国によってルールに多少違いがあるようです。

本作の舞台のモデルであるベルギーの西部に位置するブリュッセルのモレンベークは、イスラム教徒の人口が5~8割の街です。

そして、一部のイスラム過激派の拠点となっており、クリント・イーストウッド監督の『15時17分。パリ行き』(2018)や2015年の同時多発テロに関与したテロリストも、この地を利用したといわれています。

スポンサーリンク

まとめ


(C)Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTB

ダルデンヌ兄弟はドキュメンタリー映画製作でキャリアをスタートさせたこともあり、彼らの映画では音楽がほとんど使われておらず、回想シーンもないのが特徴です。

本作も同様、緊張感あふれるシーンでも、穏やかなシーンでも音楽はありません。

それでも登場人物の心の機微を感じさせるのは、役者の繊細な表情の変化やセリフを、日常から切り取ったような演出がリアリティに溢れているからといえるでしょう。

観終わったあと、ひとりの少年の人生の転機を見届けたような不思議な感覚を覚える稀有な映画です。

映画『その手に触れるまで』はヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて2020年6月12日(金)より公開。

関連記事

ヒューマンドラマ映画

映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』ネタバレあらすじと感想。実話を深く噛みしめる青春の物語

なぜ19歳の若者たちは国家を敵に回してしまったのか!? 1956年、冷戦下の東ドイツ。全ては、高校生たちのたった2分間の黙祷から始まった。   ベルリンの壁建設の5年前に旧東ドイツで起こった実話に基づ …

ヒューマンドラマ映画

映画『世界から希望が消えたなら』あらすじネタバレと感想。キャストが信じる奇跡を身近な出来事として見せる

心の力が健康に大きく影響する。 信じることで起こる奇跡の物語。 医師から余命宣告を受けた男が体験した奇跡を描いたヒューマンドラマ。 もし明日、あなたの命が終わるとしたら、今あなたに出来る事は何ですか? …

ヒューマンドラマ映画

映画『空母いぶき』感想評価と解説レビュー。豪華なキャストで“戦争と平和”を真正面から描く

2019年5月24日(金)に公開される映画『空母いぶき』 「空母」が存在する近未来の日本を舞台に、決して絵空事などではない危機を克明に描いた映画『空母いぶき』。 『ホワイトアウト』『沈まぬ太陽』など多 …

ヒューマンドラマ映画

韓国映画『ファイティン!』あらすじと感想。マ・ドンソク代表作と豪腕の魅力とは

映画『ファイティン!』は10月20日(土)より、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開! 韓国のみならず世界的な話題となったゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』で一躍注目されたマ・ …

ヒューマンドラマ映画

映画『アウトレイジ最終章』キャストとあらすじ!公開はいつから?

現在公開中の『ゴースト・イン・ザ・シェル』で公安9課の荒巻役を演じた北野武(ビート)。 「狐殺すのに兎をよこすな!」と強面を見せようとした荒巻だが、それよりよっぽど怖い北野武が見られるのが、「アウトレ …

U-NEXT
架空映画館 by ReallyLikeFilms Online
【Cinemarche】今週のおすすめ映画情報
凱里(かいり)ブルース|2020年6月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次ロードショー予定!
映画『異端の鳥』TOHOシネマズ シャンテほか近日公開予定
映画『朝が来る』TOHOシネマズ 日比谷ほか近日公開予定
ドラマ『そして、ユリコは一人になった』
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学
国内ドラマ情報サイトDRAMAP