白石和彌監督が描き香取慎吾が演じる、あるギャンブラーの転落と再生のドラマ
映画『凪待ち』は『孤狼の血』の白石和彌監督が、香取慎吾を主演に迎えて描いたヒューマンサスペンス映画。
ギャンブルをやめられない男が再生をかけて恋人とともに彼女の故郷石巻へ。そこで待っているのは天国か地獄か……。落ちぶれかけた人生を歩む男の喪失と再生ドラマが展開します。
脚本は『クライマーズ・ハイ』の加藤正人。主役の香取慎吾に加え、『万引き家族』のリリー・フランキーや『ナビィの恋』の西田尚美ら豪華キャストが勢揃いしています。
映画『凪待ち』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【脚本】
加藤正人
【監督】
白石和彌
【キャスト】
香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー、三浦誠己、寺十吾、佐久本宝
【作品概要】
映画『凶悪』(2013)『日本で一番悪い奴ら』(2016)『孤狼の血』(2018)の白石和彌監督が、香取慎吾を主演に迎えて描くヒューマンサスペンス。『クライマーズ・ハイ』(2008)の加藤正人が脚本を手がけ、人生につまずき落ちぶれた男の喪失と再生を描きます。
『くちびるに歌を』(2014)の恒松祐里が美波、『ナビィの恋』(1999)の西田尚美が亜弓、『万引き家族』(2018)のリリー・フランキーが小野寺を演じています。
映画『凪待ち』のあらすじ
川崎競輪場へ向かって一台の自転車が走っています。乗っているのは、木野元郁男。失業中の身ながらも、競輪場へ出掛けて、有り金をかけるギャンブラーです。
同僚の渡辺と同等の割合で負け越し、お互いに金銭面で苦労していました。今日も負けた渡辺に郁男は、「就職が決まったから、石巻へ行く」と告げました。
郁男は競輪にお金をつぎ込むような生活から逃れようと、一緒に暮らしていた恋人・亜弓と彼女の娘・美波とともに亜弓の故郷である石巻に移り住むことにしたのです。
美波は高校生ですが、石巻から転校していじめにあって不登校となり、学校へ行っていません。石巻に帰ったら、地元の夜間高校に通うことになっています。
亜弓の実家には、末期がんに冒された亜弓の父・勝美がいました。亜弓の母は東日本大震災の津波で亡くなり、漁に出ていた勝美は母を見殺しにしたと悔み、以来偏屈になっています。
そんなところへ亜弓の彼氏として一緒に来た郁男は、肩身の狭い思いをしますが、近所に住む面倒見の良い小野寺にいろいろ助けられました。仕事にも就き、新生活が始まりました。
美波も夜間高校へ通い出し、そこで小学校で一緒だった男子と再会して仲良くなりました。
ある日美波と亜弓と郁男と3人で食事をしていると、以前小野寺と飲みに行った時に声を掛けて来た村上という男に出会いました。
「ひどい女だな。もう養育費は払わないからな」と亜弓に向かって言う村上。彼こそ亜弓の別れた元夫で美波の父親だったのです。
村上はもう再婚していて身重の妻がいる身でしたが、籍をいれていない郁男はただあ然とするしかありませんでした。
だんだんと日が経つにつれ、印刷所のスタッフとも打ち解け始めた郁男は、その仲間から誘われて、賭け競輪をする店へ行きました。
もうギャンブルはやらないと亜弓にも約束したのに、意志が弱いのか、根っからの競輪好きなのか、郁男は、だんだんと元のように賭け競輪にはまっていきました。
そんなある日、美波は友人と遊びに行くと出かけて行き、夜になっても帰って来ません。携帯電話にも出ないし、連絡もないので、心配した亜弓は郁男と車で探しに行きますが、途中で口論になります。
「もう少し自由にさせてやったら」という郁男に、亜弓は「美波が犯罪にでも巻き込まれたらどうするの。本当の子じゃないからそんなに呑気にしていられるのよ」と反論。
「じゃ、自分で探せよ。車から降りろよ」。珍しく声高々に怒鳴る郁男に驚き、亜弓は車から降りて一人で来た道を戻り始めました。
映画『凪待ち』の感想と評価
映画『凪待ち』は、『日本で一番悪い奴ら』や『孤狼の血』などの作品を手掛けた白石監督が、主役に香取慎吾を迎えて臨んだオリジナル作品です。
主人公の木野元郁男は、優しいだけが取り柄のギャンブラー。手元にお金があれば競輪につぎ込んでしまうような奴です。
当然、お金持ちになれるわけでなく、恋人と同居して彼女の稼ぎで食べているような毎日です。
心機一転をはかって彼女の生まれ故郷へ行っても、そこで起きた不運な殺人事件で彼女を喪い、自分も犯人扱いされ……という、最悪の疫病神人生を歩む郁男。
そんな郁男を演じる香取慎吾。髭をはやしたワイルドな風貌はまるで別人のようです。
“慎吾ママ”のキャラなどで明るいイメージの香取が、全てを拒絶するような暗い目と凍り付いたような表情で、人生に諦めきった郁男になりきっていました。このギャップは必見です。
絶望の淵に立ち心を許した人達の前から消えようとしていた郁男が、ニュースで知った川崎の元同僚が起こした殴り込み事件。
この事件が引き金となって、それまでの無表情から突然目が覚めたかのような張り詰めた顔にと変貌。
「俺もやってやろう」とそんな決意がこもった香取の演技が、映画『凪待ち』全体の重苦しい雰囲気を一層深みのあるものへと変えています。
郁男はまた事件をおこしてしまうのではないか。下手をすれば命までも落としてしまうのでは……。一瞬の表情の変化から、不安や心配をあおられました。
そしてその後に待っていた郁男の号泣するシーンでも、感情を爆発させたかのようなダイナミックな泣き方に、役者としてひと回りもふた回りも成長した香取の姿が見られます。
また『凪待ち』では、ギャンブルの面白味もさらりと演出されていました。郁男が全財産をかけてのぞむ一世一代の大勝負。
勝つか負けるかの審判判定は、傍観者までもが手に汗握るハラハラドキドキシーンで、白石監督の遊び心に思わず笑みもこぼれますが、やはりギャンブルは良くありません。
憎むべきは、慎ましやかな生活を破壊するギャンブルという病気。賭けで大負けしても反省するどころか、取り戻そうとしてかえって借金を繰り返し、ますます深みにはまる蟻地獄のような業病です。
現代社会の闇を取り扱う白石監督がこの病気に目を付けたのも、流石としか言いようがありません。『凪待ち』では、ギャンブラーの成れの果てのみじめさが良く表されていました。
まとめ
映画『凪待ち』の見どころは香取慎吾のキャスティングでしょうが、物語の舞台を石巻市としたのにも意味がありました。
亜弓と美波が川崎へ出てきたのも、美波が川崎で不登校になったのも、亜弓の父・勝美が今なお一人で海に出ているのも、理由を突き止めれば、東日本大震災にあたります。
中でも、東日本大震災の津波で妻を失った漁師・亜弓の父である勝美の存在が光りました。勝美は震災の痛手を今でも引きずり自身も余命少ない病気と闘いながら、残り少ない人生を「息子」と認めた郁男と一緒に過ごしたいと言います。
それは、暗いサスペンスストーリーに宿ったひと筋の希望。何回も再生を誓いながらそのたびに決意を崩されて同じ過ちを繰り返す郁男は「挫折人生」そのものでしょう。
挫折を繰り返しても今度こそ立ち直ろうとする姿は、再生への力強いエールともとれます。
東日本大震災の被災地である石巻を舞台にしたのも、意識して震災からの復興と郁男の人生を重ね合わせるような意図があったのかもしれません。
香取慎吾が体当たりで演じた郁男は、震災を生き抜き今なお闘っている人の象徴であり、香取自身の新境地を開いたキャスティング、とも思えます。