鉄道運転士が乗り越えなければならない大きな障害とは?
定年間近の鉄道運転士イリヤは、これまで28人をひき殺した不名誉な記録の持ち主。
自分と同じ道を選んだ養子のシーマは、鉄道運転士が乗り越えなければならない障害に悩まされていました。息子を助けるために、イリヤはある行動にでます。
ブラックユーモアたっぷりのセルビア映画『鉄道運転士の花束』を紹介します。
映画『鉄道運転士の花束』の作品情報
【日本公開】
2019年(セルビア・クロアチア合作)
【監督】
ミロシュ・ラドビッチ
【キャスト】
ラザル・リストフスキー、ペータル・コラッチ、ミリャナ・カラノビッチ、ヤスナ・ジュリチッチ、ムラデン・ネレビッチ、ニーナ・ヤンコビッチ、ダニカ・リトフスキー
【作品概要】
各国の映画祭で、作品賞や監督賞にとどまらず、いくつもの観客賞や映画館賞を受賞している映画『鉄道運転士の花束』。
バルカン(旧ユーゴスラビア地)の大スター、ラザル・リストフスキーが自ら製作、主演を果たし、こちらも同地域を代表する女優、ミリャナ・カラノヴィッチと共演しています。
監督、脚本は、カンヌ国際映画祭短編部門で審査員賞受賞経験を持つ、ミロシュ・ラドビッチ監督です。
映画『鉄道運転士の花束』のあらすじとネタバレ
雄大な自然の中を走る赤い電気機関車。運転席には、頬杖をつく背広を着た紳士と、犬が一匹。
線路の前方にはロマの楽団を乗せたワゴン車が立ち往生しています。列車はそのまま突き進み、衝突してしまいます。砕け散る車、宙を舞う人間。6人の楽団員が亡くなりました。
運転士のイリヤは、これまで28名の殺人記録を残し、引退間近となった鉄道運転士です。
仕事仲間も皆、「俺たちに罪はない」そう思いながら、殺人記録を更新して一人前の鉄道運転士へと成長してきました。
イリヤは、花束を6個抱え、殺した楽団員の墓参りに訪れます。悲しむ家族の前を平然と「鉄道運転士です」と挨拶をし、花束を手向けていくイリヤに、遺族は激怒し追い返します。
感情を失くしたように、いつも不機嫌なイリヤにも、心の痛みを感じた時寄り添ってくれる友人がいました。心理カウンセラーのヤゴダです。
彼女とは限りなく愛情に近い友情関係で結ばれていました。その日もまた彼女の所を訪れ、しばし癒されるイリヤ。30年間泣かずにため込んできました。
その頃、10歳のシーマは、児童養護施設を抜け出していました。両親は飛行機事故で亡くなったと聞いていたシーマでしたが、実は段ボールに入れられ捨てられていたという事実を知りショックを受けます。
失意の中、線路の上をぶらぶらと歩き続けるシーマ。そこに、イリヤが運転する列車がやって来ます。
「どけ!ガキ」。イリヤはめずらしく列車を止めます。「何のつもりだ」。「死のうと思って」。
自殺志願の10歳の男の子を家に連れて帰るイリヤ。イリヤの家は使わなくなった列車を改造したもので、車庫のような場所に他の運転士仲間も同様に住んでいました。
施設には戻りたくないと言うシーマを、仲間の家族たちは優しく迎い入れます。こうして、イリヤとシーマの奇妙な暮らしが始まりました。
シーマは成長し、今日は鉄道学校の卒業式の日です。シーマは鉄道運転士を目指していました。
しかし、イリヤは「俺が生きているうちは絶対ダメだ」と大反対。卒業したシーマを電車整備士にと、別の町に住む知り合いに預けます。
イリヤがシーマを鉄道運転士にしたくない理由は、過去の辛い経験からでした。鉄道運転士は、人を殺す仕事です。イリヤの最愛の人も列車事故で亡くなっていました。
列車の整備と洗浄の日々に、くじけそうになるシーマ。そんな時、運転士のリューバ伯父さんの誘いで、列車の運転を試させてもらうことになりました。
喜んで試し運転をするシーマに運転をまかせ、リューバ伯父さんは運転席を離れます。加速するスピード、前方の信号は赤信号です。踏切にはトラックが止まっています。焦るあまり、ブレーキも効きません。
パニックのシーマは、イリヤに電話をかけます。イリアの慌てるなという声も空しく、シーマは運転席から外へと飛び出します。
幸いシーマの怪我は軽く、命に別状はありませんでした。イリヤはシーマを激怒し、誘ったリューバ伯父さんまで殴りつけます。イリヤはシーマを本当の息子のように思っていました。
「奴は強くならなきゃならん」。イリヤはシーマを自分の手で、立派な鉄道運転士に育て上げることを決意します。
映画『鉄道運転士の花束』の感想と評価
これまで28名をひき殺してきた鉄道運転士イリヤ。彼は「僕に罪はない」と、死を割り切る人並外れた感覚の持ち主です。
踏切に止まる車に突っ込む時のイリヤの表情や、不気味なジョーク、ブラックユーモアあふれるセリフに最初は戸惑います。
しかし、そんな彼が大事な人にだけ見せる人間的な一面が、妙に心に染みるのです。
故意にではないけれど、人を殺してきたイリヤは、家族も作らず孤独な暮らしをしていました。
そんなイリヤが、シーマの命を救ったことで、「自分と同じ思いをさせたくない」と息子を心配する父親の気持ちを見せます。
最後は自分の命を投げ出してまで、シーマを立派な鉄道運転士に育て上げようとします。
また、シーマの存在はイリヤの閉ざしていた心を柔らかく開いていきます。気難しいイリヤが不器用ながらも父親として愛情を注いでいく姿に心が和みます。
そして、愛する人を失って心を閉ざしていたイリヤが、自分を理解してくれるヤゴダの気持ちに向き合うようになります。
イリヤは、多くの「死」に直面してきたにも関わらず、愛する人の死だけは乗り越えられずにいました。幻覚を見るイリヤの姿は、ひどく物悲しく映ります。
イリヤは「死」に慣れたのではなく、慣れざる得なかったのだと感じます。
まとめ
鉄道運転士を取り巻く仕事仲間や友人、そして家族。「死」が付きまとう人生をブラックユーモアたっぷりに描いた映画『鉄道運転士の花束』を紹介しました。
線路は幸せを運んでくる、ごくたまに。
抱える多くの悲しみを花束に変えて、ほんの少しの奇跡を信じ、人生を前に進もう。きっとその先には、幸せを乗せた列車が待っていることでしょう。