伝説の戦場ジャーナリスト、メリー・コルヴィンの壮絶にして意義ある生涯
『ゴーン・ガール』(2014)での演技で大きな話題を呼んだ女優、ロザムンド・パイクの主演作『プライベート・ウォー』が、2019年9月13日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかで全国ロードショー中です。
パイク演じる、戦場ジャーナリストとして数々の戦地に赴いたメリー・コルヴィンの最期の10年間を追った、重厚な実録ドラマです。
CONTENTS
映画『プライベート・ウォー』の作品情報
【日本公開】
2019年(イギリス・アメリカ合作映画)
【原題】
A Private War
【監督】
マシュー・ハイネマン
【キャスト】
ロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナン、トム・ホランダー、スタンリー・トゥッチ
【作品概要】
レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争など、世界中の戦地に赴いてきた女性戦場記者メリー・コルヴィンが、2012年にシリアで56歳で亡くなるまでを描いた実録ドラマ。
メリーを演じるのは、2019年9月から11月にかけて出演作品が連続で日本公開されるロザムンド・パイク。
共演に、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(2015)のジェイミー・ドーナン、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)のトム・ホランダー、『ラブリーボーン』(2009)のスタンリー・トゥッチらが名を連ねます。
『カルテル・ランド』(2015)、『ラッカは静かに虐殺されている』(2017)と、戦地に肉薄したドキュメンタリー作品を手がけてきたマシュー・ハイネマン監督初の劇映画作品となります。
映画『プライベート・ウォー』のあらすじとネタバレ
2012年のシリアのホムス地区に、爆撃により命を落とした遺体が瓦礫に埋まっています。
それから遡ること9年前の2001年。
エール大学を卒業後、UPI通信を経て英国紙サンデー・タイムズの特派員として活躍するアメリカ人ジャーナリスト、メリー・コルヴィン。
保守系メディアである同紙において異彩を放つ記事を書くことで知られる彼女は、スリランカの反乱軍の取材を志願します。
記者団が組織されていない戦地への単独取材は危険すぎると、上司のショーン・ライアンは反対しますが、メリーは地元民たちの苦しむ現状を伝えるべきだと主張、単身で向かうことに。
スリランカ北部バンニで取材をする彼女でしたが、シンハラ軍とタミル・イーラム“解放のトラ”との銃撃戦に巻き込まれて負傷し、左目の視力を失います。
退院し、イギリスに戻ったメリーはその取材が認められ、英国プレス賞の海外記者賞を受賞、恋人のデヴィッドや友人たちと祝杯を上げます。
デヴィッドはメリーとの子を望みますが、過去に2度の流産をしている彼女は返答をためらいます。
2003年のイラク。
首都バグダットにおいて、メリーはフセイン独裁下で殺されたクウェート人が埋められたとされる共同墓地の取材を行っていました。
現地で知り合ったフリーカメラマンのポール・コンロイを同行させたメリーは、医療関係者と偽って現場に強行突破、無残に埋められた多数の死体を報道します。
亡骸にすがる遺族たちの姿を忘れようとするかのように、宿泊先のホテルで目が合ったジャーナリストと情事にふけるメリー。
帰国後も悪夢やストレスに苛まれるメリーは、デヴィッドとの関係も冷ややかになっていき、ついには彼の浮気を疑って一方的に別れを告げます。
そんなメリーを心配したショーンは、彼女にPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療を受けるよう進言。
病院で治療を受けるメリーを見舞ったポールやショーンは、退院しても彼女が再び戦況に赴く意思があることを感じ取ります。
2009年のアフガニスタン。
職場に復帰したメリーは、ポールと共にタリバン政権と闘うアメリカ軍を報じつつ、現地で命を落とす子供たちにもカメラを向けます。
この報道で2度目の英国プレス賞の海外記者賞を受賞したメリーは、知人たちとのパーティーで実業家のトニー・ショウと知り合い、すぐに意気投合。
トニーとの互いに束縛しない関係を築くメリーは、彼の住まいのテレビでリビアの独裁者カダフィに反対するデモのニュースを目にします。
2011年のリビア。
チュニジア、エジプト、リビアにおいて、大規模反政府デモ“アラブの春”を報道していたメリーは、カダフィ大佐との2度目の単独インタビューを行い、矢継ぎ早に辛らつな質問を浴びせていきます。
その一方でジャーリストたちも標的にされ、仲間の死を目の当たりにするメリー。
やがてリビア紛争が終結し、メディアや市民に公開されたカダフィの死体を見届けたメリーは、ロンドンに戻ります。
メリーの記事内容を危惧したショーンは、彼女を食事に誘い、仕事に没頭しすぎだと告げます。
しかしメリーは禁煙の場にもかかわらずタバコを吹かし、「あんたが見たいものは私が見るから」と吐き捨てるように言うのでした。
映画『プライベート・ウォー』の感想と評価
メリー・コルヴィンに自己投影したマシュー・ハイネマン監督
本作『プライベート・ウォー』の監督を務めたマシュー・ハイネマンは、アカデミー賞にノミネートされた『カルテル・ランド』や『ラッカは静かに虐殺されている』などのドキュメンタリー映画で脚光を浴びた人物です。
『カルテル・ランド』では、メキシコ麻薬戦争最前線にハイネマン監督が密着し、銃撃が飛び交う中でも自らカメラを持って、秩序の崩壊を暴いていきます。
続く『ラッカは静かに虐殺されている』では、武装勢力ISIS(イスラム国)に支配されたシリアの惨状を発信する市民ジャーナリスト集団“RBSS”に密着。
RBSSの発信力に脅威を感じたISISは彼らの殺害を企てますが、つまりそれは、RBSSと行動を共にするハイネマンをも標的になることを意味します。
参考映像:『ラッカは静かに虐殺されている』予告
…と、ここまでで本作をすでに観た方や、本記事内の全あらすじを読んだ方ならお気づきかと思いますが、ハイネマンの取材・撮影手法が、危険を顧みず戦地に突入していったメリーのそれと同じなのです。
下手すれば自らも命を落としかねない場にも臆しなかったメリーにハイネマンが自己を重ね、初の非ドキュメンタリー作品として彼女の物語を選んだのは確実。
現に彼は本作製作の動機として、「昨今取り沙汰されるフェイクニュースや大げさな見出しにより、真実と虚構の区別がつかなくなっている。だからこそ真実のために戦ったメリーという人物を祝福したかった」と語っています。
だからといってメリーの行動すべてを美化せず、フラットな視点で描いているあたり、ハイネマンの自己批判の念が込められていると言えなくもありません。
“生ける伝説”にリスペクトを捧げた者たち
戦場でも化粧を欠かさず、高級下着を身に着けていたメリーは、その報道姿勢から多くの人の支持を集めていました。
メリーが記者をしていたイギリスのサンデー・タイムズ紙は、好戦的な紙面構成が売りの、“右寄り”なメディアとして知られます。
そのためリアルな戦況を伝える記事を書くメリーは、どちらかといえば“左寄り”の人間なのですが、それでも容認されていたのは、ひとえに彼女の記事にパワーがあったからと言えます。
だからこそ、“生ける伝説”と称されたメリーの死後すぐに映画化が企画されたのも当然で、“タフな女性”のアイコンとなった女優のシャーリーズ・セロンがいち早くプロデューサーとして参加したのも、当初は彼女自身がメリーを演じたかったからでしょう。
また、メリーの最後の恋人として、スタンリー・トゥッチ演じる実業家のトニーが登場しますが、実は彼は、メリーの過去の結婚相手たちを組み合わせて創作した人物です。
というのも、メリーが最後に交際していた実際の恋人は、彼女を知る関係者によるとかなり問題ある人物だったとか。
「せめて彼女の最後の交際相手は、理解ある人物に変えよう」といった、ハイネマン監督を筆頭としたスタッフの心遣いが感じられます。
まとめ
参考映像:メリー・コルヴィンの死と彼女の最期のレポートを伝えるニュース
2016年7月、シリア政府がメリー暗殺を命令したという証拠を得たとして、彼女の遺族がシリア・アラブ共和国政府に対して訴訟を提示。
2019年1月には、政府がメリー暗殺の罪を認め、約3億ドルの損害賠償が支払われることとなりました。
しかし、シリアでの内戦自体はいまだ終結していません。
「何度戦地へ行っても、なぜ戦争が続くのかが分からない」と語っていたメリー。
彼女自身はその答えを見つけられなかったかもしれませんが、あらゆる戦いの裏には市井の人々の涙があることを、彼女の目で伝えてきたのは確かです。
『プライベート・ウォー』は2019年9月13日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかで絶賛上映中。