愛は寛大でも親切でも謙虚でもない。愛は厄介。おぞましくて利己的。それに大胆。
Netflix映画『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』は、「ラブレターの代筆」という古典的な設定から始まる青春ストーリーですが、アメリカのリトルタウンに住む若者たちの心情を、文学や映画など様々な引用を交えながら描き、LGBT、人種差別などもテーマにすえ、新しい感性で描いた作品です。
2020年5月1日に配信が開始されるや、世界中で絶賛され、早くも2020年度のベスト作品という声もあがっています。
CONTENTS
映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』の作品情報
【配信】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
The Half of It
【監督・脚本】
アリス・ウー
【キャスト】
リーア・ルイス ダニエル・ディーマー アレクシス・レミール コリン・チョウ
【作品概要】
『素顔の私を見つめて…』(2005)で映画監督デビューを果たしたアリス・ウー監督が15年ぶりに制作した、Netflixオリジナルの青春映画。
アメリカの田舎町で暮らす中国系の女子高生エリーは同級生たちのリポートの代筆を引き受けていたが、ある日、アメフト部のポールからラブレターの代筆を依頼され……。
映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』あらすじとネタバレ
住民の大半を白人がしめるアメリカのある田舎街。
5歳の時に、中国からアメリカにやってきた女子高生エリー・チュウは、駅長として働く父の仕事を手伝い、学校では高校のクラスメートたちのレポートを代筆して家計を助けていました。
自転車で学校に通っている彼女は、毎日のように「Chugga-chugga-Chu-chu!」という差別的な言葉を投げつけられ、親しい友人もいませんでした。
父親は、工学の博士号を持っているインテリなのですが、英語力が拙いために、資格を生かせる仕事につけず、妻を病気で亡くしてからは半ば人生を諦めかけているように見えました。
エリーの先生は彼女の聡明さを理解してくれており、ワシントン州の大学への進学を薦めてくれますが、エリーは進学など到底無理だと考えていました。
ある日エリーは、高校の弱小アメフト部の部員であるポールから、アスターという女子生徒へのラブレターを代筆してくれと頼まれ驚きます。なぜならエリーもまたアスターに密かに惹かれていたからです。
しかし、電気代の支払いが遅れている家の事情を考慮して、エリーは1回だけというポールの依頼を受けることにしました。
アスターから返事が来たというポールの言葉に驚いて振り向いたエリー。思わず手紙に目を通すと、エリーの父親がテレビで観ていたヴィム・ヴェンダースの映画『ベルリン・天使の詩』の台詞を引用したのを、アスターに見抜かれてしまっていました。
スイッチのはいったエリーはその返信を書き、するとまたポールのもとにアスターから返信が届きました。
手紙を読んだエリーは美人で人気者で何一つ不自由なこともないように見えたアスターの心の内を垣間見ます。
何度か文通を重ね、ついに逢うことになったポールとアスター。しかし初めてのデートは話が噛み合わず散々な結果となってしまいました。
もう彼女とは終わりよとエリーが言い聞かせていた時、アスターから思いがけずメールが届きました。「昨日は変だったわね」と。
ポールとエリーは俄然やる気になり、アメフトの練習で忙しいからという理由をつけて、逢うのを先に伸ばし、その間、ふたりでアスターが好きなものにしぼって猛特訓を開始します。
ポールの家はタコス・ホットドッグ屋で、昔からのレシピをずっと守ってきたのだそうです。しかし、ポールはオリジナルの味を考えて、自分の店を持ちたいという夢を持っていました。
ポールとエリーはお互いの家庭の話や、プライベートな話を交わすようになり、2人の間には次第に友情が芽生えていきます。
ついにアスターと逢う日がやってきました。絶対振られるけれど、今までありがとうといって、店に入っていくポール。
エリーは車に乗って、店の窓越しから2人の様子を見ていましたが、あまりにも話が噛み合っていない様子に、思わずメールで助け舟を出します。
なんとかアスターを笑わせる事ができましたが、彼女が送ってきた言葉の返答に迷って、書いては消し、書いては消しをしていると、突然、「友だちなんかじゃいやだ!」というポールの声が外にいるエリーのところにまで聞こえてきました。
ポールはアスターに「好きだ」と告白していました。
その後ふたりのデートは順調に進み、あとでポールが報告してきたことによると、別れ際にキスもしたそうです。
デートは大成功だったので、あとは学内の発表会でエリーの演奏が成功することを祈る、とポールは言い、当日着る服を選んでくれました。
発表会当日。いつもエリーをからかっている男子生徒たちが、エリーに恥をかかせようと、オルガンの音がならないように細工していました。
そうとは知らずに壇上にあがるエリー。音がならないのがわかって固まっていると、ポールが合図を送りました。
エリーの後ろにはギターがあって、それを演奏しろと言うのです。彼はエリーがギターの弾き語りをしているのを以前見たことがあったのです。
エリーのギター演奏は他の生徒たちの心を捉えました。打ち上げのパーティーに誘われ、おそるおそる会場に入ったエリーにひとりの女子生徒が声をかけてきました。こんな経験は初めてです。彼女はエリーをゲームに誘いました。
エリーがお酒を飲みすぎていると判断したポールは自分の家に彼女を連れて帰りベッドに休ませました。そのままエリーは朝まで寝てしまい、目が覚めたと同時にアスターが訪ねてきたことに気が付きました。
ポールの家にエリーがいるのに驚いたアスターですが、エリーはポールがいかにアスターを大切に思っているかを告げ、なんとかその場をしのぎました。
アスターは旅行中に描いたという絵を見せ、一日時間があるから付き合ってほしいとエリーを誘うのでした。
アスターは車を運転し、エリーを秘密の場所に案内しました。そこは自然の中の小さな湖でした。アスターはさっと服を脱ぐと温泉に入っていきました。エリーはTシャツを着たままおそるおそる湯につかりました。
アスターにはトリッグというボーイフレンドがいて、周囲は彼と結婚するべきだと思っていました。そんな時、ポールが現れ、彼女は混乱しているようでした。ポールから初めて手紙が来た時、理解者が現れたと思ったそうです。
その頃、エリーの家にポールが訪ねてきて、エリーの父親と一緒に料理を作り始めました。エリーが家に戻ると、父親が「ポールの魯肉ソーセージうまいぞ」と迎えてくれました。
アスターと素敵な時間を過ごしたエリー。でも窓の向こうでポールとアスターがキスしているのが見えました。
いよいよポールのアメフトの試合日となりました。客席にいるアスターに手をふるポール。エリーが姿を見せると、エリーにも手をふるポール。
ポールはたまたま回ってきたボールを受け取ると独走してトライを決めました。チームにとって15年ぶりの得点に応援団は大騒ぎです。
毎日、毎日、エリーの自転車を追いかけていたので、いつの間にかポールは驚異的な走力が身についていたのでした。
試合後、以前ポールから聞いていたただで飲めるヤクルトを大量にエリーが抱えていると、ポールがやってきてエリーにいきなりキスをしました。
驚いてあとずさるエリー。「なんでキスしたの!?」と尋ねると「キスしたそうだった」と応えるポール。「したくないわよ!」と叫んだエリーはアスターがいるのに気が付きました。
アスターはすぐに走り去りました。動揺するエリーの姿を見て、ポールはエリーがアスターに恋していることに気づきます。
すっかり意気消沈しているエリーを見て、父は心配し、ポールが家に食材を持ってきた時、「2人は別れたのか?」と尋ねました。
「僕たちは最初から付き合ってなかったです」と応えるポール。そして「あなたはエリーのことが見えていない。彼女の可能性が」と気持ちをぶつけるのでした。
映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』の感想と評価
『シラノ・ド・ベルジュラック』の高校生版ともいうべき、ラブレターの代筆から物語が始まります。
主要登場人物となる、エリー、ポール、アスターという3人の若者が直面しているものを、映画は実に丁寧にすくい取っており、思わず3人に共鳴してしまいます。
リトルタウンに住む人々は、そう簡単にはその町を出ることはできません。この町が好きなのか、嫌いなのかという問題以前に、この町しか知らない彼女たちは、様々な理由でこの町にとどまらざるを得ず、自分の夢をかなえることよりも、町の習慣や、人間関係に合わせて生きることを望まれています。
アスターは、従来の学園ものなら「クィーン・ビー」と称せられる学園の女王タイプのキャラクターですが、彼女は非常に内省的です。
エリーが、父親がテレビで観ていたヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』の台詞をラブレターに引用したところ、アスターはすぐにその出典を見破っています。
彼女は、『日の名残り』などカズオ・イシグロの著書を好む読書家でもあります。
文学や映画に精通している彼女ですが、美しい外観をしているがために、周りからは典型的な田舎のクィーンであることを押し付けられています。
その生活にむなしさを感じながらも、この生活を続けていくことが、孤独にならない正しい人生の選択なのだろうと半ば信じてもいます。
こうして周りの期待に応える形で、自分が特別望んでいたわけではない人生を選択する人がこの世にはどれほど多いことでしょう? その点、ポールは母親を悲しませたくないからこの町に残るという選択を取りながら、自分自身の目標や夢を持っていて、それが何よりも彼の魅力となっています。
一方、この町には珍しい中国系ということで、学園では浮いてしまっているエリーは、小銭稼ぎのため、他の生徒のレポートを代筆しています。
その姿は若干、タイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち」でチュティモン・ジョンジャルーンスックジンが演じた苦学生の姿と重なります。
父は学歴もあるのに、英語が苦手なために、世間から認めてもらえず、人生に失望しています。言葉をうまく伝えられないという父の姿を見てきたからか、エリーの言葉や表現力は研ぎ澄まされています。
「重力は孤独の物質的反応」なんていう名言を生み出したりもしています。
この3人が複雑な関係で交流しながら、傷付き、傷付け合い、互いの道を模索していく姿が描かれ、一瞬たりとも目が離せません。
結局誰も恋を成就することなく、3人はバラバラの道を歩んでいきますが、3人共、自ら人生の選択をします。3人がすったもんだしなければそれらは決して見えてこなかった景色といっていいでしょう。
アリス・ウー監督は、時にシリアスに、時にユーモラスにエピソードを重ねながら、最後に彼女たちの素敵な笑顔を導き出し、清々しい余韻を残します。
本作には様々な引用が登場しますが、父がテレビで観ている映画もその一つです。ヴェンダースの他にも『カサブランカ』や、ハワード・ホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』、チャップリンの『街の灯』などが登場します。
また、「『フィラデルフィア物語』は寛容がテーマ」だという台詞や『ウオール街』のチャーリー・シーンの台詞「俺は何者だ?」という台詞についての言及もあり、豊かな映画的引用が味わえます。
まとめ
アリス・ウーは2004年に公開された『素顔の私を見つめて…』で映画監督デビュー。『素顔の私を見つめて…』は、日本では2006年に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭、関西クィア映画祭で上映されました。
そのアリス・ウー監督の15年ぶりの第2作が『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』です。
主演のエリーを務めたのは、アメリカの人気ドラマ『Nancy Drew(原題)』などに出演しているリーア・ルイス。
上海生まれの彼女ですが、生後8ヶ月の時に孤児院から養子に出され、フロリダ州ゴータで育ったそうです。そのため、中国語が話せず、アリス・ウーから中国語の特訓を受けたとか。
ポールを演じたダニエル・ディーマー、アスターを演じたアレクシス・レミールも今後の活躍が期待される魅力的な俳優です。
『シラノ・ド・ベルジュラック』の学園版ともいえるオーソドックスな青春ストーリーに見えて、従来の学園ものの枠をはみ出した新しさを備えた新感覚の青春映画として、注目される作品となっています。
LGBTや人種差別、リトルタウンの問題など社会的テーマに言及する一方、全体的には爽やかなドラマに仕上げられており、観終わった時、温かで豊かな気持ちになることでしょう。