離婚を決めた3日間に迫る『スペンサー ダイアナの決意』
イギリスのダイアナ元皇太子妃が亡くなって25年。この『スペンサー ダイアナの決意』は、彼女がチャールズ皇太子の不倫や自由のない王室での生活などに疲れ果て離婚を決意したといわれる1991年のクリスマスに焦点を当てています。
監督は『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』(2016)で、ケネディ元大統領夫人ジャクリーン・ケネディを取り上げたパブロ・ラライン。チリ出身のララインは20世紀の歴史を変えた女性を描きたいとして、ダイアナ妃を次なるテーマに選びました。
CONTENTS
映画『スペンサー ダイアナの決意』の作品情報
【日本公開】
2022年(ドイツ・イギリス合作映画)
【監督】
パブロ・ラライン
【キャスト】
クリステン・スチュワート、ティモシー・スポール、ジャック・ファーシング、ショーン・ハリス、サリー・ホーキンスほか
【作品概要】
エリザベス女王の私邸であるサンドリンガム・ハウスでクリスマスを過ごすロイヤル・ファミリー。
皆が続々と到着する中、愛車のフォードを自ら運転するダイアナは、そこが幼いころ過ごした土地であるにも関わらず道に迷い、女王よりも遅れてハウスにたどり着きます。入口で待ち構えていたのは新任のグレゴリー少佐。彼は王室のダイアナ対策としてここでの責務を任されており…。
ドキュメンタリーではなく、ダイアナという人物が人生の大きな決断をするに至ったきっかけのような数日間をファンタジーを織り交ぜて描いた作品。
ダイアナを演じたのは、人気ヴァンパイアシリーズ「トワイライト」(2008~2012年)のベラ・スワン役などで知られるクリステン・スチュワートです。
彼女以外考えられなかったというラライン監督の期待に応え、彼女はダイアナに関するあらゆる書物や映像を調べ、そのクィーンズイングリッシュの発音はもちろん、仕草や表情まで完璧に表現しました。アカデミー賞主演女優賞ノミネートのその演技は必見です。
映画『スペンサー ダイアナの決意』のあらすじとネタバレ
実際の悲劇に基づく寓話
1991年クリスマスイヴ(12月24日)。
サンドリンガム・ハウスには、クリスマス休暇をここで過ごすロイヤル・ファミリーのための食材が物々しい警備体制の中で運び込まれていきます。
そのころダイアナは自ら運転し、サンドリンガム・ハウスを目指していますが、完全に道に迷ってしまっています。仕方なく車を降りて道をたずねるためパブに入ると、店内の客たちは一斉に注目し「ダイアナ妃よ」と口にします。
サンドリンガム・ハウスの入口では体重を量るしきたりがあります。クリスマス休暇を楽しんだ証として1kg以上増えていなければならないというのです。
ここの責任者であるグレゴリー少佐は、ダイアナはいつもこの数字の半分は装飾品だと言うという話を聞きながら体重を量っています。するとそこへチャールズ皇太子とふたりの王子が到着しました。
相変わらず迷っているダイアナが車を停めて途方に暮れていると、王室のシェフであるダレンが車で通りかかります。
ダイアナは横の野原の中にあるかかしに目を留め、そこに向って歩き出します。そこはかつて彼女が暮らした土地。かかしが着ていたのは彼女の父のジャケットでした。
自分の生地で迷ってしまったことに落ち込む彼女でしたが、ダレンは彼女の立場を案じて早く行くよう促します。
ハウスにはエリザベス女王とフィリップ殿下、女王が可愛がっている犬たちが到着しグレゴリーは苦い顔をして腕時計を確認します。
その後、扉の閉ざされたハウスに到着したダイアナは、グレゴリーに体重を量るよう指示されます。前任者は見逃してくれた、とごねますが彼は譲りません。
仕方なく量りに乗ると、2階から息子たちが下りてきました。やっと笑顔になったダイアナですがそろそろ時間だと急かされ、反対方向のトイレに走っていってしまいます。そこでひとしきり吐いたダイアナは、「3日間。たったの3日」と鏡の中の自分を奮い立たせます。
廊下に出たダイアナは、なじみの衣装係マギーに声を掛けられ喜びます。そして彼女に、車の中にあるジャケットを繕ってほしいと頼むのでした。
午後のひととき、ダイアナは息子たちの部屋でくつろいでいます。
世間ではクリスマスプレゼントは25日の朝に開けるのにどうして自分たちは24日なのかと質問するヘンリー。早いから最高のものがもらえるとパパが言ってたとウィリアム。ダイアナは、それ私が考えたのと微笑みます。
するとドアがノックされ、プレゼントを開ける時間だと声がかかります。ダイアナはふたりに先に行くよう言いますが、ウィリアムはマミーが怒られると心配顔です。
しばらく経ち、誰もいなくなったプレゼントの部屋にダイアナはやってきます。チャールズからの贈り物である真珠のネックレスを見た彼女は、彼の愛人が同じものをつけている写真をみたと侍女たちに言い、もらってくれないかと持ちかけますが、もちろん断られます。
ダイアナが部屋に戻ると、いつの間にかアン・ブーリン王妃の本が置かれていました。ヘンリー8世の妻だった彼女は夫が別の女性と結婚したいがために処刑された王妃。そしてダイアナの生家、スペンサー家の遠縁にあたります。
そこへ繕ったジャケットを持ってマギーがやってきました。夕食時には黒のドレスを準備してほしいというダイアナをたしなめ、マギーは用意したドレスに真珠のネックレスをつけるよう指示します。
そしてグレゴリー少佐について、王室がダイアナのマスコミ対策に本腰を入れ始めた証拠だと話し、「変えるのはあなた」とダイアナを励まします。
厨房ではダレンが、プリンセスの食欲のわくものを提供したいと考え込んでいます。
ディナーの場に遅れてやってきたダイアナ。スープがサーブされ、女王がスプーンを取り食事開始です。向かいに座るチャールズをにらみつけながら真珠をさわるダイアナは、息苦しいのかしきりにそれを引っ張っています。
女王と目が合い、グレゴリーに監視されているダイアナはついにネックレスを引きちぎってしまいます。大玉の真珠は床やスープの中に落ちていき、彼女はスプーンでそれをすくって口に含みガリガリと噛み砕きます。
ダイアナはその場を離れ、トイレで嘔吐します。その首には真珠のネックレスがありました。しばらくするとデザートの時間だと知らせる侍女の声がします。「皆様、お待ちです」
夜中、空腹に耐えかねたダイアナは厨房に向かい、冷蔵庫に入っているオードブルやデザートなどを貪るように食べ始めます。
それを見ていたグレゴリーは声をかけ、ダイアナに部屋のカーテンを閉めるよう注意します。どこにパパラッチがいるかわからないし最近のカメラは高性能なので、と。そして「ハッピークリスマス」と言って去っていきます。
その後ダイアナはハウスを抜け出し、近くにある自分の生家へと向かいます。もう誰も住んでいないその屋敷は老朽化のため立ち入り禁止になっており、ダイアナは見回りの警察官に呼び止められてしまいます。
「報告しないで」と彼らに頼み、彼女はハウスに戻ってきました。そのまま息子たちの部屋にやってくると、冷たい手でプレゼントを枕元に置きます。
すると息子たちは起きてしまい、3人はそのままおしゃべりを始めます。女王になりたい?という問いにダイアナは、あなたたちの母親が私の仕事だと断言し、そして「私がおかしなことしたら教えて」と頼むのでした。
クリスマス(12月25日)。
朝、ダイアナの部屋にやってきた衣装係はマギーではありませんでした。聞けばマギーはロンドンに戻されたとのこと。今日の服の指示をする衣装係に対しダイアナは、マギーを戻すようグレゴリーに伝えてと言いますが、彼の一存ではどうにもならないと返されてしまいます。
そんなこともありファミリーでの写真撮影の場に遅れてしまったダイアナ。その後グレゴリーから今日の予定が説明され朝食となりますが、チャールズはダイアナに、恵みの食材を手をかけて調理しているのだから吐き出さないでほしいと釘をさします。
その後教会へ赴いたロイヤル・ファミリーはミサのあと、屋外でマスコミ向けの撮影に応じます。その場でチャールズの愛人の姿を見かけてしまったダイアナは平静を装いますが、大勢のパパラッチのフラッシュにふらついてしまうのでした。
そんなファミリーの様子をテレビ画面で見ているグレゴリーや侍女たち。ダイアナが衣装を間違えていることに気づいた衣装係は自分のミスだと思われると心配しますが、グレゴリーは「ダイアナのミスだとみんな知ってる」と落ち着いています。
その日の午後、うたた寝していたダイアナは銃声で目を覚まします。チャールズがウィリアムに狩りのための射撃訓練をしているのです。
ウィリアムはあまり得意ではないようでなかなかうまくいきません。ハウスへ戻ってきたチャールズにダイアナは、ウィリアムは銃を撃つのがイヤだと言っていたと抗議しますが、逆に彼はダイアナの浮気を疑い、衣装を間違えたことやカーテンを閉めなかったこと、そして深夜に外へ出たことなどで責め始めます。
ダイアナのガマンは限界に達し、ついに「あの人と同じ真珠、もらいたくなかった」と言ってしまいます。
チャールズは、キジ撃ちはイヤでもやらなければならない、我々は国民が望む姿を見せる必要があると言い、ダイアナにも決められた服をちゃんと着るよう命令します。
ダイアナはマギーを戻してほしいと訴えますが、「彼女は君が変だと言っていた。ここではすべて筒抜けなのだ」とチャールズは答えるのでした。
クリスマス演説のテレビ放送が終わり愛犬たちと外に出たエリザベス女王を追ってダイアナも外に出ます。衣装をほめられた女王は、みんなお札の服しか気にしてないと笑います。
その後ダイアナは厨房へ向かい、ダレンに撃ったキジをどうするのか質問します。料理して残ったらスタッフで分けると説明し、ここのキジはそのために育てられており、頭が悪いので撃たれるか車にひかれてしまうというダレン。
そして、ここではすべて筒抜け、めったなことは言わない方がいいと忠告します。今夜のディナーにはダイアナの好きなスフレをつくるというダレンにダイアナは、ワイヤーカッターを貸してほしいと頼みます。
ハウスの庭を散歩しながらダイアナは一羽のキジに「逃げなさい」と声をかけ、ケンジントン宮殿に来れば撃たれないのにとつぶやきます。
そこにグレゴリーが現れ、今夜は遅刻しないようにと言って去ろうとします。ダイアナは「本を置いたのはあなたね」と聞きますが、彼はとぼけて歩いていってしまいました。
映画『スペンサー ダイアナの決意』の感想と評価
ダイアナ元皇太子妃という世界的な超有名人を題材にした本作はまさにチャレンジだったと思います。
実在した人物、それも注目を浴び続けた人物を描くためにラライン監督は、最高の脚本家と素晴らしいキャスト、そして優秀なスタッフを召集しました。
そのすべてが見事に調和して、この『スペンサー ダイアナの決意』という美しく、そして考えさせられる作品が出来上がりました。
設定の潔さと数々の比喩
脚本は『堕天使のパスポート』(2002年)でアカデミー賞の脚本賞にノミネートされたスティーブン・ナイトです。ダイアナ妃の映画を撮ると決めたラライン監督は、脚本は彼しか浮かばなかったといいます。
ナイトは単なる伝記映画ではなく、まるでスナップ写真のように彼女の人生の数日間を切り取りたいと考えました。
クリスマスに集まった家族の物語として、その中で起こる緊張や明らかになる不満が限界へと向かっていく様子を描き、自分だったらどうするだろう?と考える余白のある作品にしたかったといいます。
また、ダイアナの心情を物に例えた演出も光ります。特に重要な約割を果たすのが真珠のネックレスです。
夫の浮気相手と同じ物を贈られたという怒り、しかもそれを首にまいて人前に出なければならない屈辱、そんな状態が放置されている現状への絶望…それを表現するために苦しそうにネックレスを引っ張り、引きちぎり、それを噛み砕く衝撃。
その時点では妄想でしたが、実際に引きちぎってバラバラに飛び散ったところが決意のきっかけだったという、後半のカタルシスにもつながっています。
また自らの状況をアン・ブーリン王妃に重ねているのも興味深く、アンが処刑された後に王妃となったジェーン・シーモアの名前も劇中では叫んでいます。
観客としてはダイアナが数年後に非業の死を遂げることを知っているのでより複雑な気持ちにさせられます。
そしてキジについても似たようなことが言えます。映画の冒頭でまるで戦場のような軍隊の車列が映りますが、路上にはひかれたキジの死骸があります。
やがてそれは狩りのために飼育されているキジで、撃たれるか車にひかれてしまうと説明されます。ダイアナはおそらくキジにも自らを投影し、ケンジントン宮殿に来れば美しい羽根で重宝がられると言いますがそのセリフすらアイコンとしての立場を強要される自身への皮肉のようです。
素晴らしい演技
ダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートが素晴らしいのひと言です。生前のダイアナを知っている世代の人は、もともとの顔立ちなどは似ていないのに、その所作や表情が彼女にそっくりなことに驚かされるでしょう。
スチュワートは様々な文献を読み、ダイアナ妃をとらえた映像やインタビューなどを見て研究しつくしたといい、発音やイントネーションまで時間をかけて習得したそうです。
そしてリサーチしていく中でダイアナ妃に共感する部分を見つけ、内面から理解を深めていったことで完璧なダイアナをつくりあげました。
ダイアナ妃と精神的なつながりを持つマギーを演じたサリー・ホーキンスは、優しくダイアナに寄り添う部分と、後半彼女に恋愛感情を持っていることを告白し、本音を見せていく二段階の表情を見せてくれます。
抑えた職業人としてのマギーと、ちょっとだけ自分をさらけ出すも自制心は失わない感じが絶妙です。
わかりやすい憎まれ役として登場したグレゴリー少佐は、あのハリー・ポッターシリーズでピーター・ペティグリュー役だったティモシー・スポールが演じています。
威厳があり融通のきかない紳士ですが、それも王室を守るため。実はダイアナのことを心配してくれているような優しさもあるのかと思わせつつ…恐らく根はいい人だというギリギリ匂わせるような巧みな演技はさすが、大英帝国勲章将校(OBE)を受勲しただけあります。
衣装・ヘアメイク、ロケ地について
膨大なダイアナ妃の写真をチェックし、彼女らしい服装を選ぶのは大変な作業でした。その中で衣装デザイナー、ジャクリーン・デュランが導き出した法則は、他のキャラクターの服装やセット(例えば室内の壁紙)など周りより一段明るい色をまとう、というものだったそうです。
重要なアイテムである父親のジャケットも、あえてメンズの定番であるグリーンではなく赤にすることで、キジ撃ちのシーンでの存在感を際立たせています。
ヘアメイクを担当したのはイギリスで活躍する日本人デザイナー、吉原若菜。
本作の舞台である1991年当時、ダイアナ妃はショートカットになっていましたが、よりスチュワートの顔に似合うフェミニンな初期のいわゆるダイアナカットを採用したそうです。
物語の舞台はサンドリンガム・ハウスですが、撮影はドイツで行われました。英国調の古城ホテル「シュロスホテル クロンベルク」でほとんどの室内のシーンを、「ノルトキルヒェン城」で屋外のシーンなどを撮影したそうです。
バッキンガム宮殿が舞台だったらそうはいかなかったでしょうが、サドリンガム・ハウスを知っている人はそう多くないため、実物に忠実であることにこだわらずセットをデザインすることができたといいます。
美しい室内や建物のも注目してみてください。
まとめ
奇しくもエリザベス女王が亡くなった2022年に公開されたこの『スペンサー ダイアナの決意』。なにか運命のようなものを感じます。
ダイアナ元皇太子妃はこの1991年のクリスマスに離婚を決意しのちに別居、そして1996年に離婚しました。
映画の中でエリザベス女王はダイアナに対して、直接悪い感情を向けているようには描かれていません。どちらかというと距離を取り、無表情な対応をしているように見えます。
息子たちやマギーなどわずかな人間にしか心を開けず、ダイアナがどんどん追い詰められていく様子を映画は追っていきます。
不自由で理不尽な王室での生活、アイコンとして完璧を求められることへの窮屈さ、夫の不倫。さまざまな要因が彼女を苦しめますが、限界に達した彼女はそこから離れる決心をします。
映画はダイアナのその大きな決断を3日間の出来事に凝縮して提示し、息子たちとの絆を心の糧として旅立つ解放の物語として着地させました。
離婚後、それまで以上に慈善事業に力を注ぎ「人々のプリンセス」として評価の高かったダイアナ元皇太子妃。
残念ながら彼女は離婚の翌年、不慮の事故によって亡くなってしまいますが、がんじがらめの生活から飛び出し、自らのアイデンティティを自分で確立しようとしたその姿に共感をおぼえる人は多いでしょう。