ムンバイのスラム出身で無学の青年がクイズ番組で答えを導き出しのは…
過酷で波乱な生い立ちから。
インド・ムンバイのスラム街を舞台に描く社会派エンタテインメントムービー。
原作の小説『ぼくと1ルピーの神様』を『トレインスポッティング』(1996)『28日後…』(2003)『127時間』(2011)『イエスタデイ』(2019)などのダニー・ボイル監督が映像化しました。
クイズ番組で無学であるはずの青年が次々に難問を正解します。自らの過酷な生い立ちから答えを導き出す主人公ジャマール役に『LION ライオン 25年目のただいま』(2017)『ホテル・ムンバイ』(2019)デーヴ・パテール。
ヒロインのラティカ役には、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』(2011)『インモータルズ 神々の戦い』(2011)のフリーダ・ピント。
ムンバイのスラム街で過酷な生い立ちを強いられたジャマール。その記憶と相まってクイズ番組の答えを導き出す展開をスリリングかつ躍動感に溢れたカメラワークで描き出した魅力をネタバレありでご紹介いたします。
CONTENTS
映画『スラムドッグ$ミリオネア』の作品情報
【公開】
2009年(イギリス映画)
【原題】
Slumdog Millionaire
【原作】
ヴィカス・スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』
【監督】
ダニー・ボイル
【脚本】
サイモン・ビューフォイ
【キャスト】
デーヴ・パテール、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピントー、アニル・カプール、イルファーン・カーン
【作品概要】
インド人外交官ヴィカス・スワラップの小説『ぼくと1ルピーの神様』を『トレインスポッティング』(1996)『28日後…』(2003)『127時間』(2011)『イエスタデイ』(2019)などの監督を務めたダニー・ボイルが映像化。
脚本は『フル・モンティ』のサイモン・ビューフォイ。撮影は『28日後…』のアンソニー・ドッド・マントル。そして音楽には『ムトゥ 踊るマハラジャ』などインド映画界で活躍する作曲家、A・R・ラフマーンが抜擢。
キャストは、主人公ジャマール役に『奇蹟がくれた数式』(2016)『LION ライオン 25年目のただいま』(2017)『ホテル・ムンバイ』(2019)インド系イギリス人俳優、デーヴ・パテール。本作で映画初出演を果たし世界的に一躍有名になりました。ヒロインのラティカ役は、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』(2011)『インモータルズ 神々の戦い』(2011)のフリーダ・ピント。
第33回トロント国際映画祭観客賞、第66回ゴールデングローブ賞作品賞(ドラマ部門)、第62回英国アカデミー賞作品賞を受賞。さらに第81回アカデミー賞では作品賞を含む8部門を受賞作。
映画『スラムドッグ$ミリオネア』あらすじとネタバレ
彼はあと1問でミリオネアになぜ勝ち進めた?
A:インチキした
B:ツイていた
C:天才だった
D:運命だった
2006年のムンバイ。18歳になったジャマール・マルクは、警察の不正な取り調べを受けていました。クイズ$ミリオネアという問題を解いて賞金を獲得するTV番組に出演したジャマールは、問題に答え続けて、1000万ルピーも獲得しました。
その番組では教授や医者、法律家でも1万6000ルピーまでしか獲得していなかったのです。
取り調べをする警部は、スラム育ちのジャマールが勝ち進むことなどあり得ないと決めつけ、どうやって問題をクリアしたのか、インチキの方法を吐けと、体に電流を流されるなどの不正な扱いを受け続けます。
ジャマールは、混濁した意識の中で「僕は答えを知っていたんだ」と吐き捨てました。
ミリオネアに出演した夜に遡ります。携帯のコールセンターでアシスタントとして働いているジャマールは、司会者のプレームから「ムンバイのお茶くみジャマール・マリク君」と紹介されます。
番組は問題に4択の答えが提示され、その中の1つを答える形式です。オーディエンス、50/50、テレフォンの3つのライフラインがありました。警部は出演した番組のビデオを見返します。
最初は“1973年のヒット映画「鎖」の主演俳優は?”という1000ルピーの問題から始まりました。
ジャマールは幼少時代の頃、野外に建てられた共同のトイレ小屋でお金を稼いでいました。ある時、ジャマールが用を足している時にお客が来てしまい、兄のサリームに怒られ、腹いせにトイレに閉じ込められます。
その時に、インドで大人気の俳優アミタ―ブ・バッチャンが乗っているヘリが上空を通過します。憧れのアミタ―ブに会いたい一心でジャマールは、糞尿が溜まるトイレへ落ち、糞まみれの姿でアミタ―ブに駆け寄り、サインをもらったのです。
A:アミタ―ブ・バッチャンと答えたジャマールは、ミリオネアの初めの問題に正解し、1000ルピーを獲得します。
次は、“インドの国章には3頭の獅子の姿があるが その下に書かれた言葉は?”という問題。
インドで最も有名な言葉でしたが、ジャマールは、その言葉を知らずオーディエンスに頼り、4000ルピーを獲得します。
続いて1万6000ルピーの問題は、“ラーマ神の描写で彼が右手に持つものは何でしょう?”というもの。
幼少のジャマールは、サリームと一緒に洗濯場で水遊びをしていると、イスラム教徒を敵対する暴動が起こります。
兄弟はその中を逃げ回る中でラーマ神の化身のような姿を目にします。手には弓と矢が。ジャマールの母はその宗教間の暴動により死んでいました。
ジャマールは、弓と矢と答え1万6000ルピーの問題に正解します。番組がコマーシャルに入ると「ここまでにしておけ 次はムリだぞ」とプレームに言われます。
暴動の後、村から逃げ出した兄弟は、雨が降る夜に屋根がある寝床を確保しました。そこに同じ村の少女が逃げてきたらしく、雨に濡れていました。
サリームは反対しましたが、ジャマールは、その子を仲間に入れて、3番目の三銃士にしようと言い、少女を小屋の中に招き入れます。
少女はラティカと名乗り、共に雨に濡れた体を震わせながら眠りにつきました。
番組では金額が大きくなり、“「クリシュナ神の歌」を書いた有名な詩人は?”という問題が出されます。
サリーム、ジャマール、ラティカの3人が、ゴミ捨て場で生活していた時のこと。そこにママンという男がやってきます。
優しい言葉をかけられ連れていかれた先は、身寄りのない子供達が集まる家でした。
無償で寝床や食べ物を与えてくれるママンのことをジャマールたちは「きっと聖人だ」と話します。しかし、ママンは子供達に物乞いの仕事をさせていたのです。
それも盲目の歌手は2倍稼げるという理由で歌のうまい子どもの目を焼いていました。その歌は「クリシュナ神の歌」でした。
ジャマールが次の番に目を潰されてしまうことを知ったサリームは、脱走します。
サリームとジャマールは、列車に飛び乗りラティカも後を追ってきましたが、あとちょっとのところで列車に乗ることができませんでした。
ジャマールは、スールダースと答え25万ルピーを獲得します。
列車に乗ったサリームとジャマールは、そのまま列車で寝起きし車内で物売りをする暮らしをはじめます。様々な列車を乗り継ぎ、数年の月日が経ち降り立った場所で、タージ・マハルを目にします。
それからタージ・マハルで外国人観光客向けのツアーガイドに扮して稼ぐことに。その他にも観光客の靴を盗んで市場で売ったりと金回りのいい暮らしでした。
ある時、アメリカ人の観光客をガンジス川沿いまで案内します。車から離れた矢先に地元の子供達が車のタイヤやパーツを盗みます。
ジャマールの仕業だと思った運転手は、ジャマールに殴る蹴るの暴力を振るいました。観光客がかばって間に入り、ジャマールに100ドル札を手渡しました。
次の問題では、“アメリカの100ドル札にはどの政治家の顔が描かれているでしょう?”と出題されました。
ジャマールは躊躇せずにベンジャミン・フランクリンと答え、100万ルピーを獲得します。
取り調べをする警部から、「1000ルピー札の顔は?」と聞かれますが、ジャマールはガンジーの名前も聞いたことがある程度で知りませんでした。
映画『スラムドッグ$ミリオネア』感想と評価
“運じゃなく、運命だった”という本当の意味
映画のキャッチコピーにもなっている“運じゃなく、運命だった。”という意味につながる伏線が映画の冒頭から張られています。
彼はあと1問でミリオネアになぜ勝ち進めた?という問いと4択の答えの中のB:He’s Iucky(ツイていた)とD:It is written(運命だった)。
それも運命という言葉をdestinyではなく、聖書からの引用であるIt is writtenと表していることからも、神の定めということを強調しています。
それから、主人公・ジャマールがクイズの一問一答形式に答えていく度に、兄のサリームと初恋のラティカとの体験が明かされるという展開です。
この展開には、窮地を共にしてきた兄弟が対比されます。原作とは違う兄という設定こそが、伏線そのものになっているように見えてくるのです。
どんなことをしてでもお金を稼ぐことを優先するサリーム、と何が何でも自分の信念を貫くジャマール。
最初に出されたアミタ―ブ・バッチャンの問題から兄弟の性格がよくわかります。憧れのアミタ―ブのサインがもらえるなら、トイレにダイブして糞まみれになることさえも厭わないジャマールとそのサインをあっさりお金に変えてしまうサリーム。
この明確なキャラクターの対比が相乗効果を生み、終盤にジャマールが運命を切り開いた高揚感をより高めています。
そして、ジャマールがラティカに何度も伝えた「僕たちの運命」というセリフ。
ジャマールは、自分の運命を自分で定めていたとも取れます。
ダニー・ボイル監督と脚本のサイモン・ビューフォイが巧みな演出と構成で伝えようとしたメッセージには、運命を決める神様は自分の中にいるということなのでしょう。
監督が描くムンバイのスラム街
冒頭で子供達が警官に追われるシーンから、ムンバイのスラム街であるダラヴィ地区の全貌が映し出されます。
私有地で野球をしていた子供達が、バイクに乗った警官からスラム街に逃げ込むまでを縦横無尽なカメラワークで捉えます。
大量のゴミ山を駆け上り、トタンやブルーシートに覆われた屋根、狭い路地にひしめき合う住居には床屋もあったり、ドブのような用水路でプラゴミを拾う男性やその横で服を染める女性の姿といった生活様式が一気に見て取れるのです。
舞台となるロケ地の全貌をカメラワークと音楽でスタイリッシュに演出するダニー・ボイル監督の作風は、次作『127時間』(2011)でもよく表れています。
そして、強烈な背景の中に人間がどう生き抜くのかという対比を映像で見せてくれるのです。
その過酷な環境と対比して湧き上がる人間のエネルギーに焦点を合わせることで、躍動感あふれるシーンとして観客の心をつかんで離さないのでしょう。
不条理や混沌の中に放り出されても前向きなマインドこそが、ダニー・ボイル監督の魅力的な作風と言ってもいいかもしれません。
エンドクレジットと一緒に挿入されたラストのダンスとエンディング曲「Jai Ho」が、よりボリウッド映画(歌とダンスを挿入した独特の娯楽映画スタイルを獲得したインド映画の総称)の雰囲気を醸し出し、細密に練られ構築された脚本を斬新な映像演出と音楽で疾走感ある画面作りで魅せるダニー・ボイル監督の世界観と融合し爽快なカタルシスを味わいます。
まとめ
映画の中盤にサリームとジャマールがママンから逃れ、列車を住まいとして暮らし始める場面では、M.I.A.の挿入歌『Paper Planes』が流れます。
車掌に見つかって列車から引きずり降ろされても、2人は悲壮感に駆られることなく、冒険の断片にすぎない時間を過ごすように描かれます。
そして、列車から転がり落ちる間に数年の歳月が過ぎているという見せ方、砂埃の中に浮かび上がるタージ・マハルを見て「ここは天国?」というセリフがとても映画的表現で時間と空間を見事に演出したシーンとして心に残りました。
また、映画『スラムドッグ$ミリオネア』は、観光客向けにダラヴィ地区のスラム体験ツアーが組まれるほどの影響力です。
それは、後に『ガリーボーイ』(2018年)でダラヴィ地区に住む主人公が貧しい生活を観光客に写真撮影されるシーンにも表れています。
ボンベイからビジネスの街・ムンバイとして移り変わった数十年の時代背景をも描き出された本作は、これからもムンバイの歴史と相まって語られることでしょう。