今回ご紹介する『タレンタイム〜優しい歌』は、稀にみる優しさと美しさを兼ねそなえた作品。
派手なハリウッド映画に疲れている映画通のあなたに、自信を持ってお薦めできる作品です。
2009年に他界されたヤスミン・アフマド監督の遺作『タレンタイム』と、彼女の過去作も一緒に注目してみましょう!
CONTENTS
1.映画『タレンタイム〜優しい歌』の作品情報
【公開】
2014年(マレーシア映画)
【脚本・監督】
ヤスミン・アフマド
【キャスト】
パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール、モハマド・シャフィー・ナスウィップ、ハワード・ホン・カーホウ
【作品概要】
2009年に他界したマレーシアのヤスミン・アフマド監督の長編映画としては遺作となった作品で、原題も『Talentime』となっています。
2.ヤスミン・アハマド監督のプロフィール
2006年に東京国際映画祭で来日した、嬉しそうなヤスミン監督!
ヤスミン・アハマド(Yasmin Ahmad)は1958年7月1日に生まれ。
残念ながら2009年7月25日に惜しまれつつも他界したマレーシアの女流映画監督。
2003年に初めての長編第1作『ラブン』を監督デビュー。2005年に『細い目』が東京国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。
2006年に自身の祖国であるマレーシア映画祭にて『グブラ』が最優秀作品賞と最優秀脚本賞と最優秀女優賞を受賞の快挙。
2007年に『ムクシン』が世界三大映画祭のひとつ、ベルリン国際映画祭に出品。
2008年に『ムアラフ 改心』が東京国際映画祭「アジアの風」部門で上映。しかし、2009年に脳出血により若すぎる人生の幕を下ろします。
同年に今回ご紹介した彼女の遺作『タレンタイム』は、東京国際映画祭で上映されファンから熱いまなざしを浴びたそうです。同作は2017年3月に日本初公開)
3.映画『タレンタイム〜優しい歌』のあらすじとネタバレ
マレーシアにある高校。第7回を迎える音楽コンクール「タレンタイム」の開催に向けて、校長は優れた音楽の才能がある生徒を見つけるためのオーディションを繰り返します。
歌や楽器演奏、また、ダンスといったパフォーマンスなど、生徒は思い思いに校長をはじめとする先生たちに披露。
とはいえ、音楽の才能がある生徒はなかなかいないようです。
それでも校内で優等生で学力も1番のカーホウは安定感のある二胡の素晴らしい演奏を見せます。
また、少し大人びた女子生徒ムルーは素晴らしい歌声とピアノの弾き語り、校長は本当に生徒なのかと保護者と見間違えるほど魅了させます。
転入生のハフィズも優等生らしいオリジナルソングでオーディションに挑むと、音程が少し外れてるという先生の意見もあったが、校長は自作自演であることを何よりも高く評しました。
メンバーが次々に決まる中、「タレンタイム」に出場するメンバーの送り迎えも、生徒たちで行うことを校長は提案します。
その送り迎えする生徒の1人にバイクで通学するマヘシュも選ばれました。
その後、マヘシュはムルーの自宅に向かい、彼女に「タレンタイム」の出場のオーディション合格通知を届けます。もちろん結果は見事に合格。
ムルーは内緒にしていた家族に、父親と母親の恋する歌を唄ったと喜びを分かち合います。
4.映画『タレンタイム〜優しい歌』の感想と評価
この作品の冒頭のショットは広めの教室で旋回する扇風機と蛍光灯の明かりが着いていくショット。
その後、音楽の調べに乗せて学校の中庭の木々や窓や校舎の廊下と続いていきます。何気ないような光景ですが、この時点でこの映画は品と風格を持った映画であると思うのではないでしょうか。
何気ないショットでも風や光を映し出す作品に駄作はありません。
やがて、教師の見回りをする中で生徒たちがテストを行なっている重要なシーンに入ります。
ここで注目していただきたいのは、物語的には優等生カーホウが、転入生ハフィズの答案用紙に向かう姿勢がサイコロ振って答えを書いているのを見つけることです。
しかし、もっと重要なのはカーホウの横の席で寝ている男子生徒です。彼はこの映画で、人と人を繋ぎ合わせる重要な使命を持った役柄として配置されています。
もう少し分かり易く言うなら、この時点でテストもやらずに寝いる彼が教師に起こされる時点で、感の良い映画通はチャリー・チャップリンのような存在だと気付かれる方もいらしたのではないですか。
今回は『タレンタイム』の深掘りは「1.チャップリン映画との類似性」と「2.天使の存在」について考察してみましょう。
4-1.深掘り「チャップリン映画との類似性」
ご存知!世界の喜劇王チャーリー・チャップリン
何と言っても映画史の中で、作品の冒頭シーンで目覚めるキャラクター像を定着させたのは、チャップリンのお得意の描写です。
参考作品:『犬の生活(A Dog’s Life)』(1918)
チャップリン映画の名作で、1918年の『犬の生活』を例に挙げましたが、この他にも『モダン・タイムス』や初期の短編など、チャップリンが登場するショットが起床するものはいくらでも見つけることができます。
『タレンタイム』の冒頭で寝ていた男子生徒がチャップリン的な存在とは言いすぎだろうと、思う方もいるかもしれません。
しかし、あの少年は間違いなく、ヤスミン監督が敬愛するチャーリー・チャップリン的な存在なのです。
「タレンタイム」のオーディションシーンでの自らのダンスシーンだけでなく、彼はその後も、他人の物真似をしながら幾度となく登場します。
そしてラスト・シーンでは本当は1番惹かれ合う存在であるだろうカーホウとハフィズを「親友」として結びつけます。
冒頭に「寝て始まり」、誰かの後方で「物真似」して、「人と人を影で結びつける存在」。
これだけでもチャリー・チャップリンであると理由付けられると思います。
ヤスミン監督は、『タレンタイム』について、「人生には、とても楽しい瞬間のそばにいつも悲劇が隣り合っているという私の考え方が『街の灯』に通じている」と述べています。
参考作品:『街の灯(City Lights)』(1931)
このヤスミン監督の述べたことに近いニュアンスをチャップリンの名言に見つけることもできますね。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。」
(Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.)
『タレンタイム』の中には、マヘシュの耳が不自由でありながら歌を唄う女性に恋するなど、当然ですがチャップリンの名作『街の灯』との類似性です。
ヤスミン監督は巧みに悲しみと笑い、苦しみと幸せなどんモチーフを使い、他にもいくつかリスペクトを見つけることが可能です、あなたの目でお確かめくださいね。
4-2.深掘り「天使の存在」
この絵画の作者は、19世紀フランスの画家のアレクサンドル・カバネル (1823〜1889)。
1868年代に発表された代表作「ヴィーナスの誕生」です。
『タレンタイム』の物語の中で、午後の公園のベンチで腰をかけたマヘシュとムルーの前に、突如!あまりに唐突に赤ちゃんが登場するショットに驚かれた方も多いのではないでしょうか。
あれは“天使”のメタファーに、まずは間違いないでしょう。
マヘシュは「ずっと僕のそばにいてくれる?」とムルーに尋ねた後、ムルーは手話が分からずに「何?」と告げ、前を向き直ると「あの子たち どこから?」というショットです。
8人の天使たち。そしてそのことはマヘシュにとってはムルーがヴィーナスであることも示しています。
ムルーの歌う曲の歌詞に「エンジェル」という言葉もありましたね。この作品が愛と天使に満ちていることに鑑賞中に気がついた方も多いのではないでしょう。
他にもハフィズの闘病する母親を車椅子に乗った男性が見守っています。彼は医者たちには見えない存在だとハフィズの母親に語っているように、きっと天使なのだと思います。
また、彼の持っていた苺がたくさん盛り付けられたボウルから、ハフィズの母親がその実を口にすると現世から他界していく姿を想像させていました。
その後に続くハフィズが学校を歩いているショットでは、彼の後方に母親の着ていた同色のグリーンを着た女性が去って行くのも見受けられました。
体型はまったく異なりましたが、母親との別れのショットとして美しいものでした。
これらのように『タレンタイム』には多くのメタファーを忍ばせたヤスミン・アフマド監督の秀作。
また、音楽や映像の美しさ、コミカルさもどれを取っても彼女にしか作れない映画であると言っても過言ではありません。
5.映画研究者によるヤスミン監督を偲ぶ賞賛
ヤスミン・アフマド監督が日本で初めて紹介されたのは、2005年に開催された東京国際映画祭の「アジアの風部門」。
この映画祭でアジアの風プログラミング・ディレクターを務める石坂健治は、彼女の才能を高く評価して訃報に親愛の言葉を寄せています。
『細い目』はまさに衝撃でした。マレー人少女オーキッドと“細い目”の華人少年ジェイソンの淡い恋の顛末に、さまざまな民族が暮らす周囲の環境を交えて描いたこの作品は、全くユニークな“マレーシア新潮”の誕生を高らかに告げていました。親密でユーモラスな家族の物語を基調としつつも、民族差別や女性差別といった“毒”もさりげなく盛り込み、しかもマレー映画史の巨人P・ラムリー、インドの詩聖タゴールから金城武、クラシック音楽に至るまで、劇中でそれらへの言及や引用を行う手さばきが実に上品で見事なのです。『細い目』は審査委員の満場一致で最優秀アジア映画賞に輝きました。(TIFF のHPより引用)
また、石坂健治は、長きに渡り日本とアジア映画を結ぶ研究者の第一人者としても知られたことから、ヤスミン監督のその後の連作にも深く触れて独自の解説をしています。
『細い目』に『ラブン』『グブラ』『ムクシン』を加えた「オーキッド四部作」が勢揃いしました。このシリーズでは、少女の成長のドラマを主筋に、恋人の死や主人公の結婚・離婚をはじめ、愛しい人々との出会いと別れが切なくも淡々と繰り返されていきます。かつてフランソワ・トリュフォーやユーセフ・シャヒーンは作家の分身のような少年を描いて連作を続けましたが、ヤスミン監督のオーキッド四部作はそれらに匹敵する、21世紀マレーシア映画の金字塔となりました。(TIFF のHPより引用)
6.『タレンタイム』以外のヤスミン監督の作品
『ラブン』(2003)
定年となった老夫婦は都会暮らしの娘のオーキッドと同居をすることにしました。しかし、2人は都会の生活に馴染めません…。
やがて、2人は祖父の田舎の家を相続してオーキッドの元を離れてしまうのです。
記念すべきヤスミン・アフマド監督の長編デビュー作品。「オーキッド四部作」の中では、時代考証『細い目』と『グブラ』の間にあるエピソードです。
四部作を通じて大切な役どころを果たす父親と母親を中心に家族のコミカルさが描かれています。
『細い目』(2004)
マレー系の17歳の少女オーキッドは、ビデオショップに金城武の映画を買いに行きます。そこで、華僑系青年ジェイソンと出会います。
言語うや宗教、食べる物まで何一つ違う2人は、やがて心を通じ合わせていくが、ジェイソンには人に言えない秘密がある…。
2005年に第18回マレーシア映画祭で作品賞ほか、6部門を受賞。東京国際映画祭「アジアの風」部門にて、最優秀アジア映画賞受賞。
ヤスミン監督がマレーシア・ニューウェーブのムーブメントを印象付けた作品として評価されています。
『グブラ』(2006)
オーキッドは広告業界で働くエリートと結婚。
オーキッドの家族の物語と貧しい地区で暮らすモスクの管理人夫婦の物語が交錯する。
キャリアウーマンとして働くオーキッドは、広告業界のエリートと結婚。しかし、夫の裏切りである浮気に偶然に気付き、愛情も冷めていました。
ある日、オーキッドの父親が病で入院。彼女はそこで初恋の人ジェイソンの兄のアランと出会います。
ジェイソンの思い出が蘇ると、オーキッドは浮気をしている夫のことがどうしても許せなくる…。
イスラム教のタブーや社会の多様性を描きながら、それでいて監督はオーキッドに対する優しさを自由奔放に見つめています。
第19回マレーシア映画祭でシャリファ・アマニの主演女優賞をはじめ、脚本賞など、計3部門を制覇した作品です。
『ムクシン』(2006)
サッカー好きの男勝りの少女オーキッドは10歳。
彼女は学校の休暇中のある日、親戚の家に預けられた12歳の少年ムクシンと出会います。
2人はすぐに仲良しになり一緒に遊ぶようになりますが、やがて、ムシクンはオーキッドを異性として見るようになっていくのです…。
思春期に入りかけた2人の揺れ動く微妙な感情は、“恋愛”と呼ぶには少し早いが、その様は童話の世界のように優しい作品。
また、“女らしさ”という規範を嫌うオーキッドの姿勢は『細い目』『グブラ』へと続いています。ドイツのベルリン国際映画祭で観客にも好評を博した作品です。
『ムアラフ 改心』(2008)
敬虔なムスリムの姉妹は、父親からの虐待を逃れて2人のみで暮らすことを決めます。その後、カトリック学校の講師と出会ったことをきっかけに、互いの宗教感や世界観を大きく交差させていくのですが…。
第21回東京国際映画祭にて、アジア映画賞スペシャル・メンション受賞。
ヤスミン監督は“人を許す大きな力の源泉”を観客にメッセージとして贈った作品です。
7.まとめ
ヤスミン・アフマド監督は『タレンタイム』以後、ポスト四部作に向けて新たな一歩を踏み出していました。
彼女の祖母が日本人であったことから、そのルーツをたどる新作『ワスレナグサ』の製作を始めた矢先だったのです。
残念ながらヤスミン監督の新作は観ることはできませんが、彼女の残した6本の長編作品は決して輝きを失いません。
まずは全国順次公開中の『タレンタイム 〜優しい歌』を劇場でご覧ください。幸せな秀作は一押しの1本です‼︎