『タクシードライバー』脚本家ポール・シュレイダーが
ギャンブラーの復讐と贖罪の行方を描いたサスペンス!
『タクシードライバー』(1976)の脚本家にして、『魂のゆくえ』(2018)などの監督作品で知られるポール・シュレイダーが手がけた映画『カード・カウンター』。
孤独なギャンブラーとして生きる主人公をオスカー・アイザックが務め、贖罪と復讐心に揺れる男を寡黙かつ繊細に演じています。
元上等兵のウィリアム・テルは、とある理由から罪に問われて10年間刑に服し、出所後はギャンブラーとして生計を立てていました。
目立たぬよう生きてきたウィリアムのもとに、一人の青年が声をかけてきます。青年の心は復讐心に満ち、彼が自分の仲間になってくれると思い近づいてきたのです……。
映画『カード・カウンター』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ、イギリス、中国、スウェーデン合作映画)
【原題】
The Card Counter
【監督・脚本】
ポール・シュレイダー
【キャスト】
オスカー・アイザック、ティファニー・ハディッシュ、ダイ・シュリダン、ウィレム・デフォー
【作品概要】
『タクシードライバー』(1976)の脚本、『魂のゆくえ』(2018)の監督で知られるポール・シュレイダーが描く、孤独なギャンブラーの復讐と贖罪の行方を描いたサスペンス。
『タクシードライバー』を監督した名匠マーティン・スコセッシが製作総指揮を手がけた本作は、第78回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に選出されました。
映画『カード・カウンター』あらすじとネタバレ
カジノを回り生計を立てているギャンブラー、ウィルアム・テル。
アメリカの軍刑務所で10年間服役し、刑務所内で「カード・カウンティング」と呼ばれるカードゲームの勝率を上げる裏技を独学で学んだ彼のモットーは、「小さく賭けて小さく勝つ」というものでした。
ある日、ウィリアムはギャンブル・ブローカーのラ・リンダと出会い、大金が稼げるというポーカーの世界大会への参加を持ちかけられます。しかし、ウィリアムは目立たないのが信条だと伝え、誘いを断ります。
その直後、ウィリアムは二人の男と遭遇します。一人は、軍隊時代の上司でウィリアムに“消えない罪”を背負わせた男ジョン・ゴード。もう一人は、ウィリアムにゴードへの復讐を持ちかける若者カークでした。
カークの父は、かつてウィリアムと同じアブグレイブ捕虜収容所の特殊任務についていました。そこでは捕虜に対し、精神的にも肉体的にも凄まじい傷を与える拷問が行われていました。
ウィリアムもカークの父も上からの命令に従い、拷問に加担し、捕虜たちを嬲り続けました。そして捕虜虐待の事実が公になった際に、写真に顔が映っていたウィリアムは逮捕され、10年の刑を受けることとなったのです。
カークの父も同様に裁かれたのちに出所しましたが、自らが犯した罪によるトラウマにより家族に暴力を振るうようになったことで家庭は崩壊。数年後に自死したといいます。
カークはゴードに復讐しようとしていました。一連の拷問はすべてゴードの命令によるものだったのですが、彼は何の罪にも問われることなく、のうのうと生きていたためです。
そんなカークの様子を見て、ウィリアムはラ・リンダに連絡をとります。彼はポーカーの大会に参加すると伝え、カークには自身の相棒となるよう持ちかけます。
カジノからカジノへと渡り歩く生活。ウィリアムは勝ち続けますが、彼には目的がありました。
カークは大学を中途で辞めていましたが、奨学金の借金がかなりまだ残っていました。ウィリアムはその分を返済させ、大学に復帰させることで彼は立ち直れるだろうと考えたのです。
自分は何もせず、ひたすら時間を潰すだけの単調な日々にカークは退屈しているようでしたが、ある日ウィリアムにグーグルマップで調べたとある家の写真を見せます。それはゴードが暮らす屋敷でした。
映画『カード・カウンター』解説と評価
『カード・カウンター』というタイトルやポスターなどのビジュアルからは、誰もが本作を「ギャンブル映画」と連想するはずですが、ギャンブラーとしての主人公ウィリアム・テル(オスカー・アイザック)は実に地味な人物です。
彼はカジノに目をつけられない程度の儲けでゲームを打ち切り、「常に目立たないように」と気を配っています。ラ・リンダ(ティファニー・ハディッシュ)は彼の才能を素早く見抜きますが、なぜその才能をもっと勝負にいかさないのかと訝しんでいます。
ウィリアムの暮らしは、ある種の苦行のようです。目立たぬことだけをモットーにカジノからカジノへと渡り歩き、ひたすらにカードを数え続けているのです。
そんな中、突如画面は地下迷路のような場所に代わり、カメラはその空間を激しく動き回ります。汚物にまみれた裸の人々が、アメリカ兵に拷問を受けている光景が展開するのです。
ウィリアムはイラクのアブグレイブ刑務所で、上官命令のもと捕虜を拷問したことで有罪になり、10年近く刑務所に収監されていたという過去が明らかになります。
そんな彼に接近してきたのが、同じくアブグレイブで裁かれた憲兵の息子カーク(タイ・シェリダン)です。彼の父親は出所後、家族に暴力をふるい続けた上に自死したといいます。
アブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件そのものは、イラク戦争において発覚した「大規模で悪質な虐待事件」として世間を騒がせた、実際に起こった事件です。遊び感覚で捕虜を拷問するアメリカ兵の写真が流出し、そこに映っていた兵士が逮捕され、収監されたのです。
しかし虐待・拷問を命じた幹部兵士は刑を逃れ、アメリカの国家犯罪にあたる事件であるにも関わらず、政治家は誰も責任を取りませんでした。
カークの父と同じく、服役を終えてもウィリアム・テルの中にある罪の意識は消えず、彼は贖罪の意識と、命令を下したにも関わらず罪から逃れ、のうのうと暮らしている当時の上官に対する復讐心との間で揺れ続けてきたのです。
「父の仇討ち」という復讐心に駆られるカークを見て、ウィリアムは彼を救い立ち直らせようと考えます。「年上の男が若い男を手ほどきし、立派な男に育てようとする」という物語はアメリカ映画の伝統として度々見られるものですが、本作はその伝統というよりも「若者を救うことで自身も救われたい」というウィリアムの強い願望が感じられます。
しかし、その際に彼がとった方法は、尋常なものではありません。普通のやり方では効き目がないと判断したのかもしれませんが、そもそも彼は何故、日常的に拷問用の道具を持ち歩いていたのか。他にも、彼がモーテルの部屋を移るたびに、白いシーツですべての家具をくるんでしまうのも謎に包まれています。
もしもウィリアムが、言葉や別の行動を丁寧に重ねてカークを説得していれば……とは思うものの、最早そのような常識が通じないところに彼らの心は置かれてしまっているのです。
ウィリアム・テルという男は、ポール・シュレイダーが脚本を担当した『タクシードライバー』の主人公トラヴィス・ビックル(ロバート・デニーロ)や、シュレイダーの2017年の監督作『魂のゆくえ』のトラー牧師(イーサン・ホーク)の系譜に連なる人物といえます。
彼らはこの世の理不尽さと、社会に蔓延する矛盾の中で精神的に大きな傷を負った男たちなのです。もしかするとカードを数え続けることは、ウィリアムにとって、暴力を自制するための行為であったのかもしれません。一人の男の深い苦悩が鮮烈に描かれています。
まとめ
本作は「ベトナム戦争帰りの元海兵隊員」を自称する男トラヴィスを描いた『タクシードライバー』、息子を戦場で亡くした元・従軍牧師トラーを描いた『魂のゆくえ』のように、「“アメリカの戦争”が生んだ映画」と称した方が適切かもしれません。
本作に一貫して流れているのは、ポール・シュレイダーによる痛烈なアメリカ批判なのです。
また作中では、ウィリアムがカジノを訪れるたびに遭遇する人物がいます。星条旗を身に着けた「ミスターU.S.A.」と呼ばれる男です。腕がいいのは確かですが、品がなく、必ず取り巻きがいて「U.S.A.!U.S.A.!」と場所を選ばず連呼して騒ぎ立てています。
ポール・シュレイダーは「ミスターU.S.A.」という存在をアメリカの象徴とみなし、醜いものとして描いているのです。