原作ドナ・タートのベストセラー小説をいかにして映画『ザ・ゴールドフィンチ』としたのか
今回取り上げるのは今最も注目を集めると言っても過言ではない若手俳優アンセル・エルゴート。
そして、オークス・フェグリーらを、これまでも数々の名作を送り出してきたジョン・クローリー監督たち製作陣が集うヒューマンドラマ映画『ザ・ゴールドフィンチ』です。
ピューリッツァー賞を受賞したベストセラー小説がどのように映画として生まれ変わったのか、全編のあらすじと共にご紹介します。
映画『ゴールドフィンチ』の作品情報
【公開】
2019年 (アメリカ映画)
【原題】
The Goldfinch
【原作】
ドナ・タート
【監督】
ジョン・クローリー
【キャスト】
アンセル・エルゴート、オークス・フェグリー、アナイリン・バーナード、フィン・ウルフハード、サラ・ポールソン、ルーク・ウィルソン、ジェフリー・ライト、ニコール・キッドマン、アシュリー・カミングス、ウィラ・フィッツジェラルド、エイミー・ローレンス、デニス・オヘア、ボイド・ゲインズ、ピーター・ジェイコブソン、ルーク・クラインタンク、ロバート・ジョイ、ライアン・ファウスト
【作品概要】
原作は2013年に発表され、2014年ピューリッツァー賞を受賞し欧米圏でベストセラーとなったドナ・タートによる長編『ゴールドフィンチ』。
人気作の映画化にて監督を務めるのは『ブルックリン』(2015)でアカデミー賞3部門にノミネートされたアイルランド出身のジョン・クローリー。
脚本はこちらも名小説の映像化作品として成功を収め、各国の映画賞で脚色賞ノミネートを果たした『裏切りのサーカス』にてブリジット・オコナーと共に担当したピーター・ストローハン。
主人公、テオドールの青年時代を演じるのは『ベイビー・ドライバー』(2018)でおなじみアンセル・エルゴート。
孤児となったテオドールを迎える養母、サマンサ役には『めぐりあう時間たち』(2002)でアカデミー賞主演女優賞受賞、『アイズ・ワイド・シャット』(1999)『ムーラン・ルージュ』(2001)『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』(2016)、近年も『ある少年の告白』(2018)と出演した名作を数えれば上げきれない女優にコール・キッドマン。
テオドールの親友ボリス役には『ダンケルク』(2017)で英国兵を偽るフランス兵ギブソン役を演じたアナイリン・バーナード。
ボリスの少年時代に扮するのは「ストレンジャー・シングス 未知の世界」シリーズ、また『IT/それ”が見えたら、終わり。』(2017)でおしゃべりなリッチー役を好演したフィン・ヴォルフハルトです。
映画『ゴールドフィンチ』のあらすじとネタバレ
13歳の少年テオドール(テオ)・デッカーはメトロポリタン美術館で起こったテロ事件で母親を亡くしました。
父親も蒸発しているテオドールは学校の友人でアンディの両親、チャンス・バーバーとサマンサ・バーバーの夫妻に引きとられることになります。
プラット、キットシー、アンディという3人の子供の母親であり、心優しい女性サマンサはテオの所有物に入っていたある指輪を見つけました。
これは美術館の爆撃の時、死にかけている老人が謎めいたメッセージと共にテオに渡したものでした。
彼はこの指輪の由来を探るためホバート&ブラックウェルという店を訪れることに。店を経営する男性、ホビーことジェームズ・ホバートはパートナーのウェルシーことウェルトン・ブラックウェルをテオの母と同じくメトロポリタン美術館の爆撃で亡くしていたのです。
ウェルシーの姪っ子ピッパも爆撃の時に美術館におり、また彼女はテオが美術館で出会って密かに気になっていた相手でした。ホビーの計らいで二人は再会を果たします。
ピッパはテキサスで暮らす叔母のところへ旅立ってしまいますが、テオは彼女を訪問し続けます。
テオはバーバー家での生活にも慣れてゆき、アンディは両親が本当にテオを養子として迎え入れる準備をしていることを仄めかします。
しかしその前にテオの本当の父親、俳優だったが落ちぶれて今ではアルコール中毒のラリーがガールフレンドのサンドラと共に再び現れ、テオをラスベガスに連れて行くといきなり申し立てます。
動揺するテオ。彼は数少ない自分の持ち物の中からあるものを取り出しました。それは爆撃の時にこっそり美術館から持ち出したカレル・ファブリティウスの『ゴシキヒワ』という絵画でした。
それから8年後。成長したテオはニューヨークに戻りアンディの兄、プラットと再会しました。
プラットは彼の父チャンスが双極性障害を患っており、アンディは躁病期のチャンスとボートに乗っていた時に事故で死んだことを告げます。
テオはプラットの妹のキットシー、サマンサとも再会します。
街に戻ったテオはホビーが復元した偽物のアンティークの品々を販売し始めました。しかしアートディレクターのルシウスはテオが偽物を売っている気がつき非難します。
加えてルシウスはテオがあの“ゴシキヒワ”を所持していて、ショップの資金調達に使っているのではないかと訝しみます。
話は戻って8年前。ラスベガスに父ラリーに連れられやってきたテオにはたったひとり、友人ができます。彼の名前はボリス。
ボリスはウクライナ系移民で彼もまた母を亡くし、父はひどく暴力的な男でした。境遇のよく似た2人はすぐに仲良くなり、ボリスはテオにアルコールやドラッグを教えました。
そんな中アルコールとギャンブル中毒だったテオの父、ラリーが交通事故で死亡。サンドラが新しい里親に彼を預けるのを恐れてテオはニューヨークに戻ることを決め、ボリスも一緒に来るように頼みました。
数日後共に出発すると約束しましたが、結局ボリスが来ることは叶いませんでした。
映画『ゴールドフィンチ』の感想と評価
現在ハリウッドは、本やコミックなど原作が存在する映画、リメイク作品が大量に生産される時期となっています。
マーベル、DC作品やディズニー『ライオン・キング』『アラジン』『リトル・マーメイド』『ダンボ』の実写映像化、『ヘルボーイ』や『ペット・セメタリー』などの再映像化。
往年の作品や原作が存在するコンテンツは注目が集まり、ヒットを見込んで大きな予算で制作することを可能にするからです。
本作もドナ・タートの小説『ゴールドフィンチ』の映像化であり、人気俳優も集まっていることから話題を集めてきました。
情景や絵画を筆頭に芸術に関する描写が緻密に書き込まれた原作は800ページにも及ぶ長編小説。
文字のみがストーリーテリングとなる小説と異なり、言葉が無くともシンボルやモチーフ、音楽や風景とあらゆる方法で物語やキャラクターのことを語る事ができる映像という形態でどのように原作の魅力が表れているか。
映画だけにできる表現でどのように美しく、言葉を超えてメッセージが語られているかに注目したいところですが、皮肉なことに本作は物語の内容に反して“紛い物”でも“本物”でもない曖昧な作品になってしまっています。
『ゴールドフィンチ』は13歳の時に母を美術館の爆撃で亡くし、裕福な家庭で一時期過ごすも酒癖の悪い父親に引き取られ、現実逃避の手段に逃げて波乱の人生を送ることになる孤独な青年テオドールの物語。
その彼が美術館から盗み出した絵画が『ゴシキヒワ(The Goldfinch)』と呼ばれる作品。
これは17世紀前半のオランダの画家カレル・ファブリティウスによるものです。ファブリティウスは爆発事故に巻き込まれて夭折し、彼の作品は10点余りしか残されていません。
この『ゴシキヒワ』は穏やかで柔いトーンですがよく見れば小鳥は鎖に繋がれており、ファブリティウス自身の人生も含めて『ゴールドフィンチ』の物語を象徴する作品です。
家族の死やドラッグや犯罪、偽物のアンティーク販売等波乱の青年期を過ごすテオ。
小説ではテロで母を亡くしたトラウマ、『ゴシキヒワ』を盗み出した秘密を抱える重荷、逃げるように犯罪に手を染めていくまでの心理的な過程が一人称で濃密に語られています。
そんな彼に過去を思い出させたり、自我を問いかけたり、良心を呼び起こさせるきっかけを与えるのが『ゴシキヒワ』の絵画です。
しかし映画では彼のトラウマや周囲の悲劇的な出来事、ピッパへの切ない恋心などがダイアログの中で繰り返されるものの、「なぜその記憶がそこまでテオを締め付けるのか」という原因・理由をカバーしきれていないためテオの行動が終始不透明になっています。
第一のトラウマである“母親の死”も、母親がどのような人物で彼とどのような関係であったかなど触れられ、語られはしますが不十分なため、一連のテオの動機が何とも曖昧なのです。
度々登場する『ゴシキヒワ』の絵もその時のテオの心理を刺激するような役割を果たしているとは言い難い演出です。
テオの人生を象徴する行動として、壊れたアンティーク品をつなぎ合わせて修復するというプロットがあります。
しかしそれらは偽物で、ジェフリー・ライト演じるテオのメンター、ホビーは売ってはいけないと忠告をします。
映画には瀟洒なインテリアや装飾品、豪華なキャストもたくさん登場しますが画面上の彼らは冗長的な台詞によってつなぎ合わされているだけで個々の意味が宙ぶらりんの状態になってしまい、皮肉なことにテオが売ったアンティーク商品のごとく“紛い物”のようなあやふやな作品として完成されてしまっています。
原作の持つメッセージが映像によって昇華しきれなかった事が大変残念です。
『ゴシキヒワ』の鎖で繋がれた小鳥のように何とも鬱屈した平面的な映像が続きますが、しかしその中でも撮影監督の名匠ロジャー・ディーキンスが映した少年時代の映像は豊饒な自然に光の輝きが幻想的に切り取られていて素晴らしいもの。
少年時代のボリスを演じるフィン・ヴォルフハルトくんは『IT』のおしゃべりな少年リッチーとは真逆と言える影があるウクライナ系移民の非行少年を熱演、ロシア訛りの英語と繊細で刹那的な表情はニコール・キッドマン始めベテラン俳優たちの演技の中でもとびきり魅力的です。
まとめ
名製作陣と俳優陣が集いながらも小説の力を超えてメッセージを表現すること叶わなかった映画『ゴールドフィンチ』。
スティーヴン・キング原作の映画『シャイニング』(1980)や『ペット・セメタリー』(1989)と映像化に成功した作品は多々ありますが、本作は内容を汲みきれないままに冗長してしまった印象が拭いきれません。
本作に出演したアンセル・エルゴートやアナイリン・バーナード、フィン・ヴォルフハルト、若手イケメン俳優たちの次の活躍に期待を寄せたいところです。
映画『ゴールドフィンチ』日本公開は2020年に予定されています。