サイモン&ガーファンクルの楽曲が流れると思い出す、あの頃の青春。
『(500)日のサマー』や『gifted/ギフテッド』などの作品で知られるマーク・ウェブ監督が、脚本に惚れ込み10年越しに映画化を実現させた『さよなら、僕のマンハッタン』。
4月14日(土) 丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国順次公開。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
The Only Living Boy in New York
【監督】
マーク・ウェブ
【キャスト】
カラム・ターナー、ジェフ・ブリッジス、ケイト・ベッキンセイル、ピアース・ブロスナン、シンシア・ニクソン、カーシー・クレモンズ、テイト・ドノバン、ウォーレス・ショーン、ジョン・ボルジャー、ビル・キャンプ
【作品概要】
『(500)日のサマー』『gifted/ギフテッド』などの作品で知られるマーク・ウェブ監督が、 『(500)日のサマー』よりも描きたかった青春ドラマがついに完成。 サイモン&ガーファンクルの名曲にのせて贈るNYへのラブレターとなっている。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』のあらすじとネタバレ
トーマス・ウェブは、大学卒業を機にニューヨークのアッパー・ウエストサイドにある親元を離れ、ロウワー・イーストサイドで一人暮らしを始めました。
かつてアートシーンの中心となって活気に溢れていたニューヨークは、整備が進み、高級化し、商業主義に陥ってしまった・・・。トーマスの目にはニューヨークは魂を失った街に映りました。
古書店に勤めるガールフレンドのミミに「今はフィラデルフィアのほうが面白い」と嘆きます。
就職はせず、個人教師のアルバイトをしながら暮らしているトーマスですが、虚無感のようなものを感じる毎日です。
ミミにはミュージシャンの恋人がいるのですが、恋人がツアーに出ている間、二人は何かと行動を共にしていました。
8月8日、夢のような夜を過ごすことが出来たのですが、ミミには「あれは一夜限りのこと」と釘をさされてしまいます。
ミミにとってトーマスは現代のニューヨークのような存在なのでしょう。危険もなく、救済もなく、謎めいたところが何もない・・・。
トーマスがアパートに帰ると階段にひとりの中年男が座っていました。男はW.F.ジェラルドと名乗り、引っ越してきたばかりだといいます。
彼はトーマスの顔を見て「悩んでいるな」と言うといろんな質問を浴びせてきました。そして「せっかくだ。新しい隣人に頼れよ」と言いました。
一旦は部屋に戻ったトーマスですが、すぐにW.F.の部屋に飛んでいきます。このもやもやした気持ちを誰かに聞いてほしかったのです。
ミミへの想いをあれこれ話すとW.F.は「窓を見つけてとびだせ」と助言しました。
「たったそれだけ? がっかりだ」とトーマスは落胆しますが、「人生を侮るな」いうW.F.の言葉が胸に刺さりました。「僕の人生は平凡だ」とトーマスは呟きます。
その日は我が家に様々なアーティストがやってくる日でした。その夕食会が母・ジュディスには精神安定剤になっているのです。
母は躁うつ病で、完璧な家庭を脅かされるのが不安なのです。
別の日の夜、トーマスはミミと会い、クラブで話し込んでいると、父が見知らぬ女性と親密にしている姿を目撃します。
母がこのことを知ったら…。そう思うと無性に腹がたってきました。母さんは弱い。小さなことでも大事になるかもしれないのに。
W.F.に相談すると、「望みは?」と問われました。「別れてほしい」と答えると、「いやいや、君の望みはなんだ?」と彼は尋ねます。「父親と向かい合ってみろ」。
父を呼び出しましたが、何も言い出すことができません。代わりにトーマスはジュディスを尾行し始めます。そしてついに彼女を呼び止めました。
「知ってる。ストーカーね」と彼女は応えました。そして「イーサンの息子でしょ? デスクの写真を見たことがあるわ」と続けました。
彼女はジョハンナと名乗りました。フリーの編集者で父とは一年半前から付き合っていると告白します。
「母から父を盗む気?」と責めるトーマスに「無意識に人は行動している。あなたも無意識に私に求愛している」と彼女は言ってのけます。
思わず否定するトーマス。父と別れるように迫りましたが、彼女にその気はないようです。
W.F.に相談しますが、「おやじと直接話せばいい」と彼は言い、「彼女と寝たいのか?」と尋ねました。
躊躇しながらも「ああ」と応えたトーマスに「どこが退屈な日常だ」とW.F.は呆れたように言いました。実際のところ、トーマス自身が一番困惑していました。
そんな折、知人の結婚式にミミと一緒に出席したトーマスは会場にジョハンナも来ているのに気が付きます。彼女のことが気になって仕方がありません。
トイレに行くと言ってミミから離れたトーマスはジョハンナに近づき、言葉を交わしているうちに思わず彼女にキスしてしまいます。
すると彼女は激しいキスを返してきました。二人は会場を抜け出し、ジョハンナの家で結ばれます。
ジョハンナはトーマスのことをいろいろ知っていました。高校新聞編集者だったことも、テニスで良い成績を残したことも。父がファイルして大切に保存していたのを見せてもらったのだと彼女はいいました。
トーマスは、昔、とてもうまく書けたと感じたエッセイを父に見せたところ、「無難だ」と一言で評され、深く傷ついたことを告白します。
それ以来、創作はやめていました。「魅力なしってことさ」。
父は昔作家を目指していたのですが、それでは食べていけないと今の仕事を選んだそうです。
成功してアッパー・ウエストサイドに居を構えている彼は、トーマスがロウワー・イーストサイドに住んでいることも気に入りません。ましてや作家など目指してほしくないのです。
トーマスはそのエッセイをW.F.に読んでもらいました。「君には才能がある」とW.F.は感心してくれたようでした。
「彼女のことで頭がいっぱいだな」と言われたトーマスは「愛かな?」と自問し、W.F.に「愛の経験は?」と尋ねました。
「ある。友だちだった女性だ。親友に奪われた」と彼.は答えました。
父に呼び出され、緊張した面持ちでやってきたトーマスでしたが、話はジョハンナのことではありませんでした。
自分の会社にはいって編集を教われという父に「無難だ」と皮肉混じりに言って拒絶するトーマス。「仕事をバカにしているのか」と父は怒鳴り口論となりました。
アパートに戻り、W.F.の部屋へ飛び込むと、彼は留守で、机の上には「ニューヨークの少年」とタイトルがつけられた原稿がおかれていました。
トーマスは彼がジュリアン・ステラーズという作家だということに気が付きます。
W.F.にこのことを問うと、ジュリアン・ステラーズはペンネームで、これまでに12冊書いた、と彼は語りました。
「ニューヨークの少年は僕?」と訪ねると「そうだ」と応えが返ってきました。
「なぜ僕の物語を?」「たまたまだ」
トーマスはジョハンナを訪ねますが彼女は留守でした。街を歩いていると、父とジョハンナが仲睦まじく歩いているのを目撃してしまいます。
ミミがアルバイトしている古本屋にやって来たトーマス。「あの人と寝た?」とミミが唐突に聞くので、トーマスは内心あせりながら、否定しました。「父の愛人だぞ。寝ると思う?」「ノーよ」とミミは微笑みました。
ミミは恋人と別れがことを告げました。そしてトーマスの様子を見て「もっと喜ぶかと思ったのに」と言うのでした。
出版社のパーティーの日。大勢の招待客で会場は賑わっていました。ミミはトーマスの母と仲良く談笑しています。
トーマスはジョアンナの姿を確認し、「紹介したい人が」と母に話しかけました。「新しい友だちだ」。
しかし、ジョアンナの姿は見えなくなっていました。
ジョアンナは屋上で煙草を吸っていました。そこにやって来たのはW.F.です。トーマスに誘われて顔を出していたのです。
彼はエズラ・パウンドの詩を口にしながら彼女に近づいていきました。
「君を知っている。楽しんでいるらしいな。彼を傷つけたら私が許さない」
「おかしなことを言わないで」ジョアンナは怒ってその場を立ち去りました。
ジョアンナはトーマスに父がプロポーズし、イエスと答えたことを告白します。怒り出すトーマスに「誤った結婚だったのよ」とジョアンナは言いました。
逆上したトーマスは父を問い詰めようとしますが、すぐそばに母がいるのを見て言い出すことが出来ませんでした。
雨の中を飛び出した彼をミミが追ってきました。ミミはクロアチアへ留学することが決まったの一緒に来てほしいと言いますが、トーマスはジョアンナと寝たことを告げてしまいます。
嘘よ、あなたはもっと純粋な人だわ、とミミは否定しますが、それが本当だと悟るとタクシーを拾って乗り込みました。
ごめん、と駆け寄るトーマスに「彼らと一緒よ。毒されている」と言い残してミミは去っていきました。
朝、起きていくと「あら、うちで寝たの?」と台所にいた母が声をかけてきました。
「この状況から抜け出したいのにできない。最後まで泳ぎ切るしかない」と母は自分の今の気持ちを息子に吐露するのでした。
父はもう会社に出かけていました。トーマスは父のところへでかけて行きました。
映画『さよなら、僕のマンハッタン』の感想
マーク・ウェブ監督がデビュー作『(500)日のサマー』(2009)よりも前に出逢い、ぞっこん惚れ込んだのが、本作『さよなら、僕のマンハッタン』の脚本でした。
彼がこの脚本の中で最も気にいった要素をあげるとするとおそらく、本作がニューヨークの物語だからでしょう。
単にニューヨークが舞台になっているというだけでなく、ニューヨークこそが主役の物語だからです。
ニューヨークは様々な顔を持つ街です。高級住宅地のアッパー・ウエストサイドは、主人公トーマスの実家があります。
父は出版社の経営者として成功し、裕福な生活を送っています。
トーマスが一人暮らしを始めたロウワー・イーストサイドは、まだ下町の風情が残っています。父はトーマスがその地を選んだことを自分に対するあてつけだと腹をたてています。
ジョハンナの住むソーホーは、かつてはアーティストのアトリエやギャラリーがひしめいたアートの街でした。現在はダウンタウンで最も高級な地域となっています。
W.F.の本拠地ブルックリンは、昔は移民が多く住む街でした。今はこの地も整備され、価格が急騰しているといいます。
登場人物が、それぞれ、ニューヨークの地区を代表し、その地区の顔になることによって、キャラクターとしての顔を与えられているのです。
シナリオは10年前に書かれたものですから、その10年の間にもニューヨークは随分変化したことでしょう。
シナリオと現実の10年間の差異を埋めていく作業はマーク・ウェブにとって、とても楽しいものだったに違いありません。
トーマスは、美しく整備され、地価が沸騰した今のニューヨークに物足りなさを感じています。
「今はフィラデルフィアのほうが熱い」と口にしますが、それまで散々、今のニューヨークの悪口を言っていた大人たちがピタっと黙り込むシーンが実に愉快です。
なんだかんだ言って、彼らはニューヨークにベタぼれなのです。ベタぼれだからこそ、文句の一つも言いたくなるというもの。
それはマーク・ウェブ自身の姿でもあるに違いありません。この作品はニューヨーク愛、ニューヨークへの憧れを高らかに謳ったものなのです。
そしてもうひとつ、マーク・ウエブがこの脚本に惚れた理由は、それが父と息子の関係を主題にしていたからではないでしょうか。
そこに監督自身の思いがよぎったかどうかは不明ですが、とにかく、彼は父と息子というものを描きたかったのでしょう。
家族や夫婦、あるいは、恋愛という観点からもこの作品について語ることは可能ですが、何より心に染み込んできたのは父と息子の関係でした。
息子の将来への過度な期待、自分の成功体験を良かれと思って知らず知らずに押し付けてしまう。
そんな父親に息子は反発してしまう。母親と息子のような関係を築くことが出来ず、互いに愛しているのに距離を感じ、ささいな一言で傷つき、また逆に傷つけてしまう…。
この作品では複雑な人間関係が描かれていて、二人の間に存在するものはある意味特殊なものなのですが、この父と息子の関係というものは普遍的なものとして受け止めることも可能でしょう。
父の愛人と関係を持ってしまうという展開は、マイク・ニコルズ監督の『卒業』(1967)を彷彿させますが、この行為は、父との溝を埋めるための行動のようにさえ思えてしまいます。
このなんとも不器用な関係を父親イーサン役のピアース・ブロスナンとトーマス役のカラム・ターナーが絶妙に演じています。
そして、ジェフ・ブリッジス扮するW.F.!
事の顛末を告白するW.F.に向けるトーマスの表情の柔らかさ、優しさに息を飲みました。なんと良い表情をするのでしょうか。
この表情を見ただけでも、この作品を観て良かったと思えます。この表情で、主人公の成長の全てを見て取ることができるといっても過言ではありません。
カラム・ターナー、良い役者だなと思わせると同時に、それはまた、マーク・ウェブのニューヨークへの穏やかで柔らかな眼差しでもあるのかもしれません。
まとめ
上記感想では、父と息子の関係を述べたので、男性の俳優にしか触れていませんが、勿論、この映画には素晴らしい女優陣が出演しています。
ミミを存在感たっぷりに演じたのは、『DOPE/ドープ!!』(2015/リック・ファムイーワ監督)で、おたく三人組の一人を演じたカーシー・クレモンズ。
ジョハンナ役のケイト・ベッキンセイルは、『アンダーワールド』シリーズ(2003~2016)でお馴染み。複雑な役どころを気品を持って演じ魅力的です。
母親役のシンシア・ニクソンは大ヒットテレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』のミランダ役でよく知られています。生粋のニューヨーカーだそう。
詩人のエミリ・ディキンスンを演じた『静かなる情熱エミリ・ディキンスン』(2016/テレンス・ディヴィス監督)が記憶に新しいですが、そういえば、本作『さよなら、僕のマンハッタン』にはエズラ・パウンド等の詩がいくつか引用されています。
そうした文学的引用の面白さとともに、音楽も重要な役割を果たしています。何しろ、原題(そして劇中登場する小説のタイトル)が、サイモン&ガーファンクルの「The Only Living Boy in New York」なのですから。勿論、劇中にも使われています。
時代とともに、その姿を変えていっても、ニューヨークは、文学や音楽が欠かせない、刺激的な街であり続けます。やりたいことをようやく見つけ、本当の自分に向き合ったトーマスにとって、ニューヨークはもう退屈な街ではなくなっているに違いありません。
ちなみに本作の脚本を書いたアラン・ローブはなかなか脚本が売れず、この作品が最後のつもりで執筆したのだそうです。
本作が認められたおかげで、その後も順調に活動し、『ウォール・ストリート』(2010/オリヴァー・ストーン監督)、『僕が結婚を決めたワケ』(2012/ロン・ハワード監督)、『素晴らしきかな、人生』(2016/デヴィッド・フランケルカントク)などの作品を発表しています。