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Entry 2020/10/28
Update

映画『おもかげ』ネタバレ感想と評価解説。女優マルタ・ニエトが息子を失った女性を熱演する

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

息子のおもかげを宿した少年と出会い
失意の底から立ち上がろうとする女性の希望と再生

アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされた短編『Madre』(原題)をオープニングで使用した映画『おもかげ』。

その緊迫感溢れる場面から、息子を失った女性の“その後”が描かれています。

スペインの新鋭監督ロドリゴ・ソロゴイェンがフランスの美しい海辺を舞台に作り出した本作は、息子を失った女性の癒えない傷と、そこから立ち上がろうとする希望と再生の物語です。

第76回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、エレナ役のマルタ・ニエトが主演女優賞を受賞しました。

映画『おもかげ』の作品情報


(C)Manolo Pavon

【日本公開】
2020年(スペイン・フランス映画)

【監督】
ロドリゴ・ソロゴイェン

【脚本】
ロドリゴ・ソロゴイェン、イサベル・ペーニャ

【キャスト】
マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュール、アンヌ・コンシニ、フレデリック・ピエロ

【作品概要】
監督を務めるのは、スペインの新鋭監督ロドリゴ・ソロゴイェン。2017年に自身が製作した短編『Madre』はアカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされました。映画『おもかげ』は、その短編を冒頭に使用しています。

また、本作は2019年のヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に選出され、女優賞を受賞。女優賞を受賞した主人公エレナを演じるのはスペインの女優マルタ・ニエト。エレナが失った息子のおもかげを宿す少年を演じたのはフランスの新鋭俳優ジュール・ポリエ。

映画『おもかげ』のあらすじとネタバレ


(C)Manolo Pavon

夫と離婚したエレナのもとに6歳の息子から電話がきます。「パパが戻ってこない」

一人でビーチにいるという息子の切羽詰まった電話にエレナは動揺し、狼狽えます。

それでも息子を不安にさせないように話しかけながら、どこにいるのか探ろうとするも、息子がかけていた父親の携帯の充電が切れ、それがエレナが聞いた息子の最後の声になってしまいました。

それから時は流れ、10年後。一人、上の空でビーチを歩くエレナの姿がありました。

故郷スペインを離れ、フランスのビーチにとどまり続けていたエレナの前に、突如少年・ジャンが現れました。息子のおもかげを宿したジャンに戸惑うエレナ。

エレナにジャンは好意を持ち、頻繁にエレナの務める海辺のレストランに通うようになります。そんな2人の姿は周囲に戸惑いをもたらしていきます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『おもかげ』ネタバレ・結末の記載がございます。『おもかげ』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)Manolo Pavon

ある日いつものようにエレナに会いにレストランに行ったジャンは、エレナの恋人ヨセバ(アレックス・ブレンデミュール)に出会います。エレナと恋人の姿は若いジャンの恋心を刺激してしまいます。

一方で、エレナの恋人ヨセバも、突然現れたエレナの若い友人に戸惑いを覚えます。

そして、エレナとジャン、ヨセバの関係性を変えてしまう出来事が起きました。

それは祭りの夜。ヨセバは先に帰り、一人残ったエレナは友人たちとビーチで飲んでいるジャンのもとに向かいます。

少し飲んだ後、エレナはお酒を取りに行きます。友人らと解散したジャンはエレナのもとに行き、2人でお酒を飲んだ後、泳ぎたくなったジャンは真夜中の海に向かって行きました。

海に入り冷えたジャンをエレナは抱きしめます。母親でも恋人でもない曖昧な関係のまま、エレナは失った何かを取り戻すかのような満足げな表情を浮かべます。

しかし、エレナとジャンの関係をジャンの両親は受け入れず、朝帰りをしたジャンを外出禁止にしてしまいます。

ジャンのこととなると自分を抑えられなくなってしまうエレナは、何とかしてジャンともう一度話したいと家に訪れますが、会わせてもらえません。

そんなエレナの様子を見て、ヨセバは今度ジャンのところに行ったらもう待たない、これ以上は限界だと言われてしまいます。

それでもエレナは親のもとを抜け出したジャンからの電話に出てしまいます。そうしてジャンに会いに行ったエレナですが、それはきちんとお別れを言うためでした。

ジャンと別れ、一人家に戻ったエレナ。当然そこにはもうヨセバの姿もありません。一人ビーチを眺めるエレナ。その顔には希望がありました。

映画『おもかげ』感想と評価


(C)Manolo Pavon

冒頭の緊迫感溢れる映像で観客の心を鷲掴みにし、エレナの体全身から絶望が伝わってきます。

その後場面は写り変わって10年後。遠くからビーチを写し、次第に1人の女性にカメラが寄っていきます。その虚な表情、空虚なエレナの体が彼女の癒えることのない傷を体現しているかのようです

海辺のレストランで働いては、休憩時間にビーチを歩く日々。恋人のヨセバはエレナを想って大切にしてくれますが、エレナの心の穴は埋まりません。

そんなエレナは息子のおもかげを宿した少年ジャンと出会うことで大きく変わっていきます。時には母のように心配し、時には恋人のように親密な距離感でジャンと接することで、彼女の失っていた何かが目覚め始めます。

一方で、ヨセバをはじめ、ジャンの両親はそんなエレナとジャンの関係を快く思うはずはなく、エレナにかけられる言葉の数々からエレナの送ってきた日々とその失意の底が伺いしれます。

ビーチで正気を失ったスペイン人。スペイン人なのになぜフランスに住んでいるのか。

そんな言葉に反論することもなくただ戸惑って傷つくエレナが、ジャンといる時には生き生きした顔を見せるのです。

ゆっくりと前に進もうと立ち上がっていくエレナの様子は、フランスの美しい浜辺とあいまって観客の心に穏やかな波のように感動と希望をもたらしていくことでしょう

まとめ


(C)Manolo Pavon

本作は、オープニングの緊迫感はあれど、その後は丁寧にエレナに寄り添って描かれています。

それに寄ってヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に選出され、女優賞を受賞したマルタ・ニエトの繊細で全身から伝わるような喪失感が非常に際立っています。

更に、ジャン役を演じたフランスの新鋭俳優ジュール・ポリエの若く、恋に全力な等身大の若者像が戸惑い揺れ動くエレナとうまく対比されて映し出されます。

登場人物たちに寄り添い丁寧に描くことで観客の共感を誘い、その一方でそれぞれが抱える弱さと自分たちの立場で守りたいものをしっかり描くことで赦しの大切さが身に染みます。

エレナとお別れをしたジャンが両親のもとに戻る場面で、エレナに対して批判的で受け入れなかったジャンの母親が、エレナに向けて同情のような赦しのような表情を浮かべます。同じ子を持つ母親だからこそ、エレナの苦しみも理解できたのでしょう

観賞後はフランスの美しい浜辺の波音と共に登場人物の様々な感情が波のように押し寄せては消えていきます。

誰に感情移入するかで見えてくるものもまた違ってくるのかもしれません。


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