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Entry 2021/07/07
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映画『逃げた女』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。ホンサンス監督が女友達を訪ねる女の“それぞれ嘘と本音”を描く

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

ホン・サンス監督とキム・ミニの7度目のタッグとなった映画『逃げた女』

5年間一度も夫と離れることのなかったガミ。初めて夫と離れ、ソウル郊外の3人の女友だちと再会します。何の変哲もないようにみえる会話から浮き彫りになる彼女らの抱える問題をホン・サンス監督独特の映像センスで彩る秀作。

ホン・サンス監督とキム・ミニの7度目のタッグとなった本作は第70回ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀監督賞)を初受賞。

ホン・サンス監督作品の常連のソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョをはじめ、映画『はちどり』(2020)でユジン先生を演じたキム・セビョクなど韓国の実力派俳優らが顔をそろえ、監督特有の長回しや奇妙なズームアップの演出を用いて一見他愛のない会話に含みをもたせ、印象的に映し出します。

“逃げた女”とは一体誰のことなのか、そして“何から逃げて”きたのか、ラストの余韻が観客の心を揺さぶります。

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映画『逃げた女』の作品情報

(C)2019 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

【日本公開】
2021年(韓国映画)

【原題】
The Woman Who Ran

【監督、脚本、編集】
ホン・サンス

【キャスト】
キム・ミニ、ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ、キム・セビョク、イ・ユンミ、クォン・ヘヒョ、シン・ソクホ、ハ・ソングク

【作品概要】
ホン・サンス監督は『豚が井戸に落ちた日』(1996)で長編映画デビューをし、数多くの映画を手掛けました。

初めてキム・ミニとのタッグとなった『正しい日 間違えた日』(2015)では第68回ロカルノ国際映画祭グランプリと主演男優賞を受賞。『夜の浜辺でひとり』(2017)ではキム・ミニが第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)を受賞『INTRODUCTION』(日本未公開・2021)でも第71回同映画祭のコンペティション部門で銀熊賞(脚本賞)を受賞するなど快挙に輝いています。

ガミ役を演じたキム・ミニはモデル・女優として活躍。パク・チャヌク監督『お嬢さん』(2016)で青龍映画賞最優秀女優賞、ディレクターズ・カット・アワードの最優秀女優賞を受賞しました。『正しい日 間違えた日』(2015)以降ホン・サンス映画になくてはならない存在となります。

ウジン役には『サニー 永遠の仲間たち』(2011)で俳優デビューし、『はちどり』(2020)のヨンジ先生役で注目を集めたキム・セビョク。ホン・サンス監督作品には『それから』(2017)、『草の葉』(2018)に出演。その他ホン・サンス監督作品でお馴染みのソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョらが出演。

映画『逃げた女』のあらすじとネタバレ

(C)2019 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

ヨンスン

ガミ(キム・ミニ)は5年間の結婚生活で一度も離れたことのなかった夫の出張中に、ソウル郊外の3人の女友だちを訪ねることにしました。

最初に訪れたのは面倒見のいい先輩ヨンスン(ソ・ヨンファ)。訪れたガミを見たヨンスンは髪を短く切ったガミに驚きます。自分で切ってその後美容室に行ったというガミにヨンスンは可愛いし、若く見えると言います。

ヨンスンの同居人ヨンジ(イ・ユンミ)が帰って来るのを待ちながら、お酒を飲み交わしつつお互いの近況を話します。

ガミは人に会うとしなくてもいい話や、いやな思いもするから人に会うのはうんざりだと言います。泥沼離婚で別れて間もないヨンスンはソウル郊外の一軒家でのんびり暮らす生活に落ち着いたと言います。

ヨンスンに結婚生活について聞かれたガミは「5年で一度も離れたことがない」と言い、「愛する人とは一緒にいるべきだ」という夫の考えだとガミは淡々と続けます。ヨンスンは驚き、自分は一人の時間が必要で、毎日会うのは辛かったと答えます。

話しているうちにヨンスンの同居人ヨンジがやってきてお肉を焼きながら食事をします。普段はベジタリアンでお肉を食べないというヨンスンと食についての話をしながら時間はすぎ、食後にりんごを食べていると呼び鈴が鳴ります。

ヨンジが出て対応すると、やって来たのは最近近所に引っ越してきたという男性でした。「妻が野良猫を怖がっているので餌をやらないで欲しい」と言います。

しかし、ヨンジの方でも「自分の子だと思って餌をあげている」と言います。

「泥棒猫に餌をやるよりも人間の方が大事だ」と男性も言い返しますが、ヨンジも負けずに「泥棒猫というがその現場を見たわけではないですよね」と言います。2人の話は噛み合わないまま、ヨンスンとガミもやってきて男性は帰りました。

その夜なかなか眠れないガミは、家の前で煙草を吸う隣人の若い女性の元へ共に煙草を吸いながら慰めるヨンスンの姿を防犯カメラの映像を見ながら眺めていました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『逃げた女』ネタバレ・結末の記載がございます。『逃げた女』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

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(C)2019 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

スヨン

次にガミが訪れたのは、大家から運よく安くマンションを借り自由な暮らしを謳歌しようとしている先輩スヨン(ソン・ソンミ)。ピラティスの講師で収入を経たスヨンは好きなものが買えると言います。

自分で自由にできるお金があって羨ましいというガミに、スヨンは結婚生活について聞きます。ここでもガミは夫と結婚して5年間一度も離れたことがない、彼の考えで一緒にいると言います。

ガミの言葉に驚いたスヨンは「本当に愛している?」と聞きます。ガミは「分からない」と答えた後、「少しずつ愛しているのだな、愛されているのだなと感じる」と言います。スヨンはガミの言葉に驚き、「いい男は滅多にいない」と嘆きます。

スヨンは近所の飲み屋で知り合った男性が自分のマンションの2階に住んでいたことに驚き、その人に惹かれていることをガミに話します。

しかしその人は別居しているが結婚しているといい、それでも私は気にしていないと言います。

そこに呼び鈴がなり、飲み屋で出会い一度関係を持った若い詩人がやってきて、「近くまで来たので。どうして電話に出ないのか?」と言いますがスヨンの対応は冷たく、「ストーカーなの?」と罵声を浴びせます。

その様子をガミはインターホンのモニターで見ていました。

ガミに若い詩人のことを説明しながらスヨンは「間違いだった」と言い、若い詩人が2階の住人に話さないか気がかりだと嘆きます。「先輩は人生を楽しんでいるみたいね」とガミはスヨンに言います。スヨンは「楽しむには老け過ぎた」と答えます。

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ウジン

最後にガミが向かったのはミニシアターが併設されたカルチャーセンターでした。カフェで一人お茶をしているガミに話しかけたのは旧友ウジン(キム・セビョク)でした。

ここで会うとは思っていなかったウジンとの遭遇に驚くガミにウジンはぎこちなく、ずっと言いたかったことがあると、「ごめん…本当にごめん」と謝ります。ガミは「余計なことを考えているのね、気にしなくていい。あんまり覚えてないの」と言います。

ガミはミニシアターで映画を鑑賞し、その後事務室で再びウジンと話します。ガミと和解し、ほっとしたのかウジンは夫でありガミの元恋人であるチョン先生(クォン・ヘヒョ)について話します。

ウジンは夫がテレビやインタビューで同じ話をすることが嫌でたまらないと言います。そんなウジンに対し、ガミはここでも夫から離れたことがないこと、一緒にいるべきだという夫の考えについて話します。

ウジンと別れ外に出ようとしたガミは、喫煙所でチョン先生と出くわします。ウジンから来ていることを聞いていたというチョン先生にガミは「先生に会いに来たと思っているんですか、違いますよ」と言います。

「なら良かった」と言ったチョン先生に別れを告げ、建物の外に出て歩き始めたガミ。

しかし、彼女はUターンして再びミニシアターへ。シートに座りスクリーンを見つめる彼女の顔が映し出されるのでした。

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映画『逃げた女』感想と評価

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新たなステージへ突入したホン・サンス監督とキム・ミニ

『正しい日 間違えた日』(2015)でホン・サンス監督作品に初登場したキム・ミニはまさに新たなミューズでした。

『正しい日 間違えた日』は“もしも”あの時違う選択をしていたら、違う言葉を発していたら、違っていたかもしれない世界を全く同じ男女のキャラクターで同じようで違う2つの日を描いた映画です。

その中で男性はキム・ミニ演じる女性に恋心を抱き、「可愛い」と言います。

可愛くてどこか不思議な魅力のある女性像をキム・ミニはホン・サンス映画で演じてきました。しかし、本作で演じたガミに対して愛の言葉をささやく存在は出てきません。

彼女が繰り返し語る、「結婚して5年一度も離れたことがない」「愛する人とは一緒にいるべきだ」という言葉から、ガミは夫に愛されていると推測することしかできません。

冒頭ヨンスンとの会話にある通り、本作でキム・ミニはロングからイメージを変え髪が短くなっています。

また、本作で印象的なのは受け手としてのガミの存在です。『正しい日 間違えた日』、『夜の浜辺でひとり』(2017)では物語の中心にいる人物として登場し、『それから』(2017)では不倫関係にある男女に巻き込まれる存在として登場していました。

しかし、本作ではヨンスンとスヨンに対しガミは受け手として、観客と登場人物をつなぐ立場であり、観客とも言える曖昧な立場にいるのです。

ヨンスンの場合は防犯カメラのモニター、スヨンの場合はインターホンのモニターを眺めているガミの姿が映し出されています。

更にホン・サンスの私的な部分が投影されているかのような、物語の中心に絡む男性の登場人物の存在もありません。

他の男性の登場人物も呼び鈴をならして登場するだけであり、本作において男性の存在はあまり描かれず、主体は女性に置かれています。

受け手として存在していたガミが受け手ではなく物語の主体に浮き出てくるのがウジンとの再会です。

会ったら謝ろうとずっと思っていたウジンに対し、ガミは気にしていない素振りを見せますが、明らかにそれまでのヨンスンとスヨンに対する態度とは変わってきます。

ウジンはどこかで会いそうなものなのに会わなかったと言っています。

それはもしかしたらガミは意図的にウジンを避けていたのではないか、すなわち逃げていたのではないか…ここにきてタイトルにもなっている“逃げた女”の意味についてふと考えさせられるのです。

逃げた女とはいったい誰なのか

ウジンとの再会によりガミが今まで語ってこなかった彼女の過去、ウジンとチョン先生との間にあったであろういざこざが観客に初めて知らされます。

その事実を知り、改めてガミが繰り返し言っていた「結婚して5年一度も離れたことがない」という言葉の意味について考えると疑問が浮かんできます。

ガミは夫の出張で初めて夫と離れたと言っていましたが、なぜ旧友に会おうと思ったのか、本当に出張だけが原因なのかは分からず、劇中で語られることはありません。

どの旧友に会う時も皆そう短くにない年月彼女と会っていなかったような時の経過を感じさせ、ウジンの話しぶりからガミが意図的に避けていた可能性も推測されます。

ウジンとのいざこざがあり、ガミはそれらから逃げていたのではないか、逃げた女とはすなわちガミのことではないかと思わされるのです。

しかし、明確な答えを言うことはなくガミは沈黙しスクリーンを見つめます。観客に委ね語らない姿勢は逃げた女をそのまま一人で歩かせようとしているようにも思えてきます。

ホン・サンス映画のミューズであったキム・ミニを一人で歩かせ、次に描くのはどのような関係性なのか。新たなステージに突入した監督のその後が楽しみになる映画でした。

まとめ

(C)2019 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

ホン・サンス監督とキム・ミニの7度目のタッグとなった映画『逃げた女』。

ホン・サンス監督特有の長回しや奇妙なズームアップの演出、受け手としてのガミの存在が他愛もない会話の奥に潜む男女観や、それぞれの女性の人生観を浮き彫りにしていきます。

ウジンとの再会によりガミの過去が浮き彫りになるも、会話の中で語られなかったことが観客に委ねられ、余韻が観客の心を揺さぶります

今までの印象を変え、髪を切り一人で街の中を歩くキム・ミニの姿は、新たなステージに突入したホン・サンス監督の視点、今の韓国映画界の風潮も感じさせます。


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