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映画『中村屋酒店の兄弟』あらすじ感想と評価解説。藤原季節が浮き彫りにする兄弟の“切なすぎる深い絆”

  • Writer :
  • 谷川裕美子

白磯大知初監督作『中村屋酒店の兄弟』は2022年3月4日(金)よりシネクイントほかレイトショー先行公開、3/18(金)より全国順次公開

俳優活動の傍ら独学で脚本を書き、本作で初監督を務めた白磯大知による中編作品『中村屋酒店の兄弟』が2022年3月4日(金)よりシネクイントほかレイトショー先行公開、3/18(金)より全国順次公開されます。

若手映画作家の登竜門となっている田辺・弁慶映画祭の2019年(第13回)のコンペティション部門TBSラジオ賞をはじめ、第30回東京学生映画祭グランプリ、第11回下北沢映画祭観客賞などを受賞した秀作です。

20年11月、田辺・弁慶映画祭の受賞作品を特集する「田辺・弁慶映画祭セレクション2020」(20年11月20日~12月10日、東京・テアトル新宿)で上映されました。

主演を、『his』で同性カップルを演じて注目された俳優、藤原季節が務めます。

親が経営していた酒屋を継いだ兄と、そこに数年ぶりに帰ってきた弟。昔のまま変わらない懐かしい景色の中で、確実に変わってしまったものとは何だったのでしょうか。

切ないまでの兄弟の深い絆を描いた注目の映画『中村屋酒店の兄弟』についてご紹介します。

映画『中村屋酒店の兄弟』の作品情報


(C)「中村屋酒店の兄弟」

【公開】
2022年(日本映画)

【脚本・監督】
白磯大知

【編集】
キルゾ伊東、白磯大知

【出演】
藤原季節、長尾卓磨、藤城長子

【作品概要】
若手映画作家の登竜門となっている田辺・弁慶映画祭の2019年(第13回)のコンペティション部門でTBSラジオ賞を受賞した注目の一作。

新星・白磯大知の初監督作品。田辺・弁慶映画祭TBSラジオ賞に加え、第30回東京学生映画祭グランプリ、第11回下北沢映画祭観客賞などを受賞しています。

主人公の和馬を、映画『ケンとカズ』『his』やドラマ『監察医 朝顔』など幅広いジャンルの作品で活躍中の藤原季節が演じます。兄の弘文役に長尾卓磨。

兄弟の固い絆とともに、うつろいゆくものの哀しみを映し出す秀作です。

映画『中村屋酒店の兄弟』のあらすじとネタバレ


(C)「中村屋酒店の兄弟」

真っ暗な画面の中で、何気ない、あたたかな日常の生活が流れていきます。

おはようと息子に声をかけ、朝食を作りながらあれこれ用を頼む母。

酒屋にやってきた買い物客の声。弟の和馬に向かって釣りの極意を語る父。朝食の味にわいわい意見を言い合う一家。

やがて車のエンジン音がした後、釣りをする兄弟の声が聞こえてきます。

弟は兄に、将来どうするのかと聞いた後、自分は東京へ行こうかなと言うのでした。

ふたりはもみ合って、父が子どもの頃から使っていた大切な釣り竿を折ってしまいます。謝る息子に、「ものは大切に使え」と叱る父。

ビールをつぐ音。父が母にもすすめる声。布団で話す兄と弟の声。

「やっぱすげえな兄ちゃん。釣り以外も」

「お前金持ちになれよ。東京行くんだろ。お前が稼いだ金で店をでっかいビルみたいにしようぜ」と笑い合う兄弟。

「人多いだろうな…」そう言いながら、兄弟はおやすみを言って眠ります。

画面に都会の喧騒が映し出されました。

電車に乗り込む和馬の姿が見えます。彼は重そうなリュックを抱え込んでいました。

中村屋酒店を開ける兄の弘文。母は彼に向って「いつもありがとうございます」と礼を言います。

そんな中、弟の和馬が数年ぶりに帰ってきました。弘文は笑顔で迎え、お互いに元気かと確かめ合います。

和馬は眠っていた母に声をかけますが、昔口うるさかった母は今はとても静かで、兄とは敬語で話していました。

店の表でタバコを吸っていた和馬のもとにやってきた弘文。和馬から1本勧められますが、兄はやめたからと断ります。

店の様子を聞く和馬の言葉を遮り、母が最近食事をとらないことや、自分を息子だとわからないことを話します。

「ほんと、まいったよ。お前のことはわかるかもな。さんざん怒られたし」

そう言った弘文は、やっぱり吸うと言って、和馬からタバコをもらうのでした。

夜。兄が弟にビールをつごうとしますが、飲まないからと和馬は断り夕食を食べ始めます。

いきなり帰ってきた理由を弟に聞くと、彼は結婚すると答えます。

何かやりたいことはないのかと和馬が兄に聞いた時、母の咳が聞こえてきました。

「たまになるんだよ。大丈夫だから」と言って、弘文は様子を見にいきます。

翌朝、和馬が母に布団をかけてやると、母は「和くん帰ってたんだ」と言って微笑みます。

一瞬驚いてかたまった和馬でしたが、慌てて兄に報告し、お腹がすいたという母に食事を持っていきます。

母は兄を指して、和馬に言います。

「和くん、この方にはいつもお世話になっているのよ。とってもやさしいのよ」

「なに言ってんだよ。兄ちゃんだよ。母ちゃんの息子じゃん」慌てて言う和馬。

しかし弘文は、「いいから大丈夫。それじゃあ、僕は仕事があるので」と行ってしまいました。

おずおずと兄に声をかけた和馬を、弘文は釣りに連れ出します。

思い出話をしながら、大声で笑い合うふたり。突然和馬は、自分が店をやると言い出します。

「店俺にまかせていいからさ。兄ちゃん自分のやりたいことがまんしてきたと思うし。これからは本当にやりたいこととかできたらいいなって。」

驚いた弘文は、考えておくとしか言えませんでした。

家に戻った和馬は、くしゃくしゃの封筒を兄に渡します。東京に行くときに兄が渡してくれた金を返そうとしたのです。「これくらい受け取ってよ」と必死な様子の弟を見て、兄は封筒を受け取ります。

「なんか大人になったな。乾杯」兄は優しく言うのでした。

夜中、走って逃げる夢を見て和馬がとび起きると、母と兄がいなくなっていました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには映画『中村屋酒店の兄弟』ネタバレ・結末の記載がございます。映画『中村屋酒店の兄弟』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)「中村屋酒店の兄弟」

弘文は車に母を乗せ、昔の思い出を必死に話しかけていました。

翌朝、店の前にうずくまっていた和馬の前に、兄の車が戻ってきます。兄は虚ろな表情をしていました。

「何してんだよ。ごめんじゃなくてさ。酒飲んで母ちゃん隣に乗っけて何してんだよ。なあ、兄ちゃん」

黙って弘文は家に入って行き、部屋でまた酒を飲み始めました。

「何してんだよ。死んじゃったらどうすんだよ!」

弘文は弟につかみかかって拳を振り上げますが、すんでのところで手を止めて泣き出します。

「ごめん。わかんねえよ、お前には」そう言って弘文はよろよろと立ち上がります。和馬も涙を流していました。

ある日、弘文が外回りに出て和馬が留守を預かる中、母の容態が急変します。

喪服姿のふたり。弔問客を見送り、店前でタバコをふかす彼らの目の前を、母親と手をつなぐ幼いふたりの兄弟が通り過ぎます。

和馬が言います。「まじで気使ってるとかじゃなくてさ、母ちゃん呼んでたよ最後まで。兄ちゃんの名前。」

釣りに行こうかと兄は言い、ふたりは笑い合います。

労わり合いながら二人で店の仕事を一緒にするようになったある日、兄は東京北区で起きた強盗事件のことを知ります。防犯カメラに映っていた容疑者の映像が弟に似ていることを知って動揺する弘文。

体調が悪いから寝ると弟に告げて二階に上がった弘文は、弟の部屋をこっそり探ります。

机の下に無造作に突っ込まれていたリュックの中には、大量の札束が入っていました。

弘文は和馬のかぶっていた帽子をもらい、事件の記事と一緒に燃やして処分します。

弟を店先に立たせることもやめさせる兄。片付けのために裏口を出た和馬は、自分が兄にあげた帽子と事件の新聞記事の燃え残りをみつけます。

「俺さあ、明日一回戻るわ」と兄に告げる和馬。

「そっか。いつでも来いよ」弘文は答えます。

翌朝。和馬は兄にタバコをひと箱渡します。兄はいつかの金の入った封筒を弟に渡して「また返しに来いよ。今度はもっとましな封筒に入れてこい」と言うのでした。

「それじゃあ」と背を向けた和馬に、弘文が声をかけます。

「和馬。ありがとな」タバコを指しながら言います。

和馬は黙って虚空をみつめながらひとり歩き続けるのでした。

映画『中村屋酒店の兄弟』の感想と評価


(C)「中村屋酒店の兄弟」

耐え続ける兄と大人になれない弟の絆

『中村屋酒店の兄弟』では、ひたすら耐え続けてきた兄と、愛され自由に育てられた弟の互いが持つ悲哀が、これでもかというほど浮き彫りにされます。

監督を務めるのは、撮影当時弱冠22歳だった新星・白磯大知です。17歳から俳優活動を始め、役者業の一方で独学で脚本を書き始めました

初監督作の本作で、田辺・弁慶映画祭コンペティション部門TBSラジオ賞をはじめ、数々の映画賞を受賞する快挙を成し遂げた期待の若手監督です。

『64-ロクヨン-』の瀬々敬久監督、『日日是好日』の大森立嗣からも高い評価を得ています。

冒頭の約10分間は真っ暗な画面だけを映し、音だけで温かな家族の日常が綴られます。

朝食の卵をかき混ぜる音、食卓の賑わい、車のエンジン音、釣りをする二人の兄弟の会話。彼らの息遣いまで聞こえてくるかのような臨場感です。

見えないからこそ手に取るように伝わってくる、何気ない大切な日々の情景。兄弟がかつて過ごしていた豊かな時が流れていきます。

現在に時空が合って初めて風景が映し出されます。数年ぶりに実家に帰ってきた自由人の弟・和馬と、長男として真面目に実家の酒屋と認知症の母を守ってきた兄・弘文。

仲の良い兄弟ですが、長い年月を経て二人の間には大きな溝が出来ていました。

認知症の母が弟の和馬だけを認識できたことをきっかけに、やさしく母の世話をしてきた弘文の心は爆発します。

その後、己を取り戻した弘文は、今度は弟についての大変な事実を知ってしまうのでした。

突然帰って来て、兄に「店を自分にまかせて自由にしていい」と言う無神経な和馬。

しかし、それは追い詰められた彼が必死で逃げ延びる道を考えて思わず出してしまった幼稚な言葉でした。

カギのない部屋の机の下に、無造作に突っ込んであった和馬のリュックサック。

大人になれなかった哀れな和馬。彼のだらしなさ、行き当たりばったりな性格が手に取るように伝わってきます。

すべてをわかった上で弟をかばわずにいられなかった弘文は、いつでも帰って来いと言って弟を見送ります。

長尾卓磨がみせる、愛しさ、哀れみ、苦悩をたたえながらも、慈愛に満ちた表情が見事です。

和馬もまた、兄に「知られている」ことを知っていながら、そしてもう帰ることはもうないのかもしれないと思いながら旅立ちます。

変わらない風景の中で、失ったものの数々に思いを馳せるかのような和馬の顔。

このショットを撮りたいがためにここまで映画を紡いできたと思わせるような、素晴らしい表情を藤原季節がみせています。

まとめ


(C)「中村屋酒店の兄弟」

タバコをくゆらせながら、陽の当たる明るい場所で語り合う対照的な性格の兄弟。

ほとんどすべて、主演の藤原季節と長尾卓磨の二人だけで進行するセリフ劇。二人の間にはまったく違和感なく「兄」と「弟」としての空気が流れています。

長男としての役割を全うしようとする兄と、甘やかされて子どものまま大人になってしまった弟、それぞれの哀しさがひしひしと伝わってくる作品です。



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