数々の栄誉に輝く傑作舞台を映画化。第93回アカデミー賞で脚色賞、主演男優賞の二冠に輝く!
映画『ファーザー』は、2012年パリで初演されて以来、ロンドン、ニューヨーク、日本など30カ国以上で上演され、フランス最高位の演劇賞をはじめ数々の賞を受賞した舞台の映画化作品です。
アンソニー・ホプキンスが認知症を患う父親を演じ、第93回アカデミー賞で『羊たちの沈黙』(1991)以来2度目の主演男優賞に輝き、大きな話題を呼びました。
『女王陛下のお気に入り』(2018)のオリヴィア・コールマンが老いていく父を気遣う娘を演じ、舞台のオリジナル戯曲を手掛けたフロリアン・ゼレールが初の長編映画監督に挑みました。
父と娘、ふたりのやり取りに激しく心揺さぶられながら、かつてないスリリングな映像が体験できるヒューマンドラマです。
映画『ファーザー』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(イギリス、フランス合作映画)
【原題】
The Father
【原作・監督・脚本】
フロリアン・ゼレール
【共同脚本】
クリストファー・ハンプトン
【キャスト】
アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、ルーファス・シーウェル、オリヴィア・ウイリアムズ
【作品概要】
2012年パリでの初演以来、ロンドン、ニューヨークなど30カ国以上で上映された人気舞台を映画化。監督を務めたのは、舞台のオリジナル戯曲を手掛けたフロリアン・ゼレール。本作で長編劇映画監督デビューを果たしました。
第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネートされホプキンスの主演男優賞のほか、脚色賞を受賞。その他にもトロント国際映画祭、サン・セバスティアン国際映画祭、ボストン映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞など世界各国の映画祭、映画賞で高い評価を受けました。
映画『ファーザー』あらすじとネタバレ
アンは、ロンドンのフラットで一人暮らしをしている父アンソニーの元へと向かっていました。父の面倒をみてくれていた介護人から世話するのを辞退したいという連絡を受けたからです。
81歳になる父は、認知症の症状が出始めていましたが、本人はまったく自覚しておらず、誰の世話もいらないと介護人を拒否していました。
「ひどいことを言ったんでしょ?」と尋ねるアンに対して父は悪びれた様子もなく、介護人は盗難の癖があると言い放ちます。しかし、盗まれたと父が訴えた時計は、すぐに家の中で発見されました。
アンにも自身の生活があり、父の面倒をずっと看るわけにはいかないため、どうしても介護人が必要でした。アンは新たな介護人を探し始めます。
ある日、アンソニーがキッチンで紅茶を入れているとリビングに見知らぬ男が立っていました。彼はアンの夫ポールだと名乗りました。
アンソニーは帰ってきたアンにそのことを話すと、アンはポールとは5年前に離婚したじゃないと言い、ここには誰もいないわよと応えました。
新しい介護人のローラが、父に挨拶にやってきました。父は珍しくご機嫌で、彼女に酒を振る舞い、彼女を笑わせます。しかし、笑いが止まらないローラに一転、辛辣な言葉をぶつけ、ローラを戸惑わせます。
アンが席をはずすと、アンソニーはローラに自身のフラットの自慢をし、アンが夫と共にここに移り住んで来て、この家を自分たちのものにしようと狙っているのだと話します。
夜になり、自室を出て廊下を歩いていたアンソニーは、漏れ聞こえるアンと夫の会話を聞いてしまいます。夫はアンソニーを「わざとやっているのか」と激しくなじり、病気なのだから、施設に入れるべきだと主張していました。
父がいることに気がついたアンは、「どうしてそこにいるの!?」と叫び、父に食事をしようと語りかけます。何事もなかったかのように食事する3人。
アンソニーが席を離れると、再び、アンと夫の会話が聞こえてきました。さっきと逐一同じ言葉です。アンソニーが戸口に立っているのに気がついたアンは驚き、笑顔を作って、父を呼びますが、アンソニーは部屋へと戻っていきました。
翌朝、介護人のローラがやってきた時、アンソニーはまだパジャマ姿でした。彼は家の雰囲気がいつもと違うと苛立っていました。
薬を飲むようせかすローラに対して、アンソニーは「私をバカにしているのか」と怒鳴りつけ、ローラはそんなつもりではありませんでしたと謝罪します。
アンソニーは機嫌を直し、ローラがアンの妹ルーシーに似ていると告げます。ローラは「お聞きしています」とつらそうな顔をし、「交通事故に合われたとか」と言いました。アンソニーはなんでそんなことを言うのかと驚き、否定します。
ローラは驚いたようでしたが、すぐに服を着替えましょうとアンソニーに話しかけました。
パジャマ姿のままのアンソニーの前にはアンがいました。朝だとばかり思っていたら、もう夜になっていました。アンソニーは戸惑い、そんな父の姿にアンは胸を痛めます。
そんなある日、アンソニーがキッチンに行くと、アンの夫がそこにいて、アンソニーに詰め寄ってきました。このフラットは自分とアンのフラットで、ひとりにはしておけないと心配したアンがあなたを連れてきたのだと夫は言います。
「優しい娘を持って幸せですね」と皮肉めいた口調で話しながら、彼はアンソニーの頬を平手打ちしました。「いつまで私たちをイラつかせる気ですか」と、もう一度頬をきつく叩かれ、アンソニーは愕然と立ち尽くします。
映画『ファーザー』感想と評価
誇り高く気難しい父が、老いて認知症を患い、娘は介護の問題に直面し思い悩んでいるという光景から映画は始まります。
記憶を失いつつある老いた父とその娘の葛藤と絆を描く作品かと思って観ていると、どうも不穏な気配が漂っていることに気が付きます。
冒頭から、ビゼーのアリア「耳に残るは君の歌声」が響き渡り、その後もこの曲は映画の随所に流れるのですが、それはアンソニー・ホプキンスが演じている父親アンソニーが自室で鑑賞しているCDの音でもあります。しかし中盤、そのCDは不具合を発生し、同じフレーズを繰り返します。
またアンソニーは、介護人に盗癖というあらぬ疑いをかけますが、彼が大切にしている腕時計の所在は常に不安定で、彼はしばしばそれを探さなくてはなりません。
こうしたさりげないディテールを発端に、不可解なエピソードが巧みに盛り込まれることで、謎に満ちた不穏さがいつしか画面を覆っていきます。
そもそも、このフラットは誰の家なのか。アンソニーは娘夫婦が自分の家を盗ろうとしているのだと語り、一方、娘婿は、自分たちの家に住まわせてやっているのだと語ります。
どこでいつ変化したのか、あるいはしていないのか。フロリアン・ゼレール監督は、同じフラットを使って全てを撮影し、絵画や家具の配置を巧みに変化させながら、同じ舞台が、まったく違って見えてくる空間を生み出しました。
不可思議なのは空間だけではありません。時間も歪み曖昧になっていきます。過去と現在が入り混じり、記憶の断片が飛び交い、思い出したくない記憶は封印されています。そう、その光景はまさにアンソニー自身の頭の中の世界なのです。
本作は「認知症を患った人に世界はどのように見えているのか」ということを、一種のミステリー的なアプローチによって描いた作品なのです。それによって観る者は「認知症」を追体験することとなります。
その中に描かれる記憶の断片から、父と娘の愛情と葛藤が垣間見え、身につまされたり、時にほろりとさせられもします。アンソニー・ホプキンスとオリヴィア・コールマンの旨さがそうした感情を際立たせています。
また、介護を受ける者が介護人に放つ言葉の暴力の問題は、この父親が気難しい性格であるということだけではすまされないものを感じさせますし、家族からの身体的暴力も描かれます。介護の現場での諸問題に関しても、映画は鋭く言及しています。
ラスト、誇り高く知性に溢れた存在であった父親は、まっすぐに伸ばしていた背筋を曲げ、小さくなって子どもへと帰っていきます。人間の老いゆく姿をまざまざと見せられる、非常にショッキングな作品といえるかもしれません。
まとめ
本作はパリでの成功を皮切に、ロンドンのウェストエンド、ニューヨークのブロードウェイなど30カ国以上で上演され、日本でも橋爪功が主役を務めて絶賛された舞台の映画化作品です。
この舞台のオリジナル戯曲を手掛け、フランス最高位の演劇賞を受賞したフロリアン・ゼレールが、長編映画初監督に挑みました。
アンソニー・ホプキンスを主役に迎えたことで、ゼレール監督は、舞台をパリからロンドンに移し、主人公の名前と生年月日を同じにするという変更を施しています。
アンソニー・ホプキンスは残酷なまでの老いの過程を演じ、第93回アカデミー賞で『羊たちの沈黙』以来2度目の主演男優賞に輝きました。
娘のアンに扮したオリヴィア・コールマンは表情のひとつひとつで、過去から現在までの父と娘の関わりを想像させ、父に対する穏やかで優しさに満ちた口調が、映画に暖かな空気を吹き込みました。
父親の主観が主体となっている作品の中で、時折、アン視点で描かれる場面があり、観る者をより深く物語へと誘っています。