殺人事件の真相を暴く牧師の奮闘記『サバハ』!
韓国映画『サバハ』は、キリスト教から仏教まで古典的かつ広義な宗教構造を要素に含むオカルト・ミステリー。
ある新興宗教の設立経緯とその背景、そして関連する殺人事件の真相を暴こうとする、一人の牧師の執念と奮闘記を描いています。
主演は「神と共に」シリーズや『暗殺』で知られるイ・ジョンジェ。また『それだけが、僕の世界』『スタートアップ!』のパク・ジョンミンが共演するほか、日本からは田中泯が出演しています。
脚本・監督は人知を超えた悪霊や悪魔の存在をリアルに描く才能を持つチャン・ジェヒョン。『プリースト 悪魔を葬る者』の監督でもあります。
映画『サバハ』の作品情報
【公開】
2019年(韓国映画)
【原題】
SVAHA:THE SIXTH FINGER
【脚本・監督】
チャン・ジェヒョン
【キャスト】
イ・ジョンジェ、パク・ジョンミン、イ・ジェイン、ユ・ジテ、チョン・ジニョン、イ・ダウイ
【作品概要】
宗教問題研究所の所長である主人公の牧師が、いわくありげな新興宗教「鹿野苑」を調べるうちに発覚する女児大量虐殺事件。幅広い宗教要素を織り交ぜて描かれる、人間が抱く恐れや自責、防衛といった利己的な心理を複雑に捉えた宗教オカルト・ミステリー映画です。
「神と共に」シリーズや『暗殺』(2015)のイ・ジョンジェが主役の牧師役を熱演し、新興宗教内における四天王の一人チョン・ハナン役を『それだけが、僕の世界』(2018)『スタートアップ!』(2019)パク・ジョンミンが演じています。
監督・脚本は『プリースト 悪魔を葬る者』(2015)のチャン・ジェヒョン監督。「畏れ」に対して人が抱く不安や心理を丁寧に描いています。
映画『サバハ』のあらすじとネタバレ
1999年。双子の女児の赤ん坊が寧越に生まれます。
双子の姉クゴは生まれ出た際に、容姿も醜いことから名もつけられることなく“それ(クゴ)”と呼ばれ、医師からも「長くは生き長らえないだろう」と判断されます。また妹グムファは、母親の胎内にいた時に足をクゴに噛まれていました。
“悪鬼”として生まれたクゴの様相に父親は自死を遂げ、母親も出産から一週間後には死去してしまいます。
2014年。医師の判断とは裏腹に、双子の赤ん坊は成長しともに生き続けていました。
グムファは足に傷跡を残しつつも祖父母と暮らしていましたが、“悪鬼”扱いのクゴは犬小屋が立ち並ぶ庭の奥の掘っ立て小屋で、獣同然に育てられていました。
祖父母は村人たちにクゴの存在を知られないように隠していましたが、夜にはクゴの赤ん坊のような鳴き声が聞こえていました。
その頃、パク・ウンジェ牧師は「宗教問題研究所」を立ち上げ、宗教の自由が認められている韓国において、怪しげな新興宗教の不正を白日のもとに晒すことを生業としていました。
ある日、ウンジェは鹿の絵をロゴマークに置く新興宗教「鹿野苑」の存在を知り、捜査を始めます。そして自身の弟子ヨセフを入信者として道場へと潜入させ、「鹿野苑」の怪しい点がないかどうかを調べさせていました。
やがて、「鹿野苑」は教祖を「将軍」と呼び、仏の守護神にして東西南北を治世する“四天王”(広目天・持国天・増長様天・多聞天)を崇める宗教であること、各拠点の道場はそれが建つ“方角”に対応して四天王を崇めていると判明。
元々は“悪鬼”である四天王を崇める宗教は珍しく、ウンジェは興味を掻き立てられます。
一方、陸橋で車両事故が発生。その際に警察は、トラックが衝突したことで一部が崩れた橋脚のコンクリート内から、女子中学生のミイラ化した遺体を発見しました。
女子中学生のミイラ死体事件を担当する刑事のファン班長は、容疑者として「鹿野苑」において“持国天”と呼ばれる男キム・チョルジンに目をつけます。しかし逮捕に向け動き出した直後、チョルジンは首吊り自殺を遂げてしまいました。
一方、ファン班長による「鹿野苑」の道場への捜査に偶然居合わせていたウンジェは、「鹿野苑」と殺人事件の関係性を知ったことで捜査を続行。チョルジンについても警察の知人を通じて調べ、彼が少年刑務所に入っていたことを知ります。
また宗教の構成要素を“教祖・信者・経典”と信じる彼は、「鹿野苑」の経典の存在に目をつけます。もし経典が不認可のものであった場合、韓国仏教会を通じて圧力をかけることが可能になるからです。
夜、ウンジェはヨセフとともに江原道の道場へと不法侵入。道場内を調べていくうちに、“持国天”の経典を見つけ出します。
経典を調べてみると、その大半は初期仏教の内容を編集したものである一方で、“降魔経”の側面も持ち、“蛇”を殺すことで“獣=悪鬼”が仏を守る神となる四天王の姿も記されていることが分かります。
また「鹿野苑」の信仰内容の起源が、キム・ジェソクという教祖が広めた「東方教」であることも知ったウンジェ。
“本物”であったと語り継がれているジェソク。一方でウンジェが調べてみると、ジェソクはかつて少年刑務所を支援していたこと、彼は刑務所から“父親を殺害した4人の青年”を養子に迎えていたこと、その養子の一人が例のチョルジンであったことが判明します。
また「鹿野苑」の経典を調べ直すと、“降魔経”にはジェソクの4人の養子の出身地・氏名と対応した人物の名が記されていることも判明。
そして仏画に描かれた“後光”から、4人のうちチョルジンを含む3人はすでに“入滅”していること、唯一“広目天”を担う者チョン・ナハンだけが生き残っていることも推理しました。
映画『サバハ』の感想と評価
本作で描かれる新興宗教「鹿野苑」では、教祖の周りに存在する四天王がキーパーソンとして描かれます。
教祖が父親のようにふるまい保護することで、少年院にいた4人の青年たちを自分の意のままに育て操っていた事実。
教祖に救われたが故に従う四天王の一人、チョン・ナハンも心寂しい存在であり、彼の心の根底にあるのは売春婦であった母親からの愛への飢えと承認欲求だったのです。
しかし、いくら経典を信じ実行していても、自分が殺めた子供たちの亡霊に自責の念から逃れることはできませんでした。
ナハンもまた弱く保護されるに然るべき存在として描かれる、母親の膝枕に甘えるシーンでは、母親が歌う子守歌の調べに哀しみが漂います。
宗教色の強い内容もあいまって、音響効果の素晴らしさが際立つ印象の本作。実際、第40回青龍映画賞では音楽賞を受賞しています。
祈りのオームの音色や、子守歌の調べが映像美とともに耳に残り、余韻をもたらします。また劇中で何度も同じメロディが強弱やアレンジ違いで多用されているのもとても印象的です。
「教祖」であるキム・ジェソクは、チベットの高僧ネチュンテンパから自身の運命にまつわる神託を聞かされていました。その実現を阻止するために陰で人を操り、多くの女児を殺害していたのです。
自分の身を守るためだけに何の罪もない子供たちを殺し続けてきた人生を思うとき、人は既にわかり得た未来へと生きていくことが怖い生き物なのかもしれないと考えさせられます。
大事なものは目に見えない、明日がわからないからこそ人生には希望がある、ふとそう思わせる映画のラストでした。
まとめ
本作が取り上げるのは、一個人の預言の実現を阻止するためだけにできあがった経典と、それに基づく残忍な事件。
そしてそれらは、執念な捜査を行ったパク・ウンジェ牧師のような努力がなければ、新興宗教という隠れ蓑によって発見されることはありませんでした。
実際の現実に預言の実現があるか否かはわかりませんが、ネチュンテンパが「この世のすべてはつながっている」と語ったように、仏教の教えに基づくのであれば、全てのものごとは因果応報であるということを示唆した作品であるように思えます。彼を演じた田中泯も、凄まじいオーラを纏って演じています。
また作中では、日本のオウム真理教についても言及がありますが、オウムも元々はヨガ団体であったものがやがて新興宗教団体となり、多くの曲解に満ちた終末思想へと辿り着き、その果てに多くの命を奪ったことで知られています。
新興宗教が持つ危うさを本作では警告するとともに、教祖の存在とその一人の人間が抱える利己的な欲求や不安の解消のためだけに、活用されてしまう教え(経典)の怖さについても視聴者に理解を投げかけています。
現在の世の中では、永遠の命はありません。そして、明日という未来に起こることを完全に把握している人もいないでしょう。
限りある命であり、未知なる明日であるからこそ、見えないものを信じ、今日という日を大事にし命を大事にできる、そんな基本的なことを複雑な要素の中にも逆説的に訴えている作品となっています。
宗教色が前面に押し出される分、好みは分かれる内容かもしれませんが、作品としては素晴らしい出来となっています。
仏教やキリスト教に造詣の深い人であれば、一つ一つのシーンが示唆するものやオマージュされているエピソードを拾える楽しみもあるかと思います。
また、韓国の宗教についての背景や考えを理解できる作品ですし、ミステリーとしてもお楽しみいただけます。是非、ご覧下さい。